存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第四章 何かを護る、たった一つの条件

第十二話 空白の三ヶ月⑨

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 結局、その日の修行は本当にただ座っているだけのものだった。
 水を飲む時とトイレに行く時――その二点のタイミング以外ではただただ座り続け、ソニアが夕食の用意ができたと呼びに来るまで約六時間。

 とは言っても、「だから何かを感じ取れたか」と問われれば、私は文句もなくノーと答えられる自信がある。
 血を飲んだ時に得られるあの温かい感覚は一向に訪れる気配がない。

「でも、まだ始めたばかりなんでしょ? だったら、頑張らなきゃね!」

 隣で器にスープを注いでくれるソニアは、私の今日の出来事報告にそう助言をくれた。

「それとも、私の血を飲んで感覚を取り戻す? いいよ、ルゥちゃんなら。……ちょっと興味あるし」

 服の襟を伸ばし、白くてキメ細かい肌をした首筋を見せびらかしてくる。
 思わず視線が移るが、ここは我慢。手元のパンを掴み、大きくかぶりつくことで自制した。

「うぅん、もう少し自分で頑張ってみる。ありがとう、ソニア」

 今日の夕ご飯はパンにスープ、それと炒めた野菜の盛り合わせ。
 ヤンチャな男の子たちが、どっちが大きなパンかと取り合いをするような、騒がしくも楽しい食卓だ。

 そんな折の出来事だった。

「――ちょっと、ちょっと! レスが瀕死の重傷で連れ込まれた、って本当なの?」

 バンッ! と大きな音を立てて一室の扉が開き、二人組の男女が姿を見せる。
 片や、身長が一メートルにも満たないのではという程に小さな少女。片や、その後ろを大人しく付き従う耳が長く、背も高い少年。

 対称的な二人が並ぶことにより、その差は数値以上のものだと感じられる。

 そんな謎の人物の登場に、目をパチクリと瞬かせて驚いている私を他所に、他の全員はシラーっとした冷たい視線を向けていた。

「ちょっと、誰がリズに教えたの? 来ても余計な面倒が増えるだけだから、秘密にしておいたのに……」

 責めるようなナディアお姉さんの言い分に、心当たりのない私たちは一生懸命に首を振る。

「じゃあ、誰よ……。ウィリー、貴方?」

 続いて新しく現れた少年に目を向けながらそう問いかければ、彼は肩を竦めて返答をした。

「いいえ、残念ながら姉さんは自分自身で気付きました」

 その一言に私を除いた孤児院全体を動揺する。

「バカな、あのリズ姉が……?」
「信じられない……!」
「嘘だ、どうせウィリー兄が教えたんだろ」

 ……酷い言われようだ。
 隣に座るソニアも「ウィリーくんはリズ姉に甘いからなー……」などと言っている始末。

 どうやら、そのリズさんとやらは少し頭が悪いらしい。
 以前にこの二人は鍛冶屋をしていると話に上がっていたけれど、新しい情報として追加しておこう。

「うっさいわね、あんたら! 何でそんなに疑うのよ!」

 そして、そんな皆の物言いにリズさんは激怒していた。
 足をダンダンと床に叩きつけ、憤りをぶつけている。

「……私も俄かには信じられないのだけど、本当なの?」

「えぇ、まぁ。しかも、気付いた理由は僕が出したボロとかじゃなくて、単なる野生の勘ですからね……」

 思案顔のナディアお姉さんと、お手上げ気味に呆れた様子を見せるウィリーさん。

「――ちょっと、師匠まで疑うの!? 少しは私のことを信用しなさいよー!」

 嘆くような声音で叫ばれるが、リズさんの言葉は無視して会話が進められる。

「仕事中に『はっ――レスが危ない気がする! 孤児院に戻りましょう!』なんて言い出した時は、さすがの僕もこの人大丈夫かな、って思ったんですけどね……。そのすぐ後に、同じような連絡が来て驚きました。それでも何とか一日は時間を稼いだんですが、こんな姉でもおかしいと思ったんでしょうね……もう、お手上げ」

「それは……ご苦労様。ウィリーには世話をかけたわね」

 目を伏せ、本当に申し訳なさそうにナディアお姉さんは謝っていた。
 そして、その後ろでなぜか誇っている女性が一人。先程まで怒っていたというのに……。

「ふふん、まぁね。愛の為せる技よ」

 などと言っており、子供たちからは賛否両論。

「リズ姉ちゃん、すごーい! 私も出来るようになるかな?」
「努力次第ね。ま、レスは渡さないけど」

「いや……リズ姉、普通にキモくね?」
「うっさい、キモくないわボケ! 後で覚悟しておきなさい」

 そんな小規模な騒ぎと化してきた状況のなか、パンパンと大きく響く音がある。

「はいはい、そこまで。誤算だったけど、来たものは仕方がないわ。取り敢えず、皆はご飯を再開しなさい。せっかくソニア達が作ってくれたのに、冷めちゃう」

 音のした方向へと私たちが目を向ければ、手を叩き、そんなことを言われた。
 次いで、私の方へ目を向けナディアお姉さんは言葉を続ける。

「それと、ルゥちゃん。顔合わせも兼ねて、リズたちにあの子の部屋へ案内してあげなさい」

「あっ……はい!」

 返事をして立ち上がれば、四つの好奇な目が私を貫いた。
 その状態に少し緊張しながらも、二人の先を進んでいく。


 ♦ ♦ ♦


「新しい子ね。初めまして、私はリズ。で、こっちがウィリーよ」

「あっ、どうも……ルゥナーです」

 食事場所を出て、廊下を先導する私に二人は揃って挨拶をしてくれた。
 レスの次にナディアお姉さんに拾われたとのことなので敬語で話しているけど、私自身小柄なため、自分よりも小さな相手に畏まって話すのはなんだか不思議な気分だった。

「なるほど、だからルゥちゃんね。取り敢えず私たちは家族なのだから、少なくとも私に対しての敬語はいらないわ。むしろ、むず痒くなるから止めて」

 二の腕をさするような動作とともにそんなことを言われたので、私は頷く。
 その反応に満足したようにリズさんは笑ってくれると、続いて、訝しげな視線とともに顔を近づけてきた。

「……ところであなた、私とどこかで会ったことがない?」

「えっ、いや……会ったことはない……と思う」

 少なくとも私に見覚えはなかった。
 というよりも、奴隷だった頃は外部との接触を制限されていたから、見覚えのある人なんて数えるくらいしかいない。

 何だろう、気になることでもあるのだろうか……?

「そ、ならいいわ。私の気のせいね。それよりも……意外ね、私の姿を見ても何も言わないんだ」

「え……?」

 突然そんなことを言われて、私は首を捻る。
 特に変な部分はないと思うけど……。

「体型と態度や言葉遣いが一致してないでしょ? 私を初めて見た子は大抵『小さいくせに偉そうだな』って言われるわ」

「あー……そっか」

 確かにリズさんは小さい。私よりも。
 それこそ、年齢が二桁を超えていると普通は思われないくらいに。

 けれど、元々ドワーフ国にいた私は、ドワーフ族というものが低身長でかつ毛が伸びやすい、という特徴を持っていることを知っているのだ。

「私、レスと会う前はドワーフ族の奴隷だったから……」

 その答えを教えると、二人は驚いたように僅かに目をむく。
 しかし、数舜後には元の表情へと戻り、何でもないように話してくれた。

「……なるほどね。だったら、私があなたに見覚えがあったのにも合点がいく」

 …………? なぜだろう?

「私たちはドワーフ国で鍛冶屋をしているのよ。武器や防具、革系の道具といった具合に幅広くね」

 その情報は前から知っていたが、聞けばレスの武器やリュックもこの二人の手作りなんだそうだ。

「それが割と繁盛してて、たまにだけど国からも依頼がくるの。巫女様にも何度かお会いしたことがあるわ。だから、その時に見かけたことがあるのかも……」

 巫女様――懐かしい響きであり、ドワーフ国での唯一覚えている人でもある。
 かつての私の教育係で、奴隷でありながらドワーフ国の要人にまで上り詰めた凄い方。

 良い記憶でもあり、悪い記憶でもあるそれを思い出していると、自然と私の足が止まった。
 気が付けば、レスの部屋へとつながる扉は目の前だ。

「ここ?」

 尋ねられて、私は頷く。

「そ、じゃあ失礼するわ」

 一声断りを入れてリズさんは取っ手を掴んだ。
 中へと入るその背中を追いかけようと一歩踏み込めば、突如として肩を掴まれて行く手を遮られる。

 ゆっくりと閉まる扉を、私はただ見ていることしかできない。

「……悪いな、姉さん一人にさせてやってほしい」

 すると、私を引き留めた張本人――今まで無口だったウィリーさんはそう口を開く。

 なぜ、などと聞くのは野暮だった。
 薄くだけど、すすり泣く声を私たちの耳は捉えたから。

「今日は終始あんな様子だったけど、内心ではかなり心配してた。むしろ、よく夜までもったくらいだよ」

 その言葉が胸に刺さる。
 だって、その原因を作ったのは私なのだ。

 満ちる静寂を前に何か言わなきゃ、と思い関係のない質問が私の口をつく。

「あの、"姉さん"って……?」

 当たり前だけど、本物の姉弟ではないだろう。
 しかし、この二人の呼び方は本物にも似た自然さと響きがあり、気になっていた。

「ん? ……あぁ、僕は物心がつく前から棄てられた孤児なんだ。それも、エルフに差別要素の強いドワーフ国で。当然誰も気にも留めてくれなかったんだが……そんな中、同じ孤児だった姉さんだけが僕を拾って育ててくれた。血は繋がってないけど、僕の本当の姉さんに変わりないよ」

 ……そうだったんだ。
 エルフのお爺さんのことを思い出し、またしても何とも言えない気持ちになってしまう。

「だから、姉さんを泣かせたアイツには文句を言ってやる。心配は姉さんがしているんだし、僕は憎まれ口を叩くくらいが丁度いいさ」

 そんな折、レスの部屋が開いた。

「……もういいのか、姉さん?」

 もたれかかっていた壁から背を離し、出てきたリズさんにそう問いかけるウィリーさん。
 水滴はもう見当たらないけど、その跡は目元に残っている。

「うん、本当にただ寝ているだけみたいだから。ウィリーはいいの?」

「僕が見舞うのは拳。それも、アイツが起きた時――って決めてるから」

「また、そんなこと言って……。ちゃんと仲良くしなさい」

 拳を打ち鳴らしてそう語るウィリーさんを、リズさんは笑って制する。

「さぁ、ルゥも行くわよ」

 自然に伸ばされた手を、私は思わず取ってしまった。
 引っ張られるようにして連れられながら、思うことがある。

 新参者の私には、この三人の関係性が分からない。
 しかし、それくらいには深い絆で繋がっており、互いが互いを想い合っているのだろうこと――それだけは分かった。
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