存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第四章 何かを護る、たった一つの条件

第五話 空白の三ヶ月②

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「…………そう。そんなことがあったのね」

 持ち手がなく縦に細長い、という特殊な形状のコップを傾けズズズッと啜る音を響かせる女性。

 熱くはないのだろうか?
 そんなことが気になるけれど、今の空気で聞けるような内容ではなかった。

「散々私に言っておきながら、あの子にも拾い癖が付いちゃったみたいね」

 そう語る女性の表情は、何かを懐かしむように微笑まれている。
 この場所ではレスは結構慕われているようだけど、その中でもこの人との仲は格別なものがあるようだ。

 だからこそ、私には確かめておきたいことがあった。

「あの…………貴方はレスのお師匠さんですか?」

 レスから直接話を聞いたことはない。
 けれど、過去の彼との会話や子供たちの呼び名から何となく察することはできる。

 それ故に真正面から尋ねてみると、女性はまず飲み物を一口含んだ。

「その質問に答える前に……私の名前はナディア=ノーノ。今後はナディアお姉様と呼びなさい」

「……………………はい……?」

 耳を疑ったかと思った。
 なんの脈絡もなく、自己紹介とお願いごとをされたから。

 そのためにまともな返答ができないでいると、何を勘違いしたのか子供さながらに頬を膨らませ、そっぽを向く。

「じゃないと、質問には答えてあげません。何も教えてあげない」

……なんなのだ、この人は…………。

「ナ、ナディアお姉さんはレスの師匠なんですか?」

 さすがに様付けは恥ずかしく、ちょこっと言い回しを変えてみる。
 けれど、それでも満足のいくものだったようでその表情はみるみる笑顔へと変化していった。

「ナディアお姉さん……いい響きね。うちの子は皆、変に似ちゃって誰も呼んでくれないから、新鮮だわ」

 挙句の果てには目尻を指で拭い、ホロリと自身で言っている。

「――あの子が連れてきたにしてはとってもいい子ね、ルゥちゃんは」

 かと思えば、目の前から急に姿が消え、気が付けば背後に回られていた。
 かつての狐師匠たちのように抱きつかれ、撫でられ、頬擦りをされる。

「あ、あの……止めて……。…………レスぅ」

 思わず涙声で懇願する私。
 男性でないとはいえ、あまり見知っていない人に触られるのは抵抗があった。

 この場におらず、意識さえ取り戻していない人物に助けを乞う程には。

「あら、ごめんなさい。そこまで嫌がるとは思わなかったわ」

 けれど、そんな私の声を聞いてか、すぐさま身体を離してくれる。

 傾けた十字状に腕を交差し自分の身を抱くと、恨めしげに背後を睨んだ。
 しかし、もうそこには誰もおらず、コトリとコップが鳴る音で元の席に戻ったのだと理解した。

 ……でも、どうやったのだろう?

「…………あの……それで、質問の答えは……?」

 まだ何も答えてもらっていないことを言及すると、「あぁ……」という相槌とともに手にしていたコップが置かれる。

「えぇ、そうよ。あの子は私の一番弟子であり、最初に拾った子」

 だ、そうだ。予想通りの答え。
 レスや私に付けてくれたものと同じノーノという名前の人物。そして、ここで見た中で一番大人な人なのだか当然かもしれないけど。

 それよりも、気になった部分がある。

「最初に、拾った……?」

「そう、確か……十年くらい前だったかしら。まぁ、あの子だけじゃなくて、ここにいる全ての子供たちは私が旅をしている中で拾ってきた孤児だけどね」

 レスの身の上話はこれまでにも聞いたことがなかった。
 私が尋ねなかった、というのが大きな理由だと思うけど、それだけにこうして知ることができたのはなんか新鮮な気分だ。

「で? そういった、あの子の話が聞きたいわけなの?」

 頬杖をつき、ニンマリとした笑みで尋ねる女性。
 ……どうやら、私の心は読まれているみたい。

「うぅん――あっいや、聞きたくないわけじゃない、ですけど……今回は違くて、私に魔法を教えてください」

 レスのお師匠さんと出会ったら、こうお願いしようと決めていた。
 その気持ちは、今回の出来事でより強くなった。

 だから、私は頭を下げる。

「……ちなみに、その理由は?」

 どんな顔で質問しているかは見えないけれど、少なくともその声音に変化はない。

「強くなりたいから。これからもレスの隣に立って、一緒に連れてもらえるように。そして、これまでに守られた分だけ、今度は私がレスを守ってあげられるように……!」

 もう、弱いだけの私は嫌だった。
 後ろで見ているのではなく、傍で共に戦いたい。

 そういった思いを込めて、私は言う。

「…………いいわ、教えてあげる」

 投げられた返答に顔を上げた。

「その代わり、条件が一つ」

 すると、女性は指を一本立てている。

「ナディアお姉様、ね」

「……………………え?」

 言われた意味が分からず、音が漏れた。

「ナ・ディ・ア・お姉様、ね」

 バッチリとウィンクまでされる。

「よ、よろしくお願いします…………ナディアお姉さん」

 改めて私は頭を下げた。
 先程から無駄に強調された一言を付け加えて。

 すると、女性――じゃなくて、ナディアお姉さんはウンウンと満足げに頷いて立ち上がる。

「それじゃ、早速始めましょうか。起きた時にあの子を見返してあげる為にも」

「…………! はい!」

 私も慌ててその後を追う。
 かと思えば、突然ナディアお姉さんは振り向き、私に指を突きつけた。

「あっ、それともう一つ」

 その指先はツーっと移動し、先程までいた机の方へと向く。

「貴方があの子以外を信用していないこと、そのために出した飲食物に何も手を付けないことは分かったわ。けれど、ここは孤児院で、共同生活の場所。それに、あの子はまだ寝たまま。だから、諦めて食事はとりなさい。絶食のまま乗り越えられるほど、私の修行は甘くないわよ」

 その指摘に、私の背中には冷や汗が流れた。
 ちゃんと見ている。私も、私を含めた周りのことも。

 やはり、皆から師匠と呼ばれるだけの人であるのだろう。

「いいわね?」

「……はい」

 私がそう答えれば、向けられていた指が上へと向き、クルクルと円を描くように動かし始める。

「だから、ナディアお姉様」

「…………はい……ナディアお姉さん」

 えっと……皆から師匠と呼ばれるだけの人なんだよね?

 ――だよね、レス?


 ♦ ♦ ♦


「――というわけで、まずは鬼ごっこをしましょうか」

「…………おに、ごっこ……?」

 青い空。僅かな草木が点々と生えた荒れた土の上を風が走り、薄く砂埃を立てている。

 ナディアお姉さんに連れられて建物の外へと出た私たちだったが、聞きなれない言葉を耳にし頭を傾けた。

「そう、鬼ごっこ。正式名称、吸血鬼ごっこ。かつて、吸血鬼が栄えていた際に取り入れられていた訓練であり、今では子供たちの遊びにまで昇華したものよ。ルールは簡単、私に触れられてはダメ」

「……それだけでいいの?」

 随分と単純なルールに思わずそんな言葉が口をつく。
 だが、私のその様子を笑うようにしてナディアお姉さんは言い加えた。

「えぇ……それも、一回避けるだけでいいわ。捌くなり、避けるなりしてたった一回、回避すればいい。簡単でしょ?」

 お茶目に笑みを浮かべるその様子は、見ようによっては挑戦的とも受け取れる。
 何のためなのかは分からないけど、やってやろう……!

「分かりました」

 手に拳を作り意気込みを向けると、ナディアお姉さんは頷いてくれる。

「そ。あっ、一つ付け加えるなら、私は身体能力だけでやるわ」

「……………………?」

 どういうことだろう?

「ふふ、よく分かってない顔ね。端的に言うなら魔法は使わないってことよ。そっちは使えるなら自由にどうぞ」

 それは暗に「貴方には使えないでしょ」とでも言っているのだろうか?
 レスの師匠といえども、頑張って見返してやりたい。

「…………お願いします」

 礼儀を弁え、一度頭を下げる。
 その後は狐師匠に習った通りの型を用いて、迎え撃つ構えをとった。

「……へぇ、中々楽しめるかもしれないわね」

 余裕そうな笑い。
 私は心を静め、ただひたすらに相手だけを見る。

 教えを思い出せ。
 大事なのは相手の動きに合わせて覚えた型を選ぶことだ。学んだとおりに出来れば、きっと隙をつくことができるはず。

「じゃあ、行くわね」

 丁寧に掛け声まで送られて、私たちの――いや、私の鬼ごっこ戦いは始まった。
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番外編: 語られないフェアリーテイル

こちらも毎日投稿しておりますので、よければ。
幼馴染による青春ストーリー: 彼と彼女の365日

以下、短編です。
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