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第四章 何かを護る、たった一つの条件
第四話 空白の三ヶ月①
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謎の女性に連れられ、黒いモヤを抜けた先には、大きな建物と高くそびえる一つの山が見えた。
「こっちよ」
その風景に見入り、ボーッと立っていると声をかけられる。
軽やかな足取り。大人を一人持ち上げているとは思えないほどの動きで、女性は私の前を歩いていく。
その後ろ姿を駆け足で追いかけると、私たちは一緒に建物の中へと入っていった。
『ししょー、おかえ……――えぇ!?』
出迎えてくれたのは、たくさんの子供たち。
私たちの様子を見た途端に、その明るい声音は一気に阿鼻叫喚へと変わる。
……当たり前かも。だって、まず私たちの全身はレスの鮮血で汚れていた。
もう真っ赤。鉄の匂いもすごくて、大人でも驚くんじゃないだろうか。
そして、そんな彼らはその血塗れの原因が担がれたレスだということに気が付くと、さらに騒ぎ出す。
泣く子もいた。けれど、その様子がレスと懇意にしているということを示しており、やっぱりここは目的の場所で間違いないのだろうと考える。
「――うるさいわよ」
そこに冷たく突き刺さる一言。
静かな声音なのに、建物中に響き渡ったように思えた。
「この子の傷に響く。助けたいなら、私の指示通りに動いて」
すると、すぐに皆は黙りこくる。
それからは子供にも出来そうな仕事――包帯やお湯の用意などを口早に言い放った。
「――あ、それから。このことを誰かウィリーに伝えて。でも、リズには内緒よ? 余計に面倒だわ」
知らない名前とともにテキパキと指示を出し終えた女性は、続いてレスを別の部屋へと運び込む。
そのまま備え付けのベッドへと寝かせれば、ローブや上着を脱がせ、脱衣に面倒なのでとシャツの前部分を切り開き、上半身を顕にさせた。
細い息。上下する胸。
それらがまだ生きていることの証明として現れ、ひとまず私を安心させる。
扉の鳴る音を聞きそちらを向けば、清潔そうな真っ白いタオルや桶に満たされたお湯が先程の子供たちによって次々と用意された。
そのタオルをお湯につけ、傷口に触れないように付着した血を女性は拭いていく。
「…………やっぱり。運が良かったわね」
「えっ…………?」
急に語りかけられ、反応ができなかった。
見れば、レスの体の傷は何故か塞がっており、代わりにその跡に沿って真っ赤な爛れが現れている。
「幸か不幸か、あなたが怒りに任せて暴走させた魔法のおかげでこの傷が灼け、塞がり、失血死だけは免れているわ」
その診断に私は安堵の息を吐いた。けれど、続く言葉に目の前は真っ暗になる。
「……だけど、免れているだけ。恐らく、内蔵も一緒に灼けているでしょうから早急に処置をしないと危険ね」
「魔法で…………魔法で何とかならないの……?」
たった一つの、奇跡を生み出す言葉を思い出して私は声を上げた。
あの何でも実現できる万能な力なら、助けになってくれると気が付いて。
「レスが言ってた、魔法は想像を現実にするって。だったら……よく知らないけど、凄そうな貴方にならできるんじゃ――!」
「――無理ね」
そして、にべもなく否定される。
「……な、んで…………?」
「この子にどんな風に、何を教わったのかは知らない。けれど……魔法はそんなに万能なものではないわ。だからこそ、この世界には医学や薬学というものが存在するのよ」
項垂れる私。希望とも呼ぶべき可能性を無下にされ、心に重くのしかかる。
もう助からない。私のせいで死んだのだ。そんな消極的な考えばかりが浮かんできた。
すると、そんな私の頭に何かが乗せられる。
「――けれど、一つだけ貴方の見立ては当たっている」
見上げれば、口元の端を吊り上げた笑み。
カッコ良く、そして、自信に満ちたその表情はレスが浮かべるものとそっくりだった。
「私は凄い。だから、こんな怪我くらい魔法がなくとも治してみせるわ」
そう言うと、女性は光を灯した指先でレスの上半身を縦になぞる。
すると、その跡に沿って真っ赤な血が滲み出し、皮膚が切れていった。
そのまま、内蔵などの損傷を見て一言。
「――あら? この子の傷、少しずつだけど治っているわね」
……治っている?
言われた意味が分からず、私がそれを見ようと身を乗り出せば、視界を塞ぐように目元を手で覆われてしまう。
「見ない方がいいわ。生々しくて柔らかそうな臓器、チカチカする程に鬱陶しく広がる紅い光景、肉々しく蠢く姿。素人じゃ耐えられたものじゃないわよ。それよりも、私が付けた切り傷の方を見なさい」
そうしてそっと手をズラされたので、私は言われた通りの場所を見た。
左右にパックリと開かれた切り傷は、時間が巻き戻っていくかのように元の状態へと閉じていく。
塞がってみれば、その跡さえも見当たらない。
「これなら、私が処置をする必要もないのだけど……一体何なの?」
未だに続く荒い息。勝手に治っていくレスの体。
それらを驚愕の目で見つめ、女性は呟く。
だけど、私はその現象について知っていた。つい最近、見たことがあるのだから。
しかし、それをこの人にも伝えていいのか。判断が出来ずに黙ったままでいると、隣からため息が聞こえた。
「……取り敢えずはこのまま様子見ね。この子と貴方の話も聞きたいし、一度向こうで落ち着きましょう」
立ち上がると、ドアへと向かい私に促す。
「――だから、心配しないで貴方たちも持ち場に戻りなさい」
しかし、続けられた言葉は誰に向かって言っているのだろう?
ノブを握り、ドアを引くと、多くの子供たちが雪崩のように部屋の中へと倒れ込んできた。
聞けば、レスのことが心配で聞き耳を立てていたらしい。
「それで? ウィリーには伝えてくれた?」
女性がそう尋ねると、子供たちの中でも背が高く歳も上っぽい一人の男の子が返事をする。
「うん。『あの、アホ兄が……』って言ってた」
その言い方に私はムッとした。
酷い、死にかけている人にかける言葉じゃない。
けれど、周りの人達は「しょうがないなぁ」といった顔で苦笑を浮かべるだけだ。
「そう……で、その後には何て言ったの?」
さも愉快そうに女性も聞く。
「『……姉さんが傷つくだろ、心配かけんなよ』だって」
その質問に、男の子も呆れた様子で答えていた。
途端に広がる笑み。朗らかな空気。
姉さんとやらが誰なのかは分からないけど、そのウィリーさんとやらは素直ではない人らしい。
「さ、みんな行った行った! こっちは大丈夫だから、やる事やって遊んでなさい。……あっ、あとお茶をお願いね」
パンパンと手を打ち鳴らし、子供たちに発破をかける。
言われた通り、散り散りに移動していく様子を私はただ眺めているだけだった。
「さて、じゃあコッチにいらっしゃい」
声をかけられ周囲を見渡すと、大きな机の傍で手招きをされる。
そのまま誘われるがままに席に着くと、温かそうな焦げ茶色い液体がコップに入れられて出された。
それを差し出した人物はまだ私よりも小さな姿をしており、ペコリと礼儀正しく頭を下げると、そそくさと駆けていく。
向かいには女性がすでに座っていた。
いつの間にか私たち二人の間には甘い匂いのするきつね色の塊がお皿に乗せられている。
……お菓子だろうか?
何にせよ、レスにまだ作ってもらったことがないもので判断がつかない。
「その飲み物はココア、そっちのお菓子はクッキーっていうの。どちらも甘くて美味しいから、良ければ食べてみて。その代わりと言ってはなんだけど……貴方とレスの関係を聞いてもいいかしら?」
そう問われ、私は頷く。
助けてくれた恩人だ。レスの知り合いでもあるのだろう。
なので、話せそうな内容は全て話した。
私とレスとの出会い。一緒に行動するに至った理由。道中の出来事。起きた事実だけを掻い摘んで。
しかし、まだ完全に信用できるほどではない。
だから、私の正体や飲んだ薬の影響でレスが今のような状態になっている、なんてことは教えることができなかった。
そして、私が出された食事に手をつけることもない。
「こっちよ」
その風景に見入り、ボーッと立っていると声をかけられる。
軽やかな足取り。大人を一人持ち上げているとは思えないほどの動きで、女性は私の前を歩いていく。
その後ろ姿を駆け足で追いかけると、私たちは一緒に建物の中へと入っていった。
『ししょー、おかえ……――えぇ!?』
出迎えてくれたのは、たくさんの子供たち。
私たちの様子を見た途端に、その明るい声音は一気に阿鼻叫喚へと変わる。
……当たり前かも。だって、まず私たちの全身はレスの鮮血で汚れていた。
もう真っ赤。鉄の匂いもすごくて、大人でも驚くんじゃないだろうか。
そして、そんな彼らはその血塗れの原因が担がれたレスだということに気が付くと、さらに騒ぎ出す。
泣く子もいた。けれど、その様子がレスと懇意にしているということを示しており、やっぱりここは目的の場所で間違いないのだろうと考える。
「――うるさいわよ」
そこに冷たく突き刺さる一言。
静かな声音なのに、建物中に響き渡ったように思えた。
「この子の傷に響く。助けたいなら、私の指示通りに動いて」
すると、すぐに皆は黙りこくる。
それからは子供にも出来そうな仕事――包帯やお湯の用意などを口早に言い放った。
「――あ、それから。このことを誰かウィリーに伝えて。でも、リズには内緒よ? 余計に面倒だわ」
知らない名前とともにテキパキと指示を出し終えた女性は、続いてレスを別の部屋へと運び込む。
そのまま備え付けのベッドへと寝かせれば、ローブや上着を脱がせ、脱衣に面倒なのでとシャツの前部分を切り開き、上半身を顕にさせた。
細い息。上下する胸。
それらがまだ生きていることの証明として現れ、ひとまず私を安心させる。
扉の鳴る音を聞きそちらを向けば、清潔そうな真っ白いタオルや桶に満たされたお湯が先程の子供たちによって次々と用意された。
そのタオルをお湯につけ、傷口に触れないように付着した血を女性は拭いていく。
「…………やっぱり。運が良かったわね」
「えっ…………?」
急に語りかけられ、反応ができなかった。
見れば、レスの体の傷は何故か塞がっており、代わりにその跡に沿って真っ赤な爛れが現れている。
「幸か不幸か、あなたが怒りに任せて暴走させた魔法のおかげでこの傷が灼け、塞がり、失血死だけは免れているわ」
その診断に私は安堵の息を吐いた。けれど、続く言葉に目の前は真っ暗になる。
「……だけど、免れているだけ。恐らく、内蔵も一緒に灼けているでしょうから早急に処置をしないと危険ね」
「魔法で…………魔法で何とかならないの……?」
たった一つの、奇跡を生み出す言葉を思い出して私は声を上げた。
あの何でも実現できる万能な力なら、助けになってくれると気が付いて。
「レスが言ってた、魔法は想像を現実にするって。だったら……よく知らないけど、凄そうな貴方にならできるんじゃ――!」
「――無理ね」
そして、にべもなく否定される。
「……な、んで…………?」
「この子にどんな風に、何を教わったのかは知らない。けれど……魔法はそんなに万能なものではないわ。だからこそ、この世界には医学や薬学というものが存在するのよ」
項垂れる私。希望とも呼ぶべき可能性を無下にされ、心に重くのしかかる。
もう助からない。私のせいで死んだのだ。そんな消極的な考えばかりが浮かんできた。
すると、そんな私の頭に何かが乗せられる。
「――けれど、一つだけ貴方の見立ては当たっている」
見上げれば、口元の端を吊り上げた笑み。
カッコ良く、そして、自信に満ちたその表情はレスが浮かべるものとそっくりだった。
「私は凄い。だから、こんな怪我くらい魔法がなくとも治してみせるわ」
そう言うと、女性は光を灯した指先でレスの上半身を縦になぞる。
すると、その跡に沿って真っ赤な血が滲み出し、皮膚が切れていった。
そのまま、内蔵などの損傷を見て一言。
「――あら? この子の傷、少しずつだけど治っているわね」
……治っている?
言われた意味が分からず、私がそれを見ようと身を乗り出せば、視界を塞ぐように目元を手で覆われてしまう。
「見ない方がいいわ。生々しくて柔らかそうな臓器、チカチカする程に鬱陶しく広がる紅い光景、肉々しく蠢く姿。素人じゃ耐えられたものじゃないわよ。それよりも、私が付けた切り傷の方を見なさい」
そうしてそっと手をズラされたので、私は言われた通りの場所を見た。
左右にパックリと開かれた切り傷は、時間が巻き戻っていくかのように元の状態へと閉じていく。
塞がってみれば、その跡さえも見当たらない。
「これなら、私が処置をする必要もないのだけど……一体何なの?」
未だに続く荒い息。勝手に治っていくレスの体。
それらを驚愕の目で見つめ、女性は呟く。
だけど、私はその現象について知っていた。つい最近、見たことがあるのだから。
しかし、それをこの人にも伝えていいのか。判断が出来ずに黙ったままでいると、隣からため息が聞こえた。
「……取り敢えずはこのまま様子見ね。この子と貴方の話も聞きたいし、一度向こうで落ち着きましょう」
立ち上がると、ドアへと向かい私に促す。
「――だから、心配しないで貴方たちも持ち場に戻りなさい」
しかし、続けられた言葉は誰に向かって言っているのだろう?
ノブを握り、ドアを引くと、多くの子供たちが雪崩のように部屋の中へと倒れ込んできた。
聞けば、レスのことが心配で聞き耳を立てていたらしい。
「それで? ウィリーには伝えてくれた?」
女性がそう尋ねると、子供たちの中でも背が高く歳も上っぽい一人の男の子が返事をする。
「うん。『あの、アホ兄が……』って言ってた」
その言い方に私はムッとした。
酷い、死にかけている人にかける言葉じゃない。
けれど、周りの人達は「しょうがないなぁ」といった顔で苦笑を浮かべるだけだ。
「そう……で、その後には何て言ったの?」
さも愉快そうに女性も聞く。
「『……姉さんが傷つくだろ、心配かけんなよ』だって」
その質問に、男の子も呆れた様子で答えていた。
途端に広がる笑み。朗らかな空気。
姉さんとやらが誰なのかは分からないけど、そのウィリーさんとやらは素直ではない人らしい。
「さ、みんな行った行った! こっちは大丈夫だから、やる事やって遊んでなさい。……あっ、あとお茶をお願いね」
パンパンと手を打ち鳴らし、子供たちに発破をかける。
言われた通り、散り散りに移動していく様子を私はただ眺めているだけだった。
「さて、じゃあコッチにいらっしゃい」
声をかけられ周囲を見渡すと、大きな机の傍で手招きをされる。
そのまま誘われるがままに席に着くと、温かそうな焦げ茶色い液体がコップに入れられて出された。
それを差し出した人物はまだ私よりも小さな姿をしており、ペコリと礼儀正しく頭を下げると、そそくさと駆けていく。
向かいには女性がすでに座っていた。
いつの間にか私たち二人の間には甘い匂いのするきつね色の塊がお皿に乗せられている。
……お菓子だろうか?
何にせよ、レスにまだ作ってもらったことがないもので判断がつかない。
「その飲み物はココア、そっちのお菓子はクッキーっていうの。どちらも甘くて美味しいから、良ければ食べてみて。その代わりと言ってはなんだけど……貴方とレスの関係を聞いてもいいかしら?」
そう問われ、私は頷く。
助けてくれた恩人だ。レスの知り合いでもあるのだろう。
なので、話せそうな内容は全て話した。
私とレスとの出会い。一緒に行動するに至った理由。道中の出来事。起きた事実だけを掻い摘んで。
しかし、まだ完全に信用できるほどではない。
だから、私の正体や飲んだ薬の影響でレスが今のような状態になっている、なんてことは教えることができなかった。
そして、私が出された食事に手をつけることもない。
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番外編: 語られないフェアリーテイル
こちらも毎日投稿しておりますので、よければ。
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