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第四章 何かを護る、たった一つの条件

第二話 現れた救世主

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 何が起きたのか、私には分からなかった。
 敵のお爺さんが一歩進んだかと思えば、その次にはレスの目の前に動いていて剣を振っていた。

 そして、レスの刀もその身体も全てを切り裂いていった。

 為す術もなく膝から崩れ落ちていく姿を私は見る。
 倒れ込んだあとには有り得ない量の血が流れ、地面を浸食し、私の足元までをも濡らした。

「…………っ……ぁ――!」

 本当に絶望したとき人は声も出ない。
 叫べばいいのか、泣けばいいのか、喚けばいいのか。言いようのない気持ちが胸から喉へせり上がってくるが、言葉にならなかった。

 こみ上げて、こみ上がり切った感情は吐き気へと変わり、その場で空嘔吐からえずく。

 左手で口を抑えうずくまると、真っ赤な液体が目に入った。
 膝が笑ってその場に座り込めば、生温かい感覚が布を通じて私の中に染み入る。

 そこで私はハッと我を取り戻した。

「…………レス……!」

 慌てて立ち上がれば、足が縺れる。
 それでも必死に動かし、何度も蹴躓きながらその傍へと近づいた。

 未だにドクドクと血は流れ出ており、その感覚が足元から伝わってくる。
 息はしているけれど、か細い。顔色も悪く、比喩なく今すぐに死にそうな状態だ。

「止まって……お願いだから、止まってよ……!」

 何をしたらいいのか分からないけど、血が出ているのは良くない。
 それだけは理解し、レスの体を揺すって必死にお願いをした。

「……………………」

 それに対して、傍らに立っていたお爺さんずっと見守っている。
 けれど、その手に持つレスを切り裂いた武器を背中に仕舞うと、テクテクと遠ざかってしまった。

 ――助かった……の?

 僅かに生まれた希望に私は目を向ける。
 だけど、その後の行動、そして戦う前の言葉を思い出して、すぐに淡い願いだと打ちのめされた。

「じゃあ、あとは君たちでよろしくね」

 投げやりに手を振り馬へと戻ったお爺さんとは裏腹に、周りにいた人達の数人は地面に降り立ちこちらへ歩み寄ってくる。

 怖かった。

 これ以上レスに何をするのだろうか。
 これから私に何がされるのだろうか。

 触れている温もりは次第に温度を失い、私の寄る辺は脆く崩れ去っていく。

 嫌だ、奪わないで……。
 段々と近づいてくるその姿に私は緩く首を振る。目の端からハラリと涙が零れた。

 そして、私に……レスにその手が伸ばされ――。



 心の中で、何かが弾ける。



「…………レスに……触れるなっ!」

 逆巻く炎。橙色の光が残滓となってその軌跡を示し、私を中心として舞う風となる。
 手を向ければ蛇のように敵へと向かい、大口を開くようにその姿を包み込んだ。

 悲鳴とともに燃え上がる肉体。
 一人は地面を転がりながら火を消し距離を取るが、もう一人は間に合わずそのまま炭へと成り果てる。

 生み出された熱はその周囲にも影響を与えた。
 グツグツと足元から音がしたかと思えば、場に満ちていた血液は沸き立ち、煮えたぎっている。

 それどころか、地面からは薄く湯気が立っていた。
 乾き、ひび割れ、まるで土中に含まれた僅かな水分さえも蒸発させているみたい。

 暑い。熱い。
 鉄板の上にいるようであり、鍋で茹でれられているような感覚。

 だけど、それで誰も近づいてこないのなら……それでいいか。

「全く……懐かしい魔力とどデカい魔力、その両方を感じて来てみれば、これは一体何なの?」

『――――!?』

 突然降り注ぐ謎の声。
 私のすぐ近くから発生したソレに、倒れるレスと登場した人物を除けばその場にいる全員が驚きの表情を浮かべる。

 そこにいたのは綺麗な紫色の髪を携えた、美しい女性。
 透き通るような蒼い瞳。その口元には小さな笑みが佇み、何より頭から生える羊のような角が特徴的だ。

 けれど、近づく者は誰であろうと敵。
 そんな思い込みから私はその人にも手を向け、炎を差し向ける。

 しかし、それが届くことはなかった。

 ――パチンッ。

 指が一つ鳴らされれば、出現していた炎は跡形もなく消える。
 それに伴い周囲の温度も低くなり、気がつけば元の気候へと戻っていた。

「あら、あなた魔力が暴走しているみたいね」

 トン、と頭を指先で小突かれると、体の力が抜ける感覚に苛まれる。
 何だろう、さっきまで感じていた万能感が消えた。

「で、そっちの倒れている子が――なるほど」

 辺りをグルッと見渡して、納得したように頷く。

「ねぇ、そこの人ら。この倒れている子って私の身内で、しかも見るからに死にかけなの。持って帰りたいんだけど大丈夫?」

 まるで世間話でもしているかのような気軽さ。
 当たり前のように相手からは文句が出るけれど、それを一番偉そうなお爺さんが手を挙げることで止める。

「そこのお嬢さんさえ渡してくれれば、少年は好きにしてくれて構わないよ」

 名指しに、ビクリと体が動いた。
 一体どのような返答をするのか、それだけが気になり、件の女性に目を向ける。

 しかし、その表情に変化はなかった。

「それは私が――ましてや、あなたが決めることではないでしょう?」

 そして、私に問う。目を見て。

「あなたは、どうしたいの?」

 ――面影を見た気がした。
 あの時、私が自由になった日。一歩を踏み出すきっかけとなった質問。

 彼と――レスコット=ノーノと重なる。
 だから、かつてはしっかりと答えられなかったその返事を、今しよう。

「私も一緒に、連れて行って!」

「任せなさい」

 口の端を吊り上げる男勝りな笑みを浮かべた女性は、相手に向き直るとこう言った。

「と、いうわけよ。悪いわね」

 一斉に杖や剣を引き抜き、臨戦態勢をとる相手。
 だが、それに対してもお爺さんは一喝する。

「止めなさい!」

 何故止めるのか。
 隣に立つ女性以外、全員が意外そうな顔を向けたことだろう。

「……準備もなしに貴方を相手にするのは厳しそうだ。今回限りは見逃そう」

「そう。じゃあお言葉に甘えるわね」

 ――パチンッ。

 再び女性が指を鳴らせば、空中に黒い鏡のようなモヤのようなものが生まれる。
 その表面は水たまりのように波紋を生じており、中を覗いても真っ暗な闇だけだ。

「……よいしょっと。さぁ、行きましょうか」

 軽々と倒れたレスを持ち上げると、私をその暗闇の中へと誘う。
 少し恐怖はあったが、覚悟を決めて入った。

 見た目の割にモヤの感触は一切なく、気が付けば私は別の場所に立っている。

 目の前にはそれなりに大きな建物。
 そして、その後ろには高く薄気味悪い山が聳えていた。


 ♦ ♦ ♦


「団長、逃がして良かったのですか?」

 もう誰もいない空間を見つめながら、ローランは蟠りとなっている不満を口に出す。

 命令、そして尊敬している人の判断ということで何もしなかったが、その理由を聞かなければ到底満足のいく事態ではなかった。
 それは部下も同じだろうと思っての、彼の質問だ。

「…………横から、すまない。けれど……団長の判断は、間違ってない……と私も思う」

「ワーナー、それはどういうことだい?」

 思いがけない擁護に、ローランは同僚へと矛先を変える。

「……う、む。最後の、黒い魔法…………アレは、空間魔法……だ」

『――なっ!?』

 その予期していなかった解答に、団員の一部は驚きの声を上げた。
 魔法に精通している部隊の団員らはそれに気づいていたようで苦々しい表情を浮かべており、その事実が真実であることを教えてくれる。

「…………団長。貴方は、知っている……ようだった。……彼女は、何者……だ……?」

 同じ魔法の使い手として興味が尽きないのだろう。
 珍しくもワーナーは前のめりに尋ねる。

「……彼女の名はナディア=ノーノ。かつては六賢人の称号を冠し、世界最強とさえ謳われた女性だよ」

 だが、その内容の衝撃さに誰も声を上げることは出来なかった。

 六賢人――それは各種族に一人ずつ存在する魔法のエキスパート。
 実力は個人で国を壊滅させるほどと言われており、王都の城に御座おわします賢者もその内の一人だ。

 元、とはいえ彼女もそれに名を連ねていたと言う。
 ならばグンドルフが判断した通り、あのまま戦っていても負けは目に見えていただろう。

「だけど、諦めたわけじゃない。行き先も分かっている。時間はかかってしまうけど、まずはドワーフの国に行って作戦とその準備をしよう。幸い、彼から入国証を渡されている」

 そう言って懐から取り出された紙には、国王と賢者、両名の名前が記されていた。

 示された提案に騎士団の面々は頷く。
 疲弊、不安、様々な色が瞳に映っているが、それ以上にやる気に溢れていた。

 彼らは馬を走らせる。
 安らかなる休息と、次なる戦いへの備えを求めて――。
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