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第三章 気高き戦士のもとに旗は翻る
幕間Ⅰ 常闇の密会
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夜も更けた、とある時分。
雲よりも高い場所に位置するここは、月の光を遮るものなど何もなく煌々と照らされていた。
そんな中、岩場の上で座禅を組み、静かに心を研ぎ澄ます者が一人。
外気温は良くて一桁、体感温度はマイナスに達しているだろうに、身震いをすることもなくただひたすらに佇んでいる。
そんな酔狂な人物の背後――岩の陰になって完全な闇が広がっている空間に一つの気配が生まれた。
「……どうした、今日は定時連絡の日じゃなかったはずだが?」
傍から見れば、それは痛い独り言に過ぎない。
だが確かに、闇の中で何かが蠢き口を開く。
「――、――――。――――?」
「あー、アイツらは疲れて寝ちまった。人にモノを教える、なんていう柄にもないことをやってな。……ったく、だったら自分たちの修行もサボるなよ」
「――。――――」
「馬鹿言え。力はあっても慢心が多い……まだ子供だよ」
投げられた世間話に首を振ると、ため息をついた。
その様子を見るだけでも、岩に座る人物の苦労が窺える。
「……てか、そんなことを聞くためにここまで来たのか?」
言葉と一緒に鋭い眼光が向けられ、漂う空気が一変した。
「――――。――?」
「あぁ。情報と推測の通り、山を経由してきたよ。作戦は順調だ」
「――――?」
「とうとうこの日が来た、人間共を殺れるって張り切ってるぜ。もちろん、俺も参加する」
「――。――――?」
そこで初めて、スラスラと話していた口が止まる。
顎に手を当て唸り、歯切れ悪く答えた。
「うーむ、あの様子だと明日・明後日には動くだろうな……。腕がなるぜ」
「――、――――。――――」
「……分かってるよ。アイツらにバレるようなヘマはしねぇ」
「――――――、――」
「了解」
そう応えたところで、蠢くだけ蠢いた"何か"の気配が霧散する。
岩の上に鎮座した人物はそっと息を吐くと、目線を頭上――丸々と金色に磨かれた月へと向けた。
見る人が見れば、きっと遠吠えを連想するだろう光景だ。
そのことを意識でもしたのか、小さく、誰にも聞き取れないような声量で呟く。
「……悪いな、人間」
その言葉で意識は切り替わったのか、片手をついて体を浮かすと、流れるような動作で立ち上がり上段回し蹴りを放った。
鋭利な爪の輝く手足はしっかりと伸び、軸はブレることなく、片脚だけでその体勢が維持される。
もし山の麓より見上げたならば、山頂がちょうど月と重なり、さながら月の兎――いや、月の狼のように見えただろう。
雲よりも高い場所に位置するここは、月の光を遮るものなど何もなく煌々と照らされていた。
そんな中、岩場の上で座禅を組み、静かに心を研ぎ澄ます者が一人。
外気温は良くて一桁、体感温度はマイナスに達しているだろうに、身震いをすることもなくただひたすらに佇んでいる。
そんな酔狂な人物の背後――岩の陰になって完全な闇が広がっている空間に一つの気配が生まれた。
「……どうした、今日は定時連絡の日じゃなかったはずだが?」
傍から見れば、それは痛い独り言に過ぎない。
だが確かに、闇の中で何かが蠢き口を開く。
「――、――――。――――?」
「あー、アイツらは疲れて寝ちまった。人にモノを教える、なんていう柄にもないことをやってな。……ったく、だったら自分たちの修行もサボるなよ」
「――。――――」
「馬鹿言え。力はあっても慢心が多い……まだ子供だよ」
投げられた世間話に首を振ると、ため息をついた。
その様子を見るだけでも、岩に座る人物の苦労が窺える。
「……てか、そんなことを聞くためにここまで来たのか?」
言葉と一緒に鋭い眼光が向けられ、漂う空気が一変した。
「――――。――?」
「あぁ。情報と推測の通り、山を経由してきたよ。作戦は順調だ」
「――――?」
「とうとうこの日が来た、人間共を殺れるって張り切ってるぜ。もちろん、俺も参加する」
「――。――――?」
そこで初めて、スラスラと話していた口が止まる。
顎に手を当て唸り、歯切れ悪く答えた。
「うーむ、あの様子だと明日・明後日には動くだろうな……。腕がなるぜ」
「――、――――。――――」
「……分かってるよ。アイツらにバレるようなヘマはしねぇ」
「――――――、――」
「了解」
そう応えたところで、蠢くだけ蠢いた"何か"の気配が霧散する。
岩の上に鎮座した人物はそっと息を吐くと、目線を頭上――丸々と金色に磨かれた月へと向けた。
見る人が見れば、きっと遠吠えを連想するだろう光景だ。
そのことを意識でもしたのか、小さく、誰にも聞き取れないような声量で呟く。
「……悪いな、人間」
その言葉で意識は切り替わったのか、片手をついて体を浮かすと、流れるような動作で立ち上がり上段回し蹴りを放った。
鋭利な爪の輝く手足はしっかりと伸び、軸はブレることなく、片脚だけでその体勢が維持される。
もし山の麓より見上げたならば、山頂がちょうど月と重なり、さながら月の兎――いや、月の狼のように見えただろう。
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