存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第三章 気高き戦士のもとに旗は翻る

第五話 やっとの本題

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「いやぁ、レスくんや。ご飯、美味しかったぜ」
「……結構なお手前でしたわ」

 用意したスープもパンもなくなった食卓で、姉妹それぞれからお褒めの言葉を頂く。

 その一方で――。

「しっかし……こうしてみると、やっぱり肉が食べたくなってくるよなぁ。……やっぱ俺、肉食だわー」

 ――随分と厚かましい犬っコロもいるようだな。
 勝負に制したとはいえ、俺たちは初対面でここ一、二時間の仲だ。それにしては遠慮がなさすぎではないだろうか?

「はぁ……ソレをくれてやるから、さっさと"獣人族は敵じゃない"云々の話に入ってくれ」

 リュックを漁り、エルフの里で作り余っていた角煮を取り出すと俺はそう言う。
 出来上がってすぐにリュックへ保存したため、湯気が立ち上り温かさも残っていた。

 ――本当にこのリュックには世話になるな。

 辺り一面に料理の香りが広がる。それをうけて、ドウラン以外の面々も続々と手を伸ばし始めた。

「……あら、これも美味しいわね」
「……だな、シスター。柔らかいのに肉肉しさは残っていて、甘辛い味付けが絶妙なバランスだ」

「まぁ、確かに美味いが……俺はもう少し固い方が好きだな」

 こいつ……せっかく気を利かせて用意したのに、文句をつけやがったぞ。

「そういうのはいいから、早く話をしてくれ」

 ドウランの態度に俺の気分もだだ下がり、話をするようにと投げやりに促す。

「その前に聞くが……レスコット、お前は人間族の起源について知っているか?」

 手掴みで食べていたせいで指に付いた油を舐め取りながら、ドウランは俺に質問をした。

「……いや、神話に基づかれた解釈や崇拝されている思想でいいなら多少の覚えはあるが、歴史的事実という意味でなら知らない」

 予想通りの回答なのか、俺の言葉に頷きを見せる。

「だよな。その点、俺たち獣人族の間ではお前たち人間族の起源が言い伝えられている」

「――――は?」

 言われた内容が理解できず、口から空気が漏れた。
 なぜ、他種族が他種族の起源を語り継いでいるのか……それも、古くからの敵のことを。

「内容はこうだ。――遠い昔、獣人族と人間族は纏まった一つの種族だった。だがある日、その一部が袂を分かち、独立した一つの種族であることを主張する。それこそ、人間族の始まりである――とな」

 言い終えると、ドウランは真っ直ぐに俺を見つめる。

「……なんだ、それは…………」

 口が開きっぱなしになっていたらしく、口内はカラカラに乾いていた。唇を動かす度に張り付くのが分かる。

「……聞いたことがないぞ」

 人類史に詳しいわけではないが、それでも、そんな突拍子もない話には覚えがなかった。

「まぁ所詮は言い伝えだ、真実かどうかは分からない。重要なのは、その言い伝えを心酔している奴らがいる、ということだ」

「どういうことだ……?」

「順を追って話そう。獣人族といってもその幅は広く、種族内でも幾つかの派閥に分かれている」

 それは知っている。
 獣人族とは、偏に動物の特徴が発現した者のことを指す。その種類は多岐にわたり、肉食や草食、海洋や陸上などと生態に応じて分けられるそうだ。

 合っているか確認をとればドウランは頷き、話を進めてくれる。

「そう、その中でも猿族――かつて人間が所属していたとされる者らの一派が問題なんだ。奴らはこの言い伝えを盲信し、人間を"裏切り者の種族"と蔑んでいる……奴らだけがな」

 そこで一度ため息をつくと、肩を竦め、おどけた様子で続けた。

「まぁ、そんなわけで獣人族全体が人間族を嫌っていると勘違いされてるんだよ。猿の奴らが勝手に人間を敵視して襲う。人間もそれに応じて俺たちを襲う。そうなれば、もう泥沼だ。られないために互いが互いを攻撃するしかない。おまけに、発端もその原因も獣人族しか知らないから溝は深まるばかりだよ」

 「やれやれ」と言わんばかりに首を振り、そう締め括られる。

 聞いていた俺としても同じ思いだ。
 正直に言えば「どうでもいい」の一言に尽きるのだが、それでも、その話が事実ならばもう少しやりようはあったはず。

 ……現実ってのは、ままならないものだな。

 少なくともその話を知ってさえいれば、数時間前に生死のやり取りをする必要もなかったわけで…………ん?

「……おい。じゃあ、なんで俺たちは戦ったんだよ。そっちが勝ったから良かったものの、俺の方が強かったらうっかり殺してたぞ」

 それに、俺としても無駄な傷を負わなくて済んだ。

「許してくれ。他の種族と本気で戦えることなんて滅多にないんだ。気持ちが昂っちまった」

 そう照れたようにドウランは頬を掻くが、屈強な男がやっても大して可愛くはなかった。
 言い様のない不快感を抱えながらその姿を見ていると、「それにな――」ど言葉が続く。

「俺が負けるようなことがあれば、コイツらが加勢をしてくれるしな」

 そう断言し、傍らに寄り添う妹らの頭に手を乗せると片方は歯を見せ、もう片方はうっすらと口角を上げて微笑んだ。

「おう、兄様はウチらが守ってやるよ!」
「……仕方ないですわね」

 普通は逆のセリフだろ……。
 呆れと一緒にそんなことを思ってしまうが、そのチグハグさも含めてこの兄妹なのだろう。

 その在り方は今の俺には眩しすぎて、そして、ほんのちょっぴり羨ましい。

 だからであろうか。返す言葉が脈絡のない意地の悪いものへと変化する。

「……戦いの件は許してやってもいい。ただ、最後に見せた空中を蹴る技を俺に教えろ。それが条件だ」

「いいぜ、その代わり――」

「だが断る!」

 何か舐めたことを言い募ろうとする気配を感じ、先程覚えたばかりの言葉を使ってみた。

「――だァ! 早ぇよ、まだ何も言ってねぇだろうが!」

 すると、怒鳴り声で何か不満を言われる。
 しかし、ルゥを除く女性陣からの熱い賛辞を受け取っており、俺は聞いていなかった。

 曰く「完璧な使い方だったぜ、レスくん」「無駄のないポージングでしたわ」とのことらしい。
 ふむ、女性に褒められるのは中々に心地がいいな。

 ……さて、冗談はここまでにしておこうか。
 大の男が無視されたあまりにマジ泣きしそうだ。

「いや、だってお前さ……許してやる代わりに技教えろって言ってるのに、交換条件を提示する奴があるかよ……」

「ま、負けたくせに偉そうですわね……」
「でも、こういう立場を逆転させたかのような交渉の仕方って、案外効果的だったりするんだよな……」

 コソコソと狐姉妹が話している。

「だから、違うって! 俺もちょうど相手が欲しかったし、やり方を教えたら組み手形式で実践練習しようぜって言いたかったんだよ」

 そう拗ねたように言い捨てるドウラン。
 その姿に多少の罪悪感が湧き、また、言われた内容は願ってもない申し出だった。

「あー……そりゃ、すまなかった。実践形式はこちらとしても願ったり叶ったりだ。よろしく頼む」

「おう」

 軽く頭を下げれば、そんな返事が聞こえてくる。
 空を見上げると、日が落ちるまでまだまだ時間があった。食器を片付けてテントの用意をしたら、早速始めるとしよう。


 ♦ ♦ ♦


「どうした、今日はやけに喋らないな?」

 片付けなどのお手伝いにルゥを呼び寄せ、一緒に作業をしている時に俺は話しかけた。

 本人にも自覚はあるのか、誤魔化すような笑みが浮かべられる。

「……アイツらが信用出来ないか?」

 核心をついた一言に、今度は驚きの表情へと変化した。その後、観念したようにポツリポツリと話し出す。

「……うん。なんかね、あの人達は隠し事をしてる気がする。……それに、レスより強かったし……馴れ馴れしいし……何を考えているのか分からないし……。あと、ベタベタ触ってきて鬱陶しい!」

 最後の一言に一番感情が篭っており、俺は思わず笑う。
 その反応が気に入らなかったのか、ムッとした顔を向けると意地の悪い言い方で尋ねてきた。

「……信用してないってレスは言ってたけど、じゃあ何であんな風に楽しく話せるの?」

 ルゥはさらに険しい表情をするだろうが、それでも、俺はその質問内容にまた笑う。
 そうか。ルゥにはそう見えるんだな。

「楽しいかどうかはさておき、別に人と上手く付き合うだけなら信用は必要ないからな。相手と話を合わせて、的確な相槌を打ち、時折こっちから話題を投げる。その過程は信用がなくても出来ることだ。教えを乞うたのも、上手くいけば儲けもんくらいの気持ちだしな」

 打算的で褒められることのない考え方。
 だが、不信なくして生きていけるほど今の世の中は甘くない。

「だからな、ちょっとくらい話してみてもいいんじゃないか? 向こうはもう吸血鬼だってことを知ってるから、隠す必要もないし」

「うーん……考えてみる」

 難しい顔でそう唸る。
 その真剣さと可愛らしさのアンバランスに自然と笑みが零れた。

「……そうだな。他人の言葉を鵜呑みにして良いことなんてない。悩んで、考えて、ゆっくり自分の選択を探していけ」

 話しながらも手を動かしていたおかげで食器は片付き、そろそろテントも立て終える頃合いだ。

 俺も強くならなくちゃいけない。
 守ろうと決めたものを守るために。

 だからこそ、敵になるかもしれない者へ教えを乞うたのだ。
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番外編: 語られないフェアリーテイル

こちらも毎日投稿しておりますので、よければ。
幼馴染による青春ストーリー: 彼と彼女の365日

以下、短編です。
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