存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第二章 忌み者たちの出会い

第十一話 歩み寄る一歩と上る戦いの狼煙

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 その後、きちんとした夕飯を作り終えた俺は独りで物悲しく食事を済まし、間借りしている部屋に篭もっていた。

 カオス老人はともかく、未だに部屋から出てこないルゥは一体どうしたものだろうか?

 その理由こそ多少なりとも予想がつくものの、俺個人が何かしてあげられることはないと思われる。

 まぁ、二人の料理もちゃんと用意して保温性のフタを被せておいたし、「何かあれば部屋に来るように」と書き置きもしてある。

 一人で考える時間も必要なのかもしれないな。

 ――――コンコンコン。

 暇潰しに本でも読もうか――そう考えてリュックに手を伸ばした矢先、唐突に扉が音を立てる。

「どうぞー」

 改めて椅子に座り直し、そう声をかけた俺は件の扉へと目を向けた。

「今、大丈夫……?」

 弱々しくもハッキリとした声で訪ねてきた少女は、少し身長が足りないらしく顔付近にあるノブを両手で握り、トテトテとした様子で開けている。

「あぁ、問題ない。ご飯はちゃんと食べたか?」

 律儀にも扉を閉めこちらへ歩み寄る姿を見ながら尋ねると、ルゥは満足げに頷いた。

「うん。今日も美味しかった」
「それは何よりだ。……それで、何か用か?」

 他に椅子がないのでベッドに座るよう促すと、ポフンとした音とともにその体が弾む。

 それと同時にほんのり木々の爽やかな香りを感じ取り、風呂も一緒に入ってきたのか、などと益体の無い考えが脳裏を過ぎった。

 そんな火照った身体と血色の良い顔を見せる彼女は、改まったように背筋を伸ばすと口を開く。

「今日はレスのことを理解しに来ました……!」

「……………………は?」

 ――なぜに敬語? などとツッコミを入れる余裕もなく、俺の口から音が零れた。

 だが、よくよく考えてみれば心当たりがある。
 恐らくではあるが、あの爺さんと話していたことを実践しようと思っているのだろう。

 一方のルゥもそれだけで伝わるとは思っていなかったようで、補足をするように言葉を続けた。

「えと……私、レスのことをそんなに知らないなって思ったの。だから、お話しをしに来ました。私が色んなことを聞くから、レスは本心で答えてください」

「…………分かったよ。ただ、その変な敬語はやめろ。こう……なんかむず痒い」

 しばしの間を空け了承の意を示した俺は、手をヒラヒラと振って畏まった態度を辞めさせる。

 案の定の理由だったが、まぁ別に構わないだろう。
 それでこの子が納得するのなら、越したことはないはずだ。

「じゃあ……レスはさ、私のことをよく見て、よく考えて、合わせた行動をしてくれるよね? どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

 前置きもなく語られたのはそんな言葉。
 純粋な澄んだ瞳がこちらに向けられていた。

「そうだな……先ずは訂正を一つさせてくれ。勘違いをしているようだが、俺は優しくなんかないぞ」

 質問に対して俺がそう返すと、ルゥは意味が分からないとばかりに首を傾ける。

「でも、私に対して酷いことしないよ?」
「当たり前だろ」

「……毎日美味しいご飯を作ってくれるよね?」
「食わないと生きていけないからな」

「…………優しいね?」
「勘違いだ、やめろ」

「……………………よく分かんない」

 いくつかの問答を繰り返したルゥは傾けた首を元に戻すものの、今度はしかめっ面に変化した。

 これだけ証拠を上げてるのに何で否定するの――とでも非難されているようだな。

「それらが全てルゥの為を思っての事なら、確かにそれは優しさだろうな。だが、残念なことに違う」

 首を振って否定をしてみせると、「なら……」とルゥの口が開く。

「なら、どうして私に何も酷いことをしないの?」
「出会った時にも言ったと思うが、興味がない。それに、したところでメリットがないからな」

 得のない行動なぞ、基本的にするつもりは無い。

「なんで、ご飯を作ってくれるの?」
「毎回血を飲まれるよりは俺に負担が少ないからだ。いざという時に体が動かなかったら、互いに困るだろ」

 それに、一食用意するも二食用意するも大差がないからな。

「これで分かったか? 俺はあくまでも自分のために行動してるだけだ。それが偶々ルゥにとっても都合がいいだけで、優しいなんてのは勘違いなんだよ」

 立て続けにそこまで話すと、少女の表情はさらに唇を尖らせるように変わり、「むむー」と唸り声まで聞こえてくる。

 しかし、ふとあることに気づいたようにその顔は一変した。

「優しいって言われるの、嫌いなの?」

 非常に簡潔な質問。
 はい、いいえの二択で答えられる問いにも拘らず、俺は回答に窮する。

 その言い方だと、まるで俺が天邪鬼な人みたいに聞こえるじゃないか。

「…………嫌いだぞ。ただ、勘違いして欲しくはないのだが、別に照れてるとか意地になってるわけではなくだな――優しくもないのに優しいと断定されることにイラつくだけだ」

「でも――――」

「でもも何もない。そう見えてるだけなんだよ、実際は」

 本心で答えると約束した手前、言わないわけにはいかない。カオス老人に続いて、このことを言うのは生涯で三人目だな。

 苦手な自分語りに辟易し一つため息をつくと、話をするために空気を取り込んだ。

「俺は遍く全てに興味がない。そして、誰にも何事にも興味がないからこそ寛容になれる。だから、ある程度は受け入れることが出来て、そのせいで優しく見えるだけだ。本当のところは、そいつがどうなろうが知ったこっちゃない」

 「な? 酷いものだろ?」とばかりに投げやりに発し、肩を竦める。
 そうして見たルゥの表情は、「知ってる」とでも言いたげな様子で微笑まれていた。

「ほら、優しい」

 その紡がれた一言に、俺は何も返すことが出来ない。
 それを知ってか知らずか、ルゥはさらに話を続ける。

「私にとって、それは嬉しいこと。どんな理由でも、種族を理由に理不尽な扱いを受けるよりは冷たくとも分け隔てなく接してくれる方がいい。立派な優しさだよ」

「――――っ!」

 喉元まで何かが出かかるが、それは言葉にはならない。
 それでも発しようと口を開く直前――物凄い轟音と共に体制を崩す程の揺れが俺たちを襲った。

 何が起きたのか分からない。
 この場にいるだけでは現状を把握出来ないと悟るやいなや、俺は取り敢えず外に出ようと方針を決める。

「俺は今から外の様子を見てくる。ルゥは荷物を纏めて、いつでも逃げられる用意をしてくれ。終わったら玄関に来い!」

 立て掛けて置いた刀や銃を身につけた俺は、それだけを言い残すと一足飛びに階段を駆け下りる。

 すると、一足先に下りていたカオス老人がドアの覗き穴から外の様子を伺っていた。

「……何してんだ?」
「なに、攻撃を受けたようだからな。こうしてこっそりと状況を調べているだけだ」

 その悠長な行動に俺は手で顔を覆い、ため息をついた。
 カオス老人そっちのけでドアを開けようとすると、必死に食い止められる。

「何をする! 狙い撃ちをされているかもしれないんだぞ!」

「……アホか。それなら、もっとこの家を攻撃している。そうすれば、今みたいに何も攻撃してこない時よりも外へ出るよう仕向けられるし、万が一の時も家ごと俺たちを潰せるからな。それがない時点で、狙い撃ちの線は薄い」

 俺の推測を理解してか、抑えられていた手の力が緩まる。
 とはいえ、攻撃を一発だけ行うということは牽制や警告に近い意味合いを持つことが多い。

 用心しなければならない相手であることは間違いないだろうな。

 ノブを握った手とは逆の手で腰に据えられた銃を触ると、扉を開く腕に力を込めた。
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番外編: 語られないフェアリーテイル

こちらも毎日投稿しておりますので、よければ。
幼馴染による青春ストーリー: 彼と彼女の365日

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
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感想 1

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