存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第一章 始まりの始まり

幕間Ⅱ 騎士団の動向・後編

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「随分と遅かったな。生憎と国王様はつい先程お休みになられたが……俺だけでも話を聞こうか?」

 城に入るやそう出迎えてきたのは、この国の頭脳。世界でも七本の指に入る魔法のエキスパートであり、人間国きっての至宝。
 人は彼らを賢者と呼んでいた。

「これはこれは。賢者様自ら出迎えてくださるとは――」
「能書きはいい。いつものように呼べ、グン爺」

 仰々しく敬う態度をとるグンドルフに対して、賢者は冷ややかな目で一喝する。

「……全く。一体誰に育てられたらそんな風に愛想なくなってしまうのかね、お前さんは」

 肩を竦め口調を砕くと、グンドルフは嫌味ったらしくそう言った。

「育てはグン爺、あんただろ? まぁ、この性格は元からだし、何が悪いかと問われれば間違いなく産まれた環境のせいだけどな」
「はっはっは! 青二才が言ってくれるね」

 そのやり取りを見ていた者は、ローランも含み皆一様に冷や汗を垂らす。
 賢者の育ての親がグンドルフだというのはあまりにも有名な話だが、それはそれとした明確な身分の差が彼らにあるからだ。

 グンドルフは騎士団長であり英雄だ。しかし、だからといっても、彼はあくまで一兵士でしかない。
 かたや賢者とは、国王に認められた――人間としての境地。やっていることこそ国王の助言役でしかないが、国王と賢者どちらが国に必要かと問われれば、迷いなく賢者と答えるくらいには唯一無二の存在だった。

「それで、グン爺よ。なにか分かったのか?」

 話を戻す賢者に、グンドルフはこれまでの経緯を語る。
 森の中で馬車と獣の死体を大量に見つけたこと、レスコットと名乗る傭兵が近くで依頼をこなしていたこと、その当人は別の依頼で不在なこと、今日の調査で分かったこと――遍く全てをだ。

「ふむ……なるほどな」

 顎を撫でながら何かを考えていた賢者は、顔を上げると口を開く。

「いくつか聞きたいことがある」
「なんなりと、賢者様」

 茶化すようにグンドルフはそう答えるが、賢者の瞳は真剣そのもので軽口にも応じなかった。

「その馬車というのは、荷台と死体以外何もなかったんだな?」
「あぁ、言葉通り何もなかったよ」
 
 何やら含むようなグンドルフの言い方に、周りにいる者は頭を捻る。

「……そうか。では、そのレスコットとかいう者が行った依頼の内容については調べたか?」
「いいや、それはまだだね」

 その言葉に賢者の口元は歪む。

「ならば、調べるといい。それで全て分かる」

 数分して、賢者の言葉通り確認に向かわせた騎士団員が息を切らせて戻ってきた。なにか重大なことでも発見したかのように、その顔には焦りが生まれている。

「閣下、これを」

 団員が渡したのは一枚の依頼書の写し。

「……お前さん、今の話のどこからこれに気付いたのかな?」

 そこに書かれていたのは、騎士団が必死になって探している人物と全く同じ特徴をもつ者の捜索依頼だった。

「例の傭兵が近くで仕事をしていた、と聞いたあたりだな」

 誇るでもなく、事も無げにそう語る賢者。
 けれど騎士団員の一人――比較的経験の浅く若い青年は話についていけず、恐る恐る声を上げた。

「…………あの、お話の途中で申し訳ないのですが、説明をお願い出来ないでしょうか?私には何がなにやらで……」

 賢者はちらとグンドルフに目を向けると、彼は黙って頷く。

「……順を追って説明しよう。まず俺が不自然に思ったのは、壊された荷台や死体の他に何もなかったという事実だ」
「はっ、それの何が不自然なのでしょうか?」
「今回は彼女の他にも、武器や特産品などを多く仕入れていた。となると、馬や騎手を喰らうほどの獣は積荷を襲ってもいいはずだ」

 静かな場の雰囲気に、若い団員の唾を飲み込む音だけが辺りに響く。

「そうじゃなくとも、横転した際に中の荷物が散乱するはず。だが、それも無かった。だとするなら、考えられることは一つ」
「――獣ではなく何者かに襲われた、でしょうか?」

 賢者は静かに頷いた。

「そして、例の傭兵は獣討伐の依頼を受けていた。だとするなら、一連の出来事に関わっていると考えてもおかしくはあるまい」

 話を聞いていた団員達はその推理に感嘆のため息を漏らす。

「ですが、たまたま似た依頼を受けた可能性もあるのではないでしょうか? 失礼ながら、金髪赤眼の少女なんて探せば一人くらいいると思われるのですが……」
「その依頼の発行日を見てみろ」

 言われた団員は慌てて手に持った依頼書を眺める。右上に小さくだが、確かに今日の日付が印字されていた。

「ギルドの依頼は前日までに集められ、その分を次の日まとめて依頼にしている。さて、だとするならこの依頼書、かなり都合が良すぎやしないか?」
「はっ、仰られていることは理解しましたが……それでは、この依頼にどんな意味があるのでありましょうか?」

 若き団員はここまで説明されても理解しきれないことに、僅かばかり羞恥を覚えた。
 だが、ここまで聞いたからにはもはや引くという選択肢は彼にはない。

「わざわざ人相まで公にし、その依頼を自分で受けるなど一つしかないだろ。あの吸血鬼をここから逃がすためだ」

 その言葉に彼の頭はいよいよ困惑する。

「はっ……え? ともすれば、件の傭兵は一度この国に対象を連れ込んだというわけでありますか?」
「当然、そういうことになるな」
「な、何故でございましょうか……?」

 彼の問いに、賢者は鼻で笑って返す。

「そんなこと俺が知るものか。……だがまぁ、予想はつく」

 全員が固唾を呑んで見守る中、賢者は悠々と語る。

「一端の傭兵が吸血鬼の少女を見つけた。吸血鬼は奴隷としてかなりの値が張る種族だ。それこそ、王族が買うような。おいそれと見逃せるわけもない。だが、この国には来たばかりで、荷物は宿に置いているだろう。……さぁ、どうする?」

 口調こそ疑問形ではあるが、誰が答えるよりも早く賢者はその続きを紡ぐ。

「答えは連れ帰る、だ。荷物を取り戻す必要性がどうしてもあるうえに、自分が保護したと主張しここまで連れてくれば……恐らく国王様なら何らかの褒賞を与えるだろう。少なくとも、その交渉はできる」

「……そのはずが何らかの事情によりこうして都外へ連れ出した、というわけでありますか?」
「事情、というよりは予防線に近いだろう。もし仮に吸血鬼を連れ出すことになっても困らないようにするための、な」

 その時、パチパチと小さく拍手が鳴り響く。

「いやぁ、さすがは賢者様だね。我が息子ながら感服するよ」

 ほかの騎士団達もつられて拍手をしようとするが、それよりも早く賢者が手で制した。

「やめろ、グン爺。白々しい。アンタも最初から分かっていただろ」

 そう言い睨みつける賢者に対して、グンドルフは飄々と肩を竦めるのみ。

「僕は実際に現場を見たうえで、長年の経験からこの傭兵くんが怪しいと睨んでいただけだよ。お前さんみたいに人の話を聞いただけで、ホイホイと分かったりはしないね」

 その言葉に賢者は鼻を鳴らす。

「まぁ、そうは言っても今のはあくまでも俺の推測に過ぎない。門番に確認を取り、それが済み次第遠征の用意を」

『はっ!』

 ローランと数名の騎士団員は命令に対して敬礼で返事をし、城の外へと出ていく。
 そんな中、残ったグンドルフは一人厳かに賢者へと語りかけた。

「……やけに急じゃないかい? 皆、今の今まで捜索をしていたというのに」
「国王様の命令だ。見つけ次第追いかけろ、とな」
「だからといって、このままじゃ僕達は徹夜で任に当たることになる。一晩くらい休ませてくれても良いと思うよ」

 空気がいつの間にかピリついている。互いに目線を相手の目へと固定したままだ。

「……国王様に逆らってもか?」
「逆らっても、だね。何を焦っているのかは分からないけれど、まだその主張を続けるなら僕は国王様に直訴するよ」

 重い空気が数秒続き、賢者はバレないように空気を吐き出した。

「明日中に遠征の準備と休息を、明後日の朝から遠征に行ってもらう」
「あぁ、僕もそれがいいと思うよ」

 納得したようにグンドルフは笑みを浮かべると、賢者は踵を返す。
 グンドルフもこの場を去ろうかと立ち上がった所で、ふとこれまでの会話で思ったことを口に出す。これも彼の経験から感じ取った、何となくに過ぎない。

「そういえば、レスコット=ノーノという名に聞き覚えでもあったのかい?」

 賢者の歩みがピタリと止まった。

「…………知らんな。それが何だ?」
「いや、何となく気になっただけだよ」

 その言葉への返事は、虚しく響く靴音だけだった。


 ♦ ♦ ♦


「それでは団長、行って参ります」
「…………行って……くる」

 ローランとキャメロンは複数名の部下を連れ、門前でグンドルフに挨拶をしていた。
 その後ろに控えるは上級騎士四名、中級騎士六名、下級騎士十八名の総勢二十八名。
 人数的には約三分の一、戦力的に騎士団全体の三分の二を投入した大規模な遠征部隊であり、奴隷一人を追いかけるにしては過剰すぎるほどだった。

「あぁ。ローラン君、ワーナー君、頼んだよ」

 馬に乗る二人の背中を景気良く叩くと、グンドルフはそう労いの言葉をかける。
 目的地は、ギルドの情報によりレスコット=ノーノの本拠地と思われる、ドワーフ国のノーノ孤児院だ。
 馬を走らせ、あっという間に姿が小さくなる遠征部隊を見ながらグンドルフは不満を口に出す。

「王都の守護よりも奴隷一人を優先させる、か。全く、アイツの考えていることが読めないね」

 その呟きは風に溶け込み、誰にも届くことはなかった。



 出発から幾分かの時が過ぎ、今日は遠征三日目。
 王都から真っ直ぐ道なりに南進していると、人間族からしてみればよく見知った看板が見えてくる。
 西を向いて「ドワーフ国」、南東を向いて「迷いの森」と立てられていた。

「……ドワーフ、の国…………急ぐ」

 いつまでも看板に目をやっているローランに対して、ワーナーは呼びかける。だが、その声は耳に入っていないようで、難しい顔をしながら看板とにらめっこをしていた。

「…………なぁ、ワーナー」

 もう一度声をかけようと、ローランの肩に伸ばしていた腕が止まる。

「…………なん、だ?」
「王都から逃げ出すことまで計算して、前日から手を打っているような奴がだよ……わざわざ分かりやすく西に逃げると思うかい?」

 ワーナーは伸ばしていた手を一度握り込むと、静かに下ろす。

「…………だが、命令……違反。……最悪……懲罰」
「…………ですよね」

 ローランが低く呟くと、懇意にしている団員達からもワーナーに同意する意見が多く出る。

「そうですよ、キャメロン副騎士団長!」
「オーディ副騎士団長の言う通りです。このまま西に向かいましょう!」
「どこをどう逃げようが、どうせ奴らの行く先は西しかありませんよ!」

 それは言われるまでもなく、ローランも理解していた。
 なにせ、彼よりもはるかに優れた頭脳を持つ賢者がそう言ったのだ。何か考えがあってのことだろう。
 だけれども、彼の感覚が――充分とは言えないまでも幾度となく窮地を救ってくれた本能が、このまま西に行くなと叫んでいた。

「えぇ、そうですよね」

 ローランの肯定的な発言に、周りの団員も明るくなる。
 しかし、ローランの手綱を握る手は緩まることなく、むしろ力強く握られた。

「ですから、私は道に迷ったと、そういう事にしておいてください。後で必ず追いつきますから」

 それだけ言うと、返事も聞かずにローランは南東へ向けて馬を走らせた。
 この先に目的の人物がいると、確信を抱きながら――。
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番外編: 語られないフェアリーテイル

こちらも毎日投稿しておりますので、よければ。
幼馴染による青春ストーリー: 彼と彼女の365日

以下、短編です。
二人のズッキーニはかたみに寄り添う
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感想 1

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