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Episode2:No spice,No life

2-2 僕の隣のAIさん【累視点】

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 僕の名前は大崎累――地方都市のIT系企業に勤めて2年目のシステムエンジニアだ。

 そんな僕には生きがいがいくつかある。
 そのうちの一つは、同じ職場の先輩――草田才造さんの動向を毎日観察すること。

「草田さん、おはようございますぅ~~~♡ 今日も可愛らしい寝癖つけちゃって、僕をキュン死にさせるおつもりですかぁ?」
「死んでくれても別にいいけど」

 ボソッと素っ気ない返事がたまらない。出会った最初の頃はもう少しやんわりな拒絶反応だったけれど、日に日に辛辣になって行くのがまたいい。

「この間は愉しかったですね。バニー様が最強すぎて、魔王様の出る幕がありませんでしたねぇ♡」

 他の人には聞こえないようにこっそり耳打ちをすると、彼はそれまで比較的穏やかだった表情を一変させ、魔王の片鱗のようなオーラを放った。

「てめェ……外でその話持ち出すなっつってんだろ……?」
「すみません♡ 今日も1日、よろしくお願いします」


 彼は隠れドSである。
 会話の内容とその真意を知らない周りの同僚たちはそんな僕らを、今日もじゃれ合っとるわ、という目で見るようになっていた。もはやいつもの朝の光景と認識されている。
 もちろん、僕らが肉体関係まで持っているということまではみんな知らない。

 僕は男性も女性も恋愛対象になる、いわばバイである。そしてそのことを隠すつもりは一切ない。
 好きなものは好きと素直に言った方が心身の健康を保てるし――何より、自慢するわけではないけれど、僕はルックスだけは人並み外れて優れている。なので普通の人がやればドン引き事案であるようなことでも、多少大目に見てもらえるところがあると自負している。
 これは経験則でもある。外道と言われようが何だろうが、使えるものは使わない手はない。

「大崎くぅん♡ ちょっと相談、いい?」
「はい、どうぞ」
「今進めてる、B社さんの販売システムのことなんだけど……」

「大崎せんぱぁい♡ 私も質問したいことがあってぇ♡」
「私も~♡」
「待って、順番だよ」

「大崎さぁん♡ 今夜、お暇ですか? 良かったらお食事しながら色々教えて下さい♡」

 ――という調子でワンチャンを狙う女性たちがすり寄ってくるのは日常茶飯事。学生時代もだいたいこんな感じだった。

 だけど僕は、二人いる『推し』以外の人間にはさして興味がない。

 その二人のうちの一人である才造さん――職場では草田さんと呼んでいるけど――は、プライベートではバニー様りこちゃんの虜だけれど、職場では真面目すぎるほど真面目に働く良識ある社会人なのだ。しかも入社3年目にしてチームのリーダーに抜擢されるほど優秀な人材で、周囲からの信頼も厚い。もちろん僕も尊敬、いや尊崇している。

 そんな彼が、デスクでパソコンに向かいながら何かに気がついたらしい。

「タミヤさん、これデータ整理してくれました? これから頼もうと思ってたんすけど。しかもすごい見やすいっす」

 才造さんが感心した様子で、先輩だが部下に当たる女性社員に呼びかけた。

「あぁそれ、私じゃないわ。大崎くんよ」

 タミヤさんにそう返されると、彼の目が僕の方へ向いた。褒めて損した、みたいな顔をしている。それでも僕は親愛の情を込めてニコッと笑って見せた。

「もぉ~草田くん、そんな嫌そうな顔しなくても、素直にお礼言ってあげたらいいじゃない。大崎くん、草田くんの役に立ちたくて先回りしてやってくれたのよぉ?」
「いいんですよ、タミヤさん。草田さんのその顔が見たくてやったんですから♡」
「あははっ。草田くん、溺愛されてるわねぇ」

 チームの面々が和やかに笑った。もはやネタのような扱いになっている。

 才造さん本人だけがスンッと能面のような顔をしている――と思いきや、笑っていない人がもう一人いた。

 僕の左隣の席のチームメンバー。つい何ヶ月か前に入社してきた、郡万智こおりまちという名前の女性だった。
 黒髪を後ろで一つに束ね、メガネの奥の目をモニターに向けたまま、談笑には混じらず、背筋をピッと伸ばしたまま、彼女だけが真剣に作業を続けていた。

 周囲の笑いが一通りおさまると、彼女はスッと立ち上がり、才造さんの方へ体を向けて彼に呼びかけた。

「草田主任、担当箇所の入力が完了しましたので、チェックをお願いできますか?」
「ああ、はい。ちょっと待って」
「はい。次の作業に取り掛かっておりますので、確認いただけましたらお声がけ下さい」

 抑揚のない声で才造さんにそう告げて、彼女はまた自分のモニターへと向かった。まるで機械が喋っているみたいだと思った。生真面目を絵に描いたという印象。

 しばらくして、その郡さんが才造さんのデスク前に呼ばれて行った。さっき彼女が作成したデータについてやりとりを始めたらしい。

「……で、こういう場合はこのタグを挟んでやると動作がスムーズになる。一手間かかるけど、エラーも起こりにくくなるから」

 はい、はい、と律儀にメモを取りながら才造さんの話を聞いている。その眼差しはまるで一言も聞き漏らすまいという意思を感じさせた。
 説明しながら、才造さんは自分のデスクの引き出しを開け、一冊の本を取り出した。HTMLの超上級者向けの専門書だった。

「これあげるから、付箋ついたとこ参考にしてみて」
「……よろしいのですか?」
「うん。俺、だいたい内容覚えたからもういらない」
「あ、ありがとうございます」
「そんでここだけ修正してもらえたら、あと他はOK。いつも早くて正確なんで助かります」

 才造さんがやる気薄そうにそう告げると、彼女もまた棒読みで礼を言い、自分の席へ戻った。

 ――だけど僕には見えてしまった。いつも無感情な郡さんの表情が、才造さんに褒められてパッと華やいだのを。ほんの微かな変化ではあったけど、僕には分かった。

 さらに彼女は足取り軽くデスクに戻りながら、才造さんから受け取った書籍を、それはそれは大切そうにギュッと抱きしめていた。周囲にほんわかとした花が漂っているようにさえ見えた。

 なるほど。

 僕はそれを心に留めた。
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