【完結】Spice up my life〜元カレが今カレに一目惚れしたら目の前で薔薇が舞い散るようになってしまったんですが

ていくみー

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Episode1:Welcome to the new world

1-3 今カレ才造に告られた話、そして今

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 どこかボーッとして、穏やかな才造と過ごしているうちに、あたしはまた前のように笑えるようになっていた。元来、冗談好きなふざけた性格なのだ。

 そして、また次の夏を迎える頃。いつもの同郷の仲間との飲み会の帰り、ほろ酔いで駅から自宅への道のりを才造と一緒に歩いた。

「あ~~~~~~ぁ、そろそろまた新しい彼氏でも作ろっかな~~~」

 その頃、あたしはそんなことを言えるまでに立ち直っていた。すると、才造が珍しくムッとしたような表情を浮かべた。

「新しい彼氏って……その、なんてゆーか」
「ん~?」
「あの……おっ、おれっ………」

 モゴモゴと口ごもって要領を得ない。でもあたしは次の言葉をしばらく待った。

「おおお………俺じゃダメ……ですか」
「はい?」
「だって……ずっと一緒にいんじゃん」
「はぁ」

 それはそうだが。あたしはポカーンとした。

「でもさぁ、彼氏って恋愛感情持ってないと成り立たなくない?」
「そんなの……おっ、俺はずっと持ってる……んですけど。こっ、高校の時から」

 はじめは何を言われているのかよく分からなかった。だけど、耳まで真っ赤にしている才造を見てようやく理解した。

「えっ、そうなの?」

 コクンと彼は頷いた。

 確かに居心地は最高にいい。一緒にいて楽。会話がなくても気にならない。
 そう思って改めて才造をジロジロと見た。てっぺんからつま先まで。

 ――なんか今気付いたけど、昔より垢抜けてない?

 高校時代、コイツはとにかくモサかったのだ。冴えない円縁メガネにボッサボサのくせっ毛、いつも眠そうな魚みたいな目。勉強はできるけどそれ以外は鈍くさくて、たまにボソッと喋ればどこかズレた発言ばかり。「クソダサいぞう」とあだ名が付いた所以だ。
 ともすればイジメの対象になってもおかしくなさそうなのに、クラスのみんなからさいぞーさいぞーって呼ばれて不思議と可愛がられていた。モサい見た目をイジられても特段気に留める素振りも見せず、ゆるキャラみたいな立ち位置で馴染んでいた。
 卒業後、街に出てきたばかりの頃も、いつも同じようなヨレヨレのジーンズやパーカーを着て、寝癖をつけたまま平気で出歩くような無頓着ぶりだったのに。

 なのに今――よくよく見ると、なんか髪もサッパリして眉毛も整えて、いつの間にかメガネも外してコンタクトにしてるし、服装もセンスのいいキレイめカジュアルなんか着こなしちゃってるし。

 ただしズボンのポケットが少し飛び出してるけど。

 でも、こんなキリッとした顔してたのか。元来の顔のパーツは悪くない。背が高くて、割と筋肉質な体つきで――

 あれ? なんかカッコよくなってないか? スタイルいいじゃんか。脚なげーじゃん。何なら雑誌にスナップショットなんかが載ってても不思議じゃないぞ。

 なんてぼんやり考えているうちに、あたしはうっかり少しだけドキドキし始めていることを自覚した。

 別に見た目で決めるわけではないけど……って、超美形の王子様に一目惚れした経験のあるあたしが言っても説得力ないかもだけど。それは一旦置いとこう。

 あたしたちは、夜の住宅街の路上でいつの間にか立ち止まり、向き合って立っていた。才造がいつになく真剣な眼差しであたしを見つめて答えを待っている。

 どうしよう。何か言わないと。

 とりあえずもう少し一緒にいたい気がしたので、あたしはいつもの気軽なノリで尋ねてみた。

「とりあえず……これからさいぞーの部屋に寄っていい? そこで話さない?」
「それはダメ」

 聞いたことがないくらい強い口調で、キッパリと彼は言い放った。何だったら食い気味に。

「そんなことしたらもう……これ以上、理性を保つ自信……ない」

 耳だけじゃなく、顔まで真っ赤になっている。軽々しくそんなことを言ってしまった自分が少し恥ずかしくなった。

 その日は返事を保留にし、一旦それぞれのアパートに帰った。一晩考え、明け方になって少しウトウト眠り、日が昇った頃に目覚めた。
 そのまましばらくベッドの上でボーッとしていると、無性に才造が恋しくなった。

 あたしは衝動的に自分の部屋を飛び出し、ほとんど寝起きのまま、徒歩圏内にある才造のアパートへ乗り込んでインターホンを連打した。こうでもしなきゃアイツは起きない。
 けど、眠れなかったらしい彼は、すぐに驚いた顔であたしを出迎えた。

「あのさぁ、今のその見た目水準をキープするんなら、彼女になってやってもいーよ」

 そう伝えると、才造の目が輝いた。

「マジで?」
「マジで」
「じゃあ……これからは莉子が定期的に外観メンテナンスして」
「いいよー」

 それだけ伝え、あたしはまた自分のアパートへ戻り、スッキリ二度寝にしけ込んだ。

 そんな軽い感じであたしたちは恋人同士に昇格した。





 そこからスローペースではあったけど、少しずつ恋人としての関係を築いてきた。友達のノリが定着しているので、そこからイイ雰囲気になれるのか? という懸念はあったけど、あたしが主導してデートを重ね、ステップを踏んだ。

 同郷の仲間たちに飲み会で報告すると、みんな我が事のように喜んでくれた。みんな才造の気持ちを知っていたらしく、さいぞー良かったね、ホントおめでとう、ずーっと片思いしてたもんねぇ、としきりに言われ、本人は照れ臭そうにだし巻き卵を貪って誤魔化していた。何も知らなかったのはあたしだけらしい。

 よくよく話を聞くと、あたしが累くんにフラれた頃から、主に女子たちが「莉子を振り向かせたいならまずルックスを磨け」と才造を焚きつけ、ヘアスタイルやファッションをアドバイスしていたんだとか。そういうことかと納得し、友人の有り難さを知った。

 初めてのキスは、焼き鳥を食べた帰り道で。あたしもドキドキしたけど、才造に至ってはガチガチに緊張して笑ってしまうほどだった。したあとは、炭の味がすると二人でクスクス笑った。

 お互い、ひとりの時間も大切にした。
 それぞれの学校での付き合いや、本分である学業もそれなりに忙しかった。あたしの方が先に専門学校を卒業して就職し、才造も去年大学を卒業して晴れてシステムエンジニアの職に就いた。
 仕事をするようになってからはさらに会える時間は減ったけれど、何せ住む場所が近いこともあって、寂しさを感じることはあまりなかった。

 物理的な距離が近い分、適度な距離を保ちながら数年、うまくやってきた。
 もちろんぶつかり合うこともあった。お互い遠慮がないので、意見の対立はしょっちゅうだった。だけど大抵才造が諦めたり、あたしがどうでも良くなって折れたり、時には友人たちが間に入ってくれたこともある。そんな感じで、バランス良く妥協点を探ってこれたと思う。

 正直言うと、最初才造からの告白をOKしたのは、才造が好きだと思ったからじゃない。断って気まずくなって、そのまま疎遠になるのが嫌だったというのが本音。
 でも、付き合ってみてじわじわとこの人が好きだと思うようになった。一緒に買い物に行けば当たり前のように荷物を持ってくれたり、さりげなく車道側を歩いてくれたり、あたしがナンパ男に絡まれてたら足をガクガクさせながら追い払ってくれたり。

 ボーッとしてるだけじゃない才造の新しい一面をたくさん知って、だんだん恋心になって行った。
 多分このまま一生こうやって才造と生きて行くんだろうなーと、ぼんやり思っていた。

 でも――あたしにはひとつだけ不満があった。





 いつものように仕事終わりに待ち合わせをして、いつものように焼き鳥を食べたその後。この日はあたしの部屋に才造が泊まった。
 シャワーを浴びて適当な部屋着に着替え、テレビを見ながらダラダラ缶ビールを飲み直しているうちに、結構遅い時間になった。

「さて、そろそろ寝よっか」

 あたしがそう切り出し、才造も素直にうんと頷く。

「今日、する?」
「どっちでもいいけど……」
「じゃ、しよっか」
「うん」

 電気を消して一緒にベッドに入り、キスをしながら抱き合った。才造と触れ合うこの時は、あたしにとって大切な時間。彼の愛情を感じて幸福な気持ちになれるから。
 もうお互いの体のことを知り尽くしているので、効率よく興奮を高め、効率よく事を進めた。

 やがて才造が先に果てたので、あたしは彼の胸に耳を当て、その心臓の音を聞いた。バクバク鳴っていた鼓動が少しずつ落ち着き、満足したようにやがてそのまま眠りについてしまった。
 寝顔が可愛い。体だけ大きいウブな少年みたいだと思った。

 安定した関係性。いつもと変わらない安心感――
 だけど、あたしは一抹の物足りなさを感じていた。
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