2 / 15
01シュラン
②あたしの告白
しおりを挟む
――そんな不思議な出会いだった。
だけど、本当に本当に楽しかった。彼が記憶を思い出さなければ、今日も明日も、一年後も楽しい思い出を作り続ける事が出来るのに。 なのに彼は、記憶を思い出してしまった。まるでここに残る選択なんて無いと言わんばかりに国に帰るんだと。とても、薄情な人だと思う。
王太子という身分がなんだ、そんなの関係ない。ここで過ごし続けて行く方が楽しいに決まっている。
怒りの気持ちの方が、多いのにそれなのにどうしてか涙がボロボロと止まらない。 泣いていると家の扉が開いて、レンが呆れたように入ってきた。
「やっぱり、ここにいた。 泣き虫のシュラン」
「レンに言われたくない!あんただって、昨日の夜、うるさいくらい泣いてたの知ってるんだから」
「う、うるせぇ!俺は影でメソメソしてないでモグリに抱きついて別れの挨拶をしたっつーの」
入ってきてそうそう、からかってきたレンに怒りながら言い返す。実際に昨晩泣いていたのは事実だったから。しかしすぐにまた、言い返された。
それにしても、レンが彼の事をモグリと言う度に今でも笑ってしまいそうになる。名前が分からないと言うから仕方ないにせよ、モグモグと美味しそうに食べるからモグリというのも些かどうかと思う。
すると、今度は急に真剣な顔をして私の腕を引っ張って立たせる。 そのついでに私の涙を拭ってくれる所はいつまでも皆の兄なのだなと再認識してしまう。
「追いかけないと後悔するぜ……」
そして紡がれたその言葉に私は心臓がバクバクと高鳴る。 彼は確かに人並みよりも運動神経は良い方だと思う。 だけど、それでも私達みたいなところで暮らす民族には明らかに劣るから追いかけようと思えばまだ間に合うはず。
「モグリのやつ、自分で出ていくって決めたのに何かまだ未練でもあるのか、時折こっちみてたぜ」
……その言葉を聞いたら、もう迷う必要なんてなかった。 頬を両手でパチンと叩いて気合いを入れた。だけど、途端にカッコつけて歯をキランとさせているレンが何となくムカついた。
「視力4のド変態レン」
だからそう言って、彼の急所を一蹴りしてから、家を飛び出るようにして駆け出した。
【なにしやがる!!!!!ばがしゅらあ”ぁぁぁ】
数秒後、見事なまでの叫び声がここら辺に響き渡る。次から次へとなんだなんだと驚いたように外に出てきた村の皆を軽くスルーして、モグリを追いかけた。
少し走れば、すぐに彼の背中が見えてきた。レンの嘘つき。一度もこっちなんて振り返らないじゃない。でも、吹っ切れた私はもう、自分の気持ちから逃げるような真似なんてしない。
――より勢いをつけながら駆けて、そして飛びついた。
「!?!?!しゅ……シュラン、!どうしてここに」
少しは顔面から転けて泥だらけになる顔を期待したのに、少し驚いたようにふらついただけで私の想像通りにならなくてつまらなかった。 そして彼の質問に答えた。
「薄情者を成敗しに?」
「三週間前から帰る準備をしていたんだけどなぁ」
「ばか! 私は昨日帰ってきて知ったのよ! 」
そう伝えると彼は眉を八の字にして、それは本当に悪かったと思っていると言った。 本当に、私の気持ちを分かっていない。 まだ記憶を思い出す前の方が、彼は優しかった。
だから、おかしいじゃない。 なんで私が遠征に出た一ヶ月の間に急に記憶を思い出すの? 貴方がもう少しで村に来て三年になるから、記念に美味しいものを食べて貰いたくて東の方まで行って、色々な食材を採ってきたのに。
色々な料理を作りたいな、なんて思いながら彼の事ばかり考えていたのに。 少し刺々しい場所に実っている果実だって、彼の美味しそうに食べる顔を見るためなら、多少のかすり傷もなんてこと無かった。
それなのに……袋いっぱいに詰めて、村に帰ってきてみれば、彼は翌日にはここを去ると言った。 そんなの、そんなのってあんまりだと思わないの? ねぇ……。
もう少しここに居てくれても良いじゃない。 そんなに王族として過ごしてきた記憶の方が大切なの?記憶を失って過ごしてきた、この三年間はあっという間に切り捨てられる程に?
「……シュランには本当にお世話になった。だけど、私は帰って家族の無事を確認しないと行けないんだ。 またいつか戻ってきてお礼はするから」
そんなことを求めているんじゃない。 今だって君は自分の事を「私」って言っている。記憶を思い出す前は「僕」だったのに。 記憶を思い出す前が、純粋な彼なら、一人称が変わってしまう程に重苦しい環境に戻るくらいなら、今までのように私たちとここで暮らそうよ、過ごそうよ。
「いや! いやよ!! 行かないで……行って欲しくない」
「シュランは……とても頼りになる割には、とてもわがまま娘だよなぁ」
そうして彼は、少し背を屈めて私の頭をワシャワシャと撫でた。違う、そうじゃないの。 そういう事を求めている訳じゃないの。
「ねぇ……モグリ。モグリは私と離れて寂しくないの?」
「そりゃもちろん寂しいよ……本当にね、」
「だっ「この三年間で可愛らしい、もう一人の妹のような存在になっているからね」」
だけど、本当に本当に楽しかった。彼が記憶を思い出さなければ、今日も明日も、一年後も楽しい思い出を作り続ける事が出来るのに。 なのに彼は、記憶を思い出してしまった。まるでここに残る選択なんて無いと言わんばかりに国に帰るんだと。とても、薄情な人だと思う。
王太子という身分がなんだ、そんなの関係ない。ここで過ごし続けて行く方が楽しいに決まっている。
怒りの気持ちの方が、多いのにそれなのにどうしてか涙がボロボロと止まらない。 泣いていると家の扉が開いて、レンが呆れたように入ってきた。
「やっぱり、ここにいた。 泣き虫のシュラン」
「レンに言われたくない!あんただって、昨日の夜、うるさいくらい泣いてたの知ってるんだから」
「う、うるせぇ!俺は影でメソメソしてないでモグリに抱きついて別れの挨拶をしたっつーの」
入ってきてそうそう、からかってきたレンに怒りながら言い返す。実際に昨晩泣いていたのは事実だったから。しかしすぐにまた、言い返された。
それにしても、レンが彼の事をモグリと言う度に今でも笑ってしまいそうになる。名前が分からないと言うから仕方ないにせよ、モグモグと美味しそうに食べるからモグリというのも些かどうかと思う。
すると、今度は急に真剣な顔をして私の腕を引っ張って立たせる。 そのついでに私の涙を拭ってくれる所はいつまでも皆の兄なのだなと再認識してしまう。
「追いかけないと後悔するぜ……」
そして紡がれたその言葉に私は心臓がバクバクと高鳴る。 彼は確かに人並みよりも運動神経は良い方だと思う。 だけど、それでも私達みたいなところで暮らす民族には明らかに劣るから追いかけようと思えばまだ間に合うはず。
「モグリのやつ、自分で出ていくって決めたのに何かまだ未練でもあるのか、時折こっちみてたぜ」
……その言葉を聞いたら、もう迷う必要なんてなかった。 頬を両手でパチンと叩いて気合いを入れた。だけど、途端にカッコつけて歯をキランとさせているレンが何となくムカついた。
「視力4のド変態レン」
だからそう言って、彼の急所を一蹴りしてから、家を飛び出るようにして駆け出した。
【なにしやがる!!!!!ばがしゅらあ”ぁぁぁ】
数秒後、見事なまでの叫び声がここら辺に響き渡る。次から次へとなんだなんだと驚いたように外に出てきた村の皆を軽くスルーして、モグリを追いかけた。
少し走れば、すぐに彼の背中が見えてきた。レンの嘘つき。一度もこっちなんて振り返らないじゃない。でも、吹っ切れた私はもう、自分の気持ちから逃げるような真似なんてしない。
――より勢いをつけながら駆けて、そして飛びついた。
「!?!?!しゅ……シュラン、!どうしてここに」
少しは顔面から転けて泥だらけになる顔を期待したのに、少し驚いたようにふらついただけで私の想像通りにならなくてつまらなかった。 そして彼の質問に答えた。
「薄情者を成敗しに?」
「三週間前から帰る準備をしていたんだけどなぁ」
「ばか! 私は昨日帰ってきて知ったのよ! 」
そう伝えると彼は眉を八の字にして、それは本当に悪かったと思っていると言った。 本当に、私の気持ちを分かっていない。 まだ記憶を思い出す前の方が、彼は優しかった。
だから、おかしいじゃない。 なんで私が遠征に出た一ヶ月の間に急に記憶を思い出すの? 貴方がもう少しで村に来て三年になるから、記念に美味しいものを食べて貰いたくて東の方まで行って、色々な食材を採ってきたのに。
色々な料理を作りたいな、なんて思いながら彼の事ばかり考えていたのに。 少し刺々しい場所に実っている果実だって、彼の美味しそうに食べる顔を見るためなら、多少のかすり傷もなんてこと無かった。
それなのに……袋いっぱいに詰めて、村に帰ってきてみれば、彼は翌日にはここを去ると言った。 そんなの、そんなのってあんまりだと思わないの? ねぇ……。
もう少しここに居てくれても良いじゃない。 そんなに王族として過ごしてきた記憶の方が大切なの?記憶を失って過ごしてきた、この三年間はあっという間に切り捨てられる程に?
「……シュランには本当にお世話になった。だけど、私は帰って家族の無事を確認しないと行けないんだ。 またいつか戻ってきてお礼はするから」
そんなことを求めているんじゃない。 今だって君は自分の事を「私」って言っている。記憶を思い出す前は「僕」だったのに。 記憶を思い出す前が、純粋な彼なら、一人称が変わってしまう程に重苦しい環境に戻るくらいなら、今までのように私たちとここで暮らそうよ、過ごそうよ。
「いや! いやよ!! 行かないで……行って欲しくない」
「シュランは……とても頼りになる割には、とてもわがまま娘だよなぁ」
そうして彼は、少し背を屈めて私の頭をワシャワシャと撫でた。違う、そうじゃないの。 そういう事を求めている訳じゃないの。
「ねぇ……モグリ。モグリは私と離れて寂しくないの?」
「そりゃもちろん寂しいよ……本当にね、」
「だっ「この三年間で可愛らしい、もう一人の妹のような存在になっているからね」」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる