乙女ゲームの世界に池ポチャした

緑々

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ウーロンとの出会い

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しかしその予想とは反して彼の大きな手の平は私の頭を豪快に撫でまわす。あまりにも強く撫でまわすものだから首までグワングワン揺れてしまう。だけどその懐かしさについクスクスと笑ってしまう。

「すまないな、俺はお母さんにはなれない」
「ウーロン、罪人に甘やかしすぎだ。身分も分からないんだぞ」
「罪人と決まったわけじゃないだろう?」

互いに軽く言い合っているものの、二人の間のどことなく柔らかい雰囲気にきっと普段はとても仲が良いのかもしれない。何となく年齢も近いように見えるから同期か何かなのだと予想してみる。ほんの少しだけウィンストンの人間らしい側面を垣間見れたのは面白かったけど、それはそれで、やっぱり私は奴の事は大嫌いだ。

「まあ、お前が頑固なのは何十年もの付き合いで分かり切っている事だ、使用人の反省部屋くらいには移してやってもいいだろ?」

眉を八の字に下げて、ウィンストンの肩をその場のノリでばしばしと叩きながらウーロン様は一つの提案をしてくれた。使用人部屋、これもこれで不安要素は残る名前だけど、きっと、おそらくこの場所よりはひどくないだろう。

ウィンストンは叩かれた肩がやはり痛かったのか、その部分をさすりながらお前はもう少し手加減というものを覚えろと文句を言っていた。そして、いつの日かのように再度私の事を睨みつけて少しでも逃げようものなら、その首は無い物だと思えと言ってその場を後にした。

奴がこの場を離れてくれるだけで、一気に肩の荷が降りたような気分になる。ウーロン様は奴よりもよほど大きいと言うのに、あまりの安心感に警戒心がとてもゆるゆるになってしまう。

「お前さんも城に不法侵入だなんて大胆な事をしたなあ」
「本当に不法侵入したつもりは無かったんです……気づいたら水の中に落ちていて、そもそも私がいた場所はもっと発展している街で」
「可哀そうに、記憶が混乱しているんだな。お前さんはもしかしたら敵国から送り込まれてきたのかもなあ。時折いるんだよ、何も知らぬ若い者に催眠の魔法をかけて悪事をしようとする輩が」

そう言って彼は、もう一度可哀そうだと言って、一人で頷いていた。トーマスもそうだけど、ウーロン様もウーロン様で人の話を聞いていないのではないか。いや聞いたうえで、私の話を切り捨てられているんだ。

「私、悪いことしないです。もう近寄らないから外に出してください」
「ん、ダメだ」

それとなく、外に出る提案をしてみたもののすぐに即答されてしまった。聞いているのか聞いていないのかどっちなのよ。と思いながら少し頬を膨らませる。すると今度は苦笑いで、お前さんが悪い事をした事実も無いし、これから悪い事をする保証もない。しかし王族に危害を加えない保証もないだろ?と言ってまたその大きな手で私の頭をなでてきた。

「少し縄を緩くするからな、ったくどれだく強く結んだんだ、ウィスは。血が滲んでいるじゃないか」

そうして優しい手つきで縄を緩めてくれた、ウーロン様は早くこの場所から出ようと言って優しく私を横抱きにしてくれた。鍛え上げられた筋肉の安定感と見た目からは想像も出来ない甘い香りにほんの少しだけ恥ずかしくなって、その厚い胸元に顔を埋めてみる。

「息子は居るが、きっと娘が居たらこんな感じで甘えてくれるのだろうな」

そしてそれを咎めるでもなく、彼は豪快に笑っていた。その笑いに釣られて私もまたクスクスと笑っていると、うむ。やはり泣いているよりも笑っているのが一番だなと言ってくれた。

トーマスが言っていたから、かなりの脳筋男をイメージしていたけれど、実際にあってみるとただの素敵なイケオジだった。もしまた彼に会う機会があったらそこの所はしっかりと訂正しないと行けないな、なんて思った。

久しぶりに牢屋の外に出て、最初に降りてきた階段のあるフロアまでやってきた。最初に来るときはそこまで気にする余裕は無かったけど、改めて上を見上げてみると五階ぶんの高さは吹き抜けているのでは無いかと思うほどだった。落ちたら死は回避できないだろう。この際、赤い染みは見なかったふりだ。

しかし改めて思うけど、トーマスもよく連日、この階段を行ったり来たりできたものだと思う。彼にメリットがあるわけでもないのに。彼の妹の件もそうだけど、本当に彼は笑ってしまうほどお人よしだと思う。

そんな事を考えながらも、私はウーロン様が一定の間隔で階段を上がっていくその腕に揺られる心地よさに既にウトウトとしてしまっていた。それもそのはずだ。この世界に来てから今までこんなにも安心できた時間なんて無かったのだから。

それにしても、本当に不思議だ。こんなにも性格が違うウィンストンとウーロン様が仲が良いだなんて。さっきだって私は聞き逃さなかった、ウーロン様がウィンストンの事をウィスと愛称で呼んでいた事を。

「気になっていた事を聞いてもいいですか?」
「答えられる範囲でならな」

別に雑談なんてしなくても良かったのに、何となくこのまま眠気に身体を任せるのが勿体無くて声をかけてしまった。そうしてさっきまで疑問に思っていた事を質問する。ウィンストンと仲が良いんですねと。

「ああ、少なくとも20年以上は一緒に働いているからな、最初は俺もウィスも城の使用人見習いとして入っていたんだが、当時の同期が俺とウィスしか居なくてな。必然と仲は深まっていたよ。ウィスって愛称は……いや何でもない。因みに二人きりの時はウィスも俺の事をロンって呼んでくれているんだ。」

愛称の下りは気になってしまったけど、既に九割くらい意識をとばしてしまっていてふわふわとしか会話は入ってくることは無かったし、結局そのすぐ後に私は眠ってしまったみたいだけど。

そしてこの時には既に、私はなんで泣いていたのかも既に忘れてしまっていた。
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