乙女ゲームの世界に池ポチャした

緑々

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ウーロンとの出会い

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「ああ、生きていたのか」

三日ぶりに再会して早々これだよこれ。私の神様まだかなあ、ウーロン様。きっとウーロン様だけが私の脱出する最後の砦になるだろうからと、少しウキウキとした気持ちで待っていたらこれだよ。

コツコツ、コツコツとやけに早い足音が聞こえてきた時からやけに嫌な予感はしていたんだよ。きっとウーロン様だ、なんていう淡い期待は鍵を開けてすぐにかけられた冒頭の言葉で儚く崩れ去ってしまった。

それにしても何が生きていたのか、よ。あんたの部下がこっそり忍びこんで助けてくれてなければとっくのとうに空腹で話す気力も無かったわよ。私の事を下から上まで見つめて気味の悪い。

「ふむ。どうやら私の管理不足のようだ。まさか私の命令に背くような部下を雇っていたとは」

本当にトーマスはこのウィンストンの目をどうやって搔い潜ってきたのか、本当に不思議に思う。目の前の彼はこれでもかというほどに眉に深い皺を作っている。こっそり舌をだしていると、急に盛大な舌打ちが聞こえてきたせいで、その拍子に驚いて若干、舌を噛んでしまった。

「貴様に衣食住を提供したのは誰だ」
「言わないわ。私を逃がしてくれるなら別だけど」

前回と違って濡れていない事や、環境になれてきた事もあってそこそこ、ウィンストンに反撃している自分にも驚いた。調子に乗ってもう一度、舌を出すと今度はブチ切れしたのか、近くの木箱を足で蹴って壊していた。

「調子に乗るなよ、不法侵入者が」
「いった……なにするのッ」

そして木箱を壊した彼は私をうつぶせにする形で馬乗りしてきた。そして前回よりも強く縄でキツク結ばれる。ようやく、ようやく跡が薄くなってきたのに!本当にウィンストンのこのやろう!トーマスはああ言ってくれたけど、無理。私が彼の事を悪くないように見る事なんで絶対に無理。

「私にだってちゃんと名前くらい……名前くらい」

そこまで言った所で、ひどい頭痛に襲われて目をギュッと閉じてしまう。こちとら痛みに悶絶しているというのにウィンストンは耳元で「名前くらい?なんです」そう囁いてくる。私の名前は……私は、私は私は私は私は私は私は私は私は私は……

「わたしは、だれ?」

ここにきて自分の名前が分からない事に気付いてしまった。私は限界社会人で
毎日のように会社では怒鳴られて、実家では早く子どもの顔が見てみたいと言われ続けて、私には歳の離れた今年成人を迎えたばかりの可愛らしい弟がいて。そのどれも文字で思い出す事は出来る。それなのに、憎くて仕方のない上司、私を愛して育ててくれた両親に大切な弟、いつも愚痴を聞いてくれていた友人。誰の顔も思い出す事が出来ない。

「思い出せない……」
「誘惑の次は今度は記憶喪失のふりですか、なんて惨めな真似を」

汚い地面に顔が付いている事さえ気にならない程に、私は唇を噛みしめてボロボロと涙を流し続ける。彼が縄を結び終えて私から離れても体制を戻す気にもなれなかった。

ウィンストンがイライラを隠そうともせずに、舌打ちにかかとを壁にゴツゴツとぶつけ続ける音。それから私の鳴き声で控えめに言ってもカオス極まりない状況の中、おきなため息と共に野太くもよく響く声が聞こえてきた。

「言わんこっちゃない……年端も行かない娘を泣かせるなんて。ウィンストンも大人げないぞ。今朝から王子殿下の機嫌を損ねて無視をされたくらいで」
「ウーロン…それから俺はアレクサンダー王子の機嫌を損ねても無いし、無視をされたわけじゃない!王子様が忙しいだけだ!それに元はと言えばこの小娘のせいじゃないか」

まさかのウーロン様との初対面が号泣している時だなんて思わなかった。未だに鼻をズビズビと鳴らしたままなんとか体を起こすと両手を腰にあてているウィンストンと彼よりも大きくガタイもある、ツンツンとした赤い髪の毛に若干垂れ下がっているオレンジ色の瞳。それから重そうな鎧を身に着けている中年くらいの男の人がいた。思っていたよりも大きいその人に思考が一瞬だけ止まってしまった。

「お母さん……」

何とか少しでも好印象を残そうと声をかけようとしたが自分の気持ちとは裏腹に私はお母さんなんて言葉を呟いてしまう。その事に気付いて、恥ずかしさから唇を思い切り噛みしめていると、ウーロン様が私の視線に合わせてしゃがみ込んできた。ガラガラとなる鎧の音と、私めがけて伸びてきた腕に殴られる、と思って強く目を閉じてしまう。
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