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牢屋での進展
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ーーこの場所から出る事だ。
だなんて、意気込んだけれどやはり現実は厳しくて、もうすでに三日間は放置をされてしまっている。いろいろな意味でとても臭いし、不快睡眠なんてものもとれるはずも無い。髪の毛もとてもバサバサだし、止む事のない呻き声に軽くノイローゼにでもなってしまうのでは無いかと何度も何度も思った。なによりも一番、心が痛んだのは小学生くらいの男の子だと思われる子が、お母さん、お母さんだなんて繰り返し、繰り返し言っているの聞いた時だ。
そんな子どもまでこのような牢獄に容赦なく入れるのかと、ウィンストンを殴りたい衝動に何度も駆られていたし、縄なんかもとっくに解いて実際に木箱は殴っていた。結果としては自分の腕が損傷する結果に終わってこれもこれで腑に落ちない理由の一つなんだけど。
そして、異世界に紛れ込んで早々に元の世界に戻れる訳でもなく、地下牢暮らしをしている私がある意味正気を保てている事にも理由がある。以前、私を助けてくれた青年、またの名をトーマス君。彼がウィンストンや周りの使用人の目を盗んで時折来ているらしい。まあ、前回は鍵を何とか入手してくれたおかげで寄り添ってくれていたけど、しっかりと鍵は元に戻したのに違和感を感じたらしいウィンストンがひと時も鍵を手放さないらしい。
そのせいで彼の顔は見えない。なぜなら彼もまた決して背が高い訳でもなく、背伸びをしてようやく覗き窓の隙間に手の平を入れられるくらいだからである。私だってこの扉の大きさは可笑しいと思っている。因みに一切の食事の支給のない私が空腹で飢える事が無いのも彼のおかげだ。彼が数少ない自分の食事をおすそ分けしてくれるのだ。
彼の事を思い出していたら、コツコツと少し控えめな足音が聞こえてきた。トーマスだ。すぐに「おはようございます」と声をかけてくれた。それに返すように私も「トーマス、おはよう。今日は少し早いんだね」と声をかけた。自分でも気付かぬうちに彼が来ることを楽しみにしていたのか自然と頬の角度が上がってしまう。
「今日からしばらくの間は洗濯当番だから、家族のためだとわかっていてもつい逃げ出してしまいたくなるほどの寒さだよ」
彼も彼で私と話す内に気を許してくれたのか、最初はかなり気を使うようなそぶりを見せていたけれど今では軽く冗談を交えてくれるくらいには仲良くなったと思う。それにしても、話を聞く限りこの世界の洗濯物は一つ一つ手洗いをしているらしい。それに洗剤と同等の効果のある魔法石も侯爵家以上でようやく買えるような非常に高価な代物らしい。
その話を聞いた際に私は、魔法が使えるなら洗浄魔法のようなものはないのかとトーマスに聞いた事はあるが大笑いされてしまった。そんな雑用のために魔法を使うなんて聞いたことが無いよと。初めてあった時にも聞いたけど、魔法を扱える人は本当に数少ないらしい。基本的には魔法を扱えるのはレイティア公爵家という一族らしい。しかし例外も一つあるようで、医療魔法に関してはシェルフ公爵家の血筋、それも30%の確率でしか発現しないのだとか。その時にトーマスは大きくため息をついて、そんなシェルフ家の三男が医療魔法を使えるから最悪だと言っていた。貴族社会での立場が弱いから、わざわざ平民が多く住まう街で病院を開いて傲慢にふるまっているらしい。
それを聞いた私もまた、分かると言って大きく頷いていた。私の上司もそのシェルフ家の三男と同じような人物だったからである。社長の甥っ子の息子という微妙な立場のくせに威張り散らしている最悪の男だ。ミスはすぐに部下のせいにして、部下の手柄も次から次に横取りをしていく。蛙の子は蛙なのか、以前社長にその問題を直談判した時に私の身内を愚弄するのかと怒られたものである。もちろん後日、上司にその一件がバレて何日間も徹夜をさせられるはめになってしまったわけだが。
「そういえば、もしかしたらウィンストン様がきてくれるかもしれないよ」
「ええ、こなくていいよ」
「まあまあ。これも脱獄のチャンスだと思ってさ」
トーマスはそうやって言っているけど、ウィンストンの事を思い出す度に胃がキリキリして仕方がない。もちろん怖さもあるんだけど、今は怒りや憎悪といった感情の方が近いかもしれないね。それにしても何故、彼は何故、あやつが来るかもしれない事が分かったのか。そう思っていると「まだわからないけどね」を前置きにこんな事を言ってきた。
「実は昨日、寝る前に一つ一つロウソクを消して回る当番の一人だったんだけど、ウィストン様の部屋を通り過ぎるときに君の話題らしきことが聞こえてきて、聞き耳を立てていたんだ」
一つ一つロウソクを消していた事実にも驚いたのはもちろんだけど私としては彼の聞き耳を立てた、という言葉の方に一番の衝撃を覚えた。意外と度胸があるよなこの子。そうは思っても、確かに知っている人のうわさ話が聞こえてきたら私でも聞き耳を立ててしまうかもしれない。
「何となく、君が何を考えているかはわかるけど、まあそうしたら会話の相手がウーロン様、ああ。この国の騎士団長様でね」
またや新しい人物の名前に私はクスクスと笑ってしまう。私からするとウーロンなんて聞いたら飲み物の方をイメージしてしまうからである。そんなお茶の名前の人が騎士団長何て大丈夫なのかなと思っていると、少し呆れたような、苦笑いをしているような、なんとも言えない声色で彼は「今回のキーパーソンは彼なんだからね」と言ってきた。
だなんて、意気込んだけれどやはり現実は厳しくて、もうすでに三日間は放置をされてしまっている。いろいろな意味でとても臭いし、不快睡眠なんてものもとれるはずも無い。髪の毛もとてもバサバサだし、止む事のない呻き声に軽くノイローゼにでもなってしまうのでは無いかと何度も何度も思った。なによりも一番、心が痛んだのは小学生くらいの男の子だと思われる子が、お母さん、お母さんだなんて繰り返し、繰り返し言っているの聞いた時だ。
そんな子どもまでこのような牢獄に容赦なく入れるのかと、ウィンストンを殴りたい衝動に何度も駆られていたし、縄なんかもとっくに解いて実際に木箱は殴っていた。結果としては自分の腕が損傷する結果に終わってこれもこれで腑に落ちない理由の一つなんだけど。
そして、異世界に紛れ込んで早々に元の世界に戻れる訳でもなく、地下牢暮らしをしている私がある意味正気を保てている事にも理由がある。以前、私を助けてくれた青年、またの名をトーマス君。彼がウィンストンや周りの使用人の目を盗んで時折来ているらしい。まあ、前回は鍵を何とか入手してくれたおかげで寄り添ってくれていたけど、しっかりと鍵は元に戻したのに違和感を感じたらしいウィンストンがひと時も鍵を手放さないらしい。
そのせいで彼の顔は見えない。なぜなら彼もまた決して背が高い訳でもなく、背伸びをしてようやく覗き窓の隙間に手の平を入れられるくらいだからである。私だってこの扉の大きさは可笑しいと思っている。因みに一切の食事の支給のない私が空腹で飢える事が無いのも彼のおかげだ。彼が数少ない自分の食事をおすそ分けしてくれるのだ。
彼の事を思い出していたら、コツコツと少し控えめな足音が聞こえてきた。トーマスだ。すぐに「おはようございます」と声をかけてくれた。それに返すように私も「トーマス、おはよう。今日は少し早いんだね」と声をかけた。自分でも気付かぬうちに彼が来ることを楽しみにしていたのか自然と頬の角度が上がってしまう。
「今日からしばらくの間は洗濯当番だから、家族のためだとわかっていてもつい逃げ出してしまいたくなるほどの寒さだよ」
彼も彼で私と話す内に気を許してくれたのか、最初はかなり気を使うようなそぶりを見せていたけれど今では軽く冗談を交えてくれるくらいには仲良くなったと思う。それにしても、話を聞く限りこの世界の洗濯物は一つ一つ手洗いをしているらしい。それに洗剤と同等の効果のある魔法石も侯爵家以上でようやく買えるような非常に高価な代物らしい。
その話を聞いた際に私は、魔法が使えるなら洗浄魔法のようなものはないのかとトーマスに聞いた事はあるが大笑いされてしまった。そんな雑用のために魔法を使うなんて聞いたことが無いよと。初めてあった時にも聞いたけど、魔法を扱える人は本当に数少ないらしい。基本的には魔法を扱えるのはレイティア公爵家という一族らしい。しかし例外も一つあるようで、医療魔法に関してはシェルフ公爵家の血筋、それも30%の確率でしか発現しないのだとか。その時にトーマスは大きくため息をついて、そんなシェルフ家の三男が医療魔法を使えるから最悪だと言っていた。貴族社会での立場が弱いから、わざわざ平民が多く住まう街で病院を開いて傲慢にふるまっているらしい。
それを聞いた私もまた、分かると言って大きく頷いていた。私の上司もそのシェルフ家の三男と同じような人物だったからである。社長の甥っ子の息子という微妙な立場のくせに威張り散らしている最悪の男だ。ミスはすぐに部下のせいにして、部下の手柄も次から次に横取りをしていく。蛙の子は蛙なのか、以前社長にその問題を直談判した時に私の身内を愚弄するのかと怒られたものである。もちろん後日、上司にその一件がバレて何日間も徹夜をさせられるはめになってしまったわけだが。
「そういえば、もしかしたらウィンストン様がきてくれるかもしれないよ」
「ええ、こなくていいよ」
「まあまあ。これも脱獄のチャンスだと思ってさ」
トーマスはそうやって言っているけど、ウィンストンの事を思い出す度に胃がキリキリして仕方がない。もちろん怖さもあるんだけど、今は怒りや憎悪といった感情の方が近いかもしれないね。それにしても何故、彼は何故、あやつが来るかもしれない事が分かったのか。そう思っていると「まだわからないけどね」を前置きにこんな事を言ってきた。
「実は昨日、寝る前に一つ一つロウソクを消して回る当番の一人だったんだけど、ウィストン様の部屋を通り過ぎるときに君の話題らしきことが聞こえてきて、聞き耳を立てていたんだ」
一つ一つロウソクを消していた事実にも驚いたのはもちろんだけど私としては彼の聞き耳を立てた、という言葉の方に一番の衝撃を覚えた。意外と度胸があるよなこの子。そうは思っても、確かに知っている人のうわさ話が聞こえてきたら私でも聞き耳を立ててしまうかもしれない。
「何となく、君が何を考えているかはわかるけど、まあそうしたら会話の相手がウーロン様、ああ。この国の騎士団長様でね」
またや新しい人物の名前に私はクスクスと笑ってしまう。私からするとウーロンなんて聞いたら飲み物の方をイメージしてしまうからである。そんなお茶の名前の人が騎士団長何て大丈夫なのかなと思っていると、少し呆れたような、苦笑いをしているような、なんとも言えない声色で彼は「今回のキーパーソンは彼なんだからね」と言ってきた。
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