乙女ゲームの世界に池ポチャした

緑々

文字の大きさ
上 下
9 / 12

牢屋での進展

しおりを挟む
ーーこの場所から出る事だ。

だなんて、意気込んだけれどやはり現実は厳しくて、もうすでに三日間は放置をされてしまっている。いろいろな意味でとても臭いし、不快睡眠なんてものもとれるはずも無い。髪の毛もとてもバサバサだし、止む事のない呻き声に軽くノイローゼにでもなってしまうのでは無いかと何度も何度も思った。なによりも一番、心が痛んだのは小学生くらいの男の子だと思われる子が、お母さん、お母さんだなんて繰り返し、繰り返し言っているの聞いた時だ。

そんな子どもまでこのような牢獄に容赦なく入れるのかと、ウィンストンを殴りたい衝動に何度も駆られていたし、縄なんかもとっくに解いて実際に木箱は殴っていた。結果としては自分の腕が損傷する結果に終わってこれもこれで腑に落ちない理由の一つなんだけど。

そして、異世界に紛れ込んで早々に元の世界に戻れる訳でもなく、地下牢暮らしをしている私がある意味正気を保てている事にも理由がある。以前、私を助けてくれた青年、またの名をトーマス君。彼がウィンストンや周りの使用人の目を盗んで時折来ているらしい。まあ、前回は鍵を何とか入手してくれたおかげで寄り添ってくれていたけど、しっかりと鍵は元に戻したのに違和感を感じたらしいウィンストンがひと時も鍵を手放さないらしい。

そのせいで彼の顔は見えない。なぜなら彼もまた決して背が高い訳でもなく、背伸びをしてようやく覗き窓の隙間に手の平を入れられるくらいだからである。私だってこの扉の大きさは可笑しいと思っている。因みに一切の食事の支給のない私が空腹で飢える事が無いのも彼のおかげだ。彼が数少ない自分の食事をおすそ分けしてくれるのだ。

彼の事を思い出していたら、コツコツと少し控えめな足音が聞こえてきた。トーマスだ。すぐに「おはようございます」と声をかけてくれた。それに返すように私も「トーマス、おはよう。今日は少し早いんだね」と声をかけた。自分でも気付かぬうちに彼が来ることを楽しみにしていたのか自然と頬の角度が上がってしまう。

「今日からしばらくの間は洗濯当番だから、家族のためだとわかっていてもつい逃げ出してしまいたくなるほどの寒さだよ」

彼も彼で私と話す内に気を許してくれたのか、最初はかなり気を使うようなそぶりを見せていたけれど今では軽く冗談を交えてくれるくらいには仲良くなったと思う。それにしても、話を聞く限りこの世界の洗濯物は一つ一つ手洗いをしているらしい。それに洗剤と同等の効果のある魔法石も侯爵家以上でようやく買えるような非常に高価な代物らしい。

その話を聞いた際に私は、魔法が使えるなら洗浄魔法のようなものはないのかとトーマスに聞いた事はあるが大笑いされてしまった。そんな雑用のために魔法を使うなんて聞いたことが無いよと。初めてあった時にも聞いたけど、魔法を扱える人は本当に数少ないらしい。基本的には魔法を扱えるのはレイティア公爵家という一族らしい。しかし例外も一つあるようで、医療魔法に関してはシェルフ公爵家の血筋、それも30%の確率でしか発現しないのだとか。その時にトーマスは大きくため息をついて、そんなシェルフ家の三男が医療魔法を使えるから最悪だと言っていた。貴族社会での立場が弱いから、わざわざ平民が多く住まう街で病院を開いて傲慢にふるまっているらしい。

それを聞いた私もまた、分かると言って大きく頷いていた。私の上司もそのシェルフ家の三男と同じような人物だったからである。社長の甥っ子の息子という微妙な立場のくせに威張り散らしている最悪の男だ。ミスはすぐに部下のせいにして、部下の手柄も次から次に横取りをしていく。蛙の子は蛙なのか、以前社長にその問題を直談判した時に私の身内を愚弄するのかと怒られたものである。もちろん後日、上司にその一件がバレて何日間も徹夜をさせられるはめになってしまったわけだが。

「そういえば、もしかしたらウィンストン様がきてくれるかもしれないよ」
「ええ、こなくていいよ」
「まあまあ。これも脱獄のチャンスだと思ってさ」

トーマスはそうやって言っているけど、ウィンストンの事を思い出す度に胃がキリキリして仕方がない。もちろん怖さもあるんだけど、今は怒りや憎悪といった感情の方が近いかもしれないね。それにしても何故、彼は何故、あやつが来るかもしれない事が分かったのか。そう思っていると「まだわからないけどね」を前置きにこんな事を言ってきた。

「実は昨日、寝る前に一つ一つロウソクを消して回る当番の一人だったんだけど、ウィストン様の部屋を通り過ぎるときに君の話題らしきことが聞こえてきて、聞き耳を立てていたんだ」

一つ一つロウソクを消していた事実にも驚いたのはもちろんだけど私としては彼の聞き耳を立てた、という言葉の方に一番の衝撃を覚えた。意外と度胸があるよなこの子。そうは思っても、確かに知っている人のうわさ話が聞こえてきたら私でも聞き耳を立ててしまうかもしれない。

「何となく、君が何を考えているかはわかるけど、まあそうしたら会話の相手がウーロン様、ああ。この国の騎士団長様でね」

またや新しい人物の名前に私はクスクスと笑ってしまう。私からするとウーロンなんて聞いたら飲み物の方をイメージしてしまうからである。そんなお茶の名前の人が騎士団長何て大丈夫なのかなと思っていると、少し呆れたような、苦笑いをしているような、なんとも言えない声色で彼は「今回のキーパーソンは彼なんだからね」と言ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...