乙女ゲームの世界に池ポチャした

緑々

文字の大きさ
上 下
4 / 12

異世界に来て早々、私の人生が詰んだ話。

しおりを挟む
ウィンストンさんは素早く、多少怒声も混じったような声色でドアの付近にあった鈴を鳴らしてメイドを呼んでいる。

その際に一瞬睨まれたような気がするのは気のせいだろうか。それにさきほどからどこからともなく、たくさんの視線に囲まれているような気もする。なんとも言えない不気味な雰囲気に眉をひそめてしまう。

「ウィンストン、私はいいからこの女性にもタオルを」

ウィンストンさんは自分の上着を脱いで王子にかけている。そんななか私の事を王子が指摘すると明らかに大きなため息をついて、私の方に顔を向ける。その顔が上司と重なってしまいすぐに私は目を逸らしてしまう。

「あなたは何者ですか?答えによっては、、、」
「ウィンストン!彼女は私の客人だ!もう少し丁寧に扱ってもらえると嬉しいよ」

王子が眉を下げながら、そう頼むとウィンストンさんは私を再度強く睨んでから笑顔になる。あまりにも自然な笑顔で先ほどまでの違和感は気のせいだったのでは無いかと思いかけたが油断は禁物。

「それは、失礼しました。見た事のない顔で、、、いえ。貴族一覧表でも見た事の無い顔でしたので強く警戒をしておりました」
「え? ウィンストン、でもこの子の服もかなり上質で、見た事の無いデザインだ。キャンデウスの衣装を購入できるまだ公表されていない貴族の令嬢ではないのかい?」

なにやらブツブツとマリーやらリリアやらエリーやらシャネリーやら女性の名前をブツブツと言いながら私の顔を見ては何度も首を傾げて、再度「やはり見た事の無い顔です」と言ってきた。もしも本当に彼がこの国の貴族を把握していたとするのなら私が居なくて当然だ。貴族でも無いし、何なら国民でさえない。私は日本で暮らす一般人。王族やら貴族やら、そんなのとは無縁の世界で生きてきた私には関係のない話だ。

何となく私も気分は良くなかったから頬を膨らませていると、困惑した様子で王子は何度もウィンストンさんと私の顔を交互に見つめている。その仕草でさえ可愛くてついにやけそうになってしまったのは別の話だ。

そしてウィントンさんは深く深呼吸をしたかと思うと自分の机の引き出しを開けた。移動する際に資料を何度も踏んで舌打ちをしている様子が少し面白かった。苛ついているから些細な事にも気付かないのだと心の中で悪態をつく。それほどまでに私は現時点で、5分も経たずに彼への評価は最悪だった。まあ、ウィンストンさんも私の事を嫌いなようだし、ここはお互い様って所だと思う。

何やら鍵付きの引き出しだったようでズボンのポケットから出てきたいくつかの鍵から目的のものをするりと選んでいる。ほとんど見た目の変わらない鍵を、である。なんとなくこの男の能力の片鱗をみてしまったようでつい口の端をピクピクとしてしまった。

そしてその引き出しの中から出てきたのは、革で出来た両手で抱える程の冊子が出てきた。ウィンストンさんは親指と人差し指をペロリと舐めてパラパラと捲る。最後のページまで見て彼はまた大きくため息を吐いている。

「これは私が知る限りの、存命している貴族の情報です。ご令嬢の姿絵や情報を見る限り誰も貴方と一致しません。もちろん公爵から男爵を含めた情報です」

続けてウィンストンさんはこう言った。「この手帳は産まれた時から一年更新でまとめられています。ここに載っていないという事は、城に伝えられなかったよっぽどの理由があるのか、または平民との間に出来た私生児。それから城下町から侵入してきた平民。

前者二つは場合によっては救済してあげても良い例もありますが、後者に関しては考える時間も無駄です。もしも後者であるならば、私は子どもであろうと極刑、または地下牢に拘束しなければならない。少なくとも貴族街を通って城まで侵入しているんです。手練れである可能性は高いでしょう。」

そういって自信満々に彼はモノクルをくいっとあげて、私が何を言いたいか王子には分かりますよね、と問うていた。しかし、貴族じゃなければなんだと言うのだ。

「いや、でもウィンストン。侵入では無いと思うんだよ。だってこの子は確かに空から池に落ちて、なによりも本気で助けを求めていた。そんな子が侵入してもメリットがあるとは思えないよ」
「そんなもの木に身を潜めて王子が着た瞬間に落ちれば済む話です、さあメイドも来たみたいですし、湯あみをして体を温めてきてください」

3人くらいのメイドが部屋に入ってきて大きなタオルを王子に掛けていた。余分にタオルも持ってきていたらしく若いメイドが私にも渡してくれようとしていたが、ウィンストンさんが要らないと一蹴していた。そして優しい顔で王子に迎えにきたメイドの元へ行くように促していた。王子は出るときに私の頭を何度か撫でで、また後でねと言ってくれた。耳元でウィンストンがごめんね、きっと話が終わったらタオルはかけてくれるからと。

「ウィンストン、私は湯あみに行くけれどこの子の事はちゃんと客人扱いをして欲しい。ウィンストンが僕を心配してくれているのは十分伝わっているから」
「ええ、お任せください」

そうして今度こそ本当に王子はこの部屋を出てしまう。その瞬間ウィンストンさんの表情が冷たくなる。とても怖い顔をしている。最初に顔を合わせた時と比にならないほどの顔だ。この調子じゃタオルも貰えないだろうなと、諦めに近い感情に遠くを見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...