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城に案内される話。

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彼に手を繋がれながら城であろう建物の方に向かう事十数分。時折顔を合わせる事はあるものの、緊張した面持ちで、至る所に居る慌てたように駆け抜ける騎士達から隠れるように茂みに逃げ込んでいた。その様子を見て私は彼が盗人のような悪事を働いている側の人間なのではないか、という不安にも包まれる。善人ならばこんな木や草が多い茂っているような場所ではなく正規の道から堂々と歩けるだろうし。

何よりも一番大事な事を一つ発見した。この場所が私がさっきまで居た場所の世界と違うであろう事。ありとあらゆるゲームやアニメを観てきた影響からか、思いのほかこの奇妙な状況でも冷静を装える。だって目の前に居る彼やたくさんの騎士を見る限り何かのコスプレイベントに巻き込まれたわけでも無そうなうえ、決定的な証拠としても太陽が真上にある事。確かに私はあの時、たくさんの人が眠りに入り始める夜の空間にいたはずだ。なのにたったの十数分で昼間になっていること自体がありえない。

「よし、ついた。ここから入ればすぐに着くよ」

ようやく城の壁と扉の目の前にたどり着くことが出来た。所々に汚れは見えるものの、こんなに奇麗なお城は初めて見た。幼少期は両親の趣味で色々な場所を飛び回っていた時期はあるけど、こんなに生活感があるお城は本当に見た事が無いし、ここが廃城でない事なんて明らかだった。それに私のいた敷地は既に敷地内だったようで振り返ると大きな城壁が見える。私が引き上げられたあの池?にしては大きい場所から引き揚げられた際に町が見えたのは丘だったかららしい。あまりにも緩やかな坂で気付かなかった。

「さあ、ウィンストンに報告したら温まろうか」
「ウィンストン、、、?」

新しい人物の名前に首をかしげていると、また慌てたように僕の執事でまるで父親のように頼りになる人なんだと鼻を鳴らして自慢していた。僕の執事?専属の執事が居るほどに彼は金持ちなのだろうか?そういえば彼の名前も聞いていない。一通り落ち着いたら自己紹介でもしよう。

そして、先ほどまで握られていた手はゆっくりと解かれる。彼は一度深呼吸をしてから木材で出来た扉を両手で少し力強く押して中へ入る。その時点で私は城内の雰囲気に目を奪われた。廊下には一定距離でロウソクが灯っており、本当に奇麗だった。高校生くらいの頃から両親に誘われても留守番をしていたし、働き始めてからは休みという休みもなく、こんな奇麗な景色を目にする事も久しかった。私自身も奇麗な風景を見に行くといった心の余裕もなかったし。それなのに今はどうしてか目頭が熱くなっているように感じる。

意外と暗い雰囲気で、実際に歩けば歩くほど何かが出てくるのではないかと、寒さとは別の悪寒に震えていると彼はもう一度優しく手を握ってくれる。若い青年にここまで優しくされてほんの少し恥ずかしくなってしまった。

何となく私よりも遥かに身長の高い彼をひっそりと見上げて握っている手に少し力を込める。しかし少し力を入れすぎてしまったのか彼は私の方を見て苦笑いをしている。

城に反復する誰かを呼んでいるような叫び声を背景に無言で歩みを進める事数分。彼は少し緊張した様子で私に質問を投げかけてきた。その視線は前を向いたままではあったけど。いったい何を聞かれるのだろうと私も息をのむ。

「君は見たことのない服を着ているけど、どこから来たのかな、ここまで来れるって事は貴族街だと思うけど。まだ幼いからきっとお披露目前のどこかのご令嬢だよね?多分魔法が使える家系の子だとは思うけど」

ついにその質問が来たか。どう返答をしようか考える前に一つだけ聞き捨てならない声が聞こえてきた。幼い?だれが?私が? 確かに20代も前半の頃は高校生、中学生くらいに見えるだなんて嬉しい言葉も投げかけられてきた時期もあった。あったけど年々増える責任と叱責と共に可哀そうな目で見られるようになるのも早かった。今ではザラザラな手に、目にクッキリと残る隈。それから所々目立つようになってきた皺。何よりも最近は少し歩くだけで息切れもするなど、それはもう美容からかけ離れた人生だった。実際に数か月前に合コンで出会った男性に身なりを気にしていない子は少し、だなんて遠回しに私を指摘して孤独な時間も過ごしてきた。初対面で失礼なと憤っていた記憶も新しい。

そんな私が幼くて、ましてや令嬢だなんて呼ばれる事はありえないのだ。もしやこの王子目が見えないのではと一瞬勘ぐってしまったが、これまでの道中を考えてもその説がありえない事は確かでもある。

「多分キャンデーさんの試作を着てきちゃったんだろうけど、流石に女の子としては太ももが見えるのは良くないね」

まずは何処から指摘しようかと考えていると、今度は心配そうな声でそんな事を言われた。キャンデーという人物は私には分からないけど、確かに私の現在の服装は女性向けスーツでスカートも太ももの半分までしかない、露出としても多い自覚はあった。あったけど、スーツを買うお金を惜しんでいた結果だし、何より現代では当たり前でなんの違和感もない服装だという自信の方が強かった。

しかし改めて言われると、急激に恥ずかしさが込み上げてきたのも事実だ。それはここまで遠目からみてきたどの人物も肌の露出は少なかった事もその感情になる要因の一つでもあったと思う。

「着いたよ」

返答を考えながらも黙々といくつかの階段を上がった先にある大きな扉の前までやってきた。おそらく先ほど言っていたウィンストンさんの部屋なのだろう。父親のような存在とも言っていた事から、もしかしたらこの人も執事か使用人なのかもしれない。それに私が気付いて上げられなかっただけで、きっと僕の執事というのも彼なりの冗談だったのであろう。そう思うと可愛らしくて少し笑ってしまった。

そして彼は扉を三回ノック、、、、、、する事無く挨拶もなしに部屋に入っていった。ここで私は彼がきっと見習いか新人かでまだマナーが身についていないのかと思った。きっと今すぐにでも怒鳴り声が飛んでくるだろうと、緊張してしまいつい手を振りほどいてしまった。

「ウィンストン! 裏の庭を散策していたら湖に女の子が落ちてきたんだんだ」

振りほどいた時に少し顔をこちらに向けてきたが、すぐに部屋の中心で作業していたであろう中年の男性に声をかけていた。山積みの資料に今にでも埋もれそうな勢いで筆を進めている。おそらく彼がウィンストンさんなのだろう。グレーの髪がしっかりとまとめられて、青グレーのキリっとした瞳が忙しなく動いているのを見て、あまりの奇麗さについ息を飲んでしまう。そして彼の声を聞くなり思い切り顔を上げていた。そして顔面を蒼白にして彼はこう言ったのだ。

「アレクサンダー王子!! びしょ濡れではありませんか。何があったのです」

書類が地面に落ちる事も構わずに立ち上がった彼は私の事が目に入っていなかったのか、ずかずかと歩いてきて乱暴に私を押し退けるようにして彼、アレクサンダー王子に駆け寄っていた。

スラリとした体系で決してガタイがあるという分けでは無いけれど、それでもその洗練された雰囲気に圧倒されて一歩、二歩と私も後ずさってしまう。

そんな事すら上の空になってしまうほど、私の心の中はある一つの事で埋め尽くされていた。

私のななめ前で照れ笑いをしている、私を湖から救い出してくれたこの男性がきっとこの城の王子様あるという事実のみだった。
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