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彼の話(バタフライエフェクト)
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「はっきり言うと、君みたいな女性はタイプじゃないんだよ。
他を当たるんだな。」
俺は、庶務の近藤をバッサリ切り捨てた。一月以上纏わり付かれて
ウンザリしていたのだ。あー、せいせいした。
◇ ◇ ◇
19時を少し過ぎた火曜日の夜。俺は、残業を適当なところで切り上げた。
今週は、ハードな週になりそうだったので、週初めから突っ走るのは止めて
ほどほどのところで切り上げ帰ることにした。
エレベーターが1階に着くと通用口に向かった。そこで同期で
庶務の主任の片桐に遭遇した。
「おう、お疲れさん。」
俺が声を掛けると、片桐はげっそりした顔でこちらをむいた。
「どうした、やけに疲れているみたいだが?」
「あぁ、疲れている。」
普段温厚な片桐には珍しく、吐き捨てるように言った。俺なんかしたか?
「どうした?」
「あぁ、悪い、お前のせいじゃない。だが、むかついて腹の虫が治まらない。」
いや、まったく、珍しいこともあるもんだ。こいつがこんな態度とるなんて、
「飯食って、少し飲むか? まだ火曜日だが…。」
「うー。そうだな、腹が減ったままだとイライラが募るな。出くわしたのが
運の尽きと思って少し付き合ってくれ。」
俺と片桐は、会社の近くにある、美味い定食で人気の店に行き
夕飯を食べながら、ビールを飲んだ。そして、おれは、片桐から
驚くべき話を聞かされた。
「相馬涼司って、営業2課主任で同期のあの相馬か?」
というおれの問いに片桐は
「そうだ、営業1課主任本郷敏生の同期でもある」
と返したので、
「庶務課主任片桐謙吾の同期でもあるな。」
と俺も戻した。
「だが、相馬は、企画の久住の…。」
おれは、思わず口にしたが最後までは言えなかった。
が、片桐は引き取って続けた。
「久住とつきあっていたと社内では周知されている。だが、庶務の
近藤と結婚するそうだ。近藤は、現在3ヶ月なので、大事を取って
退職するといっていた。」
「デキ婚ってことか…。」
「そうだ。課長に大声で嬉々として報告していた。おかげで課内は
大荒れだ。特に女性社員の反感を買いまくっている。」
俺は何も言えずにただ頷いた。
「課長は、近藤に午前中に有休消化と退職の手続きをすませるように言った。
どのみち、近藤の有給休暇はそんなに残っていないし、担当している仕事も
殆ど無い。何やらせてもまともにできないから課内でも持て余した
人材だったから、あいつに払う給料を派遣さんに分配しいたぐらいに
思ってたしな。」
「そうだな。俺も、男漁りに来てんのかと思ったよ。」
それよりも、と片桐は続けた。
「午前中に手続きを終えて、机を片付けている近藤に、課内の女子社員の
一人が突っかかったら、ヌケヌケと、
『あんな、色気も可愛げもない女より、あたしを選んだのは相馬さん
ですから、自分がモテないからってひがまないでください!』
と言い放ってフロアを出て行った。おかげでその後全く仕事に
ならなくて、今日済ませる必要のないものは明日に回させて、なるべく全員を
定時で上がらせたが、今日回った書類もミスが多くて…。」
その対応で残業になったという。俺は、頭を振っていった。
「久住は、面倒見がいいし、サバサバした性格だから同性の社員に人気がある。
その久住の彼氏を横取りした近藤への風当たりは強いだろうな。」
「そうだ。課長もそれを見越して、引き留めもしないで早々に退職の
手続き進めた。いるだけで、課内のお荷物になる社員は必要ない。
それよりも、俺が心配なのは久住の方だ。」
片桐がいうのに俺は内心ドキッとした。いや違う、こいつの彼女は、
久住と仲が良かったな。
「近藤の爆弾発言に驚いて、早苗に連絡して聞いてみたら、久住が相馬から
別れ話を切り出されたのは、先週の金曜日だそうだ。」
「そうか…。」
「一応、課内の人間には、箝口令を強いたが、噂はすぐに広がる。」
「そうだな…。」
「人の色恋には口出ししたくないと思っていたが、今回の件については、
相馬には色々言いたい気分だ。」
と忌々しげに片桐は言った。俺は久住さんに早苗のことで恩があると
片桐は小さくつぶやいた。
「最低限でも、久住さんと別れてから事を進めて欲しかった。」
そういったあと、片桐は俺の顔をじっと見た。そして、
「だが、こうもいえる。久住さんのことは、俺の親友がちゃんと
面倒見るから。安心してくれ。手放してくれてありがとう。」
「うっ…。」
俺は思わず、呻いた。俺は多分、少し赤くなったんだろう。
片桐は、ふっと笑いを漏らした。
「長い片思いだったが、チャンス到来だな。弱みにつけ込むような気が
しているかも知れないが、グズグズしていると他の男に攫われちまうぞ。」
「そうだな。」
俺が頷くと片桐も頷いた。
◇ ◇ ◇
庶務課ではとりあえずの箝口令が引かれた相馬と近藤の電撃入籍は、
近藤が仲の良い女子社員に理由を話して退職したこと、残った相馬が
結婚指輪をして出社したこと、営業部で(仕方がないけど)お祝いの回覧が
回ったことなどからすぐに社内に周知された。
その中で久住瑞穂は、何も語らず、淡々と日々の業務をこなしていた。
漏れ聞こえてくる噂では、近藤が、相馬に近づいたのは、俺が、近藤を振った
1ヶ月後ぐらいであったらしい。俺が、近藤を振った為、久住は彼氏を
寝取られ結果、彼女が深く傷ついてしまった。久住がどんどん無口になり、
やつれていくのを見るのは辛かった。
だが、ある日突然、久住は元の明るさを(すっかりではないが)取り戻した。
俺は、誰かが既に彼女の心の隙間に入り込んでしまったのかも知れないと
大いに焦り、片桐の彼女の早苗ちゃんに探りをいれてもらった。
幸い、それは杞憂で、詳しくはわからないが、
『周囲のみんなの励ましが大きく心に沁みたから。』
だそうだ。よかった。まだ間に合う。
その後、半年掛けて俺は、瑞穂にアプローチを続け、やっとその身も心も
手に入れることができた。近藤を振ったことは後悔していない。
結果、彼女が傷ついてしまったが、瑞穂は、
『最低な男から私を救ってくれたのよ。』
言ってくれる。救われたのは俺の方だ。
だから俺は、一生瑞穂をぐずぐずに甘やかすことで償いをするのだ。
他を当たるんだな。」
俺は、庶務の近藤をバッサリ切り捨てた。一月以上纏わり付かれて
ウンザリしていたのだ。あー、せいせいした。
◇ ◇ ◇
19時を少し過ぎた火曜日の夜。俺は、残業を適当なところで切り上げた。
今週は、ハードな週になりそうだったので、週初めから突っ走るのは止めて
ほどほどのところで切り上げ帰ることにした。
エレベーターが1階に着くと通用口に向かった。そこで同期で
庶務の主任の片桐に遭遇した。
「おう、お疲れさん。」
俺が声を掛けると、片桐はげっそりした顔でこちらをむいた。
「どうした、やけに疲れているみたいだが?」
「あぁ、疲れている。」
普段温厚な片桐には珍しく、吐き捨てるように言った。俺なんかしたか?
「どうした?」
「あぁ、悪い、お前のせいじゃない。だが、むかついて腹の虫が治まらない。」
いや、まったく、珍しいこともあるもんだ。こいつがこんな態度とるなんて、
「飯食って、少し飲むか? まだ火曜日だが…。」
「うー。そうだな、腹が減ったままだとイライラが募るな。出くわしたのが
運の尽きと思って少し付き合ってくれ。」
俺と片桐は、会社の近くにある、美味い定食で人気の店に行き
夕飯を食べながら、ビールを飲んだ。そして、おれは、片桐から
驚くべき話を聞かされた。
「相馬涼司って、営業2課主任で同期のあの相馬か?」
というおれの問いに片桐は
「そうだ、営業1課主任本郷敏生の同期でもある」
と返したので、
「庶務課主任片桐謙吾の同期でもあるな。」
と俺も戻した。
「だが、相馬は、企画の久住の…。」
おれは、思わず口にしたが最後までは言えなかった。
が、片桐は引き取って続けた。
「久住とつきあっていたと社内では周知されている。だが、庶務の
近藤と結婚するそうだ。近藤は、現在3ヶ月なので、大事を取って
退職するといっていた。」
「デキ婚ってことか…。」
「そうだ。課長に大声で嬉々として報告していた。おかげで課内は
大荒れだ。特に女性社員の反感を買いまくっている。」
俺は何も言えずにただ頷いた。
「課長は、近藤に午前中に有休消化と退職の手続きをすませるように言った。
どのみち、近藤の有給休暇はそんなに残っていないし、担当している仕事も
殆ど無い。何やらせてもまともにできないから課内でも持て余した
人材だったから、あいつに払う給料を派遣さんに分配しいたぐらいに
思ってたしな。」
「そうだな。俺も、男漁りに来てんのかと思ったよ。」
それよりも、と片桐は続けた。
「午前中に手続きを終えて、机を片付けている近藤に、課内の女子社員の
一人が突っかかったら、ヌケヌケと、
『あんな、色気も可愛げもない女より、あたしを選んだのは相馬さん
ですから、自分がモテないからってひがまないでください!』
と言い放ってフロアを出て行った。おかげでその後全く仕事に
ならなくて、今日済ませる必要のないものは明日に回させて、なるべく全員を
定時で上がらせたが、今日回った書類もミスが多くて…。」
その対応で残業になったという。俺は、頭を振っていった。
「久住は、面倒見がいいし、サバサバした性格だから同性の社員に人気がある。
その久住の彼氏を横取りした近藤への風当たりは強いだろうな。」
「そうだ。課長もそれを見越して、引き留めもしないで早々に退職の
手続き進めた。いるだけで、課内のお荷物になる社員は必要ない。
それよりも、俺が心配なのは久住の方だ。」
片桐がいうのに俺は内心ドキッとした。いや違う、こいつの彼女は、
久住と仲が良かったな。
「近藤の爆弾発言に驚いて、早苗に連絡して聞いてみたら、久住が相馬から
別れ話を切り出されたのは、先週の金曜日だそうだ。」
「そうか…。」
「一応、課内の人間には、箝口令を強いたが、噂はすぐに広がる。」
「そうだな…。」
「人の色恋には口出ししたくないと思っていたが、今回の件については、
相馬には色々言いたい気分だ。」
と忌々しげに片桐は言った。俺は久住さんに早苗のことで恩があると
片桐は小さくつぶやいた。
「最低限でも、久住さんと別れてから事を進めて欲しかった。」
そういったあと、片桐は俺の顔をじっと見た。そして、
「だが、こうもいえる。久住さんのことは、俺の親友がちゃんと
面倒見るから。安心してくれ。手放してくれてありがとう。」
「うっ…。」
俺は思わず、呻いた。俺は多分、少し赤くなったんだろう。
片桐は、ふっと笑いを漏らした。
「長い片思いだったが、チャンス到来だな。弱みにつけ込むような気が
しているかも知れないが、グズグズしていると他の男に攫われちまうぞ。」
「そうだな。」
俺が頷くと片桐も頷いた。
◇ ◇ ◇
庶務課ではとりあえずの箝口令が引かれた相馬と近藤の電撃入籍は、
近藤が仲の良い女子社員に理由を話して退職したこと、残った相馬が
結婚指輪をして出社したこと、営業部で(仕方がないけど)お祝いの回覧が
回ったことなどからすぐに社内に周知された。
その中で久住瑞穂は、何も語らず、淡々と日々の業務をこなしていた。
漏れ聞こえてくる噂では、近藤が、相馬に近づいたのは、俺が、近藤を振った
1ヶ月後ぐらいであったらしい。俺が、近藤を振った為、久住は彼氏を
寝取られ結果、彼女が深く傷ついてしまった。久住がどんどん無口になり、
やつれていくのを見るのは辛かった。
だが、ある日突然、久住は元の明るさを(すっかりではないが)取り戻した。
俺は、誰かが既に彼女の心の隙間に入り込んでしまったのかも知れないと
大いに焦り、片桐の彼女の早苗ちゃんに探りをいれてもらった。
幸い、それは杞憂で、詳しくはわからないが、
『周囲のみんなの励ましが大きく心に沁みたから。』
だそうだ。よかった。まだ間に合う。
その後、半年掛けて俺は、瑞穂にアプローチを続け、やっとその身も心も
手に入れることができた。近藤を振ったことは後悔していない。
結果、彼女が傷ついてしまったが、瑞穂は、
『最低な男から私を救ってくれたのよ。』
言ってくれる。救われたのは俺の方だ。
だから俺は、一生瑞穂をぐずぐずに甘やかすことで償いをするのだ。
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