石長比売の鏡

花野屋いろは

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 孝彦がエレベーターホールに向かって歩いて行くのを樹里はフロアの隅から
見送っていた。
田中に搬入されてくる什器リストのコピーを渡そうと
営業部のフロアにきたら、孝彦が田中に話しかけているのが見えたため、
歩みをとめたのだ。
 内容は良く聞こえなかったが、孝彦が田中に何か絡んでいるというか、
詰め寄っているというかそんな気配だった。やり取りは、数分で終わり、やがて
孝彦は田中に背を向けると歩き去った。
 樹里は、孝彦の後ろ姿を見つめながら暫くじっとしていた。フロアから
姿が消え、エレベーターホールから微かにエレベータの到着音が聞こえたのを
確認し、やっと田中に向かって歩き出した。

 田中にリストを渡した後、担当フロアに戻る間、樹里は孝彦の後ろ姿を
思い出していた。孝彦の姿を見ると、恋心が痛んだ。動悸が激しくなった。
喉の奥に熱い塊が詰まったようになった。 まだまだ自分には、時間が
必要なようだと軽く頭を振ると樹里は、自分が担当であり、異動後の
所属部署である企画開発部のフロアに急いだ。
 フロアに着くと、システム部がコンピュータ関連機材の設置を始めていた。

「お疲れ様です。」

樹里は、システム部の面々に声を掛け、届いている機材のチェックを始めた。
企画開発部では、殆どの社員がノートパソコンを使用している。開発に関わる
社員は、研究所の席でタワー型コンピュータを使用する事が多いが、本社では
ノート型を使う。企画に関わる社員は、ノート型を使用するが大きな画面が
必要とされる時のみディスプレイをつないでいる。外付けディスプレイは、
2人に1台割り当てられ、アームに取り付けられている。必要に応じて、
使用するものが手元に引き寄せることができるようになっている。
 システム部員が机の間に取り付けられたアームにディスプレイを取り付け、
樹里は、設置された機械に貼られているリース番号を手元にある座席表に
記載していると、おーっという声が上がった。振り返ると、企画部チーフの
小助川結季の机上に置く予定の4Kの箱をシステム部員が開けるところであった。
設置が終わると、早速とばかりにシステム部員達は、自分たちの作業用
ノートパソコンを接続し、画面の状態を確認し始めた。
 樹里も近より画面の状態を見る。システム部の清水も作業の手を止めて
画面に見入る。いいよなぁ、欲しいなぁとシステム部員達からも声が上がった。
清水が樹里をみたので、

「このディスプレイの見積もりと、システム部のモニタのリース期限を後日
メールで送ります。」

「はは、流石、長濱さん、仕事早いね。助かるよ。」

「清水さん、予算との兼ね合いもあります。すべてがご希望通りになるとは
限りません。でも、メーカーのサイトに、複数台購入の割引についても
記載がありましたから、まとまった方が安くなる可能性もあります。
担当は、田中さんになりますから、伝えておきます。」

「よろしく。」

「それと、設置が終わりましたら、総務部へ、一条次長からの差し入れの
ドーナツがありますよ。」

差し入れ、やった、と口々に言いながら、作業を終えたシステム部員達は
順にフロアから出て行った。樹里も、リース番号確認作業に戻った。
作業が終わると、樹里は、フロアを見渡した。9月半ばからここが自分の
居場所となる。
 企画開発部は、小助川チーフを筆頭とした企画チーム15人が、このフロアに
常駐する。合併する開発部38人は、”研究所”と呼ばれる別館で勤務しているが、
時折プレゼンやら、会議やらで本社に出勤する為、フリースペースを
用意し作業できるようにした。後は、企画開発部長の席と、補佐となる
樹里の席になる。
 新企画開発部長については、何も知らされていない。しかし、机などの
什器については、机は部のスタッフと同じ大きさでよいが、袖机付けること、
近くに小テーブルと椅子を用意し打ち合わせスペースを設ける事などの
指示は入っていた。樹里の机は、少し離れた、部長の正面になっていた。
といっても、間に通路があり、部長の机に対して直角に置いてある。加えて
部長側に低めのパーティションがおかれており、座ると部長の席からは
隠れるようになっている。 樹里の机にも袖机が付いており、固定された
引き出しと、ワゴンが一台備え付けられていた。向かいにも机があるがそこは
誰も座る予定はないため、レーザープリンターが一台置いてある。樹里の
席にも、デスクトップPCとモニタが既に設定されている。
 その時、ポケットのスマホが着信を知らせた。社内SNSのメッセージが
入っており、業者が、企画開発部への荷物の搬入開始の許可を求めている
という内容であった。樹里は、すぐに許可を返信した。
ほどなくエレベーターが到着し、次々と引越の段ボールが運びこまれてきた。
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