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第7話 プールで泳いじゃいけないですか⁈

プールで泳いじゃいけないですか⁈ ①

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 奏お姉ちゃんは完璧超人だと私は言った事があると思う。確かにそれは殆ど間違いではない。殆どと言う以上、当然例外はある。その例外は2つだ。

 1つは料理。奏お姉ちゃんは食べるのは凄く大好きだが、作るのは下手くそと言うかなんと言うべきなんだろうか。見た目はほぼ完璧にできている。けど、食べるとまずい。とてつもなくまずい。

 原因の大半が圧倒的な味の薄さだ。一瞬何食べているかわからなくなってしまう。それになんとも言えないごちゃごちゃとした後味がプラスされる事で、まずさに拍車を掛けていると言うわけだ。これが奏お姉ちゃんの苦手な事の1つ目。こっちは私がカバーすればいいし、家庭科の授業でも味付け役にさせなければ大丈夫だからなんとかなる。

 そしてもう1つ。泳ぐ事だ。双子の妹だから私もあんまり泳ぎは得意ではない。人並みではあるけど。奏お姉ちゃんは本当に下手だ。海で事故に遭ったら間違いなく危ないレベルだ。まず、水に浮かない。入ったら沈んでしまう。辛うじて浮いたとしても、水を掻き分けて進めない。だから前に進まないから結局同じ所で沈むの繰り返しになる。これが苦手なことの2つ目。とは言え、普段泳ぐ事がないからこれもごまかそうと思えばごまかせる。

 ただ、今日は文化祭から1週間後の土曜日。次の月曜日からプールの授業が始まる。ごまかせない時間が差し迫っているのだ。まあ、サボって後でレポートという形にしてもいいんだろうけど、奏お姉ちゃんのプライドがそれを許さないみたい。だから、授業が始まるまでに少しでもマシにしようと練習をするわけだ。

 と言うわけでお昼の1時を少し過ぎた時間に、市民プールにやってきた。本当は私が教えられれば水着姿の奏お姉ちゃんと二人きりでと言う最高のシチュエーションになれる。けど、私も泳ぎは下手だ。だから、運動全般に優れている唄姉うたねえが教える。まあ唄姉は優しいし教えるのも私の記憶だと下手ではないから、奏お姉ちゃんも多少は上達してくれるだろう。

 私は別に教わらなくても大丈夫だから、誘っておいた楓と一緒に別のコースで泳いでいようと思う。奏お姉ちゃんが上手くなれば奏お姉ちゃんも一緒に泳ごうと思う。それまで気長に待とう。私達はプールへと向かった。




「おねーちゃん。また沈んでるよー」

「奏さん。力抜いて力抜いて」

 私と楓は奏お姉ちゃんに声を飛ばす。最初は別のところでゆっくり二人でと思っていた。だけど、あまりにも上手くなる気配がないから、私たちも一緒に手伝うことにしたのだ。

 今は奏お姉ちゃんの手を握って、楓と一緒に引っ張っている所だ。ただ、握っているのだけど奏お姉ちゃんは今にも沈んでしまいそうだ。

「あぶばばばばばばぶあばうあばばばば」

「お姉ちゃん⁈」

 奏お姉ちゃんが力尽きてしまい、沈んでしまう。その瞬間、後ろに居た唄姉が抱き抱えて水上にあげる。

「うーん、また沈んじゃったか……」

 唄姉も苦笑いを浮かべている。抱き抱えられた奏お姉ちゃんは少し落ち着き、息を大きく乱しながら立っていた。

「みんなごめんねぇ……。わかってるんだけど、上手くいかないのぉ」

 明るい奏お姉ちゃんも、落ち込んでいてとても元気がない。教えたら殆どのことをすぐにやりこなす奏お姉ちゃんだから、もどかしいんだろうなあと思う。

「仕方ないよ。苦手なことだろうし、すぐに上手くなるなら私達教えなくていいし」

「そうですよ。少しずつでいいですから上手くなれば」

 私と楓は必死になって奏お姉ちゃんを励ます。

「まっ、その通りだわな。苦手が今すぐに変わるんなら、それは苦手じゃないしな。焦らずゆっくりでいいさ。じゃあちょっと休憩しようや」

 唄姉に言われ、私達はプールから上がってベンチに座って少し休憩することになった。ベンチの左から、奏お姉ちゃん、私、楓、唄姉と言う順に座っている。

「楓ちゃんだっけ? 今日はありがとね。ウチの奏の練習手伝ってくれて」

「いえいえ。私達は仲良いですから、そのくらいお安いご用ですよ」

 楓はゴーグルを外して答える。こう見てみると、楓は眼鏡を外しても美人だなあと思う。少し大きく独特な眼鏡をしているから、外した時の想像はしていなかったけど、普通に綺麗な顔してる。これ男子が見たら今以上に惚れる人もいるんじゃないかな? そう思う。隠れファンクラブの会員は絶対に増える。あと、胸大きいなぁ。私と奏お姉ちゃんよりも絶対にデカい。制服だと隠れてるけど、一目で分かってしまう。露出が控えめな深い緑色のワンピースタイプの水着だけど、主張が大きい。全然ない私からしたらとても羨ましい。

「み、美優羽さん。あんまりジロジロ見ないでください……。恥ずかしいです……」

 ちょっと見すぎてしまったようだ。私は軽くごめんと楓に謝った。

「それにしても、唄さんスタイル良すぎませんか? 身長も大きいですし。美優羽さんと同じくらいの身長を想像してたんですけど、全然違っていてびっくりしています」

 楓はそう言った。確かに、楓の言う通り唄姉は抜群のプロポーションを誇る女性と言ってもいいだろう。多分私、奏お姉ちゃん、琴姉の分全て持っていっちゃったのだろう。運動は全部できるし、どれをやらせても一級品だ。だから、今回手伝ってもらってるんだけどね。

 それで顔もいい。私たちよりもカッコイイ系に振れていて、男女問わずモテるみたいだ。学生時代とかも毎日ラブレター持って帰って来てたなあ。ただ、その割に彼氏彼女が出来たって話を聞いた事がない。これが不思議なんだよねえ。

「そうだろう! 自分で言うのもなんだけど、見た目には自信あるからなっ! ガッハッハッ!」

 唄姉は楓に褒められて上機嫌なようだ。こんな感じで性格は凄く調子に乗りやすい。それでよく笑う。あと、凄く豪胆で豪快な人だ。モテるのもきっと、そう言うところから来てるのだと思うし、人が常にいるような人だ。そう言うのが人を惹きつけるんだろうなあと思う。

「それで、お仕事は何されてるんですか?」

「仕事? バイトの掛け持ち。まあ大変だけど、バンドのボーカルやっててメジャーデビューしたら、そう言うのともおさらばかもしれないけどな」

 そう。唄姉は定職に就いていない。色んなバイトをして生計を立てている。それもバンド活動をしているからだ。それに集中しやすいように、アルバイターでいるのだ。曰く、二つのことを同時には集中できんとのこと。バンド名は忘れたけど、インディーズで結構人気があるって話は聞いている。動画サイトでもヒットするから多分本当のことなんだろう。実際に聞くと、とても上手くてパワフルで高音が強い声だ。私には出せそうにない声だ。

 ちなみに、唄姉は琴姉にたまに曲の依頼をしているみたいだ。大体断られているけど、それでもそれでもめげることなく依頼をしている。琴姉は受けるつもりが一切なさそうだけど。

「へえー。バンドマンって凄いですね! そう言う自分の腕で生きてくってことに憧れます」

 楓は意外な反応を見せた。てっきり楓は堅実に生きてくのが理想だと思ってたから、こう言う反応を見せるとは思わなかった。

「おっ? 楓ちゃんもなんかそう言う一芸に特化した生き方したいのか?」

「はい。料理人に興味があるんで……。でもまだまだ上手くならないと無理ですけど……」

 少し自信なさげに楓は言う。それを見てか唄姉は楓を左腕で軽く抱き寄せた。

「いいじゃんいいじゃん。そう言うの自信持って目指しなよ! なんなら今日帰りに作ってもらいたいなあ。美優羽からすげえ美味いって聞いてるから食べてみたいって思ってたんだー」

「あっ、だったら作らせて貰いますね。そう言う機会滅多にないので」

「おっ、じゃあ楽しみにしてるぞ!」

 何故だか知らないけど、今日の夕飯が楓のご飯に化けた。まあ美味しいからそう言うのはいいんだけどね。やっぱり唄姉は何か人を魅了する何かがあるんだろうなあ。私も誰とでも仲良くはなりやすいけど、唄姉はそれを超越してる。私もそう言う魅力が付くといいんだけどなあ。そう私は考えていた。

「私は美優羽ちゃんの料理が食べたいなぁー」

 このやり取りを遠目に見ていた奏お姉ちゃんが唇に手を当ててそう呟いていた。

「まあまあお姉ちゃん。私の手料理は明日でも食べられるから……。楓の料理も美味しいわよ!」

「うーん……。わかった」

 私が少し説得するような事を言うと、暗い表情ながらも納得してくれた。まあ、聞き分けがいい奏お姉ちゃんだから、ちょっと言えば大丈夫だったようだ。私は安心していた。

「じゃあ、私を――――」

 えっ? 今なんって言った? 声が小さくてちょっとよく聞こえなかった。なんかとんでもない事を言われた気がする。

「お姉ちゃん、さっきなんって言ったの?」

「抱きしめて。ぎゅっと」

 私の言葉を聞くなり、奏お姉ちゃんは少し恥ずかしそうにこっちを向いて手を大きく広げる。

 抱きしめて? なんて事だ! 今まで言われた事ない事を突然言ってきてどうしたんだろう。それはちょっとどうでもいい? いやいやよくないよくない。料理の話してたのにどうしてぎゅっと抱きしめないといけないのか。謎だ。いや、嬉しいのよ。嬉しいしこんな機会ないんだけど、ちょっと理由を聞いて落ち着きたい。私はちょっと軽くパニックに陥ってる。少し落ち着きたい。それとこの心臓の高鳴りもどうにかしたい。じゃないとドキドキしてるって奏お姉ちゃんにバレちゃう。

「どどどどど、どうして抱きしめてほほほ欲しいの?」

「だって、美優羽ちゃんのご飯食べられないんだから、美優羽ちゃん分が取れないんだもん。その分が欲しい」

 いやいやいやいや。お姉ちゃん何そんな事言い出すの⁈

 今までそんな事言った事なかったじゃない。急にどうしたんだろう。理由がわからない。わからない。でもこれ以上聞いても理由は出てこないだろうから、そう言うことにしておこう。そうしよう。

 ただ問題はそれだけじゃない。お姉ちゃんに自分から抱きつかないといけないと言うことだ。凄くありがたい話だし、何度も言うように嬉しい。嬉しいんだけど、心がヤバい。あの奏お姉ちゃんに抱きつくんだ。奏お姉ちゃんの美しい体に、すべすべの白い素肌に、しかも水着姿のお姉ちゃんに抱きつかないといけない。私、心臓発作起こすんじゃなかろうか? そのくらい心臓がバクバクしている。プールに来ているのに体がアチアチだ。プールの中に入りたいくらいだ。もしかすると、プールが沸騰してしまうんじゃないかってくらい体温が上がってる。

 それでも、抱きしめないと奏お姉ちゃんは拗ねたままだろう。ゴクリと唾を飲み込む。覚悟を決める。

「し、仕方ないわね。今日だけよ」

 私はそう言って奏お姉ちゃんに抱きついた。

 ふわ

 奏お姉ちゃんの体は超がいくつも付くくらいふわふわしていた。抱きしめられた事はあったけど、抱きしめるとこんな感じなんだ。私はこの貴重な瞬間を上半身全部でしっかりと味わっていた。

「ありがとう美優羽ちゃん」

 天使のような囁き声が聞こえた。奏お姉ちゃんの声だろう。ああ。ここは天国かな? 私はそう錯覚していた。

「美優羽ちゃんすっごくドキドキしてる。体もすっごく暖かい。美優羽ちゃん、私の事意識してるの? 姉妹なのに?」

 悪戯したような声で囁かれる。私は何も答えられない。答えることが出来ない。

「けど、そんな美優羽ちゃんも好きだよ」

 表情は見えないけど、奏お姉ちゃんは微笑んでいるんだろう。そう感じた。私は弄ばれてるんだろうか。それでも、いいかもしれない。奏お姉ちゃんに弄ばれるなら、それは本望かも。このまま体を委ねていたいなあ。

「おっ! 美優羽も奏も楽しそうじゃねえか!私も抱きついてやるぜ!」

 この様子が唄姉に見つかり、二人纏めて唄姉に抱きしめられた。幸せな時間は僅かだった。けど、いい時間だった。次はいつになるんだろう。そんな事を考えていた。
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