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夏の大会編
余韻冷めぬまま
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「しゃあああっ‼︎」
普段マウンド上であまり感情を見せない伸哉が、珍しく感情を露わにして雄叫びをあげていた。
「ナイスピッチ伸哉!」
「最後の凄かったぞ!」
ベンチへ戻ると控えの選手全員に囲まれ、手荒い祝福を受けた。
「添木! やっぱすげえよ! ぶっつけで投げれるなんて」
益川も、伸哉のピッチングに、いつも以上に喜んでいた。
「試合では一切投げてなかったですけど、学校でも家でも練習してたので。でも、ここで投げれて良かったです」
二人はギュッと硬い握手を結んだ。
「スライダー、ですか……。それも今まで一度も投げた事のない球種をこの場面で…」
薗部はその場に呆然と立ち尽くしている。伸哉がベンチに返ってきた今でも、先程の逸樹の三振が信じられなかったのだ。
「どうですか。監督。僕は抑えて来ましたよ」
伸哉はあの日以来初めて、薗部に声をかけた。
「流石といいましょう。まさか、ぶっつけで。おまけに、あんなキレ味抜群のスライダーを投げるなんて」
「まあ、元々前々から練習していた球種ですから。家でもみっちり練習してきましたし、それを出したまでです」
えっ、と薗部は驚く。
「あんなにキレているのに、どうして、今まで使わなかったのですか? 使えばもっと楽に抑えられたのに」
確かに薗部のいうように、球種は多いほど打ち取りやすさも上がってくる。まして伸哉の場合はその隠していたスライダーのキレは他の球種と変わらない、一級品のキレ味を持っていた。スライダーを隠さずに使えば、いうまでもなく、抑えやすくなるはずだ。
「まあ確かに、スライダー使えば、楽だったのかもしれません。でも、僕の場合はブランクがあったので、二球種に絞って、その二球種を、しっかり鍛えて投げる、というのがテーマだったんですよ。楽すれば、今はいいかもしれませんが、将来困るのは、自分ですから」
「なるほど……」
薗部は、伸哉の言ったことに感銘を受けた。
「そこまで、考えていたんですね。そうか、ピッチングは奥が深い。そして、伸哉君は抑えたのですから、僕も頑張らないとね」
そう言うと、ベンチ前に全員を集めて、攻撃に関する指示を伝え始めた。
「なんだって!!」
凡退した逸樹から話を聞いた翔規は、あまりの驚きにグラブを落としかけた。
「あいつは、とびっきりキレるスライダーを持っている。おそらく、次のイニングあたりから、使ってくるかもな。ひょっとしたら、打てないかもな……」
逸樹のショックは、あまりに大きいようだった。
衝撃の余韻が冷めぬまま、一回の裏。明林の攻撃が始まる。
厄介だからな奴が来たなあ。幸長が打席に入るなり、翔規は嫌そうな顔をした。
幸長のここまでの打率は五割超。本塁打は二本とリードオフマンとしての働きを十二分に果たしている。
前日の分析で他の打者を打ち取るめどはたったが、幸長だけが抑えるイメージが湧かないでいた。
とは言え、抑えなければ菊洋の勝利はあり得ない。ならば自分の持ち球で最高のスライダーをぶつけるのみ。
キャッチャーの、ストレートのサインに首を振り、スライダーのサインを出させた。
こいつだけは、全力でやらせてもらうぜ!
息を大きく吐き、セットポジションに入る。
翔規が投じた一球目。アウトコースの、少し低めへ、大きく変化するスライダー。幸長は、バットを出し始める。おそらく、並のバッターなら、空振っていただろう。
だがバッターは天才幸長である。心地よい金属音と共に打球は、鋭くセンター前へ落ちた。
「俺のスライダーが、あんなあっさり、打たれただと……」
翔規は、がっくりと肩を落とした。
「よくあんな球打てたな」
三年生の馬場は塁上で、肘当てとレガースを外す幸長にこういった。
「それは、僕が唯一無二の天才だからですよ」
「そういうとこ無ければ、素直に凄い奴って思えるのにな」
皮肉るように言葉を吐き捨てて、馬場はベンチへと戻っていった。
あのピッチャー、思ってたよりも凄くなくて、残念だなあ。
幸長はガッカリしていた。というのも、幸長が前日にビデオ、そして試合前の投球練習で見た時の翔規の球の曲がりは、こんなの打てるのかと幸長でさえ思うほど大きいものだった。
だが実際に打席に入ってみると違った。あのスライダーは絶対に打てないとは、全くと言っていいほど感じなかった。
感じ取れたのは、普通のピッチャーのスライダーよりは、打ちにくいということくらいだ。
おそらくあの球はちょっと曲がるだけ。よくよく思い出せば、東福間も最終回は当てていた。そして彼は、決してストレートで勝負出来るピッチャーではない。
薄っすらと、笑みを浮かべ始める。
この勝負は伸哉クンが、逸樹をしっかり抑えていれば確実に勝てる。
幸長は一人でこう確信し、薄っすらと笑みを浮かべ始めた。
普段マウンド上であまり感情を見せない伸哉が、珍しく感情を露わにして雄叫びをあげていた。
「ナイスピッチ伸哉!」
「最後の凄かったぞ!」
ベンチへ戻ると控えの選手全員に囲まれ、手荒い祝福を受けた。
「添木! やっぱすげえよ! ぶっつけで投げれるなんて」
益川も、伸哉のピッチングに、いつも以上に喜んでいた。
「試合では一切投げてなかったですけど、学校でも家でも練習してたので。でも、ここで投げれて良かったです」
二人はギュッと硬い握手を結んだ。
「スライダー、ですか……。それも今まで一度も投げた事のない球種をこの場面で…」
薗部はその場に呆然と立ち尽くしている。伸哉がベンチに返ってきた今でも、先程の逸樹の三振が信じられなかったのだ。
「どうですか。監督。僕は抑えて来ましたよ」
伸哉はあの日以来初めて、薗部に声をかけた。
「流石といいましょう。まさか、ぶっつけで。おまけに、あんなキレ味抜群のスライダーを投げるなんて」
「まあ、元々前々から練習していた球種ですから。家でもみっちり練習してきましたし、それを出したまでです」
えっ、と薗部は驚く。
「あんなにキレているのに、どうして、今まで使わなかったのですか? 使えばもっと楽に抑えられたのに」
確かに薗部のいうように、球種は多いほど打ち取りやすさも上がってくる。まして伸哉の場合はその隠していたスライダーのキレは他の球種と変わらない、一級品のキレ味を持っていた。スライダーを隠さずに使えば、いうまでもなく、抑えやすくなるはずだ。
「まあ確かに、スライダー使えば、楽だったのかもしれません。でも、僕の場合はブランクがあったので、二球種に絞って、その二球種を、しっかり鍛えて投げる、というのがテーマだったんですよ。楽すれば、今はいいかもしれませんが、将来困るのは、自分ですから」
「なるほど……」
薗部は、伸哉の言ったことに感銘を受けた。
「そこまで、考えていたんですね。そうか、ピッチングは奥が深い。そして、伸哉君は抑えたのですから、僕も頑張らないとね」
そう言うと、ベンチ前に全員を集めて、攻撃に関する指示を伝え始めた。
「なんだって!!」
凡退した逸樹から話を聞いた翔規は、あまりの驚きにグラブを落としかけた。
「あいつは、とびっきりキレるスライダーを持っている。おそらく、次のイニングあたりから、使ってくるかもな。ひょっとしたら、打てないかもな……」
逸樹のショックは、あまりに大きいようだった。
衝撃の余韻が冷めぬまま、一回の裏。明林の攻撃が始まる。
厄介だからな奴が来たなあ。幸長が打席に入るなり、翔規は嫌そうな顔をした。
幸長のここまでの打率は五割超。本塁打は二本とリードオフマンとしての働きを十二分に果たしている。
前日の分析で他の打者を打ち取るめどはたったが、幸長だけが抑えるイメージが湧かないでいた。
とは言え、抑えなければ菊洋の勝利はあり得ない。ならば自分の持ち球で最高のスライダーをぶつけるのみ。
キャッチャーの、ストレートのサインに首を振り、スライダーのサインを出させた。
こいつだけは、全力でやらせてもらうぜ!
息を大きく吐き、セットポジションに入る。
翔規が投じた一球目。アウトコースの、少し低めへ、大きく変化するスライダー。幸長は、バットを出し始める。おそらく、並のバッターなら、空振っていただろう。
だがバッターは天才幸長である。心地よい金属音と共に打球は、鋭くセンター前へ落ちた。
「俺のスライダーが、あんなあっさり、打たれただと……」
翔規は、がっくりと肩を落とした。
「よくあんな球打てたな」
三年生の馬場は塁上で、肘当てとレガースを外す幸長にこういった。
「それは、僕が唯一無二の天才だからですよ」
「そういうとこ無ければ、素直に凄い奴って思えるのにな」
皮肉るように言葉を吐き捨てて、馬場はベンチへと戻っていった。
あのピッチャー、思ってたよりも凄くなくて、残念だなあ。
幸長はガッカリしていた。というのも、幸長が前日にビデオ、そして試合前の投球練習で見た時の翔規の球の曲がりは、こんなの打てるのかと幸長でさえ思うほど大きいものだった。
だが実際に打席に入ってみると違った。あのスライダーは絶対に打てないとは、全くと言っていいほど感じなかった。
感じ取れたのは、普通のピッチャーのスライダーよりは、打ちにくいということくらいだ。
おそらくあの球はちょっと曲がるだけ。よくよく思い出せば、東福間も最終回は当てていた。そして彼は、決してストレートで勝負出来るピッチャーではない。
薄っすらと、笑みを浮かべ始める。
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