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夏の大会編
一回戦突破
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試合前の投球練習が始まる。
後攻になった明林のマウンドには、もちろん伸哉が上がる。マウンドに上がるなり、土の感覚を確かめる。慣らし方からして、感触はよろしいようだ。
「よし来い! 伸哉っ」
キャッチャーミットを叩き構えると、伸哉が投球フォームに入り、ボールを投げる。
伸哉は試合前は色々確かめるために五割程度、もしくは、それ以下の力で投げるようにしている。久良目商業戦では抑えきれなくて全力で投げてしまったが、普段はそうしている。なのでいつものような、ノビやキレと言ったものは皆無だ。
彰久やチームメイトは、それを分かっているが、
「見ろよ! あのピッチャーのボールゆるゆるだぜ‼︎」
「こりゃコールドマジでいけんじゃね⁈!」
早浦の方は、反応からしてわかっていないようだった。彰久は早浦の声を哀れむような感情で、その希望に溢れた声を聞き流していた。
そして投球練習最後の一球が投じられる。やはり、この球も五割程度でしか投げていなかった。早浦の方からの笑い声も聞こえたが、彰久は無視した。
「締まっていこーぜ‼︎」
彰久の掛け声とともに、早浦の一番打者がバッターボックスに入る。
「プレイボォール!」
審判から、試合開始がコールされ、サイレンが鳴り響く。
彰久が出したサインは、外角低め一杯のストレート。サインに頷き伸哉が腕を大きく振りかぶり、サイレンが鳴り止まぬうちに投じた一球目。
ズバァン!
伸哉が全力で投げた、キレ味抜群のストレートが、彰久の構えたミットに、寸分の狂いなく収まる。
「ストラぁイーくぅ!」
サイレンの音のように、大きく、審判がストライクをコールする。
「嘘だろ⁈」
バッターはバックスクリーンの、百四十キロという球速表示を見て驚き始めた。驚いたのは、バッターだけでなく、早浦のベンチも同じだった。
「マジかよ……」
先程一球目が投じられる前まで、自分達が滅多打ちにするイメージであった。
だが初球で、そのイメージは大きく崩され、ベンチは一斉に静まり返ったのだった。結局初回の早浦高校の攻撃は、バットに当てることすらままならず、三者三球三振で終わった。
一回の表が終わり、沈みかえる早浦高校のベンチとは対象的に、明林高校のベンチは異常な盛り上がりを見せていた。
「ナイスピッチ伸哉!」
「痺れたぞ伸哉!」
圧巻の投球を見せた伸哉を、部員全員の手荒い祝福で迎えた。
「痛い、やめてくださいよ」
ハイタッチの嵐を掻い潜り、伸哉はようやくベンチへと辿り着けた。ここで一息つきたいところだが、二番バッターなので、ベンチで休める時間はほぼ無い。
「ナイスピッチングです、伸哉君」
「ありがとうございます監督」
薗部に軽くお辞儀をしながら、ヘルメットとバットを握った。
「さあ、この流れを攻撃に繋ぎましょう。バッティングも頼みますよ伸哉君」
「僕は大丈夫です。けど幸長先輩。相手が大したことないと、調子がかなりガタ落ちしますよね?」
伸哉の言ったように、幸長は相手チームのレベルが低いと無理やり打ちにいき、打率や出塁率が大幅に下がる傾向がある。
その証拠に久良目商業との練習試合ではチームのヒットの五本のうち、三本を打っていた。
その一方で近隣の同じレベルのチームの時には、ピッチャーをしていたことも影響していたが、珍しく一度も塁に出ることがなかった。
この点は明林にとってかなり考慮すべきことであるが。だが薗部は、
「大丈夫ですよ。心配なんてしなくて」
と心配する気配を微塵も感じさせなかった。
「え? これはかなり大変な…」
「大丈夫です。今日の幸長君は、カッコつけるために無理に打ちにいったりはしないでしょう。なんせ、彼は珍しく燃えてますから」
早浦高校の投球練習が終わり、幸長は、屈伸をして打席に入った。
「やあ君はあの時、抽選会場にいたキャッチャーだね」
早浦高校のキャッチャーに突然、いつものような陽気な笑顔を見せて話しかけた。
「それがどうした?」
キャッチャーは幸長を一切見ない。
「こんな陽気な僕でも、あの発言は流石に頭に来てるんだ。今謝って取り消してくれたら、手加減してあげるけど?」
無視されたが変わらずにこやかな表情と柔らかな口調で提案するが、キャッチャーは幸長を見ない。
「へえ、そうですか……」
笑顔で柔らかな雰囲気を崩し、少しだけピリッとした空気をつくり始めた。
キャッチャーはそんな幸長を気にすることなくサインを出す。ピッチャーがサインに頷き横から投じた一球目。
「っ⁈」
ボールは幸長の後頭部に向かってくる。幸長が間一髪で倒れこむように避けなんとか事なきを得たが、明林のベンチは騒然とした。
「ふーん。そうかい。本気で僕を怒らせたいようだね」
顔にこそ出てはいないが、周りから発せられるオーラで幸長が完全に怒っているのが分かった。
「あ、そう」
キャッチャーは気に留めることなくサインを出す。
サイドスローのフォームから投じた、二球目。キャッチャーの指示したコースは、アウトローギリギリに沈むシンカー。
ボールは、指示した通りに沈み始める。
よし、これでツーストライクだ。キャッチャーは幸長が空振りする絵を見ていた。
だが、次の瞬間見たものは、
キぃイイイイイイン!!!
「なっ!?」
快音を響かせ、美しい角度で飛んで行く白球だった。
「嘘っ! 入るなぁあああ‼︎」
キャッチャーの願いも虚しく、ボールはライトスタンドの冗談へと突き刺さった。
「はあ。所詮こんなものか。本気出すまでもなかった。無駄だったね。あんな汚いボールじゃ、新崎さんのシンカーを華麗にセンター前に弾き返した僕を抑えるのは不可能かな?」
「……」
キャッチャーは言葉を失っていた。弱いと決めつけていた相手に、自信をもっていた決め球をいとも簡単に、スタンドまで持っていかれたのだ。
「ハハハっ! 僕は、実に愉快だ! 君たちは顔がずいぶんブルーだけど? あれが決め球なら、君たちは弱いね。ベリーウィークだね。まあ、残り少ない野球人生を楽しめるといいね。それじゃ」
キャッチャーの心は、完全に砕かれ、戦意は完全に消された。
幸長のホームランを皮切りに、初回の攻撃だけで十三点を奪い、その後も、打ちに打ちまくり、四回裏までに、三十九点を取っていた。
伸哉のピッチングも素晴らしいと形容されるものだった。反撃の狼煙をあげさせるどころか、四回まで、未だ一人のランナーすら出していなかった。
そして、迎えた五回表。早浦高校ベンチは、何がなんでもランナーを出せという声に溢れていた。
だがその声も虚しく一人、また一人と打ち取られ、六番打者に最後の希望を託すことになった。
「頼むー!! 塁に出てくれー!!」
心を折られた早浦のキャッチャーが、必死に顔を赤くして、涙を流しながら声援を送る。
だが、
「ストライクツゥー!!」
残酷なことに、たった二球で間に追い込まれる。
決めるぞ伸哉っ。彰久は力強くサインを出す。伸哉ばそのサインに頷く。
腕を大きく降りかぶり、投じた三球目。
ズバァアン!!
糸を引くように伸びる球は、彰久の構えたインコース低めに、ミットを動かすことなく収まる。
「ストライク! バッターアウトぉ‼︎ ゲームセット‼︎」
試合終了のコールが鳴り響く。この瞬間、一回戦突破。そして、伸哉の完全試合が決まった。
試合後の礼が終わり球場の裏へと下がった後、明林高校野球部から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「しゃああああ‼︎ 一回戦突破だあ‼︎」
「俺達勝ったああああ!」
その様子まるで、優勝が決まったプロ野球チームのようなテンションだった。
それだけこの勝利は特別だった。あと一イニングで果たせなかった勝利。そして、希望を打ち砕かれた秋季大会。
屈辱とドン底しか見ることしかなかった部員たちにとって公式戦勝利は、待ち焦がれ、ずっと飢えていたものだった。
「みなさん! ナイスゲームでした」
薗部も監督としての初勝利が嬉しかったのか、顔がいつもに比べ赤かった。
「私も勝って嬉しいですが、私達の目標は、三回戦進出です。ここで気を緩めるのではなく、気を引き締め、次戦につなげましょう。それでは、お疲れ様でした」
浮ついていた部員達も、薗部の言葉で、顔を引き締めた。
後攻になった明林のマウンドには、もちろん伸哉が上がる。マウンドに上がるなり、土の感覚を確かめる。慣らし方からして、感触はよろしいようだ。
「よし来い! 伸哉っ」
キャッチャーミットを叩き構えると、伸哉が投球フォームに入り、ボールを投げる。
伸哉は試合前は色々確かめるために五割程度、もしくは、それ以下の力で投げるようにしている。久良目商業戦では抑えきれなくて全力で投げてしまったが、普段はそうしている。なのでいつものような、ノビやキレと言ったものは皆無だ。
彰久やチームメイトは、それを分かっているが、
「見ろよ! あのピッチャーのボールゆるゆるだぜ‼︎」
「こりゃコールドマジでいけんじゃね⁈!」
早浦の方は、反応からしてわかっていないようだった。彰久は早浦の声を哀れむような感情で、その希望に溢れた声を聞き流していた。
そして投球練習最後の一球が投じられる。やはり、この球も五割程度でしか投げていなかった。早浦の方からの笑い声も聞こえたが、彰久は無視した。
「締まっていこーぜ‼︎」
彰久の掛け声とともに、早浦の一番打者がバッターボックスに入る。
「プレイボォール!」
審判から、試合開始がコールされ、サイレンが鳴り響く。
彰久が出したサインは、外角低め一杯のストレート。サインに頷き伸哉が腕を大きく振りかぶり、サイレンが鳴り止まぬうちに投じた一球目。
ズバァン!
伸哉が全力で投げた、キレ味抜群のストレートが、彰久の構えたミットに、寸分の狂いなく収まる。
「ストラぁイーくぅ!」
サイレンの音のように、大きく、審判がストライクをコールする。
「嘘だろ⁈」
バッターはバックスクリーンの、百四十キロという球速表示を見て驚き始めた。驚いたのは、バッターだけでなく、早浦のベンチも同じだった。
「マジかよ……」
先程一球目が投じられる前まで、自分達が滅多打ちにするイメージであった。
だが初球で、そのイメージは大きく崩され、ベンチは一斉に静まり返ったのだった。結局初回の早浦高校の攻撃は、バットに当てることすらままならず、三者三球三振で終わった。
一回の表が終わり、沈みかえる早浦高校のベンチとは対象的に、明林高校のベンチは異常な盛り上がりを見せていた。
「ナイスピッチ伸哉!」
「痺れたぞ伸哉!」
圧巻の投球を見せた伸哉を、部員全員の手荒い祝福で迎えた。
「痛い、やめてくださいよ」
ハイタッチの嵐を掻い潜り、伸哉はようやくベンチへと辿り着けた。ここで一息つきたいところだが、二番バッターなので、ベンチで休める時間はほぼ無い。
「ナイスピッチングです、伸哉君」
「ありがとうございます監督」
薗部に軽くお辞儀をしながら、ヘルメットとバットを握った。
「さあ、この流れを攻撃に繋ぎましょう。バッティングも頼みますよ伸哉君」
「僕は大丈夫です。けど幸長先輩。相手が大したことないと、調子がかなりガタ落ちしますよね?」
伸哉の言ったように、幸長は相手チームのレベルが低いと無理やり打ちにいき、打率や出塁率が大幅に下がる傾向がある。
その証拠に久良目商業との練習試合ではチームのヒットの五本のうち、三本を打っていた。
その一方で近隣の同じレベルのチームの時には、ピッチャーをしていたことも影響していたが、珍しく一度も塁に出ることがなかった。
この点は明林にとってかなり考慮すべきことであるが。だが薗部は、
「大丈夫ですよ。心配なんてしなくて」
と心配する気配を微塵も感じさせなかった。
「え? これはかなり大変な…」
「大丈夫です。今日の幸長君は、カッコつけるために無理に打ちにいったりはしないでしょう。なんせ、彼は珍しく燃えてますから」
早浦高校の投球練習が終わり、幸長は、屈伸をして打席に入った。
「やあ君はあの時、抽選会場にいたキャッチャーだね」
早浦高校のキャッチャーに突然、いつものような陽気な笑顔を見せて話しかけた。
「それがどうした?」
キャッチャーは幸長を一切見ない。
「こんな陽気な僕でも、あの発言は流石に頭に来てるんだ。今謝って取り消してくれたら、手加減してあげるけど?」
無視されたが変わらずにこやかな表情と柔らかな口調で提案するが、キャッチャーは幸長を見ない。
「へえ、そうですか……」
笑顔で柔らかな雰囲気を崩し、少しだけピリッとした空気をつくり始めた。
キャッチャーはそんな幸長を気にすることなくサインを出す。ピッチャーがサインに頷き横から投じた一球目。
「っ⁈」
ボールは幸長の後頭部に向かってくる。幸長が間一髪で倒れこむように避けなんとか事なきを得たが、明林のベンチは騒然とした。
「ふーん。そうかい。本気で僕を怒らせたいようだね」
顔にこそ出てはいないが、周りから発せられるオーラで幸長が完全に怒っているのが分かった。
「あ、そう」
キャッチャーは気に留めることなくサインを出す。
サイドスローのフォームから投じた、二球目。キャッチャーの指示したコースは、アウトローギリギリに沈むシンカー。
ボールは、指示した通りに沈み始める。
よし、これでツーストライクだ。キャッチャーは幸長が空振りする絵を見ていた。
だが、次の瞬間見たものは、
キぃイイイイイイン!!!
「なっ!?」
快音を響かせ、美しい角度で飛んで行く白球だった。
「嘘っ! 入るなぁあああ‼︎」
キャッチャーの願いも虚しく、ボールはライトスタンドの冗談へと突き刺さった。
「はあ。所詮こんなものか。本気出すまでもなかった。無駄だったね。あんな汚いボールじゃ、新崎さんのシンカーを華麗にセンター前に弾き返した僕を抑えるのは不可能かな?」
「……」
キャッチャーは言葉を失っていた。弱いと決めつけていた相手に、自信をもっていた決め球をいとも簡単に、スタンドまで持っていかれたのだ。
「ハハハっ! 僕は、実に愉快だ! 君たちは顔がずいぶんブルーだけど? あれが決め球なら、君たちは弱いね。ベリーウィークだね。まあ、残り少ない野球人生を楽しめるといいね。それじゃ」
キャッチャーの心は、完全に砕かれ、戦意は完全に消された。
幸長のホームランを皮切りに、初回の攻撃だけで十三点を奪い、その後も、打ちに打ちまくり、四回裏までに、三十九点を取っていた。
伸哉のピッチングも素晴らしいと形容されるものだった。反撃の狼煙をあげさせるどころか、四回まで、未だ一人のランナーすら出していなかった。
そして、迎えた五回表。早浦高校ベンチは、何がなんでもランナーを出せという声に溢れていた。
だがその声も虚しく一人、また一人と打ち取られ、六番打者に最後の希望を託すことになった。
「頼むー!! 塁に出てくれー!!」
心を折られた早浦のキャッチャーが、必死に顔を赤くして、涙を流しながら声援を送る。
だが、
「ストライクツゥー!!」
残酷なことに、たった二球で間に追い込まれる。
決めるぞ伸哉っ。彰久は力強くサインを出す。伸哉ばそのサインに頷く。
腕を大きく降りかぶり、投じた三球目。
ズバァアン!!
糸を引くように伸びる球は、彰久の構えたインコース低めに、ミットを動かすことなく収まる。
「ストライク! バッターアウトぉ‼︎ ゲームセット‼︎」
試合終了のコールが鳴り響く。この瞬間、一回戦突破。そして、伸哉の完全試合が決まった。
試合後の礼が終わり球場の裏へと下がった後、明林高校野球部から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「しゃああああ‼︎ 一回戦突破だあ‼︎」
「俺達勝ったああああ!」
その様子まるで、優勝が決まったプロ野球チームのようなテンションだった。
それだけこの勝利は特別だった。あと一イニングで果たせなかった勝利。そして、希望を打ち砕かれた秋季大会。
屈辱とドン底しか見ることしかなかった部員たちにとって公式戦勝利は、待ち焦がれ、ずっと飢えていたものだった。
「みなさん! ナイスゲームでした」
薗部も監督としての初勝利が嬉しかったのか、顔がいつもに比べ赤かった。
「私も勝って嬉しいですが、私達の目標は、三回戦進出です。ここで気を緩めるのではなく、気を引き締め、次戦につなげましょう。それでは、お疲れ様でした」
浮ついていた部員達も、薗部の言葉で、顔を引き締めた。
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