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テスト編
少年とスカウト
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六年前の四月二十九日。
「四年振りとはいえ懐かしいなあ」
片村宏は少し冷たい風をうけながら、夕焼け色に染まった生まれ故郷の堤防の天端を懐かしむようにゆっくりと歩いていた。
「小学生の頃、休みの日はずっとここに来て隆也とキャッチボールとかして遊んでたよな」
河原を見渡すと、自分たちが少年時代に遊んだ場所が未だにそのままの状態で残っている。それを見て嬉しくさと時の流れの速さをしみじみと感じていた。
片村は隆也より一学年下ではあるが幼馴染の親友であり、高校時代は隆也に継ぐ二番手投手兼二番ライトとして甲子園準優勝に大きく貢献した。
その後、大学社会人を経てプロに行くも怪我のために三年で現役を引退し、以降はスカウトマンとして全国を飛び回る毎日を過ごしていた。
スカウトマンになって以来なかなか地元に帰ってくる機会がなかった。ただ、今回ターゲットにしていた選手が福岡県内の高校にいたため、そのついでに地元に来ていたのだった。
「照門君ねえ。走攻守すべてにおいてバランスのとれた選手ではある。が、やはりあの薗部君と比べるとワンランク以上見劣りするなあ。やっぱ逃がした魚は大きかったか……」
今日見た選手のことを少しガッカリしながら振り返っていると一人の少年を見つける。少年はボールを握ったまま、帽子を顔に被せて草むらに寝そべっていた。
「おやおや。こんなところで寝そべるなんてずいぶんと粋な子だね……」
ふとその少年の顔を見ると、頬にはうっすらと涙の筋が通っていた。それを見た片村はよっこいしょっ、と声を出しながらその右隣に座る。
「よっぽど悔しいことがあったのか」
片村の言葉に少年は小さく頷いた。
「やっぱりか。なにか失敗したんか?」
片村は少年にさりげなく尋ねてみる。
「今日初めて試合で投げたんです」
少年は静かに答えた。その声はどう聞いても女の子にしか聞こえなかったため、もしかしたら女の子だったのかもしれないと思ったが、体の筋肉の付き方から男の子で間違いないと判断した。
「なるほど。緊張していい球投げれなくて、それで滅多打ちされたとか?」
「いや。緊張はしませんでした。ただ、六回に一点取られて試合に負けてしまって……それで」
片村は思ってもいなかった一言に驚愕しながらも、高笑いをしながら少年の肩をポンポンと叩いた。
「君はたった一失点でそんなに悔しがれるのか! すごく志が高いなあ。叔父さんが初めて投げた時なんか七点取られても――」
「違うんです」
男の子はむくっと起き上がりながら片村の昔話を止めた。帽子を取って見えたその子の顔は、誰がどう見ても女の子らしいかわいい顔立ちをしていた。
「打たれたのも悔しかったんです。だけど、その後に交代させられたのがもっと悔しかったんです……。僕は最後まで絶対に投げて終わりたかったし、マウンドを譲りたくないんです。おじさん……。僕に……、最後まで投げれるピッチングを僕に教えてください」
あまり大きな声ではなかった。だが、その声と雰囲気には少年の並々ならぬマウンドへの執着心を感じ取らせるようなものがあった
(この歳にしてここまでの執着心を、エースとしての矜持を持てる子どもがいるとはな。こりゃあかなりの掘り出し物だ)
片村は少年をしっかりと見つめていた。
「一度君の球を見てみたい。場合によっては厳しい一言を言い放つかもしれない。それでもいいか」
コクリと少年は頷く。
「ついてきなさい」
片村は少年を連れて河川敷へと降りていった。
河川敷にあるグラウンドの横にある草原に片村と男の子は降りてきた。
「とりあえず投げてもらうけど、おじさんグローブ持ってないんだ。君はグローブ無しでも大丈夫かい?」
コクっ、と男の子は小さく頷いた。グローブを受け取るとおおよその感覚で十四メートルを測った。
十四メートルというのは、リトルリーグのマウンドからホームベースまでの距離に当たる。片村は少年の持っていたボールが硬球だったのを見て判断したのだ。
「一応、聞くけど君はリトルリーグの選手かな?」
少年は同じように小さく頷いた。憶測は当たっていた。
「よし、じゃあ投げていいよ」
片村が構えると男の子は腕を大きく振りかぶり一球を投じた。
男の子が放ったボールはシュゥっと音を立てながらミットへと吸い込まれる。そしてグラブにボールが収まったと同時に、片村の身体全身を驚きと喜びが包んだ。
少年のフォームは年齢の割にはよく出来ているものだった。しかし、まだまだバランスが悪かったり肘と肩の動きがぎこちなかったり、下半身の使い方が甘かったりと改善の余地はある。
だが、今投げられた球はスピードこそはあまりないものの、そんなフォームとは対照的に綺麗で美しく真っ直ぐに、そして命が吹き込まれているかのように伸び上がっていた。まさに、理想のような一球だ。
(凄いっ。この歳でここまでの球を投げられるなんて……。フォームも矯正すればもっと良くなる! 間違いない、この子こそ金の卵だ!)
喜びに震えている片村と対照的に、不安に怯えている少年をもう一度じっと見ていた。
(ふふ。初めてだ。こんなに先を見てみたくなったのは。この子が大きくなって甲子園で輝く未来を、プロとしての姿をスカウトマンではなく、一個人として俺は見てみたい)
片村はムクッと立ち上がり少年の下へと駆け寄り手を取った。
「ど、どうしたんですか?!」
「まだまだフォームは見直さなきゃいけないね。年齢の割には良く出来ているけど」
片村の言葉が心に刺さったのか男の子は残念そうな表情をした。
「けど君はまだまだ成長できる。フォームを改善すれば、君はきっとこれから伸びるし、絶対にプロになれる。君はそれほどの逸材なんだ。だから君の両親と是非お話がしたい!」
「へ?」
突然の話に少年は頭がついていけていないようだった。
「ははは。安心してくれ。おじさんはこう見えてもプロのスカウトマンなんだ」
「本当ですか?!」
少年は片村の言葉を一切疑うことなく目を光らせて信じているようだった。
「ああそうだ! だから君の名前を是非聞かせて欲しい」
片村は一瞬自分の言ったことが明らかに変質者や悪質な詐欺師みたいだと思った。だがそんなことはどうでもいい。とてつもない才能を取ることに比べれば小さなことに思えた。
「いいですよ」
「本当にかい?」
「はい!」
少年の答えに胸が躍る。これで金の卵を自分の手元における。片村の頭はそれだけに囚われていた。
「僕は添木伸哉。小学四年生です」
「え? い、今何って言った?」
名前を聞いた瞬間思わず聞き返してしまった。それもそのはず。その名前は自分の親友である隆也の一人息子の名前であるからだ。
「添木伸哉です」
どうやら聞き間違えでもなく、本当に添木伸哉だった。
「な、なんだってええええええ!!」
片村の叫び声は暫く河川敷中に響き渡った。
「四年振りとはいえ懐かしいなあ」
片村宏は少し冷たい風をうけながら、夕焼け色に染まった生まれ故郷の堤防の天端を懐かしむようにゆっくりと歩いていた。
「小学生の頃、休みの日はずっとここに来て隆也とキャッチボールとかして遊んでたよな」
河原を見渡すと、自分たちが少年時代に遊んだ場所が未だにそのままの状態で残っている。それを見て嬉しくさと時の流れの速さをしみじみと感じていた。
片村は隆也より一学年下ではあるが幼馴染の親友であり、高校時代は隆也に継ぐ二番手投手兼二番ライトとして甲子園準優勝に大きく貢献した。
その後、大学社会人を経てプロに行くも怪我のために三年で現役を引退し、以降はスカウトマンとして全国を飛び回る毎日を過ごしていた。
スカウトマンになって以来なかなか地元に帰ってくる機会がなかった。ただ、今回ターゲットにしていた選手が福岡県内の高校にいたため、そのついでに地元に来ていたのだった。
「照門君ねえ。走攻守すべてにおいてバランスのとれた選手ではある。が、やはりあの薗部君と比べるとワンランク以上見劣りするなあ。やっぱ逃がした魚は大きかったか……」
今日見た選手のことを少しガッカリしながら振り返っていると一人の少年を見つける。少年はボールを握ったまま、帽子を顔に被せて草むらに寝そべっていた。
「おやおや。こんなところで寝そべるなんてずいぶんと粋な子だね……」
ふとその少年の顔を見ると、頬にはうっすらと涙の筋が通っていた。それを見た片村はよっこいしょっ、と声を出しながらその右隣に座る。
「よっぽど悔しいことがあったのか」
片村の言葉に少年は小さく頷いた。
「やっぱりか。なにか失敗したんか?」
片村は少年にさりげなく尋ねてみる。
「今日初めて試合で投げたんです」
少年は静かに答えた。その声はどう聞いても女の子にしか聞こえなかったため、もしかしたら女の子だったのかもしれないと思ったが、体の筋肉の付き方から男の子で間違いないと判断した。
「なるほど。緊張していい球投げれなくて、それで滅多打ちされたとか?」
「いや。緊張はしませんでした。ただ、六回に一点取られて試合に負けてしまって……それで」
片村は思ってもいなかった一言に驚愕しながらも、高笑いをしながら少年の肩をポンポンと叩いた。
「君はたった一失点でそんなに悔しがれるのか! すごく志が高いなあ。叔父さんが初めて投げた時なんか七点取られても――」
「違うんです」
男の子はむくっと起き上がりながら片村の昔話を止めた。帽子を取って見えたその子の顔は、誰がどう見ても女の子らしいかわいい顔立ちをしていた。
「打たれたのも悔しかったんです。だけど、その後に交代させられたのがもっと悔しかったんです……。僕は最後まで絶対に投げて終わりたかったし、マウンドを譲りたくないんです。おじさん……。僕に……、最後まで投げれるピッチングを僕に教えてください」
あまり大きな声ではなかった。だが、その声と雰囲気には少年の並々ならぬマウンドへの執着心を感じ取らせるようなものがあった
(この歳にしてここまでの執着心を、エースとしての矜持を持てる子どもがいるとはな。こりゃあかなりの掘り出し物だ)
片村は少年をしっかりと見つめていた。
「一度君の球を見てみたい。場合によっては厳しい一言を言い放つかもしれない。それでもいいか」
コクリと少年は頷く。
「ついてきなさい」
片村は少年を連れて河川敷へと降りていった。
河川敷にあるグラウンドの横にある草原に片村と男の子は降りてきた。
「とりあえず投げてもらうけど、おじさんグローブ持ってないんだ。君はグローブ無しでも大丈夫かい?」
コクっ、と男の子は小さく頷いた。グローブを受け取るとおおよその感覚で十四メートルを測った。
十四メートルというのは、リトルリーグのマウンドからホームベースまでの距離に当たる。片村は少年の持っていたボールが硬球だったのを見て判断したのだ。
「一応、聞くけど君はリトルリーグの選手かな?」
少年は同じように小さく頷いた。憶測は当たっていた。
「よし、じゃあ投げていいよ」
片村が構えると男の子は腕を大きく振りかぶり一球を投じた。
男の子が放ったボールはシュゥっと音を立てながらミットへと吸い込まれる。そしてグラブにボールが収まったと同時に、片村の身体全身を驚きと喜びが包んだ。
少年のフォームは年齢の割にはよく出来ているものだった。しかし、まだまだバランスが悪かったり肘と肩の動きがぎこちなかったり、下半身の使い方が甘かったりと改善の余地はある。
だが、今投げられた球はスピードこそはあまりないものの、そんなフォームとは対照的に綺麗で美しく真っ直ぐに、そして命が吹き込まれているかのように伸び上がっていた。まさに、理想のような一球だ。
(凄いっ。この歳でここまでの球を投げられるなんて……。フォームも矯正すればもっと良くなる! 間違いない、この子こそ金の卵だ!)
喜びに震えている片村と対照的に、不安に怯えている少年をもう一度じっと見ていた。
(ふふ。初めてだ。こんなに先を見てみたくなったのは。この子が大きくなって甲子園で輝く未来を、プロとしての姿をスカウトマンではなく、一個人として俺は見てみたい)
片村はムクッと立ち上がり少年の下へと駆け寄り手を取った。
「ど、どうしたんですか?!」
「まだまだフォームは見直さなきゃいけないね。年齢の割には良く出来ているけど」
片村の言葉が心に刺さったのか男の子は残念そうな表情をした。
「けど君はまだまだ成長できる。フォームを改善すれば、君はきっとこれから伸びるし、絶対にプロになれる。君はそれほどの逸材なんだ。だから君の両親と是非お話がしたい!」
「へ?」
突然の話に少年は頭がついていけていないようだった。
「ははは。安心してくれ。おじさんはこう見えてもプロのスカウトマンなんだ」
「本当ですか?!」
少年は片村の言葉を一切疑うことなく目を光らせて信じているようだった。
「ああそうだ! だから君の名前を是非聞かせて欲しい」
片村は一瞬自分の言ったことが明らかに変質者や悪質な詐欺師みたいだと思った。だがそんなことはどうでもいい。とてつもない才能を取ることに比べれば小さなことに思えた。
「いいですよ」
「本当にかい?」
「はい!」
少年の答えに胸が躍る。これで金の卵を自分の手元における。片村の頭はそれだけに囚われていた。
「僕は添木伸哉。小学四年生です」
「え? い、今何って言った?」
名前を聞いた瞬間思わず聞き返してしまった。それもそのはず。その名前は自分の親友である隆也の一人息子の名前であるからだ。
「添木伸哉です」
どうやら聞き間違えでもなく、本当に添木伸哉だった。
「な、なんだってええええええ!!」
片村の叫び声は暫く河川敷中に響き渡った。
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