マウンド

丘多主記

文字の大きさ
上 下
10 / 75
入部編

昼休みのキャッチボール

しおりを挟む
 翌日の昼休み。いつも伸哉は教室の片隅の席に座り、一人で弁当を食べていたが今日は違う。なんと、咲香と一緒に中庭のベンチで昼食を取ろうと誘われたのだ。

 昨日の事はまるで何もなかったかのように笑顔で接してくる咲香に、伸哉は驚きつつも、一緒に昼食をとることにした。

「伸哉くん。このウインナーもらっていい?」

 咲香はかわいこぶった笑顔で聞いてきた。

「別にいいけど……」

 伸哉はあげたくはなかったが、あまりにも咲香の目がキラキラと輝いて、もの欲しそうに見ていたため、仕方なくあげることにした。

「ありがと伸哉クン!」

 咲香は嬉しそうに伸哉の弁当箱に箸を伸ばし、ウインナーを掴んで、そのまま口に入れる。

「うーんおいひい!」

 ウインナーをむしゃむしゃと食べている光景は、幸せを絵に表したかのようだ。それを見て伸哉は、咲香の魅力に惹かれていった。

 ずるいよ村野さん。こんなの見せられたら、誰だってときめくよ。と伸哉は心の中で言った。

 そして伸哉は心臓をバクバクさせながら、咲香の横顔を見つめていた。

「ん? どうひたの?」

「いや、なんでもない」

 目があってしまったことで恥ずかしくなり、顔を赤くしながら慌てて視線を外す。

 咲香は何のことかわからずキョトンとしている。

「いや、本当になにもないから。大丈夫だから」

 伸哉は顔を朱に染めたまま横を向いている。それを見て咲香はなんとなく笑っていた。

「そう? じゃあそういうことにしておくね。あと、昼ごはん食べたらちょっとグラウンドに出てみない?」

 咲香は、無邪気に伸哉に言った。

「ま、まあいいけど。何するの?」

「それはその時のお楽しみということで、とりあえず、食べよっか」

 咲香は再び箸を取って食べ始めた。




 食後、咲香に連れられて行ったのは、誰もいない昼休みのグラウンドだった。

「ここに来たのはいいけど、何するの?」

 伸哉が聞くと、咲香は持って来たバックを開いて、軟式の野球ボールを取り出した。

「キャッチボールだけど、なにか?」

「キャッチボールって、グローブは?」

「ないけど、軟式だから大丈夫じゃない?」

 確かに軟式のボールは硬球と比べると、そこまと硬くない。それにグローブがなくても、ある程度加減をして投げればそんなには痛くないが、問題はその点ではない。

「それはいいんだけど、村野さん取れるの?」

「大丈夫! あたし小学校まで野球やってたし、今でも小学生の弟とキャッチボールくらいするからへーきへーき!」

「なら、大丈夫か…」

 遊園地にいった小学生のようなテンションの咲香を見て、伸哉は少々躊躇したものの、キャッチボールをすることにした。

 とは言っても、いきなりすると肩に異常をきたす可能性もあるので、伸哉と咲香は肩を少しストレッチしてから、キャッチボールを始めた。




「村野さん、随分筋がいいね」

 何球かキャッチボールをしているうちに、咲香は野球が上手いことが分かった。

「え、そう?!」

「うん。十分上手いよ」

 咲香は少々疑っていたようだが、伸哉の言葉に偽りは一切なかった。

 野球の上手い下手というのは、キャッチボールをした時に如実に出ると言われている。

 例えば相手にボールを投げる時。上手い人はボールが常に取りやすいコース、つまり、胸元付近にボールが来る。

 また、取る時もそういった差が出てくる。下手な人は、ボールを迎えにいくようは変な取り方をしてしまいがちだ。

 しかし、咲香の取り方は上手い人のそれで、投げる時も胸元付近にちゃんとボールが来て、その上、女の子投げ――肩よりも肘が下がった投げ方。主に、女性や小さい子どもにこの投げ方をする人が多い――という投げ方ではなく、ちゃんとした投げ方をしている。

「ほんと?! ありがとう! 野球上手い人に褒められるってめっちゃ嬉しい!」

 伸哉に褒められたのが嬉しかったのか、咲香はかなりはしゃいでいた。

「ところで村野さん。小学生の頃野球やってたって言ってたけど、どうして?」

 キャッチボールを続けながら、咲香に聞いてみた。

「お父さんが凄い野球好きで、小さい時からずっとお父さんと野球を見てきて、気づいたらあたしも好きになっちゃてたんだ」

「かなり意外だね」

「それで、小学生の頃はずっと野球やってたんよ。軟式の方だけどね。本当は中学まで続けたかったけど、学年が上がるにつれてどんどん周りと体力の差が開いて、それで、諦めてバスケに進んだ」

 咲香の顔は、心なしかいつもより暗かった。

「私もわかってたんよ。年が進めばいづれこうなるって。悔しい形で諦めたけど、野球は嫌いになれんかった。嫌いになろうって思っといても出来んかったし。それに、こうやって伸哉くんとキャッチボールしてると、野球好きでよかったなって感じる」

 咲香の言った言葉は、意外な一言だった。

「僕と、キャッチボールして?」

「そうよ。だって、こんな上手い人とやれるってなかなかないけんね」

 咲香がボールを投げようとした時、昼休み終了五分前を知らせる予鈴のチャイムが、二人だけの空間を打ち砕くように鳴り響いた。

「あー、終わりか。もっとやりたかったけど、楽しかった!じゃあ教室に戻ろう。次現社――現代社会の略語――やけんさ」

「う、うん」

「それからさ、あたしのこと村野さんじゃなくて、下の名前で読んで! なんかよそよそしいけんさ」

「わ、分かりました。咲香さん」

「じゃあ、戻ろ。やばい、あと三分だ!」

 二人はグラウンドから、ダッシュで教室へと戻っていった。

 結局、時間内に教室には戻れなかったが、現社の先生が三十分遅刻するという事態が発生し、遅刻はバレずに済んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

イケメンプロレスの聖者たち

ちひろ
青春
 甲子園を夢に見ていた高校生活から、一転、学生プロレスの道へ。トップ・オブ・学生プロレスをめざし、青春ロードをひた走るイケメンプロレスの闘い最前線に迫る。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

執事👨一人声劇台本

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
執事台本を今まで書いた事がなかったのですが、機会があって書いてみました。 一作だけではなく、これから色々書いてみようと思います。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...