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文化祭
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結局優梨華から答えを聞くことができないまま月日は流れ、文化祭の時期になった。私の学校ではクラスごとにステージ発表か、なにかの研究をしてそれをポスターなりプレゼンなりで発表するようになっている。
私のクラスはそもそも受験勉強で時間がない上に、全体的にやる気があまり。なので、ポスターで研究発表をすることになった。やる気があった子は気の毒な話だろうけど。
テーマ決めとかポスターの作成はあまり苦労をしなかった。当日のシフトも割とスムーズに決まり、あとはシフトの時間帯に少し働けばいいだけ。こんなにスムーズでいいものなのか。
そして迎えた当日。ステージ発表がすべて終わり、昼休みに入る。いよい研究発表の時間だ。私の担当は最初の二十分なので、仕事を少ししたらあとは好きにしていい。
仕事と言っても教室内を適当に徘徊して、質問があれば答えればいいだけ。質問が来ても、大体のことは答えられる。そんなに難しい話じゃないしね。
そんなわけで、仕事はなんのトラブルもなく時計の針はスムーズに進み、シフトの時間は終わった。
ここからは展示物とかを見て回るだけ。実に楽なお仕事だ。と言いたいけど、私の場合はこっちの方が大変かもしれない。
私は色々あって友達が多い。そのおかげでいろんな人に誘われ、取り合い騒動にまで発展。それで抽選をして、時間ごとに一緒に回る人を区切るということになった。
ありえない話に聞こえるが、これは紛れもない事実だ。まあ、私はただの一般人のはずなんだが。
というわけで、最初の二十分がスタート。一緒に回るのはクラスメイトの和奈と美里。この二人は小学校からの友達だ。
それで、私たちは二人が行きたがっていた演劇部の部室に来ていた。お目当ては、演劇部の小道具を自由に見たり付けたりできるコーナー。女の子らしいチョイスだと思う。
二人は意気揚々と色々身に着けてみている。私はまったく興味がないので、ただ見ているだけ。こういうのは、ガラじゃないしね。
「ねえねえ、涼花。どう?」
和奈が少し顔を赤くしながら私を呼んでいる。私は和奈を見てあげた。
なるほど、銀色のカチューシャを付けてみたわけか。悪くはないと思う。だけど、かわいい系の和奈には少し雰囲気が違う気がする
「うーん。似合ってないわけじゃないけど、こっちの方がいいかな」
私は和奈の銀のカチューシャを外し、近くにあった青いリボンのついたカチューシャを手に取ってつけてみた。やっぱりこっちの方がいいみたいだ。
「こっちの方が絶対にいい。かわいい系の和奈には似合ってるよ」
私はにこりと微笑んだ。
「あ、ありがとう……」
和奈は消えるような声で言うと、うつむきながら顔をさらに赤くした。
なんで恥ずかしがっているんだろうか。付けてあげるときに、顔を近づけすぎたせいかなあ。でも前まではそんなに恥ずかしがってなかったのに。
そんなことを考えていると、
「わ、私は……どう?」
美里も少し顔を赤くして、恥ずかしそうに私を呼んだ。美里は黒縁の伊達メガネを付けたみたいだ。
「うん、似合ってる。なんか大人っぽくていいと思う」
私は自信満々に右手でグーサインを出した。
「そ、そう? それならよかったわ」
美里も和奈と同じような反応を見せた。なんで二人ともこんなに恥ずかしがってるんだろうか。私は不思議でならなかった。
この後も色々回っていると、いつの間にか次の時間が差し迫っていた。二人はもっと一緒に居たそうにしているが、遅れるわけにはいかない。寂しがる二人となんとか別れ、クラスの教室に向かった。
少し混んではいたが、無ことに教室にたどりついた。どこにいるだろうと探してみたが、次の子は見当たらない。どうやら少し早く来すぎたようだ。
そうなると、この教室で時間を潰さないといけない。だが、この教室のものは散々見てきたもの。間違いなく秒も潰せない。一体何をして暇をつぶそうか。そう考えていると、あいつ、優梨華が前を通り過ぎていった。
「あ、先輩ごめんなさいっ!遅れちゃいましたっ!」
それと同時に、次の番の子が声を掛けてきた。暇なら観察でもしようかと思ったが、時間が来たのでやめた。
ちなみに、この子は部活の後輩の七海。私をリスペクトしてくれているとてもいい子だ。
「いや、いいよ。私もさっき来たばかりだから」
私がそう言うと、よかったですといってホッと息を吐いていた。
「それで、一緒にどこを回るの?」
「えーっと、演劇部のところです!」
七海はパンフレットで少し顔を隠している。演劇部か……。残念ながら、さっき行ってきたばかり。仮に時間が空いていても、もう一度行きたいとも思わない。
でも七海は、私と一緒に演劇部に行くのを楽しみにしてたはず。あんなにもじもじしているんだから間違いない。ここは私が引き下がろう。
「そっかー。じゃあ演劇部のところに行こうか」
私は自分の気持ちを悟られないように、笑顔を見せた。
「はい!わかりました!」
そう言うと、七海ははしゃぎながら私の手を引っ張った。やっぱり、そのくらい楽しみにしていたのか。そう思うと、いつもより少しだけ七海がかわいく思えた。
そうやって七海に引っ張られていると、いつの間にか演劇部のところに着いていた。
「先輩! これどうですか?」
着くなり早速、銀色の王冠を付けてみたようだ。
「うん。お姫様っぽくていいと思う」
「あ、ありがとうございます! えへへっ……。先輩に褒めてもらえた……」
私の言葉が相当うれしかったのか、顔をほころばせながらにやつかせていた。
喜んでくれるのはうれしいが、こうも喜ぶのはなぜだろうか。私よりも、もっと服のセンスがある人とかに褒めてもらえた方がうれしいだろうに。喜んでいるならそれでいいか。
しかし、こうやって文化祭を回ってみると、ここは女の子の方が明らかに多い。うちの演劇部が全員女性だからというのもあるだろうけど。
それでも、ここに来た子は目を輝かせながらいろいろ試着している。私は点で興味がないからそんなことはしないけど、もっと女の子らしく興味を示した方がいいのかなあ。
ふとそんなことを考えながら、教室内を見回していると、またあいつの姿が目に映った。
「先輩? どうした……あっ、あれは大島先輩じゃないですか!」
七海も優梨華のことに気づいたようだ。小さいくせに存在感だけはあるから、目に入っちゃうんだよなあ。
「あの人、一人きりで回ってるんでしょうねえ」
七海は憐れむような目で見ているようだ。七海は、優梨華が一人きりで文化祭を回っているとでも思っているのだろう。だが断言しよう。それは絶対にない。ありえない。
「いや、それはないだろ」
私は七海の言葉を否定した。
「えーっ?あの人絶対友達いませんよ。それどころか、一緒にいたいっていう人すらいないと思いますよ」
七海は顔をしかめる。酷い言われようだな。
「いや、まあそうだろうけど」
流石にいたたまれないので、やんわりと否定してあげる。まあ、こんな陰口を叩かれるのも無理はないだろう。
あいつは私以外の人には基本無口。喋っても必要最低限。その上、休み時間になると、話しかけるなオーラを全身にまとわせている。仮に話しかけられても、素っ気ない態度しかとらない。
こんなのと仲良くしようと思っても、まず無理な話だろう。なので、同級生どころか先輩や後輩にすら絡まれないし、慕われてもいない。
そんな孤独の体現者だけど、一人で回ってはいないだろう。現に、すぐそばにその人はいる。
「でも、親もすっごく忙しい人っていう話ですし」
「家族は両親だけじゃないだろ。ほら、あそこにいるだろ」
七海に優梨華の方を見るように催す。
「あっ、わかりました!」
七海もわかったようだ。
優梨華の傍に、風変わりな眼鏡とマスクをした背の高い茶髪の男がいる。あれが、優梨華と一緒に回っている人だ。
「えっ、あれ誰ですか?まさか恋人?!あんな高飛車な人に恋人?!」
七海はかなり取り乱しているようだ。そのせいで、とんでもない言葉を吐きまくっている。まあ、男の人と一緒に回っていたら勘違いされても当然か。もちろん違うけど。
「そんなわけないだろ。あれは優梨華のお兄さんだ」
「あ、そうだったんですね。どおりで」
私の一言で、七海はようやく理解したようだ。
そう。優梨華が一人じゃないとわかっていたのはお兄さん、幸長さんがいるからだ。
ちなみに、一昨年も去年も一緒に居るのを見かけている。もっとも、去年まではマスクとか眼鏡とかは一切かけてなかったけど。まあ今はそうしないとマズいから仕方ないか。
「確かに、恋人ならもっとくっついているはずですもんね。それにしても大島先輩。なんか一緒にいるの嫌そうにしてません?お兄さんは優しそうにしているのに……。どこまで冷たい人なんですかね」
七海が言うように、遠くから見れば優梨華は明らかに不機嫌そうな態度を取っている。それでも幸長さんが笑顔で接しているから、そう見られても仕方ないだろう。
だが、私は知っている。あいつは相当なブラコンだ。こういう人がいる所だと、あんな感じであからさまに嫌がったり、素っ気ない態度を取ったりする。
けれど、誰もいないような場所になると、一気に豹変する。まず声だ。普段は低くお高くまとまったような声だが、そこからは想像もつかないような甘く幼い声になる。
何度も言うようにあいつのことは大嫌いだが、その時の声だけはめちゃくちゃかわいい。あれがあいつの中で唯一好きになれそうな部分なのは間違いない。
それから雰囲気も違う。二人きりの場所では、普段の高慢で高飛車な女王様はどこにもいない。抱き着いたりとか、腕を寄せ合ったりはしないが、彼氏にいちゃつく彼女のように、めちゃくちゃ甘えている。傍からみてたらドン引きするくらいにだ。
なぜそんなことを知っているのか。それはたまたま休日に遭遇してしまったからだ。本来ならこれをネタに、あいつとの関係を逆転できたはずだった。
しかし、ちょっとしたイレギュラーで私も弱みを一つ握られてしまったため、秘密にしてやっている。
とにかく、ブラコンのあいつは、愛しのお兄さんと楽しくこの時間を過ごしているだろう。
「まっ、あの人はどーでもいいので次のとこ行きましょ」
「そうだな。それじゃあ、どこ行こうか」
私と七海は演劇部を後にした。
この後もいろんな子たちと代わる代わる回っていった。思っていたよりも時間に追われて大変だったところもあったけど、いろんな子とおしゃべりをするのは楽しかった。
ただ一つだけ不満を上げるなら、なぜかみんなして演劇部の部室に行って、私にリアクションを求めてくるところだ。しかもみんな同じことをして、似たような反応しかしないから、行くたびにデジャヴを感じてしまう。
なぜ、そんなに私と行きたがるのだろうか。私じゃなくて他の人と行っても楽しいはずなのに。
そんなわけで文化祭も無事に終わった。教室の後片付けも簡単に終わったので、後は家に帰るのみ。友達たちと帰りながら、文化祭の思い出話をしながら校門を出た時だった。
私は気づいてしまった。教室に筆箱と宿題の作文用紙を、忘れてしまっていたことを。
作文の提出は火曜日。明日は日曜日で、先生もいないだろうから教室に入るのはほぼ不可能。月曜日も振替休日だから多分無理だろう。つまり、今取りに行かないといけない。
待たせるのは申し訳ないけど少し校門前で待ってもらい、急いで取りに行くことにした。
校内は殆どの生徒が下校したので、私の足音が聞こえるくらい静かだ。そのお陰でかなり早くに教室まで戻ってこられた。このペースで行けば、あまり待たせずに済むだろう。
さっさと取りに行って戻ろう。そう思ってドアに手を掛けようとした時、優梨華が教室の真ん中でポツンと上を向いて佇んでいた。
それを見て私はドアから素早く手を離し、ばれないようにしゃがんだ。ただこの状態だと優梨華の動きがわからないので、動きが見えるよう廊下側の窓からそっと覗いてみた。
優梨華はそれに気づいていないのか、微動だにせず悲しげに佇んでいる。表情もいつもの人を見下したようなのではなく、やるせなさのようなものを感じる。
そういえば、最後の試合が終わった瞬間もこれに似たような顔をしていた。あの時なら、そういう顔をするのもわかる。でも、今のそれは理由がわからない。
文化祭ガチ勢だったから?うん、ありえない。だってそんな柄じゃないし、楽なテーマを提案してきたのはあいつだ。そんなのがガチ勢なわけがない。
じゃあ楽しくなかったから?これもない。あいつは幸長さんとずっと一緒にいたんだ。ブラコンのあいつにはそれだけでなんでも楽しく感じるはず。
だったらなんだろう。まさか、友達と回れなかったから?
いやいやないでしょ。そう感じるくらいなら、人付き合いとかもっと円満にしているだろう。それにあいつは、一人ぼっちで寂しいとか思うタマじゃない。
じゃあだったら何なんだろうか。めちゃくちゃ気になる。
眉間にしわを寄せながら頭を悩ませていると、うっかりドアに肘をぶつけてしまった。
流石の優梨華もこの音には気づいてしまったようで、
「誰っ?!そこにいるのは」
と、滅多に聞くことのない叫び声が飛んできた。
どうしようか。このまま逃げてもいいとは思う。しかし、逃げれば追いかけてくるのは間違いない。捕まれば色々言われて面倒だし、いい思い出の後にそんな気分になりたくない。
仮に逃げ切れても、数日後には学校で会ってしまう。その時にねちねち言われるのが容易に想像できる。
ここは名乗り出たほうが得策だろう。少しはやーやー言われそうだが、偶然を装えばあいつも黙るだろう。
私は堂々とドアを開けた。
「なっ!なんであなたがそこにいるのよ!」
優梨華はいつになく興奮しているようだ。
「なんでって、忘れ物取りに来ただけだ。ただ、お前がいて取りに行きづらくて隠れただけだ」
「だっ……だったら、早くとって帰りなさいよっ!」
優梨華は顔を朱色にして、首を横に振った。もう少しねちねちと何か言われるかと思ったが、そんなことはなかった。見られたことがよっぽど恥ずかしかったらしい。
私は、へいへいと適当に返ことをして、言われるがまま忘れ物を取った。
「もうっ。用があるならノックしなさいよね」
「ノックって。ここは教室だぞ」
「わ、分かってるわよ。でもできたんだからしなさいよ」
まだ興奮が収まらないらしく、意味不明なことを言い出した。というか、見られたくないんだったら教室じゃなくて別のとこでやればいいのに。
「はいはい。次からはしますよ」
これに乗じて色々おちょくってもよかったが、面倒臭くなりそうなのでそれはやめた。
それにしても、声がかわいすぎる。そのせいで怒っているのにさっきからまったく怖くない。思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか堪えた。
「なあ。そう言えば、さっきは何してたんだ?あんなにぼーっとして。女王様らしくねえな」
唐突に話を切り出してみる。素直に答えてくれるとは思わないが。
「……教えない。絶対教えない」
やっぱりダメか。色々聞き返してみてもいいが、どうやっても教えてくれないだろう。
「ふーん。まあいいや。じゃあ、私は帰るぜ」
そう言って、私は静かに教室を出た。教室を出て少ししたところで、優梨華の声のような音が聞こえてきた。耳を澄まして聞いてはみたが、なんと言っているのかわからなかった。
私のクラスはそもそも受験勉強で時間がない上に、全体的にやる気があまり。なので、ポスターで研究発表をすることになった。やる気があった子は気の毒な話だろうけど。
テーマ決めとかポスターの作成はあまり苦労をしなかった。当日のシフトも割とスムーズに決まり、あとはシフトの時間帯に少し働けばいいだけ。こんなにスムーズでいいものなのか。
そして迎えた当日。ステージ発表がすべて終わり、昼休みに入る。いよい研究発表の時間だ。私の担当は最初の二十分なので、仕事を少ししたらあとは好きにしていい。
仕事と言っても教室内を適当に徘徊して、質問があれば答えればいいだけ。質問が来ても、大体のことは答えられる。そんなに難しい話じゃないしね。
そんなわけで、仕事はなんのトラブルもなく時計の針はスムーズに進み、シフトの時間は終わった。
ここからは展示物とかを見て回るだけ。実に楽なお仕事だ。と言いたいけど、私の場合はこっちの方が大変かもしれない。
私は色々あって友達が多い。そのおかげでいろんな人に誘われ、取り合い騒動にまで発展。それで抽選をして、時間ごとに一緒に回る人を区切るということになった。
ありえない話に聞こえるが、これは紛れもない事実だ。まあ、私はただの一般人のはずなんだが。
というわけで、最初の二十分がスタート。一緒に回るのはクラスメイトの和奈と美里。この二人は小学校からの友達だ。
それで、私たちは二人が行きたがっていた演劇部の部室に来ていた。お目当ては、演劇部の小道具を自由に見たり付けたりできるコーナー。女の子らしいチョイスだと思う。
二人は意気揚々と色々身に着けてみている。私はまったく興味がないので、ただ見ているだけ。こういうのは、ガラじゃないしね。
「ねえねえ、涼花。どう?」
和奈が少し顔を赤くしながら私を呼んでいる。私は和奈を見てあげた。
なるほど、銀色のカチューシャを付けてみたわけか。悪くはないと思う。だけど、かわいい系の和奈には少し雰囲気が違う気がする
「うーん。似合ってないわけじゃないけど、こっちの方がいいかな」
私は和奈の銀のカチューシャを外し、近くにあった青いリボンのついたカチューシャを手に取ってつけてみた。やっぱりこっちの方がいいみたいだ。
「こっちの方が絶対にいい。かわいい系の和奈には似合ってるよ」
私はにこりと微笑んだ。
「あ、ありがとう……」
和奈は消えるような声で言うと、うつむきながら顔をさらに赤くした。
なんで恥ずかしがっているんだろうか。付けてあげるときに、顔を近づけすぎたせいかなあ。でも前まではそんなに恥ずかしがってなかったのに。
そんなことを考えていると、
「わ、私は……どう?」
美里も少し顔を赤くして、恥ずかしそうに私を呼んだ。美里は黒縁の伊達メガネを付けたみたいだ。
「うん、似合ってる。なんか大人っぽくていいと思う」
私は自信満々に右手でグーサインを出した。
「そ、そう? それならよかったわ」
美里も和奈と同じような反応を見せた。なんで二人ともこんなに恥ずかしがってるんだろうか。私は不思議でならなかった。
この後も色々回っていると、いつの間にか次の時間が差し迫っていた。二人はもっと一緒に居たそうにしているが、遅れるわけにはいかない。寂しがる二人となんとか別れ、クラスの教室に向かった。
少し混んではいたが、無ことに教室にたどりついた。どこにいるだろうと探してみたが、次の子は見当たらない。どうやら少し早く来すぎたようだ。
そうなると、この教室で時間を潰さないといけない。だが、この教室のものは散々見てきたもの。間違いなく秒も潰せない。一体何をして暇をつぶそうか。そう考えていると、あいつ、優梨華が前を通り過ぎていった。
「あ、先輩ごめんなさいっ!遅れちゃいましたっ!」
それと同時に、次の番の子が声を掛けてきた。暇なら観察でもしようかと思ったが、時間が来たのでやめた。
ちなみに、この子は部活の後輩の七海。私をリスペクトしてくれているとてもいい子だ。
「いや、いいよ。私もさっき来たばかりだから」
私がそう言うと、よかったですといってホッと息を吐いていた。
「それで、一緒にどこを回るの?」
「えーっと、演劇部のところです!」
七海はパンフレットで少し顔を隠している。演劇部か……。残念ながら、さっき行ってきたばかり。仮に時間が空いていても、もう一度行きたいとも思わない。
でも七海は、私と一緒に演劇部に行くのを楽しみにしてたはず。あんなにもじもじしているんだから間違いない。ここは私が引き下がろう。
「そっかー。じゃあ演劇部のところに行こうか」
私は自分の気持ちを悟られないように、笑顔を見せた。
「はい!わかりました!」
そう言うと、七海ははしゃぎながら私の手を引っ張った。やっぱり、そのくらい楽しみにしていたのか。そう思うと、いつもより少しだけ七海がかわいく思えた。
そうやって七海に引っ張られていると、いつの間にか演劇部のところに着いていた。
「先輩! これどうですか?」
着くなり早速、銀色の王冠を付けてみたようだ。
「うん。お姫様っぽくていいと思う」
「あ、ありがとうございます! えへへっ……。先輩に褒めてもらえた……」
私の言葉が相当うれしかったのか、顔をほころばせながらにやつかせていた。
喜んでくれるのはうれしいが、こうも喜ぶのはなぜだろうか。私よりも、もっと服のセンスがある人とかに褒めてもらえた方がうれしいだろうに。喜んでいるならそれでいいか。
しかし、こうやって文化祭を回ってみると、ここは女の子の方が明らかに多い。うちの演劇部が全員女性だからというのもあるだろうけど。
それでも、ここに来た子は目を輝かせながらいろいろ試着している。私は点で興味がないからそんなことはしないけど、もっと女の子らしく興味を示した方がいいのかなあ。
ふとそんなことを考えながら、教室内を見回していると、またあいつの姿が目に映った。
「先輩? どうした……あっ、あれは大島先輩じゃないですか!」
七海も優梨華のことに気づいたようだ。小さいくせに存在感だけはあるから、目に入っちゃうんだよなあ。
「あの人、一人きりで回ってるんでしょうねえ」
七海は憐れむような目で見ているようだ。七海は、優梨華が一人きりで文化祭を回っているとでも思っているのだろう。だが断言しよう。それは絶対にない。ありえない。
「いや、それはないだろ」
私は七海の言葉を否定した。
「えーっ?あの人絶対友達いませんよ。それどころか、一緒にいたいっていう人すらいないと思いますよ」
七海は顔をしかめる。酷い言われようだな。
「いや、まあそうだろうけど」
流石にいたたまれないので、やんわりと否定してあげる。まあ、こんな陰口を叩かれるのも無理はないだろう。
あいつは私以外の人には基本無口。喋っても必要最低限。その上、休み時間になると、話しかけるなオーラを全身にまとわせている。仮に話しかけられても、素っ気ない態度しかとらない。
こんなのと仲良くしようと思っても、まず無理な話だろう。なので、同級生どころか先輩や後輩にすら絡まれないし、慕われてもいない。
そんな孤独の体現者だけど、一人で回ってはいないだろう。現に、すぐそばにその人はいる。
「でも、親もすっごく忙しい人っていう話ですし」
「家族は両親だけじゃないだろ。ほら、あそこにいるだろ」
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「あっ、わかりました!」
七海もわかったようだ。
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「えっ、あれ誰ですか?まさか恋人?!あんな高飛車な人に恋人?!」
七海はかなり取り乱しているようだ。そのせいで、とんでもない言葉を吐きまくっている。まあ、男の人と一緒に回っていたら勘違いされても当然か。もちろん違うけど。
「そんなわけないだろ。あれは優梨華のお兄さんだ」
「あ、そうだったんですね。どおりで」
私の一言で、七海はようやく理解したようだ。
そう。優梨華が一人じゃないとわかっていたのはお兄さん、幸長さんがいるからだ。
ちなみに、一昨年も去年も一緒に居るのを見かけている。もっとも、去年まではマスクとか眼鏡とかは一切かけてなかったけど。まあ今はそうしないとマズいから仕方ないか。
「確かに、恋人ならもっとくっついているはずですもんね。それにしても大島先輩。なんか一緒にいるの嫌そうにしてません?お兄さんは優しそうにしているのに……。どこまで冷たい人なんですかね」
七海が言うように、遠くから見れば優梨華は明らかに不機嫌そうな態度を取っている。それでも幸長さんが笑顔で接しているから、そう見られても仕方ないだろう。
だが、私は知っている。あいつは相当なブラコンだ。こういう人がいる所だと、あんな感じであからさまに嫌がったり、素っ気ない態度を取ったりする。
けれど、誰もいないような場所になると、一気に豹変する。まず声だ。普段は低くお高くまとまったような声だが、そこからは想像もつかないような甘く幼い声になる。
何度も言うようにあいつのことは大嫌いだが、その時の声だけはめちゃくちゃかわいい。あれがあいつの中で唯一好きになれそうな部分なのは間違いない。
それから雰囲気も違う。二人きりの場所では、普段の高慢で高飛車な女王様はどこにもいない。抱き着いたりとか、腕を寄せ合ったりはしないが、彼氏にいちゃつく彼女のように、めちゃくちゃ甘えている。傍からみてたらドン引きするくらいにだ。
なぜそんなことを知っているのか。それはたまたま休日に遭遇してしまったからだ。本来ならこれをネタに、あいつとの関係を逆転できたはずだった。
しかし、ちょっとしたイレギュラーで私も弱みを一つ握られてしまったため、秘密にしてやっている。
とにかく、ブラコンのあいつは、愛しのお兄さんと楽しくこの時間を過ごしているだろう。
「まっ、あの人はどーでもいいので次のとこ行きましょ」
「そうだな。それじゃあ、どこ行こうか」
私と七海は演劇部を後にした。
この後もいろんな子たちと代わる代わる回っていった。思っていたよりも時間に追われて大変だったところもあったけど、いろんな子とおしゃべりをするのは楽しかった。
ただ一つだけ不満を上げるなら、なぜかみんなして演劇部の部室に行って、私にリアクションを求めてくるところだ。しかもみんな同じことをして、似たような反応しかしないから、行くたびにデジャヴを感じてしまう。
なぜ、そんなに私と行きたがるのだろうか。私じゃなくて他の人と行っても楽しいはずなのに。
そんなわけで文化祭も無事に終わった。教室の後片付けも簡単に終わったので、後は家に帰るのみ。友達たちと帰りながら、文化祭の思い出話をしながら校門を出た時だった。
私は気づいてしまった。教室に筆箱と宿題の作文用紙を、忘れてしまっていたことを。
作文の提出は火曜日。明日は日曜日で、先生もいないだろうから教室に入るのはほぼ不可能。月曜日も振替休日だから多分無理だろう。つまり、今取りに行かないといけない。
待たせるのは申し訳ないけど少し校門前で待ってもらい、急いで取りに行くことにした。
校内は殆どの生徒が下校したので、私の足音が聞こえるくらい静かだ。そのお陰でかなり早くに教室まで戻ってこられた。このペースで行けば、あまり待たせずに済むだろう。
さっさと取りに行って戻ろう。そう思ってドアに手を掛けようとした時、優梨華が教室の真ん中でポツンと上を向いて佇んでいた。
それを見て私はドアから素早く手を離し、ばれないようにしゃがんだ。ただこの状態だと優梨華の動きがわからないので、動きが見えるよう廊下側の窓からそっと覗いてみた。
優梨華はそれに気づいていないのか、微動だにせず悲しげに佇んでいる。表情もいつもの人を見下したようなのではなく、やるせなさのようなものを感じる。
そういえば、最後の試合が終わった瞬間もこれに似たような顔をしていた。あの時なら、そういう顔をするのもわかる。でも、今のそれは理由がわからない。
文化祭ガチ勢だったから?うん、ありえない。だってそんな柄じゃないし、楽なテーマを提案してきたのはあいつだ。そんなのがガチ勢なわけがない。
じゃあ楽しくなかったから?これもない。あいつは幸長さんとずっと一緒にいたんだ。ブラコンのあいつにはそれだけでなんでも楽しく感じるはず。
だったらなんだろう。まさか、友達と回れなかったから?
いやいやないでしょ。そう感じるくらいなら、人付き合いとかもっと円満にしているだろう。それにあいつは、一人ぼっちで寂しいとか思うタマじゃない。
じゃあだったら何なんだろうか。めちゃくちゃ気になる。
眉間にしわを寄せながら頭を悩ませていると、うっかりドアに肘をぶつけてしまった。
流石の優梨華もこの音には気づいてしまったようで、
「誰っ?!そこにいるのは」
と、滅多に聞くことのない叫び声が飛んできた。
どうしようか。このまま逃げてもいいとは思う。しかし、逃げれば追いかけてくるのは間違いない。捕まれば色々言われて面倒だし、いい思い出の後にそんな気分になりたくない。
仮に逃げ切れても、数日後には学校で会ってしまう。その時にねちねち言われるのが容易に想像できる。
ここは名乗り出たほうが得策だろう。少しはやーやー言われそうだが、偶然を装えばあいつも黙るだろう。
私は堂々とドアを開けた。
「なっ!なんであなたがそこにいるのよ!」
優梨華はいつになく興奮しているようだ。
「なんでって、忘れ物取りに来ただけだ。ただ、お前がいて取りに行きづらくて隠れただけだ」
「だっ……だったら、早くとって帰りなさいよっ!」
優梨華は顔を朱色にして、首を横に振った。もう少しねちねちと何か言われるかと思ったが、そんなことはなかった。見られたことがよっぽど恥ずかしかったらしい。
私は、へいへいと適当に返ことをして、言われるがまま忘れ物を取った。
「もうっ。用があるならノックしなさいよね」
「ノックって。ここは教室だぞ」
「わ、分かってるわよ。でもできたんだからしなさいよ」
まだ興奮が収まらないらしく、意味不明なことを言い出した。というか、見られたくないんだったら教室じゃなくて別のとこでやればいいのに。
「はいはい。次からはしますよ」
これに乗じて色々おちょくってもよかったが、面倒臭くなりそうなのでそれはやめた。
それにしても、声がかわいすぎる。そのせいで怒っているのにさっきからまったく怖くない。思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか堪えた。
「なあ。そう言えば、さっきは何してたんだ?あんなにぼーっとして。女王様らしくねえな」
唐突に話を切り出してみる。素直に答えてくれるとは思わないが。
「……教えない。絶対教えない」
やっぱりダメか。色々聞き返してみてもいいが、どうやっても教えてくれないだろう。
「ふーん。まあいいや。じゃあ、私は帰るぜ」
そう言って、私は静かに教室を出た。教室を出て少ししたところで、優梨華の声のような音が聞こえてきた。耳を澄まして聞いてはみたが、なんと言っているのかわからなかった。
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