翡翠の炎ー幻影の手紙ー

柳椥

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 あんな目、初めて見たな。
 怒りでも驚きでもない、あの人が一度も人に見せたことがない目。あれを、絶望というんだろうか。

「君もごめんね、僕らの都合で生み出されて、狂わせてしまって」

 馬鹿らしいと思いながら、僕はドラゴンに話しかけた。当たり前だが、ドラゴンは何も言わずに飛び続ける。
 空を飛ぶってこんなにも清々しい気分になれるのか。足元は浮いていて少し怖いけれど、風が気持ちよくて、高くから見下ろすこの大陸の景色がとんでもなく綺麗だった。鳥は普段こんな景色の中飛んでいるのか。羨ましいと思う気持ちと、生まれ変わったら鳥がいいなと考えて自嘲した。
 そんなこと考えている場合じゃない、と下を見た。
 もう街は眼下にある。そしてその街の下、崖壁を見ればそこには、よく見なくともわかるだけの大きな穴が空いていた。
 街の下に空洞があるだなんて聞いたことがない。ならば最近できた穴? こんなものが自然発生するわけないとすれば、やはり地震を引き起こしているという生き物の仕業なんだろうか。

「あの穴に寄って」

 ドラゴンに声をかけると、翼の角度を変えて一気に降下した。その降下している時、街の方から声が聞こえた気がする。ただでさえ地震で怖い思いをしているはずなのに、急にドラゴンが出てきたとなればさぞ恐ろしいだろう。申し訳ないな、と思いながらもその穴へ向かって降りていった。
 穴は地表から半円を描くように空いており、本当に洞窟のようだった。ただその高さが縦に二十メートルほどある。人工的に掘ることも考えにくい大きさだった。何がどうしたらこんなものが、と考えたのも束の間、穴の中から触腕のようなものがこちらに向かって伸びてきた。それはドラゴンの片足を絡め取り、地上に引っ張ろうとしている。突然の揺れに振り落とされそうになるが、ドラゴンは別の鉤爪でその触腕を切り裂き、またバランスを保った。
 するとどうだろう、地鳴りのような耳をつん裂く音が響き渡った。ドラゴンの首にしがみついている状態だから耳を塞ぐこともできず、その悪意に満ちた絶叫が頭の中で反響する。
 そして、吐き気がした。穴の中から何か大きなものが這いずって出てきたのだ。ワームのような不定形の体に、頭部と思われる箇所からさっき切り裂いたような触腕が大量に生えている。穴を住処としているように現れたその化け物はあまりにも不気味で、悍ましかった。あんなものが街の下にいただなんて!
 頭の整理が追いつかないうちに、また触腕が飛んできた。ドラゴンはそれを避け、炎を吐きつける。その度に化け物のつん裂く悲鳴が聞こえ、頭がおかしくなりそうだった。

「あいつをつかみ上げることはできる⁉︎」

 ドラゴンはさらに急降下した。そしてその化け物に手が届くところまでいくと、その両手両足の鉤爪を化け物の背中に食い込ませた。こうしてみると、ドラゴンの方が化け物よりやや小さい、それでもドラゴンは化物をしっかりとつかみ上げ、そのまま空へ登った。物語の通りなら、このまま指示をしなくても……そう考えた瞬間、ドラゴンは両手両足を広げた。化け物の体に食い込んでいた鉤爪がその体を引き裂き、異臭と黒い血と共に、四つに分割された。それを、穴に向かって放り捨てる。
 血は僕の体にも、もちろんドラゴンに体にも飛び散った。あまりの生臭さに顔をしかめていると、体が下に引っ張られた。見れば、引き裂かれたというのに化け物の触腕がこちらに一斉に伸びてきており、ドラゴンの足を首を、翼を絡め取りはじめたのだ。
 慌てて首から手を離し、背中に立ち上がるようにそっと離れる。しかしドラゴンも抵抗しようともがくので、ドラゴンの背の上で転びかける。加えて絡め取ろうとする触腕に捕まらないように、必死に避けた。
 でも、これは僕の書いた物語の通りだ。
 ドラゴンは強い力で地表に引っ張られる。僕は振り落とされないように翼の根元にしがみついて、そのまま一緒に引っ張られた。化け物は切り裂かれたうちの一つ、頭部が残っているそれだけで動いていたようだった。

「ッ——」

 触腕は絡めとったドラゴンを振り回し、崖壁に叩きつける。その時僕の手はドラゴンの翼から離れ、落下した。地表に引っ張られている最中の出来事だったので、地面に叩きつけられて死ぬことはなかった。が、痛む体をさすって体を起こすと、ドラゴンがこちらに降ってくるのが見えた。降ってくるのではない、触腕によって今度は地面に叩きつけられようとしている。僕の真上に。
 そしてドラゴンのその口が、赤い炎を纏っているのも見えた。
 ……よかった、僕の書いた物語、その通りになった。


 よかった。
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