15 / 15
第二章
3
しおりを挟む
お見舞いに来てくれたのだろうか?
眠りにつく前に願っていたのだけれど、本当にセオノアが側にいてくれるなんて。嬉しいと伝える為に口を開こうとして、だけどルエラは動きを止めた。
……セオノアの姿に違和感を感じて。
「ルエラ?」
何かを確かめるようにか細い声で恐々と、セオノアに再び名を呼ばれる。
「はい、セオノア様」
答えるとセオノアは大きく目を見開き、次にふと瞳を曇らせて首を左右にゆっくりと振った。
「ああ、僕はとうとう……」
諦めに満ちた苦しそうな声に、ルエラは首を傾げ、それから先ほどセオノアを見て感じた違和感の正体を探る。
ひとつは、暗く沈み、苦しみ抜いた後のような表情。
ひとつは、深く刻まれた眉間の皺。
ひとつは、輝きを失った金の瞳。
もしかして、軽い風邪でほんの少し眠っていただけのつもりだったけれど、しばらく寝込んでいたのかもしれない。
そしてセオノアはずっとそんなルエラを見守っていてくれたのかも……。
「随分とご心配おかけいたしました、セオノア様」
ルエラはそう言い手を伸ばした。セオノアの乱れた髪を指先で掬い上げ、頬にそっと触れる。
「私はどのくらい眠っておりましたか?」
その問いに、セオノアは目を閉じて少し考えているようだった。
「もう5年は経つかな」
「5年、ですか?」
ルエラは困惑の表情を浮かべた。主治医のセインは軽い風邪だと言っていたのに、誤診にしてもあまりに年月が経ち過ぎている。
でも、改めて良く見てみれば、確かにセオノアの顔立ちは見知ったものより大人びていた。
「……それで、私は一体どのような病で臥せっていたのでしょうか?」
5年も眠り続けるような病に思いあたる所がなく、ルエラは震える声で問う。セオノアは目を伏せ、言いづらそうに少し逡巡してから口を開いた。
「ルエラは覚えていないかな、その、君は僕を……」
セオノアはそう言うと、服の襟元を緩め、そのまま胸の辺りまでを露わにした。滑らかな肌には、赤い傷跡が残っていた。
それを見た瞬間に、記憶が蘇る。
自分自身の体温に近いセオノアの血が手首を、肘を伝い、絨毯に吸い込まれて行った事。
むせ返りそうな鉄錆の匂い。
『ごめんねルエラ』という、セオノアの甘い声。
「私が、殿下を……」
短剣でその胸を貫こうとした。力が足らず致命傷には至らなかったけれど、血を浴びた私は呪具のせいで命を……。
でもそれは、『前』の時の事で、『今』はもう起こらなかった出来事だったのに。どうして。
ルエラは頭が混乱し、両手で顔を覆う。セオノアの胸に咲く赤い疵が、目に焼き付いて苦しい。
呼吸が荒くなったルエラの頬を、セオノアが優しく撫でる。
眠りにつく前に願っていたのだけれど、本当にセオノアが側にいてくれるなんて。嬉しいと伝える為に口を開こうとして、だけどルエラは動きを止めた。
……セオノアの姿に違和感を感じて。
「ルエラ?」
何かを確かめるようにか細い声で恐々と、セオノアに再び名を呼ばれる。
「はい、セオノア様」
答えるとセオノアは大きく目を見開き、次にふと瞳を曇らせて首を左右にゆっくりと振った。
「ああ、僕はとうとう……」
諦めに満ちた苦しそうな声に、ルエラは首を傾げ、それから先ほどセオノアを見て感じた違和感の正体を探る。
ひとつは、暗く沈み、苦しみ抜いた後のような表情。
ひとつは、深く刻まれた眉間の皺。
ひとつは、輝きを失った金の瞳。
もしかして、軽い風邪でほんの少し眠っていただけのつもりだったけれど、しばらく寝込んでいたのかもしれない。
そしてセオノアはずっとそんなルエラを見守っていてくれたのかも……。
「随分とご心配おかけいたしました、セオノア様」
ルエラはそう言い手を伸ばした。セオノアの乱れた髪を指先で掬い上げ、頬にそっと触れる。
「私はどのくらい眠っておりましたか?」
その問いに、セオノアは目を閉じて少し考えているようだった。
「もう5年は経つかな」
「5年、ですか?」
ルエラは困惑の表情を浮かべた。主治医のセインは軽い風邪だと言っていたのに、誤診にしてもあまりに年月が経ち過ぎている。
でも、改めて良く見てみれば、確かにセオノアの顔立ちは見知ったものより大人びていた。
「……それで、私は一体どのような病で臥せっていたのでしょうか?」
5年も眠り続けるような病に思いあたる所がなく、ルエラは震える声で問う。セオノアは目を伏せ、言いづらそうに少し逡巡してから口を開いた。
「ルエラは覚えていないかな、その、君は僕を……」
セオノアはそう言うと、服の襟元を緩め、そのまま胸の辺りまでを露わにした。滑らかな肌には、赤い傷跡が残っていた。
それを見た瞬間に、記憶が蘇る。
自分自身の体温に近いセオノアの血が手首を、肘を伝い、絨毯に吸い込まれて行った事。
むせ返りそうな鉄錆の匂い。
『ごめんねルエラ』という、セオノアの甘い声。
「私が、殿下を……」
短剣でその胸を貫こうとした。力が足らず致命傷には至らなかったけれど、血を浴びた私は呪具のせいで命を……。
でもそれは、『前』の時の事で、『今』はもう起こらなかった出来事だったのに。どうして。
ルエラは頭が混乱し、両手で顔を覆う。セオノアの胸に咲く赤い疵が、目に焼き付いて苦しい。
呼吸が荒くなったルエラの頬を、セオノアが優しく撫でる。
0
お気に入りに追加
115
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説


【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。



私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる