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第一章
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「婚約の破棄を陛下に認めてもらう為に隣国との間に勃発しかけていた争いを収束させた。その功績が大きすぎたんだ。だから兄を王座に座らせるにはもう僕を殺すしかないと思ったんだろうね。そして呪いを抱えた君を利用した」
思い出した。確かにあの日、ルエラは誓約の指輪を王家へ返却するよう求められ、城へ赴いた。
正直、城に足を踏み入れたくはなかった。婚約破棄を突きつけられた哀れな令嬢とあちこちで囁かれるのがわかっていたから。
でも指輪は『誓約の魔法』の力で自ら外すことは出来ないと聞いていたので、仕方なく沈んだ気持ちで神官の訪れを待っていた。
そこに王妃と神官がやって来た。
とうとうこれで本当に婚約者としての証もなくなってしまう。
落ち込むルエラに、慰める様に王妃が声をかけてくれて。
『婚約者として、最後にもう一度セオノアに会わせてあげる』
そう言って、王妃は自らルエラを執務室まで導いてくれた。人払いをしていたのか、衛兵に出会うことはなかった。
そうでなければ、ルエラが執務室に入り込むなんて事が出来るはずがなかったのだ。
ルエラはどこかフワフワとした心地で王妃の後ろをついて行って、短剣を手渡され『気持ちを受け取ってもらうといいわ』と囁かれて……。
「その神官は偽物だったんだろうね、多分、王妃が裏で使っている魔法使いの一人だろう。ルエラの意識を操るために連れてきたんだと思う。王妃が望んだのは『婚約を破棄された令嬢に王子が殺された』という分かりやすい悲劇。指輪をしたままの君が僕を傷つければ、君も無事では済まないから計画が漏れる事もない」
どおりであの部屋を出た記憶がなかったはずだ。
「あの時、セオノア様の血を浴びた私の命は尽きたのですね」
愚かな刃は自分自身に返ってきていたのだ。
「そう。だけど僕は死ねなかった。ルエラの細腕では心臓に到達するほどの力はなかったから……守れなくてごめんね、本当にごめん」
声と共に、セオノアの腕がそっとルエラを包んだ。
「謝らないでください、私にあなたを恨む気持ちがなければ利用される事もなかったんです」
そこからは互いに自分が悪いのだと譲らず話が進まない。
ルエラはそれを断ち切る為にも、一番気になっていた事を聞いてみた。
「それで、何故こうして時が戻っているのでしょうか?」
セオノアはその問いを受けて、すうっと表情を失い、冬王子と呼ばれるにふさわしい冷たい顔になる。
「君がもういない事が納得できなくて。悔いて、ただただ悔いて。だから僕は怪我を理由に王位継承権を放棄して表舞台から降り、時の流れを捻じ曲げ戻る事ができる魔法を求めて研究を始めた。……そしてなんとか成功した。と言っても、偶発的な要素の組み合わせだから再現はできないし、したくもないよ。今回は幸い君の記憶が残っているけどそれは本当に奇跡でしかないから」
ルエラはセオノアの冴え冴えと冷えた瞳の奥に揺れる苦しみを、じっと見つめた。
「君は記憶がない方が良かったのかもしれないけど、ね」
ルエラは黙って首を振った。セオノアに冷たくあしらわれていた辛さ、嫉妬で胸が灼かれる苦しさ、彼を手にかけた虚しさ、それは忘れたい記憶に違いない。
でもそれが無かったらきっとセオノアの愛情の深さをどこか納得できず、いつか関係が行き詰まっていた気がする。
「セオノア様と分かち合えるなら、どんな記憶でもいいのです」
そう言い微笑んで見上げると、セオノアは顔を覆って小さく呻いた。
「そんな風に煽らないで」
「煽ってなんか……」
「そう、じゃあしっかり自覚してもらわないとね」
そう言うとセオノアが妖しく微笑む。虚をつかれ動きを止めたルエラの横に跪くと、彼は恭しくルエラの手を掬い上げ指先に口付けた。
「君の目が、僕をどれだけ掻き乱すのか」
そのまま手のひらに、手首に、とルエラの全てを余す所なく知りたいというような口付けが続く。
「今度は必ず君を守る。もうルエラは誰にも傷つけさせないよ」
口付けの合間に吐息と共に零れた声。
その言葉が、気持ちが嬉しくて、ルエラは全てを委ね静かに目を閉じた。
思い出した。確かにあの日、ルエラは誓約の指輪を王家へ返却するよう求められ、城へ赴いた。
正直、城に足を踏み入れたくはなかった。婚約破棄を突きつけられた哀れな令嬢とあちこちで囁かれるのがわかっていたから。
でも指輪は『誓約の魔法』の力で自ら外すことは出来ないと聞いていたので、仕方なく沈んだ気持ちで神官の訪れを待っていた。
そこに王妃と神官がやって来た。
とうとうこれで本当に婚約者としての証もなくなってしまう。
落ち込むルエラに、慰める様に王妃が声をかけてくれて。
『婚約者として、最後にもう一度セオノアに会わせてあげる』
そう言って、王妃は自らルエラを執務室まで導いてくれた。人払いをしていたのか、衛兵に出会うことはなかった。
そうでなければ、ルエラが執務室に入り込むなんて事が出来るはずがなかったのだ。
ルエラはどこかフワフワとした心地で王妃の後ろをついて行って、短剣を手渡され『気持ちを受け取ってもらうといいわ』と囁かれて……。
「その神官は偽物だったんだろうね、多分、王妃が裏で使っている魔法使いの一人だろう。ルエラの意識を操るために連れてきたんだと思う。王妃が望んだのは『婚約を破棄された令嬢に王子が殺された』という分かりやすい悲劇。指輪をしたままの君が僕を傷つければ、君も無事では済まないから計画が漏れる事もない」
どおりであの部屋を出た記憶がなかったはずだ。
「あの時、セオノア様の血を浴びた私の命は尽きたのですね」
愚かな刃は自分自身に返ってきていたのだ。
「そう。だけど僕は死ねなかった。ルエラの細腕では心臓に到達するほどの力はなかったから……守れなくてごめんね、本当にごめん」
声と共に、セオノアの腕がそっとルエラを包んだ。
「謝らないでください、私にあなたを恨む気持ちがなければ利用される事もなかったんです」
そこからは互いに自分が悪いのだと譲らず話が進まない。
ルエラはそれを断ち切る為にも、一番気になっていた事を聞いてみた。
「それで、何故こうして時が戻っているのでしょうか?」
セオノアはその問いを受けて、すうっと表情を失い、冬王子と呼ばれるにふさわしい冷たい顔になる。
「君がもういない事が納得できなくて。悔いて、ただただ悔いて。だから僕は怪我を理由に王位継承権を放棄して表舞台から降り、時の流れを捻じ曲げ戻る事ができる魔法を求めて研究を始めた。……そしてなんとか成功した。と言っても、偶発的な要素の組み合わせだから再現はできないし、したくもないよ。今回は幸い君の記憶が残っているけどそれは本当に奇跡でしかないから」
ルエラはセオノアの冴え冴えと冷えた瞳の奥に揺れる苦しみを、じっと見つめた。
「君は記憶がない方が良かったのかもしれないけど、ね」
ルエラは黙って首を振った。セオノアに冷たくあしらわれていた辛さ、嫉妬で胸が灼かれる苦しさ、彼を手にかけた虚しさ、それは忘れたい記憶に違いない。
でもそれが無かったらきっとセオノアの愛情の深さをどこか納得できず、いつか関係が行き詰まっていた気がする。
「セオノア様と分かち合えるなら、どんな記憶でもいいのです」
そう言い微笑んで見上げると、セオノアは顔を覆って小さく呻いた。
「そんな風に煽らないで」
「煽ってなんか……」
「そう、じゃあしっかり自覚してもらわないとね」
そう言うとセオノアが妖しく微笑む。虚をつかれ動きを止めたルエラの横に跪くと、彼は恭しくルエラの手を掬い上げ指先に口付けた。
「君の目が、僕をどれだけ掻き乱すのか」
そのまま手のひらに、手首に、とルエラの全てを余す所なく知りたいというような口付けが続く。
「今度は必ず君を守る。もうルエラは誰にも傷つけさせないよ」
口付けの合間に吐息と共に零れた声。
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