二度目の令嬢は、甘い檻に囚われる

セトカ

文字の大きさ
上 下
3 / 15
第一章

3

しおりを挟む
 セオノアは、何が起こっているのかを理解できず呆然としているルエラをさっと抱き上げると、腰に下げていた杖を手にして空中に輪を描いた。
 すると、ゆらゆらと淡い金色の陽炎のようなものが現れる。
「ルエラはもう何にも考えなくていいんだよ」
 優しく微笑むセオノア。一度も見たことのないような柔らかな表情に、安心するどころか得体の知れない恐怖が背中を這い上がってくる。

「突然何をなさるんですか、離して、離してください」
 必死に声を上げ手を振り回すが、まるでセオノアは動じない。それどころか嬉しそうに目を細める。
「暴れる姿も可愛いね」
 まるで愛玩動物へ向けるような余裕のある言葉。

 それからまだバタバタと抵抗するルエラを連れて、彼は陽炎の中へと足を踏み入れた。思わずぎゅっと目を瞑る。
 少しひんやりとした空気が全身を包む。

「着いたよ、ルエラの部屋だ」
 セオノアの声に恐る恐る目を開くと、確かにそこには見慣れたルエラ自身の部屋があった。家具の種類も配置も同じ。壁紙も、カーテンも。

 なのに違和感がある。

 カーテンはぴたりと閉まっており外は見えない。

「ここは……?」
「だから、ルエラの部屋だよ」
「私の部屋だというのなら、外を見せてくださいませ。庭園が見えるはずです」
 まだ抱えられたままのルエラの言葉に、セオノアは笑顔のまま首を振る。

「駄目だよ、ここはこれから君が暮らす『君の部屋』だ。外なんて無いんだから」

 その言葉にゾッとした。
「外が無い、とおっしゃいましたか?」
「言ったよ、この部屋に外はない。僕の空間魔法で何処からも切り離された世界の果てだ。出入りできるのは僕だけ、僕が許可しない限り君はここから出られない」
 ふふっと笑って、セオノアは踊るようにルエラを抱えたままくるりと回った。
「ずっとその顔が見たかった、作り物の綺麗な笑顔じゃない、君の本当の顔が。あの時みたいに僕の事だけを見て僕の事だけを考えている君の顔が」
 セオノアの顔が近づいて額に頬に口付ける。抵抗する事もできずルエラは静かに目を閉じた。
 あの時、というのがいつを指しているのかルエラには分かった。セオノアの命を奪った時の事だろう。

 彼も覚えている……。

 それなら他の人の中ではまだ起こっていない出来事でも、セオノアとルエラの間では実際にあった事。彼が私を許せないと言うのなら従うしかなかった。

「ここが私の牢獄なのですね。貴方を殺した私をこのような形で罰すると」
「僕にそんな資格は無いよ」
 自嘲の笑みを浮かべてセオノアが言う。ルエラは彼の言葉の意味がわからず戸惑うばかり。

 ふわっと体が浮き上がるような感覚がして、次の瞬間柔らかな何かの上に体が横たえられた。驚いて目を開ける。
 視界いっぱいにセオノアの青みを帯びた金の瞳。

「ーー!」
 悲鳴ごとセオノアの唇越しに奪い取られる。気がつけば寝台の上に組み敷かれていた。
 隙間なく唇が触れ合う。
 なんとか両手でセオノアの胸を押し返そうと力を込めるも、まったく彼の動きの妨げにならない。それどころか、息苦しくて口を開けた隙にするりと柔らかな舌に滑り込まれる。

 暫く良いままに口腔内をセオノアの舌が這う。ルエラは苦しいのか、そうでないのかも分からなくて、頭の中が溶けてしまいそうで、ただ怖くて。

「ごめん、歯止めがきかない」
 唇が離れ、セオノアの声が降る。冬王子と呼ばれているのが嘘のように熱を帯びた瞳と声。
 彼を慕うご令嬢方が見たらきっと目を疑うだろう、そしてそのまま目が離せなくなるに違いない。
 だってルエラ自身がそうなのだから。

「ちょっと頭を冷やすよ。このままだと、酷い事をしてしまいそうだ」
 ぼうっと見上げているルエラの前で彼はそう言うと体を離そうとした。なんだかそれが悲しいと感じてルエラは手をのばす。
「行かないでください」
 言葉がほろりと零れ落ちた。セオノアは動きを止め首を傾げる。

「今引き止めたらどうなるか、分かって言ってるの?」
 ルエラは静かに首を振る。
「わかりません。でも、今離れたらもう殿下が戻ってこない気がして」
 その言葉にセオノアが何度も目を瞬く。驚いているようだった。

 それから長いため息をついた。

「ちゃんと君の気持ちが追いつくまで待ってからのつもりだったのに。後悔しても、もう遅いからね」
 セオノアは余裕を無くした表情でそう言うと、ルエラの顔の横に肘をついて、彼女を逃すまいとするように覆いかぶさった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

処理中です...