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第3章 ひとつ屋根の…下?
第34話 閑話 決戦!佐久間修同棲計画!
しおりを挟む埼玉県警河越八幡待機宿舎…。通称、女子寮。
河越八幡警察署から程近い位置にある50メートル四方の敷地内に建つ警察寮である。居住棟は西暦2000年完成の4階建てのマンションのような外観、飾り気は無くややもすると昭和の香り漂う建物…。
居住棟は一階あたり8部屋、4階層ある訳なので全部で64部屋ある。敷地には居住棟以外に小学校の体育館程の大きさの建物がある。ここには一階に食堂があり、地下には大浴場と風呂上りにはおしゃべりが出来るような談話スペースもある。
県警宿舎は主に独身者向けのものであるが、そこは男性消失後の女性しかいない社会である。人工授精を経て出産した署員もいてその子供は母親の勤務中には施設内で面倒をみてくれている。警察の福利厚生として、また国を挙げての子育て支援として重要な意味を持っていた。
敷地内には他に駐車場と駐輪場もある。日は完全に沈み、食堂からは美味しそうな夕食の匂いが漂う中、鬼気迫る表情をした婦警の一団が…。
「四十七人、全員集まったな!!」
美晴が気勢を上げる。周りもそれに負けてはいない、気合いのこもった声で応じた。
「時は来たッ!夜勤の為にここに来れない同志の為にも万に一つの失敗も許されん!シュウとの一つ屋根の下での生活、必ずや成し遂げようではないか!」
その声に再び上がる鬨の声。
「では今一度作戦内容を確認する!尚子ッ!!」
すっ……。
黙っていれば美人、長い黒髪の大和撫子といった雰囲気の武田尚子が口を開いた。残念美人の始まりである。
「皆さん、お疲れ様ですわ。早速ですが…コホン。今回の目的はご存知の通り、佐久間修さんの居住スペースの確保…この一言に尽きますわ。しかし、我々にはご存知の通り大きな壁が立ちはだかりますわ。こと生活指導においては署長クラスでも口出し出来ない怪物が…」
ざわ…。『怪物』という言葉に小さなどよめきが婦警達の中に起こる。本能的な恐怖、そんな空気が漂う。
「しかし…、だ。今こそオレ達はそれを乗り越えなきゃならねぇんじゃねーか?イカした独身寮ライフ…、シュウと暮らす未来の為によォ!」
「「「ッ!?」」」
美晴の言葉に婦警達が食いつく。
「救われねーンだよなぁ…、オレ達。なぁ、思わねーか?署内じゃなかなか思い切った行動に出れねーってよォ。もうちょっと…してえよなあ?シュウとの交流…あわよくばお肌の触れ合い…、スキンシップってヤツをよォ!」
美晴の熱弁に婦警達の体にグッと力が入る。
「わ、わたし…、やるぅ!」
美晴の声に一人の婦警が声を上げた。新人の…、まだ舌っ足らずな口調が特徴の署内では全署員達の妹というようなポジションの娘だった。
「物心ついた頃にはもう周りに男の人いなくてぇ…、それからもずっとぉ…。だ、だから私ぃ…、男の子に…!佐久間君に触ってみたい!」
いつもは引っ込み思案な彼女のしっかりとした自己主張…、それを耳にして周りの婦警達も立ち上がる。口々に修にやってみたい事、されたい事、半ば妄想のようなものまで絡ませ欲望の限りを語る。私利私欲極まりないものであったが前向きな言葉で言えば夢とも言えた。
「さあ、覚悟は出来まして?皆さんの熱い思いも修さんを迎える事が出来なければ夢のまた夢!それに一緒に暮らせればそれ以外にも何かが起こるかも知れませんわ!偶然にも大浴場でバッタリ出会ってしまったり、薄着の時を偶然をよそおいつつ見てしまったり、間違えて修さんの部屋に忍び込む…いえっ、入ってしまう事も夢ではないかも知れませんわ!!」
おおっ!!尚子のとんでもない発言に婦警達が湧いた。どこかおかしくなってしまっているのか、誰もツッコミを入れない。むしろ『その手があったか!?」、「さすが尚子」と盛り上がる。
「へへっ、盛り上がって来たぜ。それでよう、オレいい事を思いついちまった!お前ら、今回の作戦名を『佐久間修同棲計画』って事にしねーか?」
「「「ど、同棲ッ!?」」」
美晴は焦らすようにわざとゆっくりとした口調で言う。
「良い響きだろ…、同棲って。そうだよなあ、今まで男に一度も触れた…いや接した事さえねー奴も多いもんなあ」
美晴の言葉に思わず顔を見合わせる婦警もいる。
「ほとんどそーだよなあ?だからよォ…、一つ屋根の下に住めたら手をつないだりした事もないオレ達でも一気に同棲だ!なんたって同じ建物の中なんだから…」
「そこから先は…各自の努力とイきますわよ!」
「「「うおおおっ!」」」
女性達による雄々しい雄叫びが上がった。目指すは独身寮の『怪物』、その人である。
□
「あんた達、遅かったねえ。早く食べちまっておくれ、片付きゃしないよ!!」
美晴達が食堂に入ると調理場から威勢の良い声がした。
「ヤバい、吉良さん軽くキレてる」
食堂に行った美晴達であったが先ほどまでの勢いが軽く削がれている。お目当ての人物だった。
寮母の吉良さん。おそらく美晴達が食堂に来るのが遅くなり、それだけ食器類の片付けの時間が後ろ倒しになる事を嫌がったのだろう。
年齢は中年を過ぎ…いわゆる中高年と言ったあたりか。背が低く小太り。しかし、こう見えて私服になると可愛らしい物を身に着けていたりする。その姿を見てロリータおばちゃんと呼ぶ者もいる。
「そういや今日は寮母ちゃん、見たいテレビがある日だっけ?」
寮母さんの機嫌が悪い…、美晴達の恐れていた事であった。『佐久間修同棲計画』、その最大の障害となりうる存在である寮母の吉良さん。彼女が首を縦に振らなければ人事異動を伴う入寮以外は人を入れる事が出来なかった。寮母にはなぜかそんな権限がある、奇妙なルールがあった。
「と、とりあえずみんな、サクッと食っちまおうぜ!」
「そ、そうだねっ!」
美晴達は急いで食事をする事にした。さらに機嫌が悪くなって明日の朝の食事を作ってもらえなかったら…、実際にはそんな事はないのだが…まことしやかに言われ署員達に伝わっている。
これ以上の機嫌の悪化は色々マズい、オレ達の明日以降の食事の為にも。そして何よりシュウの入寮の為にも。
そして全員急いで夕食を食べ終える。急いで食器返却をすると彼女の機嫌は上向いていた。
「いつもより早く店じまいが出来そう」
寮母である吉良女史は美晴達が普段より遅く食堂に入ってきた時のようなやさぐれた口調ではなく、いつの間にか優しい口調に戻っていた。
「これなら…いけるかも知れねー」
美晴は今が勝負時だと感じ仕掛ける事にした。
□
「ダメだよ!人事異動でもないし、そもそも警察関係者じゃないんだろ!手間が増えちまう、お断りさね!!」
「ま、まあ、待ってくれよ!話を全部聞いてからでも良いだろ、寮母ちゃん…」
「お、お、お、おばちゃんだってえ!!?聞き捨てならないねえ!あたしゃ、ついこないだ四十歳を過ぎたばっかなんだよォ!」
「ええええ!?私、五十は超えているものだとばかり…」
「ケンカ売ってんのかいッ!?」
口は禍の元とはよく言ったものだ、雰囲気はますます悪くなっていく。最早、関係の修復は無理ではないだろうか。
「コレ…、詰んだ…」
誰もが天然男子、佐久間修の入寮は無理だと思った。男と同棲、諦められぬ女の夢であった。だがそれを諦めざるを得ない。
そんな時…、ガラガラガラ…と音を立て食堂入り口のガラスの引き戸が開いた。
「あっ、みなさん」
そこに現れたのは彼女達が一番会いたい、今回の件の原因になった人物。
「シュっ、シュウ!!」
「佐久間君~ッ!!」
魅惑の天然男子『佐久間修』、その人であった。
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