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第1章 世界の半分をやろう

第9話 4人の女性刑事さん

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「ちょうど昼飯時だからね。メシでも食いながらそこで自己紹介といこうか」

 そう言ったのは尚子さんと美晴さんに代わって新たに僕の護衛任務に就いた4人のメンバーの最年長である浦安吉乃うらやすきつのさん、署長さんから『やっさん』と呼ばれていた。

 その浦安さんの発案により僕達は医療センター内にある食堂に向かった。僕がメディカルチェックの為に入院している埼玉県中部医療センターはこの辺りでは最大規模の医療機関だ。当然働いている人も多い、そうなると食堂も比例して大きくなる訳で学校にある体育館くらいの広さがあった。

 いつも僕は三食とも病室で食べていたのでこんな風に食堂で食べるのは初めてだ。しかしこうして辺りを見てみると確かに女性しかいない。厨房にいるのも女性、食べに来る人もみんな女性だ。

 日替わりB定食の食券を買い、商品受け渡し口に行くと応対している食堂のおばちゃんが驚いたような顔をした。だが、
すぐに人懐っこい笑みを浮かべると元気な声で僕に話しかけてきた。

「おやまあ!男の子が来るなんて!B定食だね、すぐ用意するよ!!」

 そう言ってご飯と味噌汁の盛り付けを始めた。

「そうだ、若いんだし大盛りにしといた方が良いんじゃないのかい?大盛り分はタダにしとくから是非そうしなよ」

 そんな風に気さくに声をかけてくる。おばちゃんが元気でコミュ力もあるのはいつの時代も同じようだ。

「あ、はい。じゃあお願いしても良いですか?」

「あいよ!日替わりB、大盛り入ったよー。せっかく男の子が来てくれたんだ、一番美味しいところを持っておいで!」

 そう言っておばちゃんは大きな声を上げた。返事の声が上がり、厨房の視線が一斉にこちらを向く。

「お、男の子だ…」

 ざわっ!

 何やら厨房が騒がしい、特に若いスタッフさんほど…。

「あはは、ごめんねえ。だけどさ、気にしなくて良いよ。ほら、ウチの若い子は今まで男の子なんてロクに見た事ないから舞い上がってるんだよ。アタシが若い頃は世の中半分は男だったのにねえ…。それじゃ受け取り口で待っていておくれ」

 おばちゃんがそう言うので僕は受け取り口にいく。頼んだ日替わりB定食は唐揚げとキャベツの千切りがメインのおかずになったものとご飯と味噌汁のセット。

 護衛の刑事さん達も一緒に並んでいた。山菜そば、天ぷらうどん、サンドイッチが二つ…。4人の刑事さんがそれぞれが頼んだ物が出来上がってくる。

「よし、我々は先に席を確保しておくよ」

 浦安さんが食堂の片隅にあるとあるテーブルを指し示しながら言った。

「タガ、お前の分はアタシが持ってくからガードを続けてくれ」

 明るめの紺色のジャケットを着こなした二十代後半くらいの刑事さん…、大信田おおしだ勇子さんが上下黒のスーツでシブく揃えた刑事さんに言い残してテーブルに向かった。その声に黒いスーツの女性は片手を上げて応じた。こちらの黒スーツの女性刑事さんは多賀山敏子たがやまとしこさん。こちらの二人、多賀山さんと大信田さんも普段はコンビを組んでいるらしい。互いをタガ、そしてユーコと呼び合っている。

「お待ちどう様です!」

 ちょうどその時声がかかった。振り返ると驚きの光景、なんと厨房のスタッフの方が持って来たのはどう見ても大盛りというよりはデカ盛りといった感じの量だった。

「あ…、ありがとうございます」

 僕はお礼を言って定食を受け取ると浦安さん達が確保してくれているテーブルに若干ヨタヨタしながら歩いていく。手に持ったトレーにはとんでもない量を盛られた唐揚げとご飯が目立つ定食メニューがあったからだ。それを見て浦安さんと同年代と思しき若干パーマをかけた感じの短い髪が特徴的な刑事さんが目を丸くした。

「あらやだ!流石に男の子、食べる量もやっぱりすごいわね!」

 この『ザ・おばちゃん』といった話し方をするのは崎田さきたハル子さん。普段は浦安さんとコンビを組んでいるという。

「い、いえ。食券を渡す時に大盛にしなよと勧めていただいて…。でも、まさかここまで大盛…いやデカ盛りとは思っていなくて…。最近の大盛ってこんな感じなんですか?」

「いや…」

 黒の上下を着た長身の女性刑事さん…多賀山さんが僕の右側に座りながら口を開いた。そして格好だけでなく、これまたシブく低い声で話しかけてくる。

「君が男だからだろうな」

「えっ?」

「ウチの署を見てもらえば分かると思うが、女しかいなかったろう?男に出会えてる機会なんてほとんど皆無さ。だからアイツらも何かと男の事となるとリキが入る」

「タガの言う通りさ、しかも『天然』の男だろ。そりゃ女が目の色を変えるのも不思議じゃない」

 多賀山さんの言葉を受けるような感じで僕の左側に座る大信田さんが話しかけてくる。シブい声の多賀山さんとは異なりやや声は高めだ。多賀山さんと比べれば背が少し低いが、それでも女性の平均身長よりは高そうだ。鮮やかな明るめの紺色のジャケットがよく似合う。

「その『天然』というのは、そんなに凄い事なんですか?」

「ああ、凄い事だよ」

 僕の向かい側左に座る浦安さんが口を開いた。その隣…、僕から見て正面右に座る田崎さんもその言葉に頷いている。

「実は君をここに呼んだのは、そのへんについても感じてもらう為でね。食べながら話そうか」

 浦安さんはそう言いながら、まずは昼食が温かいうちに手をつけようと言う事になった。



「改めて…、多賀山敏子たがやまとしこ、ダンディー多賀山と呼んでくれ。ちなみに発砲件数なら県内一位だ」

大信田勇子おおしだゆうこ。人呼んでセクシー大信田だ。そうだ、連絡用にライ○交換しとこうぜ」

 四人の刑事さん達とは名前程度の挨拶はしていたが、改めて自己紹介という感じで食事をしていた。

浦安吉乃うらやすきつの、これでも二人の子持ちだよ。二人とも娘でね、いつも手を焼かされているよ」

崎田晴子さきたはるこよ。あらやだ、この天ぷらうどん美味しいわね!」

 多賀山さん大信田さん、浦安さん崎田さんがそれぞれコンビ…バディと言うものだろうか普段から共に行動しているらしい。事件が起こった際には多賀山さん達は車両を使った機動捜査、浦安さん達は昔ながらの足を使っての捜査をしているらしい。

 それにしても、日替わり定食の唐揚げが減らない。頑張って食べているがそもそも量が量だ、唐揚げの山がいまだにそびえ立っている。

「これはお持ち帰りかなあ…」

 悪戦苦闘している僕を見て崎田さんが『ちょっともらって良い?」と唐揚げをいくつか引き受けてくれた。

晴子はるちゃん、天ぷらうどんにさらに唐揚げをプラスとは…」

「良いんですよ浦安さん。揚げ物は別腹なんですから」

「え?甘い物じゃないんですか?」

 浦安さんと崎田さんのやりとりを聞いて僕は自分の知っている一般的な認識を聞いてみた。

「それは昔の話だよ。今の世の中、そんな男がいた頃みたいな考えしてる女はほとんどいないよ。一個、もらって良いかい?」

「あ、アタシもー!今は男いないからねー、色気より食い気!」

 多賀山さんと大信田さんも唐揚げを引き受けてくれた。唐揚げをひょいと掴んでサンドイッチに挟み込む、いびつな形のサンドイッチの完成だ。しかし、二人ともそれを器用に持って食べている。

浦安やっらさんは?」

 唐揚げ食べないの?とばかりに大信田さんが尋ねた。

「いや、健康診断の結果が気になってね。中性脂肪とか悪玉コレステロールとか…」

 浦安さんはそう言って唐揚げを遠慮した。だけど三人のおかけで唐揚げがだいぶ減った。これなら食べ切れるかな…、うーん食べ切りたい。

「佐久間君、凄いサービスだろう?」

「あ、はい。ビックリしました。大盛りの食券も買ってないのにタダで良いって…」

 浦安さんの問いかけに僕は応じる。

「先程少し言いかけた事だがこれから先、君はこうした生活を毎日送っていく事になる」

「えっ」

 浦安さんの真面目な声に僕の箸がピタリと止まった。

「そうだな…。佐久間君、あまり顔を上げないようにして…そう。決して視線を合わせないように…。注意しながら食堂全体を見てごらん。きっと誰もが君を見ている筈だ」

 言われた通りにして視線を巡らせると昼食を摂っている看護師さんや病院スタッフの皆さんの視線がほとんど僕たちのテーブルに向けられている。特に若い人ほど僕を凝視、まさにガン見していた。

 僕はすぐに視線を浦安さんに移した。

「は、はい。み、皆さんこちらを見ています」

「君はこれならこういった視線を受けながら生きていく。女性達からすれば君はぞかし愛おしくまぶしい存在か…。それが憧れや恋心、愛情や善意であればこんなに素晴らしい事はないね」

 憧れや恋心、愛情に善意…。確かに、もし自分を見てくれる女の子がそんな気持ちでいてくれたらどんなに嬉しいだろうか。

「だが…」

 浦安さんが声を低めた。

「それが欲望や悪意に満ちたものになる事もある」

「えっ?」

「そして最悪の場合、君が被害者になる事も…」

 眼光鋭く浦安さんが呟いた。


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