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第5章 カグヤさんはお怒りです

第61話 カグヤさんはお怒りです(ざまあ回)

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 バンズゥ達との夕食も終わり、裏庭に取り出したドームハウス。その中に俺はいた、もちろん仲間達も。

 完治まであと少し、だいぶ動けるようになってきたとはいえロゼが身の回りの事を不便なく行える訳ではないのでミニャに付き添ってもらい入浴をしている。

 これから俺はバンズゥ宅の裏庭に間借りして商売を始める訳だけど具体的に何をしていくかは決まっていない。

「どうやって稼いでいくか…」

 それを考えていかなくてはならない。創造のスキル…、俺にはそれがあるからそれを使っていくのが良いんだろうけど…。

「とりあえず手っ取り早いからルーヤー川で大量に手に入れた鮭…じゃなかったサモンか、それを使って料理をして売るのはどうだろうか。幸いここは獣人街、それも猫獣人族が多く暮らす地域だ。魚を使った料理は人気が出るんじゃなかろうか」

 俺は思いついた事を口にして次の瞬間ハッとした。独り言をしてしまった、聞かれていたら恥ずかしい。というよりミニャとロゼは入浴中だがカグヤはここにいる訳だし…。そう思って一緒にいるカグヤの方を向いたのだが…。

「あれ…、カグヤ?」

 部屋にいたはずのカグヤの姿がない。

「どこ行ったんだろ…?いや、精霊って召喚とかしなければ普段は姿が見えないモンなのかな?」

 俺はいまだよく分からない精霊の生態に首を傾げていた。

……………。

………。

…。

 ザアザアと本降りの雨が降りしきる中、商業都市エスペラント、獣人街に二人の男がいた。物陰に身を潜め辺りの様子をしきりに窺っている。数時間前、加代田敏夫に襲いかかるもあえなく返り討ちに遭ったピラチンとサンシターである。

「クソッ、奴に切られた腕の傷が雨にしみるぜ…」

「ああ、絶対ゼッテー仕返ししてやんなきゃ気が済まねえ!!」

 怒りに燃えた二人の視線の先には猫獣人族の顔役、バンズゥの家が見える。冒険者ギルド内でやられた事を根に持ち、復讐してやろうとやってきたのである。

「奴は晩飯を振る舞うって言ってたからな、きっと中にいるはずた!」

「クソ冷てえが雨音で忍び込む時の足音も紛れるってモンだ!野郎ッ、目にもの見せてやる!!」

 切られた腕の傷、そのせいで満足に武器を握れないはずの二人であったがその手には抜き身の刃物があった。手の平の上に武器の柄を置き包帯のような布で無理矢理グルグル巻きにしているのである。何があっても決して武器を手放さないようにする二人なりの工夫であり、傷が治るまで襲撃するのを待ってられない…今すぐ復讐するんだという意気込みの表れでもあった。

「行くか!!」

「おうっ!!ブッ殺してやる!」

 そう言ってピラチンとサンシターが物陰から出ようとした時の事だった。

「誰を…?」

 誰もいないはずの…二人の真後ろから声がした。その声に二人の男はビクリと体を震わせた後におそるおそる後ろを振り向いた。

 ふわり…、ふわり…。

 雨が降っている事もあり真っ暗なはずの場所で一人の少女が浮遊しているのがハッキリと分かった。ピラチンとサンシターのすぐ真後ろ、ひそひそ声で話しても聞こえるような…そんな近さである。

「テ、テメェ…いつから…?」

 驚きか、あるいは雨に長い時間当たっていたせいで体が冷え切っているせいかピラチンが震えながら言った。

「誰を…殺すの…?」

 カグヤが重ねて問うた、抑揚というものを…また表情というものが全く無い話しぶりである。

「だ、だ、誰をだぁ…?決まってンじゃねえか!!俺達の腕をこんなにしやがったあの男だ!死ねや、クソガキィィ!!」

 そう言うとサンシターはは手に持ったナイフでカグヤの胴を突いた。一切の容赦も躊躇いもない一撃、子供であっても見られたからには殺す…そんな一撃であった。だがナイフで貫かれた少女は悲鳴や苦痛の声を上げる事なく相変わらず抑揚のない呟きを洩らした。

「許さない…」

「な、なんだ!?こいつッ!?」

 確かに与えたはずの致命の一撃、それなのに少女は平然としている。それどころかスッとサンシターに向けて手を伸ばした。しかし成人した男と少女である、その腕の長さには当然ながら差がある。

「へっ!?何するつもりだ?」

 カグヤがどうしようとどうせ何も出来ない、腕の長さが違うのだから。殴ろうにも自分の顔にも胴体からだにもその手が届く訳がない…サンシターはそう考えていた。

 だが、それは大間違い。ギルドの中で仲間のザコネルが床に生じた影の中に沈められたのを忘れている。その仲間もいまだに影の中に沈んだままだ、助けようにもその方法はまだ分からない。回復魔法ヒールか?解呪リムーブカースか?今もギルドでは手探りでザコネル救助の手立てを探している。

 そんな謎の能力をもってザコネルをあしらった少女の実力の事をサンシターはこの時すっかり忘れていた。

「短いから届く訳ねえ、しかもそんな細っこい腕で何が出来るってんだッ!!…あ、あがァッ!?」

 サンシターの顔が驚愕と恐怖に染まった。なんと向けられた少女の手が自らの二の腕にずぶずぶと入り込んでいくではないか。

「な、な、なんだ!?コ、コイツの手ッ!?お、俺の腕の中に入り込んで…。ヒ、ヒイイイィィッ!!!う、腕の…お、俺の腕の中を触っていやがるうゥゥッ!!」

 泣き叫ぶような声を上げてサンシターがわめいているが激しい雨音のせいか住民が気づく事もない。目の前で繰り広げられる信じられない光景に仲間であるピラチンも声すら上げられずにいた。

「お、俺の体の中に手を入れられるからッ…、別に顔や胴体からだに届かなくてもッ!?」

 その少女がサンシターの二の腕の中、何かヒモのようなものに触れた。サンシターはそれが腕を動かす為の神経ではないかと直感した。その神経を少女は人差し指で器用に引っ掛けるようにするとさらに親指を使ってつまむようにした。

「あ、あ、あ…。や、やめろォォッ!!」

 次に何が起こるか本能的に察したサンシターが大声を上げた。

「やめない」

 カグヤはそのまま手を引き抜いた。

 ぷつんっ!

 硬い骨やしなやかな腱と違って神経など何の強度も無い。少女の力でも簡単に…それこそ赤児の手の振りですら簡単に引きちぎれる。

 次の瞬間にはサンシターの腕がだらりと垂れ下がった。

「う、腕がァ…。な、なんだこりゃあ…。う、動かねえよォ…、肘も…指の感覚も無えよォ…」

 一秒前までは確かにあった自分の腕の感覚、それが今では全く感じなくなっていた。

「その手で私を刺した、本当はお兄ちゃんにそうするつもりだった…。そんな手、動かなくなればいい」

 平然と少女は言った。ふわふわと浮きながら…今度はサンシターの無事な方、残るもう一本の腕に手を伸ばした。

「ヒッ!!」

「腕は…もう一本ある。これがある限りまた襲う事が出来る…」

「も、もうしないッ!!もうしねえからよォ、ゆ、許し…」

「許さない」

 カグヤが再び手を引き抜いた、先程と同様にサンシターの腕から感覚というものが消えた。こちらの刃物を所持していない方の腕もだらりと垂れ下がった。

「う、うわあああッ!!?」

 残る一人、ピラチンは悲鳴を上げると仲間サンシターを見捨てて逃げ始めた。

 雨降る路地をメチャクチャに駆ける。右に左に…目についた曲がり角を特に理由も無く、思いついたままに曲がった。

 ベシャアッ!!

 必死に駆けて逃げ続けている中、何かに足を取られピラチンは派手に地面に転んだ。泥だらけになった体を必死に起こし逃亡を再開しようとする。

「どこに…行くつもり…?」

 ふわり…、ふわり…。

 ピラチンの目の前に手を伸ばす少女の姿がらあった。




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