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第5章 カグヤさんはお怒りです

第53話 カグヤさん、許さない

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「だったらテメーから金も女も奪ってやンぜ!コラアッ!!」

 そう言うとミニャに言い寄って来ていた男は拳を振り上げて殴りかかってきた。

 びたあんッ!!

 しかし次の瞬間、男は派手な音を立てて冒険者ギルドの木の床に前のめりにすっ転んでいた。俺のつま先のすぐ前に顔面から床にしたたかに打ちつけた男の後頭部がある。足をちょっと伸ばせば簡単に踏みつけられるな、ふとそんな事を思う。

「おい、どーした!?ザコネル」

「まだ一杯目じゃねーか!酔うにははえ~よ!酔うならそこの女共をさらってからにしよーぜ!」

 殴りかかってきた男の二人の連れがどうしたとばかりに声をかけている。

「あ、足が…。誰かがオレ様の足を…」

 倒れた男、ザコネルが何か言っている。

「はあ?足?」

 俺はうつ伏せに倒れている男を見た。別におかしなところは…ええっ!!!?

「…手、手が…床から…」

 なんと冒険者ギルドの床に小さな水たまりくらいの影があり、そこらから人の手の肘から先の部分が二本生えていていてザコネルと呼ばれた男の足首を掴んでいる。なんともホラーな状況だ、しかしその手は白く細い綺麗なもの。別に禍々まがまがしい血塗られたようなものではなかった。

 …おかしい。俺は瞬間的にそう思った。

 影というのは物体に光が当たり、それによって光が遮られるから出来るものだ。遮るものが無い場所に不自然な影が存在している。

 もっともそんな所から手が生えている事の方がびっくりなのであるが…。

「いじめようとしたな…」

 俺がそんな事を思っていると怨念がこもったような声が響いた。同時にそれは少女特有のものと誰もが分かる声でもあった。さらに俺にはそれが誰のものかもすぐに分かった、間違いない…カグヤのもの…。

 水たまりのような床にある影から何かがせり上がるように伸びてくる、それは闇を思わせる真っ黒なもの…。

「か、影から…」

 ザコネルの連れの一人が震える声で言った。だがその後の言葉が続かない。影からせり上がりだんだんと姿を現してくるものを指差し、空気の足りない魚が水面に口先を出してパクパクと動かしているだけに過ぎない。その間にも影はせり上がり続けている。

 綺麗な黒髪がさらさらと音を立てるようにして見え始めた。人の前髪、この色は見覚えがあるカグヤのものだ。俺は横を…先程まで隣にカグヤがいた場所を見た。そこには誰もいない、いつの間にか彼女は姿を消していた。

「あ、あの時と同じニャ!」

 ミニャが声を発した。

「一瞬、気配が消えて次の瞬間には別の場所に…」

 あの時…、ミニャが言っているのはきっとダンジョンでカグヤが勇者になった九頭竜高校の生徒達馬鹿共を蹴散らした時の事だろう。

「か、影から…出て来るうッ!!?」

「な、なんだありゃあ!?」

 周囲は騒然としている、そりゃあそうだろう。影から人が姿を現そうとしているのだから…。

 床の影からゆっくりと浮かび上がってくるカグヤ、目元…鼻元まで浮かび上がってくるとそこで動きを止めた。

「お前…、お兄ちゃんを…いじめようとしたな」

 影の中だから口元の動きは分からない、しかし先程よりもさらに憎しみがこもったような声だ。

「許さない…」

 すうぅぅ…、再びカグヤの姿が影の中から浮かび上がってくる。ゆっくりと、上半身までが床の影から浮かび上がった。

 真っ白な肌、漆黒の衣服。年端も行かない少女にしか見えないカグヤから今は圧倒的な威圧感を感じる。

 がしっ。

 今までは殴りかかろうとしたザコネルの左右それぞれの足首を後ろから掴んでいたカグヤ、彼女はその足首を持つ手を下に押さえつけるようにして持ち替えた。まるで水に浮かんでくるものを力づくで沈ませようとするかのように…。

「絶対に許さない…」

 ググッとカグヤが両の手に力を込めた。殺したい程に憎い相手を水の中に沈めようとするかのように…。

「「「あ、ああああ~ッ!?」」」

 周囲が驚きの声を上げた。

 なんとザコネルの足首が底なし沼に飲まれていくかのように消えていく。正確にはカグヤが上半身を現している影に接していたザコネルの足首がその姿を俺の視界から消している。

 あの影…、あれはまるで真っ暗な夜の海のようだ、底知れぬ深淵に沈み込んでいく、そんな感覚に思えてくる。

「や、やめッ!離しやがれッ!!」

 ザコネルは足掻いているがカグヤの手は止まらない。足首を沈め終えると日差し…腰…肩…残すは首から上だけとなった。その残った首から上も沈めようとカグヤがザコネルの頭の上に手を置いた。

「フ、フヒヒイイイィっ!!!」

 ザコネルがいよいよ恐怖極まったといった感じで悲鳴を上げた。

「や、やめてくれェェッッ!!」

「やだ」 

 そう言うとカグヤはザコネルの頭に置いた手にグッと力を込めようとした。

「おいっ、待てッ!!そこまでだッ!!」

 受付でミニャの応対をしていたスキンヘッドのオッサンがカウンター板を跳ね上げてこちらに向かってきた。

「ギ、ギルマスだ…」

 野次馬をしている冒険者の誰かが言った。

「ギルマス…?」

 ギルドマスター…?ふぅん…、ここの大将か…。俺はこちらにやってくるスキンヘッドの中年男に意識を向けた。





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