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第4章 このアイテムがすごい!そしてロゼも凄い!

#36 ミニャの涙と獣人街の奇跡

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「こっちだニャ」

 この街出身のミニャの先導で俺とロゼは自由都市エスペラント内を進む。活気のある街だ、あちこちで物を売る人の姿が、作業をする人の姿が見える。

「凄いな、確かにこりゃあ色々な商いが盛んだと言うのも頷ける」

 俺の言葉にミニャがそうでしょ、そうでしょとばかりに相槌を打つそんな午後の街中…。

 今、俺達はこの街の獣人達が多く住むというエリアに向かっている。冒険者ギルドに顔を出したミニャだったがエスペラント支部にはあまりに久々の来訪だった為に活動場所の変更はすんなりとは行かず一手間必要となったのである。

「前回の依頼達成からかなり期間が経ってしまっているからな…。ここに変更したいなら一働きして実績を上げてくれ。それが変更の…、ああ…この街で生まれ育ったアンタなら復帰の条件って事になるか?」

 冒険者ギルドの受付職員はミニャに対してそう応じた。ちなみにその受付の職員はオッサンだった。…まあ、それもそうかと俺は思う。なんせ武器抜いてモンスターを殺して持ち帰ってくる奴もいるのが冒険者、そんなのを相手にする場所にいわゆる綺麗どころを置いといたら何が起こるか分かったモンじゃない。

 ミニャによればそういう綺麗どころ…、女性職員は依頼者側の応対に回るそうだ。護衛や採取の依頼をしてくる商人や社会的地位がある人物などがその相手。仕事の話もあるから数字に強い女性ならなおさら重宝される。

「モンスターを倒しに街の外に行くにしても今からじゃ日が暮れちゃうニャ。だったらボクが街を案内するニャ!」

 そう言ってミニャが初めてこの街を訪れた俺とロゼを案内してくれている。

「そういやミニャは当然獣人街で育ったんだよな。俺達を連れて行って大丈夫なのか?」

 俺は先日の狼の獣人の住む集落で歓迎されなかった事を思い出していた。その苦い経験が獣人街に行こうとする足に躊躇ためらいを生じさせる。

「大丈夫ニャよ。それに今から行く所は猫獣人族ボクたちの親分みたいな人の家なんニャ。ボク、孤児みなしごだったけど面倒見てくれたのニャ。ボクのじっちゃんみたいな人なんニャよ」

「へえ、じゃあミニャの親代わりみたいな感じか」

「そうそう、そうニャの!!それにカヨダがこの街で暮らしていくならじっちゃんは顔が広いから顔見知りになっといて絶対に損は無いのニャ」

 話を聞いてみるとどうやら訪ねようとしているというのはいわゆる猫獣人族達の顔役のようなものらしい。また猫獣人族の素早さや身軽さを活かして鳶職とびしょく生業なりわいとする者が少なくないらしいがその元締めもしているそうだ。

 俺は店を構えている訳ではないが商人の端くれだ。そういう意味では顔馴染みがいた方が良いかも知れない。それにミニャの親代わり…、こんなまっすぐな気立ての娘に育ったんだ。きっとそのというのも好人物であろう。

 そしてとある一軒家に近づいていく、周りの家より大きな家だ。たしかそのじっちゃんはとびの弟子や職人を自宅に住まわせているとミニャが言ってたな。それなら大きいのも納得だ。家が近づくにつれミニャがソワソワし始めた、自然と早足に…そしてその尻尾がピンと立っている。きっと待ちきれないのだろう。

「ほら、ミニャ。先に行きな、じっちゃんに早く会いたいんだろう?」

 俺がそう言うとミニャは振り向いてすごく良い笑顔で返事をした。

「うんっ!!」

 そして次の瞬間にはミニャは駆け出していた。

「じっちゃ~ん!!」

 鳶職の元締めでもあり顔役でもあるミニャのの家はきっと人の出入りが多いのだろう、開け放たれたままの両開きの扉の中にミニャが飛びこんでいった。俺とキャタピラ式車椅子に乗ったロゼはゆっくりとそれに続いた。きっと中では感動の再会になっているだろう…、そう考えていたのだが…。

「じ、じっちゃんッ!!ど、どうしたのニャ!じっちゃーんッ!!」

 中から悲痛なミニャの声が響いたのだった。俺とロゼがその家に入るとミニャはわんわん泣きながら椅子に座る一人の男性にすがりついている。

 その男性は初老を少し超えたくらいか、口周りには猫のような髭にミニャと同じく頭の上に耳がある。そして一番目立ったのが…。

「どうしたんニャ!?その目、どうしたんニャあ!?」

 その男性の右目のあたりには大きな傷があり、どうやら見えていないようだった…。



 取り乱し泣きじゃくるミニャが落ち着くまでしばらくかかった。

「落ち着いたか?しばらくぶりに帰ってきたと思ったら…、ワンワン泣く癖は抜けてねえみてえだな…ミニャ」

「じ、じっちゃん…」

 先ほどまで再会の期待に満ちていたミニャの耳と尻尾は彼女の心情と同じくシュンとうなだれてしまっている。

「僕のせいなんだ…」

 部屋の片隅にいた小さな猫獣人族…、人間で考えたら小学校に入るか入らないかの年頃か。

「お前のせいじゃねえ、マルン」

 ミニャにじっちゃんと呼ばれていた猫獣人の男性が口を開いた。

「ああ、そうだ!そうだ!悪いのはあの冒険者の奴だ!」

 同じく部屋にいた…、こちらは若そうな猫獣人の男性が怒気を滲ませながら吐き捨てるようにいった。

「冒険者がどうしたのニャ?」

「昼間っから飲んだくれてた冒険者のヤローが歩いてたマルンにぶつかってきやがったのさ。そしたらヤローが難癖つけてマルンを足蹴にしやがってよう、それを親分がブン殴って止めたんだ。そしたら奴め、それを逆恨みしてマルンを助け起こしていた親分の顔にナイフで切りつけたんだ。そしたら運悪く目玉に当たっちまってて…」

「俺達ゃあ、すぐに親分の手当をしようと神殿に走ったんだが傷をふさぐ治療が精一杯…。見えなくなっちまった目は治せなかったんだ。ああ、だけどそんなふざけたマネしたヤローはキッチリ袋叩きにしといたぜ」

 部屋にいる若い獣人達が経緯いきさつを語ってくれた。

「そんニャあ…、じゃあ…じっちゃんの目は見えニャいままなの?ニャおらないの?」

「ああ、そうみたいだぜ。この街には目ン玉治せるほどの治癒魔法の使い手はたった一人だけだ。別に知り合いってワケでもねえし…治療を受けるにしてもどれだけのカネを払わにゃならねェか…。まあ、無理な相談だな」

 老猫獣人の男がしみじみと言った。

「まあ、片目が残ってるから俺も身の回りの事は出来るだろうよ。だが、距離感が掴めねえし感覚が変わっちまったからとびの方はちッとなァ…俺も歳も歳だし…引退だな。ワリいなミニャ、お前が名を上げて帰ってきたら家を建ててやるなんて言ったもんだが…、できなくなっちまったなァ…」

「う、うわあああんっ!!じっちゃん、じっちゃん!!」

 寂しそうに呟いた男に縋り付いたま魔のミニャが再び泣き始めた。いつもあれだけ元気で明るいミニャが…、思わず俺は片目を失った男に鑑定の能力を使った。間違いない、眼球を刺された事による右目の失明だ。だが、その失明は…。

「ちょっと…良いか?」

 俺は声をかけた。

「ん、なんだい#お前さんは?」

「カヨダ…」

 老人とミニャがこちらに振り向いた。

「俺はカヨダ、商人だ。ここ数日、ミニャと一緒に旅をしてきた者だ、亜空間物質収納ストレージ!!」

 俺は何もない空間から一本の杖を取り出した。ある時はロゼの失われた左足を、そしてある時はミニャが体に負った傷を常に治し続けたリジェネレーションの効果を持つ杖を…。

再生リジェネレーション!!」

 俺はその杖をミニャが取り縋っている親代わりだったという男に向けて振りかざした。柔らかな緑色の光が生まれ男を包んでいく…。

「お、お前さん…、いきなりなんだ一体…?」

 呟くように口を開いた男、すでに目元にあった傷は塞がっている。

「ゆっくり…、ゆっくりだ…、目を開いてみてくれ」

 俺はミニャが縋り付いている男にそう言った。

「何を言ってやがる…、俺の目は塞がった傷のせいで固着こちゃくして開かないようになって…な、な、な、なにィ!!?」

 そうは言いながらも男は塞がっていた目を開いた、そして驚きの表情を浮かべる。

「目、目が…、親分の目が…」
「傷跡もなくなって…」

 部屋にいた若い衆も驚きの声を上げている。

「あ…、あああっ!目が…、目が開く!物の姿形は分からねえが明るいか暗いか、何色かくらいは分かる!お、おおっ!?」

 男は見えていた方の目を瞑り、切られた右目だけでミニャを見た。

「その白い毛…ミニャ…、右目だけでも見えるぜぇ!この白い何か…、お前の白い毛並みなんだなァ…。うっすらとだけど分かる…けえってきたんだなァ…ミニャよぅ…」

「じ、じ、じいちゃん!!」

 ミニャは再び泣き始めた、だけど今度のは悲しい涙ではない。

「上手くいったようだな」

 結果は分かっていたが俺はあえてそう声をかけた。治り始めたとはいえ無理してここでしっかりと養生しないと中途半端な結果になるかも知れない。

「その右目…今は明るいか暗いかくらいしか分からないだろうが、だんだんよく見えるようになる。そうだな…、だいたい七日ほどかな…。だからしばらく安静にしていてくれ、そうしないと治るものも治らなくなっちまう。今が我慢のしどころだ」

「じゃ、じゃあ…じっちゃんは…、目が見えるようにニャるの?」

 ミニャが問いかけてくる。

「ああ、しばらく我慢が必要だがな」

「ホントに?」

「ミニャ、私も左足を失った。だが、カヨダの力により再生された。あれから四日が経過した…、もう立ち上がれるくらいにはなっている。安心すると良い」

「うわあああん!!カヨダぁ!!」

 そう泣き叫びながらミニャがピョンと飛び込んできた。

「よしよし、収納」

 俺はそう言って再生の杖をストレージにしまいこんだ。その様子を見て若い衆達がざわざわとし始める。

「魔術師…?」
「いや、治療する魔法を使ったんだから聖職者なのか?」
「だ、だけどよう、どう見ても神官とか司祭が着るような服装じゃないぜ」
「もしかすると回復も攻撃の魔法も使える何か特殊な天職ジョブなのかい?」

「いや、俺はよろず屋。まあ、商人だな」

 若い衆からの質問に対する俺の返事を聞いてミニャがじっちゃんと呼んだ男が居住まいを正して俺に声をかけてきた。

「商人サンかい、礼を言うぜ。俺ァ鳶職の棟梁をしてるバンズゥってモンだ」

 若い衆からの質問に対する俺の返事を聞いてミニャがじっちゃんと呼んだ男…、バンズゥが居住まいを正して俺に声をかけてきた。

「カヨダだ。後ろにいるのはロゼ、ミニャとは数日前に出会って一緒にこの街にやってきたんだ」

「そうだったのかい。ところで…」

 バンズゥの声が少し落ち込んだものに変わる。

「…治してもらったところ申し訳ねえがウチにゃあ目ン玉を治してもらえるような…。神殿でこんな治療を受けられるような布施ふせを払えるようなカネがねえ…」

「いらないよ」

「いらない?アンタ、商人なんだろ?商人は金を稼ぐのが身上だろう。それをなんで無料ロハで治したんだ?高い金は無理でも持ち掛けようによってはいくらでも金を得られたろうに…」

 分からねえとばかりにバンズゥが俺に問いかけてくる。俺はそんなバンズゥにまっすぐに向き直った。

「俺はミニャが…、仲間が泣いているのを見たくなかっただけだ」
 



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