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1章:外伝
1章外伝5…その頃の召喚組『迷宮挑戦⑥…恐怖の暴竜』
しおりを挟むここは、アルトシア王国の城内にある花壇である。
その花壇の前には、今回の勇者召喚で唯一の大人であり、心配そうであり複雑そうな表情を浮かべた繚乱花恋が花壇に目を向けていた。
花恋が心配しているのは、今日から実地訓練として迷宮に潜りに行った自分のクラスメイトの教え子達の事だった。
「はぁ…皆さん、大丈夫でしょうか。怪我をしていなければよいのですがぁ。…はあ、私は駄目ですね。折角、念願の担当教師になったと言うのに」
花恋は自分の教師としても大人としての不甲斐無さに深いため息を付いた。本来なら異世界召喚なんて非現実的な出来事が起きた際に、皆を逸早くまとめ導くのは本来自分だったはずなのだ。なのに、自分は淡々と動揺し動く事が出来なかった。その事実が、花恋の心に深く突き刺さっていたのだ。
「私は、どうするべきなのでしょうか?私のすべきことは何なのでしょうか?」
「……あなたにとって優先される事はなんなのですか?」
花恋は自分の教師としての在り方に、不安からの呟きを漏らすと、花恋の後ろから1人の若い女性の声が聞こえてきた。花恋は後ろに振り向くと驚いた。そこにおられたのは、花恋達が異世界召喚に巻き込んだ張本人であり、このアルトシア王国の姫である、ステラリーシェ・ジャスティン・ローズマリー・アルテシアであった。
花恋はいきなり現れたステラ姫に驚きつつ、問われたことについて答えた。
「……私は、皆を、無事に地球に戻してあげたい」
「…そうですか。…申し訳ありません。私達の勝手とはいえ、皆様にはご迷惑をかけまして」
花恋は驚き慌てた。目の前のステラ姫が頭を下げているのだから。
「な、なにを!?されてるのですか!? 上げてください。こんな所を見られたら!?」
「どのような立場であれ、私は覚悟を持って皆さんをこの地の招いたのです。ならば、私にはその責任があります。なので皆さんに下げる必要でしたらためらう理由はありません」
なんとか顔を上げてもらったステラ姫の、自分よりも年下の少女の覚悟を聞いて、花恋は自分にこれだけの覚悟を持てるのだろうかと、そう気持ちを抱く事になった。
自分にはそんな覚悟があるのか。と。
花恋は今だ出ない答えを抱いたまま、後ろの花壇に向き直すと蕾の状態の花にに、手を翳すと花恋は自分の“女神の加護”を発動させた。発動するとその翳した手から光の粉の様なものが蕾の花に降り注いだ。すると蕾だった花は、光を浴びると急速に成長し綺麗な花を咲かせたのだった。
「はぁ~私にできるのは、こんなことくらいですね」
「いえ。そんな事はありませんわ。あなたは素晴らしい才能を持っておられるようですね」
ステラは驚いた表情で花恋に称賛の言葉を送った。
ステラは考えた。この力は、色んな事に活用できる素晴らしいものであると。食物の育たない場所でも、花恋の“加護・真なる搾取”の力があれば豊かになるのではと思い浮かんだ。
「そうでしょうかぁ。…(私の求める答えが得られるのでしょうか)……ともかくです!皆さんが無事に帰れるように今は祈る事ですね。無事で帰って来てくれるのを信じて待ちましょう」
「ふふ。少しスッキリとされたようですわね。大丈夫ですわ。彼らに着いているのは我が国の中でも優秀な騎士達ですから。成長され戻って来られますわ」
「そうですか…(どうか無事でありますように)」
花恋は只々、祈る。皆の無事を。
******
ここは迷宮洞穴の20階層にある、先程まで多数のオーガの群れと対峙していた空間である。
その空間にて、己が身を犠牲にオーガの攻撃から命を庇い負傷した、守の治療が行われていた。
現状唯一の回復の白魔法をかけられる治療師である彩夢は守の所に急ぎ駆け寄ると、すぐさま治癒魔法をかけた。
「な、なぁ…大丈夫だよな…こいつ……」
「少し黙ってて、この傷かなり深いから…ダメ、もっと効果を上げないと」
命は横になって治癒を受けている守の傍で心配そうに何度も「大丈夫だよな」と彩夢に問うていた。いつもの気の強そうな彼女の様子はそこにはなかった。
彩夢も必死に自身の“加護”を導引して治癒を掛けるが、オーガの爪に貫かれた深すぎる傷を治癒させるのに時間が掛かっていた。
「わ、私も手伝います!」
心配そうに見守っていたクラスメイトの中から雫がそう告げると自身の“加護・感応増幅”の力を最大で発動した。
雫の“女神の加護”は他者の能力を増幅する増幅魔法に分類されるものである。しかも唯増幅するのではなく強化もされるのである。これで回復力も倍増される。
「!? うん、これならいける!ありがとう、啄木鳥さん」
「いえ……」
雫の“加護”を受けた彩夢は増幅された治癒をさらに掛けた。
治癒の光が守の傷を塞いでいく。
そして、何とか守の治癒をさせることに成功したのだった。
守の顔色も先程より良くなり呼吸等も安定し始めた。
ただ、治癒魔法は体の負傷を、体の自己治癒力を促進させ直すに過ぎない。失った血や臓器、と言ったモノを治す事は出来ないのだ。
「ふゥ~、終わったわ……もう大丈夫よ。神経や筋も如何にかつながったわ」
「…ありがとうな」
「貴女にお礼を言われるのは変な気がするわ」
命に感謝の言葉を聞いて、彩夢は「貴女でもそんな風な事を言うんだ」と命の意外な所を見たなと思いながら治療の終わった守の傍から離れた。
彩夢も流石に全力の治癒魔法を掛けたのか疲労の色が見えた。
そんな彩夢を労う様に正儀が声を掛けた。
「お疲れ、よくやってくれたね。彩夢さんも少し疲れが見えるし休むといいよ」
「あ!う、ううん。私の出来る事をしただけだから、大丈夫だよ!でも…心配してくれて、そのぉ~あり、がとう」
「いえいえ」
「……お熱い事で」
好意の相手である正儀に褒められ嬉しそうに笑みを浮かべ頬を染める彩夢。
彩夢の好意など露になく、自覚なく褒めた正儀。
そんな彩夢の様子を、若干羨ましそうに見ていた咲夜だった。
(私も、“彼”と、ああ言ったやり取りをしてみたいわね……)
~~~
守の治療が終わった後、ヴァレンシュはこれ以上の探索はやめておいた方がいいと判断し、王国に戻る事を提示した。
剛田なんかは「まだまだいけるんだがなぁ」と不満だったようだが、負傷した人間もいる事もあり戻る事になった。
因みに守は流石に血を流し過ぎたためかまだ目を覚ましていないので護衛の騎士、ドーゼが背負っている。
命はそんな守を背負っている騎士に付き添う様に歩いていた。
他のクラスメイトと騎士達は、地上に戻る際に襲撃してくる魔物を倒しつつ10階層まで戻ってきた時だった。
クラスメイトと騎士達は何か違和感を覚え始めていた。
その違和感は、次第に強烈な威圧感が近づいてくる何かによるものと気付きつつあった。
「なんだ?この嫌な威圧感は……この洞穴に、こんな威圧感を漂わせる魔物はいないはずだが」
その威圧感を感じたヴァレンシュは「しかも上層から?」そう呟いた時だった。上の階から「ズドン!」と言う振動が何度も響いてきた。
心なしか周りにいた魔物もその気配を消していたのだった。まるで近づいてくる何かから逃げるかのように。
そして自分達の真上あたり、つまり9階層から、この10階層にまで響くと今度は聞くだけで恐怖してしまうほどの何かの咆哮が響いた瞬間だった。
真上の層に亀裂が入った。
その亀裂はどんどん広がると上層が崩れ落ちて来た。そして崩落と共に巨大な顔をした恐竜のような魔物『ダイノボッド』が落ちて来たのだった。
そのダイノボッドの姿を見た騎士達は全員青ざめた表情を浮かべると声を震わせるようにして呟いていた。
「ば、馬鹿な!なぜ、こんな所に…」
「ダイノボッドが、どうして…」
「拙い、ですぞ、騎士長…」
「!?…ヴァレンシュ騎士長、アイツの口を見てください」
王国一クールな騎士と呼ばれるアルフレッドは逸早く気付いた事をヴァレンシュに告げた。それを聞いた者達はダイノボッドの口に注目すると、そこにはまだ新しいと思われる夥しい血が付着していたのだった。
基本的に魔物は、同じ魔物を襲う事はない。
魔物が襲うのは人間や動物と言ったモノ達だけなのである。
よって、その血は魔物ではない何かの血であると言えた。
騎士達は皆頭に浮かんでしまった。あの血が誰のものかということを。
奴はこの洞穴内にはいないはず魔物。という事は別の所からやってきたという事だ。そして奴は上層からやってきた。つまり、地上からやってきたのだ。
そして今回の遠征では、冒険者と言った者達が近づく事は無い。
ならば、残る可能性は、犠牲となった者は地上に監視として残った仲間の騎士であると。
動揺している騎士達に、クラスメイトを代表して正儀が、落ちてきた衝撃で動きを止めているダイノボッドの動きに注意しつつヴァレンシュに問うた。
「あれはいったいなんですか?…これまで感じた事もない、背筋が凍るような嫌な感じが伝わってくるのですが?」
正儀の表情は強張っていた。
それは、その場にいたクラスメイト全員でもあった。大半の者が震えてすらいた。
何時も豪胆不敵なあの剛田剛ですら余裕の表情はなかった。
ダイノボッドはまだ落ちて来た時の衝撃でこちらを認識していないようだが、いつこちらに気付き襲ってくるのか分からない。
ヴァレンシュは小さな声で説明した。
「奴の名はダイノボッド。この世界では“恐怖の暴竜”とも呼ばれている強力で厄介な魔物だ」
「ダイノボッド……そんなに強いの?あの、恐竜モドキ」
咲夜はピリピリと肌を刺すような感じを抱きながら、ヴァレンシュにダイノボッドの強さを聞いた。
「あぁ、強い。奴と遭遇した場合は直ぐに逃げろと言われるほどだ。討伐するにあたっては多数の人員でやっと相手にするほどのレベルなのだ」
「で、でも…奴とて魔物、ですよね?だったら、俺の力で封じてしまえば?…」
海治は魔物を絵画に封印できる自分の”加護“ならいけるのでは?とヴァレンシュに告げたが、
「無理、だろうな。奴が恐れられているのは、奴の能力にある」
「アレの能力?」
「そうだ。ダイノボッドには“恫喝”と“威圧”の力を加えた“恐怖”と呼ばれる複合技能があるんだ。それを受けたものは、そのステータスが半分以下にまで強制的に落とされる。しかも、戦意の薄い者では、それを受けただけで意識を失ってしまう程なんだ。…今の君達でも……とにかく、まず、君達を無事に送り返す事が優先だ。俺達、騎士が奴の気を引くから、君達はー」
ヴァレンシュが「逃げろ」と言い切る前に、落下の衝撃から回復したダイノボッドが動き出した。
「グルル-」と喉を鳴らしつつ得物を誰にするのか選ぶように周囲を睨んでいた。
そして、ダイノボッドはこの階層全体が揺れるかの如き咆哮を上げた。
ダイノボッドの咆哮と鋭い視線を受けたクラスメイト達は悲鳴を上げると我先はと言わんばかりに上の階層に行ける道に走り出していた。特に、五条院と取り巻きの2人が……
ダイノボッドの“恐怖”を受けたのだ。正儀、咲夜以外の者は『死』の恐怖から逃れたい。その一点に縛られたのである。
仕方ないと言えた。いくらチートの能力を得てもまだ17の少年少女なのだ。人の生き死にを体験したことなどないのだから。
ダイノボッドは逃げ惑うクラスメイト達を標的にしようと目を細めた。
その瞬間、ヴァレンシュは黄色い魔槍を取り出すと騎士達に指示を出した。
「俺が出て時間を稼ぐ!すまんが、アルフは俺の援護。ギルとグラッセ、ドーゼは他の勇者達を誘導し逃がすんだ!いいなぁ!!」
「「「了解です。御武運を!…アルフ、すまん」」」
「気にせず行ってください。私は、生きて戻りますから」
アルフレッドはそう仲間に告げると、腰に差していたもう一振りの剣を抜いた。
刀身が済んだ水のような青い剣だった。
++++
騎士side~
「行くぞぉ、化物ぉ!お前の相手は、俺だぁ!!」
ヴァレンシュは、勇者達に向いているダイノボッドの気を引く為に魔槍技『疾風突き』を放った。
この技は神速の速さで突きを出す事で鋭い空気圧を飛ばし相手に風穴を開ける、ヴァレンシュの技の1つである。本来ならこの一撃で大抵の敵に風穴を開ける威力があった。しかし、
「グラアァアー!」
「くっ!やはり破れんか、だが…」
ヴァレンシュの一撃はダイノボッドの表皮に傷をつける程度であった。
それは、ダイノボッドの“恐怖”の効果である。いくら王国最強の騎士であるヴァレンシュでもステータスが半分以下にされるのは痛いと言えた。
だが、この一撃がダイノボッドの気を引く事に成功した様で、こちらを怒りの眼で睨んでいた。
怒りの眼を向けつつダイノボッドが大きく咢を開けながらヴァレンシュ突っ込んできた。
「よし。いいぞぉ、こっちに来い!」
突っ込んできたダイノボッドの牙や尻尾による攻撃を躱しつつヴァレンシュは徐々に、ダイノボッドと上の階層への道から遠ざけていた。
「よし。このくらいで。っ!?」
ヴァレンシュに躱され続け、ダイノボッドが怒りの咆哮を上げると、ヴァレンシュの上の天井の岩に亀裂が入り、その岩がヴァレンシュ目掛けて降り注いだ。
「させません!水鏡の魔剣、解放!!」
そう言ってヴァレンシュに降り注ぐ岩をアルフレッドが右手に持つ水色の魔力を帯びた剣の力を解放すると、剣に水のベールが発生するとアルフレッドはそれを水の鞭のようにすると、落石の岩を打ち砕いた。
「すまん!助かったぞ、アルフ!」
「いえ。それよりです。来ますよ!」
「グラアアアア!!」
アルフレッドは水鏡の魔剣で向かってくるダイノボッドに水の鞭を放った。
ダイノボッドはその水鞭を横跳びに躱すと、アルフレッドに対して激しい咆哮をぶつけた。通常ならこの“恐怖”の咆哮を受けただけで能力が低下するのだが、それはアルフレッドには効果がなかった。
「無駄ですよ。私に“恐怖”は効かない!」
そうなのだ。何故ヴァレンシュが、アルフレッドのみ残したのはこの為であった。
アルフレッドには“冷静”と言う特殊技能がある。この技能は精神に関与するスキルを遮断する事が出来るのだ。つまりこの“冷静”の技能が、ダイノボッドの“恐怖”を無効化していたのだ。
この“冷静”のスキル故にアルフレッドは王国一クールな騎士と呼ばれる所以である。
だが、能力が低下しなくてもダイノボッドの方が能力値は上なのである。
アルフレッドが水鏡の魔剣による水鞭でダイノボッドを牽制しつつ、隙をついてヴァレンシュが疾風突きで傷を与えると言う連携で、ダイノボッドを翻弄していた。
2人にとって、ダイノボッドを倒すのは現時点で不可と既に分かっている。参加した勇者達召喚者の少年達が逃げられるまでの時間を稼げればよいのだ。
そんな攻防に痺れを切らしたかのようにダイノボッドは、その頭を上に向けると体から黒い瘴気が立ち昇ると咆哮と共に解放した。解放された瘴気は衝撃となって周囲にいたヴァレンシュとアルフレッドに当たり、その衝撃で2人は壁まで突き飛ばされ叩き付けられた。
その衝撃に、アルフレッドは意識を失った。ヴァレンシュは何とか意識を取留めていたが衝撃からふらついていた。
「くっ!アルフ…まずい、な」
ふらついた意識の中、ダイノボッドがこちらにその大きな口を掛け迫っているのが見えた。ヴァレンシュは、ダイノボッドを睨みつけるように立ち尽くしていた。ヴァレンシュの胸には、勇者達が無事であるか、と、敬愛する姫様に「申し訳ありません」と心の中で呟いていた。
「させないよぉ!!」
「見てられないわね…」
ヴァレンシュはありえないはずの声を聴いた。既にこの場所から離脱させたはずの、召喚された勇者と、自分に冷や汗を掻かせた少女の声を聴いたのだ。
ヴァレンシュの視界には神童正儀と、神童咲夜の2人が映っていた。
++++
「はぁああっ!サンダーストーム!!」
「止まりなさい!」
ヴァレンシュ騎士長に大きな咢を開けて突っ込むダイノボッドに、咲夜は腕輪から重りのある強度の高い鎖を取り出すと“忍足”と“瞬歩”を使いダイノボッドに気付かれずに接近すると、その鎖をダイノボッドの足に絡め動きを封じ転倒させた。そして咲夜がその場を離脱した瞬間、正儀が現在習得している中で最も威力のある“雷魔法・サンダーストーム”と解き放った。
重りのある鎖で転倒し動く事が出来ないダイノボッドは正儀の放った魔法を受け絶叫を上げた。ダイノボッドは、物理耐性はあるが、魔力耐性はそれ程高くないのだ。
魔法によって皮膚を焼かれたダイノボッドは大きな音を立てて倒れ込んだ。
ダイノボッドを警戒しつつ、正儀と咲夜はそれぞれ、ヴァレンシュと、気を失っているアルフレッドに近づいて行った。
咲夜はアルフレッドの方に近づき呼吸があるのを確認した。
そして、咲夜は腕輪から“強制転移”の術式が籠められた指輪を取り出すとアルフレッドに持たせた。そして指輪に魔力を籠めると指輪が光り、光が消えるとそこにはアルフレッドの姿はなかった。
その後、咲夜は、ヴァレンシュに怒られている正儀の下に向かった。
「馬鹿者がぁああ!なぜ、まだこんな所をうろついているのだぁ、貴様等わぁ!!」
ふらついているヴァレンシュに近づいた正儀に、ヴァレンシュが掛けた第一声は、怒声による説教だった。
「だって、御二人を残して、自分だけ逃げるなんて。俺には出来なかったから。大丈夫。他の皆は無事な所まで行ったから」
「っ我らが何のために残ったのか。それは、お前達を死なせない為だぞ!なのに、そのお前達が危険に戻るなど!!」
正儀の理屈は理解したが、ヴァレンシュは認められなかった。ヴァレンシュはこの実地演習の前にこの少年達の教師である繚乱花恋から「どうか無事に、この子達が無事に戻れるように」と頼まれていたのだ。
「煩いわ。あなた達2人は煩いです。あの恐竜が目覚めたらどうするのです」
騒がしい2人に咲夜は、煩くしないでと言うのと、ダイノボッドを忘れてない?と問うていた。
「煩いとは何だ!それより君もだ!」
「まあまあ、それより咲夜、アルフさんは?」
「”強制転移”の指輪を使った。今頃地上の仲間の所でしょうね」
「”強制転移”の指輪だと!?何故君がそんなものを持っている?」
「んっ?この腕輪の中に入ってた。一度しか使えない物だったからもうないわよ?」
咲夜は、白の魔導師から受け取った腕輪に、初めに暗器となる物を入れようとした際に、既に何か一つ入っているのに気が付いた。「ん?これなんだろ?…指輪?」と、それを取り出した咲夜は、鑑定技能を持つクラスメイトに聞いてその効果を知った。恐らく、白の魔導師が咲夜に万が一の場合の為に送ったものであると咲夜は推察している。
もっともその指輪は他の者に使う事になったが。
“強制転移”の指輪は、迷宮の探索の際、所有者が危機的状況に陥った際に、迷宮の最初、つまり入口に強制的に戻る事が出来る代物なのだ。
まあ、緊急脱出用のアーティファクトなのである。
「そんな便利なのがあったんだったら、言ってくれても良かったのに」
「なんでアンタに教える必要があるの?私用なのに…まあ騎士の人に使ったか意味ないけど」
「…そうか。アルフは無事だったのか?」
「ええ。意識は失ってたけど、外傷はそれほど悪くはなかったわ」
「そうか。アルフに関しては感謝する。……さあ、今のうちに我々も―」
まだまだ説教したりないヴェレンシュだったが、とにかく脱出するのが最優先と切り替えると、正儀と咲夜に促す言葉を発そうとした時だった。
正儀の雷魔法を受けて沈黙していたダイノボッドが復活した。
激怒の咆哮を上げると正儀、咲夜、ヴァレンシュの3人は肌を刺すようなプレッシャーを感じた。
どうやら完全に怒らせてしまったようだ。
そのプレッシャーを受けた3人のステータスは先より激変して下がった。
「くっ!?体が重い!?」
「コイツは拙い……咲夜、他に何か入っていたとかはないのか?」
ヴァレンシュは咲夜の腕輪に注目しながら、頼みになる物がないか確認したが答えは、ない、だった。
どうやって切り抜けるか考えるヴェレンシュに後目に、咲夜は腕輪から刻夜と咲朱の双剣を取り出すと握りしめ戦闘態勢に入った。
それを見たヴァレンシュは昨夜を諌めようとした。だが。
「何をしている!?今のアイツに勝てる道理はない。今は何とか逃げる方法を―」
「悪いけど、私は強くならないといけないの。彼を追い駆ける為にも、私はこんな所でもたついている場合じゃないの!」
咲夜の眼は覚悟の秘めた目をしていた。
その咲夜の覚悟の眼を見た正儀も、覚悟を決めた。その時だった。正儀の“女神の加護”であり勇者の称号を持つ者だけが使える“勇者の証”が発動した。正儀は、“威圧”の技能が変化し“覇気”と呼ばれる技能になった。
「……これなら。……今の俺ならこいつを…」
そして、黄金の剣『デスティニー』を構えると、正儀はリミッターを解除し能力を一時的に数倍に上昇させる“限界突破”を発動した。さらに加えて“勇者の証”による派生技能、“覇気”を発動した。
“限界突破”の発動で、正儀の体から魔力が噴き出す様に解放されていた。その影響で思考処理能力も上昇した。そして“覇気”による効果で、ダイノボッドの“恐怖”によるプレッシャーを跳ね除ける事に成功した。
「アンタこそ。そんな切り札持ってたなんて意地が悪いわね」
「別に隠してたわけじゃないよ。さっき習得したばかりだからね!…咲夜は援護してくれる?ヴァレンシュ騎士長はまだフラついてるしここで待っていてください」
「……悔しいが、君に任せるしかないようだな。…ここで、見せてもらうよ。勇者の全力を‼」
悔しそうな表情を浮かべたヴァレンシュは邪魔にしかならないと自分でもわかっているので素直に下がった。
下がったのを確認後、2人は暴竜に挑んだ!
「私が援護って言うのも気に入らないけど、今は仕方ないわね」
そう呟いた咲夜は、正儀の最強に一撃を決めさせる為、自分の最速で相手を翻弄し攪乱するのが咲夜の役割と、自分の“女神の加護『瞬神』”を発動した。
“瞬神”の発動により、咲夜の体、特に足から魔力が迸った。
「ふっ!」
その瞬間、咲夜の姿が消えた。
消えた咲夜は一瞬で、ダイノボッドの側面に移動すると刻夜で斬り付けた。
だが、ダイノボッドに微かに傷を与えたのみだった。しかし、咲夜には関係なかった。ダイノボッドに反撃の機会を与えない様に、消えたように動き斬り付けるのを繰り返した。実際ダイノボッドは無音状態の神速で動く咲夜を認識し切れず動けない状態だった。
(体が重い…けど…私は、最速を超える。動きを止める。10秒でいい。…今の私の全力を…籠める!)
そして、ダイノボッドにある程度傷を与え、動きを抑えていた咲夜は、正儀の方をチラッと視線を向けた後、自分の役割はここまでと音もなくその場を離脱した。
「やりなさい!正儀!!」
「ああ!いくぞおぉ!!」
咲夜の掛け声に、正儀が答え、咲夜が稼いだ時間を使い溜めた必殺の一撃を正儀は放った!
正儀は剣を振り上げると、剣に雷の力を集めると、剣が激しく迸り始めた。さらに正儀は”限界突破“の効果を加えた。それにより剣は閃光の如く光り輝いた。
正儀の【勇者魔法剣技・破城】がここに完成した。
そして、咲夜が離れたのを確認後、ダイノボッド目掛けて“破城”を振り下ろした。そして、ダイノボッドは”破城”による雷光の一閃を受けた。
雷光に飲み込まれ絶叫を上げながらだったダイノボッドは雷光の一撃に耐え切れず消滅した。
「や、やっ、たぁ、ぞ…」
正儀は全力の一撃を放った疲労感と“限界突破”の負荷により限界が来たようだが強敵に勝利した事で満足した表情で倒れた。
そんな表情で倒れている正儀を“瞬神”の効果による疲労感が掛った状態だが呆れた様な表情で「よくやった」と珍しく褒めた咲夜。
そして、勇者の全力を目のあたりにしたヴァレンシュは、『勇者』神童正儀を背負うと先に脱出していたクラスメイトや仲間の騎士達の待つ地上へと帰還した。
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