実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

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【本編続き】

3-17.誘拐の全貌と家族の誘い、エリスアプローチ

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 ミラは、エリスとレモンドが建物から出てくる様子を外から見ていた。
 正面口はあらかた片付いたので、そのまま外で待っていたのだ。
 中からエリスのもとにまで行ってしまうと、敵が隠れていた場合に、本当は裏から救出するという目的を悟られるからだ。

「あ、出てきましたよ」

 レモンドはエリスの手を話して、フローラたちの方へ引き渡した。
 その離れた手をエリスはじっと見つめ、視線をフローラに戻す。

「おかえりなさい」

 フローラがエリスを軽く抱き寄せて、感動のハグをした。

「ただいま」

 ぼそっとエリスが答える。

「心配したんですから、本当に」

「ごめんなさい」

 2人とも少し涙目になっていた。
 



 ミラはうんうん、と頷いて、横を見ると、いつの間にかリリカが戻っていた。

「戻ったよ」

 リリカは正面に移動すると、ミラの両手を握った。
 そのままミラとハグするために両手を広げ、ハグする。

「えっと……なぜ私たちまで、なぜ?」

 ミラは首を傾げた。

「2人と同じ、久々の再会だから」

「そう、でしょうか……そうですね」

 とりあえず、軽くハグしておくミラ。
 あの僅かな時間を久々と言ったことはスルーする方向で流すことにした。

 とはいえ、敵地で悠長にもしていられない。後で連行する衛兵部隊を呼び、王家の面々には後始末が待っている。
 切り替えのためにレモンドは、建物内での出来事ことを3人に話すことにした。


***


 話し終わると、ミラは驚いた表情で建物の上部を見た。

「それは……本当ですか?」

「ああ、間違いないよ。彼はバイレンス家の長男でシーラスと名乗っていた。つまり、師匠――ミラさんの兄がいた」

 薄々そうではないかと思っていたフローラがため息を付いた。

「なるほどですね……この事件を起こした黒幕が誰かわかりました」

 その言葉でミラとレモンドは理解する。
 エリスはピンときていないようだ。
 リリカは最初から知っていた、みたいな顔であっけらかんとしている。

「誘拐の黒幕は、ミラちゃんの元兄、シーラスです」

 シーラスは、エリスが出かけるタイミングで計画を実行に移した。
 誘拐を企て、颯爽さっそうと助ける。自作自演でヒーローになるつもりだったのだろう。
 王族と結婚する材料としては、誘拐から助け出したという事実は十分だと言える。
 命を救われたヒーローや勇者という役目は、大義として王族との結婚に意味を持つからだ。

 本人も周囲も説得しやすいのだろう。普通なら。
 だが、その役目をレモンドに奪われ、むしろエリスに無様な姿を晒し、失敗に終わった。
  

 フローラは事件全容の予想を説明してミラたちに伝えた。
 全員、合点がいったようだ。

 ただし、と付け加えてフローラが疑念の顔をする。

「会場を襲撃した男だけは見当たらなかったようです。ミラちゃんの兄、シーラスではないようですし、彼は黒幕に徹していたようなので

 リリカがそれに答える。

「実行犯の1人だけ、姿が消えてた。たぶん、目的を果たしたんだと思うよ」

「目的?」

「さあ、そこまでは」

 リリカはとぼけた。フローラはそれに不快感を表す。

それを「まあまあ」とミラが仲裁した。



「なんていうか、ミラちゃんには同情します」

 ミラは苦い顔をして、フローラの兄弟姉妹との差を大きく感じるのだった。

「私はフローラ様が羨ましいです。素敵な兄と姉妹がいますから」

「でしたら、私やフレディと家族、いえ……姉妹になるのはどうですか?」

「えっと、養子ってことですか? 平民が王家と姉妹ですか? それに、方法はどうやって……」

「聖女になれば、家格や身分の再編は容易ですから、ミラちゃんの意志でそれができますよ。まあ、兄と結婚してもなれますけど、そのときは私が妹でしょうか」

 フローラはそれに付け足して、「もしお兄様とその気がなくても、王家にぜひ」と念を押して、未だ握り続けるリリカの両手を払い、代わりにフローラがミラの両手を握った。

「でしたら……考えておきますね」

 横からリリカの圧を受けて、この話を続けるのはいろいろよくないとミラは話を終わらせるのだった。
 だがもう遅い。

 隣りにいたリリカは、鋭い視線でフローラを睨んでいた。
 ふんっ、と鼻息を上げて、フローラの両手を払い落とし、ミラの手を握って見つめた。
 まるで虫でも追い払うように、雑な払い除けだ。

「ねえ、ミラ? このままシャンプマーニュ家の屋敷に住んだらどう? 家族がほしいなら、私が姉妹になってあげてもいいよ。王家なんて義務や規則ばかりで良いことないんだから」

 フローラがリリカの手をはたき落とす。
 払い除け方がだんだん強引になっていく。

「ちょっと、変なこと吹き込まないで下さいよ。王家は、そんなブラックな組織じゃありません。ミラちゃんは屋敷にいるだけでも良いんですよ。聖女になるのはミラさんでほぼ決まりなんですから、本職もありますし、雑務とか余計なことは私が代わりに全部やりますし……王家のほうが快適ですよ」

 リリカは、ミラの正面に立つフローラを押しのけ、ついでに手も払う。

「まだ聖女は決まってない。私も聖女試験受けるんだから」

 そんなリリカとフローラがわーきゃー言い合いながら、ミラはふっと笑って「仲がいいね」とつぶやき、それに微妙な顔で返す2人と帰路を歩き出すのだった。



 リリカとフローラが口喧嘩を続ける中、レモンドはポツリと呟いた。

「シーラスは結婚を狙っていたのか……」

 いまだ婚姻相手の見つからないレモンド。
 彼にとっては、他人の結婚を潰してしまったことに複雑な感情があった。

 ミラはレモンドに優しく言った。

「あまり、気にしないで下さい。たぶん、あの兄はエリス様にふさわしくありませんでした」

「ありがとう……妹にそこまで言われる兄とは、なんとも哀れだね」

 エリスを保護するのが最優先で、倒れたシーラスを放置してきたが、ミラはなんとも思っていない。それを見てレモンドは罪悪感を感じたことがバカバカしくなって微笑むのだった。

「ところで、エリス様と何かありましたか?」

 ミラはひそひそ声でレモンドに話しかける。

「何かとは……何かな?」

 レモンド自身もあったような、なかったようなという顔だ。
 実際、男が苦手かと思っていたエリスの反応がよくわからない。ということだけはわかったようだ。

「いえ、手をつないで現れたので」

「ああ、あれは手を引いてきただけだよ。まあ、その前に抱き寄せて不快な思いをさせてしまったけど」

「たぶん、それってエリス様にとっては意外というか、大胆な行動ですよ。以前、話しを聞いたのですけど、家族以外の男性がかなり苦手だったそうです。だから、エリス様の側付きの使用人は周囲が女性ばかりですし、男性にもあまり近づかないそうです」

「そうだったのか……いや、たしかに声をかけただけで恥ずかしがっていたような」

 ミラはそこでピンときた。
 手をポンと打つ。

「じゃあ、婚約相手にエリス様はどうですか?」

「そんな、ついでみたいに……彼女に失礼ではないかい?」

「あ、実はですね……以前相談されたことなんですけど、このままだと母親のマーガレット様が決めた男性とそのうち結婚することになると釘を刺されたそうなんです。それで落ち込んでいたみたいで」

「う~ん、なるほど、エリス王女様がそんなことを」

「さっき見ていて思いましたけど。レモンド様とエリス様って意外と相性が良い気がします」

「そうかい? 確かにこんな好条件はないね。もともと王家とは、僕の身分のほうが不足しているくらいだったから」

「そういえば、王家との縁談では、お見合いをフローラ様がお断りされたんでしたね」

 レモンドがこう答えるのは本当に珍しい。
 彼は自分にふさわしい女性かすぐ判断するからだ。会ったら自分にふさわしいのかそれが分かるという。
 しかし、迷っただけでなく、婚約する場合の家格の心配をした。
 それはレモンドが初めて見せる姿。言い訳のようなものを並べ立てているのは、うまくいくか不安なのかもしれない。

 ミラは後押しした。

「それに兄がいまだに周囲を嗅ぎ回るのは、エリス様に婚約のお相手がいないからですし、レモンド様にとってもよいかもしれません」

 実際は、シーラスが勘違いし、エリスがシーラスと結婚するために別の婚約相手を断って、待っている。そう思わせる原因にもなっていた。

「そうだね、わかったよ。彼女のためにもなるというのなら、頑張ってみようかな」

 どうやらレモンドは、男性に苦手意識を持つエリスにアプローチすることに決めたようだ。
 まずは最初のお見合いを王家に申し込むという。



 シーラスが思い描いたエリスと結婚する未来予想図。このミラの何気ない一言で、音を立てて崩れていくのだった。
 恋の特急列車が、兄をカエルのように踏み潰して、駆け出す予感がした。
 

 こうして、王都でのエリス誘拐事件は幕を閉じたのであった。
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