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2-14.拾い物、遭遇とゾンビ

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 ミラは工房に戻ると、留守番のご褒美でシルクに肉を食べさせていた。
 うっとりとした表情でその様子を眺めるのはいつものことだ。
 だが、ふと庭先の地面に光るものを見つけて、それを手に取る

「これ何かしら?」

 何かの液体が入ったビンに見える。
 不思議そうにそれを眺めていた。

「誰かの落とし物?」

 とりあえず、拾って工房の棚に置いて保管することにした。
 しかし、ミラはその中身の液体が少し気になったのだ。

「う~ん、この液体、あのとき魔人が飲んでいた謎のアイテムと同じ色なのよね。偶然かしら?」

 あの魔人は、男の人間が姿を変えてなったものだ。
 その際に、謎のアイテムを口から飲み込んでいた。

 ミラは色彩を含めてあの時一瞬だけ見えたアイテムの色を把握している。
 それは赤黒くて、禍々しい色だった。

「とても気になるわ……」

 後で、メリエラに鑑定してもらうことにした。
 偶然であってほしいと。


***


 試験当日、ミラは必要な機材や素材を持って、試験会場に足を運んだ。ギルド近くの建物だからすぐわかった。
 薬師の製作するポーションの中にはミスすると毒になるものもある。そのため、試験用にあらかじめ用意された建物だ。
 2階建てではあるが、面積はギルドよりも広いドーム状だ。
 大きな通りから小道に入る必要があり、建物は遠く見えても一般人が普段なら立ち寄らない場所だった。

 ミラは目印のギルドからすばらく歩いた。
 すると、段々と試験会場に近づいていることが、建物の遠近感から判断できた。


「あれが正面入口かしらね」


 あともう少しで会場に到着というところでミラは足を止めた。
 建物の隅でお腹を抱えて座っている人が見えたのだ。セミロングにふわふわしたパーマの明るい茶髪。ラフな黄緑色のワンピースを着ていた。
 容姿から判断して女の子らしい。
 近づいてみると表情はげっそりしていた。
 

 ミラはその子と試験会場を交互に見て、次に通路の左右を見る。
 助けに入る人はいない。というよりも全然人気がない。
 仕方なく、声をかけることにした。

「あの、大丈夫ですか?」

 その女の子は少しだけ目線を上に向けて、ぼそぼそした声で答えた。

「だ、いじょう、ぶ……」

 まるでゾンビのような顔の青白さだ。全然大丈夫そうには見えなかった。
 
(え? もしかして本当に魔物のゾンビがこんな街中に出たのかしら?)

 ミラは真剣に疑った。
 もう一度、左右を見回す。

 アンデッド系の魔物は、魔物の判別がかなりアバウトで、人それぞれの容姿をしているから、ミラには判断できない。
 討伐経験があればよかったが、それもないのだ。

 ミラは念のため警戒することにして、腰に手をかざそうとしたとき、いまは剣がないことに気づく。

「はっ! そういえば持っていなかったんだわ」

 ミラは少し近づいて、顔の様子をうかがった。

「あ、の……なに?」

 見られていることに疑問を感じたのだろう。
 ミラは返答に沈黙することに耐えられず、この質問がおかしいとは思いつつ聞いた。

「失礼ですけど、あなたは、にんげ……いえ」

「え……?」

 当然の反応だった。
 うつろな目が少しだけキュッと引き絞られる。

「あ、やっぱり大丈夫です」

 その反応で、ミラは人間だと思い直した。瞳孔の反応、挙動や人間の匂いなど、ゾンビではありえない要素が見て取れた。

「なん、だったの、さっきのは?」

「いえ、さっき言いかけたことは気になさらないでください」

 ミラは心の中で謝った。
 ここで、「人間かどうか疑って、ゾンビと見間違えた」と伝えてしまうのは流石に失礼だからだ。そのままミラは質問した。

「なぜこんなところに座って? やはり具合が悪くて動けないのですか?」

「はい……、試験前はいつもこんな感じで……緊張、して……うぅ」

 ミラはその回答を聞いて、目の前にいる子が試験前の緊張でお腹が痛くなっているだけの人だとわかった。
 この場所で試験が目的なら、ミラと同じ薬師志望の子だろう。
 始めから座っている理由を質問をしておけばよかったとミラは少し後悔する。ゾンビと間違えそうになって、少し恥ずかしくなった。

(魔物が堂々と街の中に入り込めるわけがないわよね?)

 ミラは手持ちのポーションを差し出して、飲むように促す。

「ありがとう……手持ちはもう全部飲んでしまって、残りがなかったから」

 一瞬で、見た目が普通の肌色に戻り、体調が戻った。
 だが、しばらくすると、もとの青白い肌に戻った。
 ミラは疑問の声を上げる。

「あれ? このポーション、効いたはずですよね?」

 体調不良ならこの低級ポーション(最高品質)で治るはずだ。品質だって、メリエラに保証されている。
 だが、一瞬で元に戻った。

(そういえば、すでにポーションは何本も飲んでいて、試したようなことを言っていたわね)

「いつもの、ことだから……」

 もうすぐ試験が始まる時刻の10時だ。
 ギルドの建物上部に設置されている水晶には、魔法で浮かび上がる数字が『9:52』になっていた。
 ミラはその子の肩を支えて、試験会場に向かうことにした。

「歩けますか?」

「親切なのね……。本当にいいの?」

「はい、困ってそうでしたから」

 ミラは迷わず助けることを決めた。といっても肩を貸すだけだ。
 決して、見た目から一瞬でもゾンビ扱いした罪悪感で、親切な施しをしたのではないと、そう思いたいミラだった。


***


 試験会場に到着すると、中は吹き抜けの内装になっていた。
 会場全体は、区画ごとに敷居で区切られている。

 ここで筆記と実技、面接をするらしい。
 事前に聞いたスフィアの話では、騒音対策として魔法も使用されているとのこと。
 最初に筆記を行い、次に実技、最後に面接という形になる。


 ミラは、受験者の待機場所に案内を受けた。
 肩を貸しながら、その子と一緒に移動する。試験官が一瞬、疑問の目をミラに向けた。 用意されている椅子に座ると、ようやくミラの肩から重さがなくなった。
 椅子に半分倒れかかったような姿勢で、その子は座っている。

 呼びかけようとして、いまさらながら名前を聞いていないことに気づく。

「あの、私はミラです。あなたのお名前は?」

 その子は、首を鉄細工のようにぎしぎしときしむ音をあげて、ミラを見た。ぼそぼそと口を開く。

「私は、リリカ。よろしく……」

 ミラはボソボソ声を聞き逃さないように耳を澄ませた。ついでに、耳に手を添える。

「リリカさんですね、よろくしお願いします。この街で冒険者しながら薬師を目指しています」
「そうなんだ……とはいっても、会うのはこの試験の間だけだと思う。私、王都から来てるから」
「あ、今度王都行くので、またどこかで会えるかも知れませんね」
「へ~、そうなんだ」

 会話のおかげか、リリカの声が少しだけ緊張が取れた。スムーズに話せるようになり、肌色も少し戻っている。


「体調はもう大丈夫ですか?」
「少し楽になった。本番に弱くて、いつもこの有様ありさまなんだよね……」
「なんだか、大変そうですね……」


 だが、それも少しの間だけだった。
 試験の時間が近づいてくると、元のぼそぼそな喋り方と青白い顔色に戻った。

 ミラと話している間、試験のことを忘れていたらしい。

(一時的だけど、薬以外で症状を治す方法もあるのね……。心が原因の病気かしら。身体を治療するポーションだけでは治せないみたいね)

 再び体調悪そうにしているリリカを観察して、そんな事を考えるミラだった。
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