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2-4.フローラの思惑、聖女への誘い

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 実は、この会議室でギルドマスターとの会談中の護衛任務の体でミラはここにいる。だが、予定では護衛は今日いっぱいとなっていた。

「それで、私は今日、護衛でどこに行けばよいのですか?」

 それにはレオが答える。

「それなんだが、妹はどうやら君と少し話したかったというか、確かめたいことがあるらしい」
「……え? フローラ様が?」

 フローラはニコニコした表情で、ミラを見ていた。

「ええ、レオお兄様の言うとおり。確かめたこともあったし、ちょっとミラちゃんと遊んでみたかったんだよね」
「その、失礼ながら、確かめたいことというのは?」
「そんなの、決まってる。ミラちゃんの才能のことだよ」
「それって?」
「いま、ミラちゃんはどのくらい、自分の才能に気づいている?」

 ミラは、才能と言われて、記憶のことが思い浮かんだ。
 あと、本を読むのが早いらしい。
 魔法も少し使える。

 この3つを思い浮かべた。

「本を読んだり、体験したことを覚えやすかったり、魔法が少し得意なことくらいでしょうか?」

 それを聞いて、フローラはミラのところまで歩いてきた。すると、耳元でそっと囁く。

「それ、ちょっと少なすぎますよ。少なくとも、あなたのお屋敷で見せた才能は、そんなに少なくないですよね」
「それって、どういう……」

 すっと、フローラは少し距離を開けてミラに笑いかけた。
 フローラは、そのまま小さな声で話を続ける。

「聖女に推薦したのは私だったんです。推薦理由はあなたの多才さ。いまいる聖女候補の成績トップの子すら霞むほどのね」

 フローラは自分の席に戻ると、ミラの困惑した顔を見て少しため息をついた。
 それはきっと、バイレンス家のミラに対する扱いが悪かったことに対してだ。

「その……私はどうしたらよいのでしょう?」

「本当は別のことを確かめようと思ってたんだけど、やっぱりいいかな。ただ1つだけ、彼と模擬戦をしてほしいのよ」

 ミラはフローラの指した方を見た。そこには1人の男がいる。
 さっきから無言で佇んでいる黒マントの男と戦えというのだ。

 レオは少しだけ目の色を変えて大きな声でフローラをたしなめる。

「何を言っている!」
「え? レオお兄様、これは決して冗談じゃないですよ?」
「わかっているのか? お前も知っているだろう。こいつが誰なのか」
「ええ、知っています。どっちが強いのかな? と興味があります」

 その言葉に先に反応したのは、黒マントの男だった。

「へえ、お嬢様がそこまで言うなんて珍しいな。この女、そこまでの実力者なのか?」

 ミラは話についていけず混乱した。
 そもそもこの男は誰なのか知らない。

 フローラはその疑問に答えるように説明した。

「彼はこの国で唯一人、王家を守る代わりに国王と同等の権限を持つSランク冒険者、セファエルです。この国にSランクは彼だけとなっていて、冒険者の特権を放棄して唯一、特定の国に所属しているんです。そして、世界でも最強の一角と言われる魔法剣士です」

 ミラはそれを聞いて、疑問が次々と湧いた。

「はあ……。ですがその、私は一般庶民の方よりもずっと弱いので、そんなお強い方と戦える道理がありませんわ」

 それを聞いて、フローラが初めて笑顔を崩した。
 少しだけ驚いた表情をしたのだ。

 フローラは家の中でいつもはつらつとした表情で陽気な態度を取っている。だが、外ではお嬢様モードでほとんど作り笑いを崩さない。
 それが崩れるほどだ。

「へ……ぇ? それって平民の方よりもミラさんが弱いと言いたいの?」

 半信半疑でフローラはミラに問う。

「はい、いままで運良く弱い人盗賊と戦って勝てたことはありますけど、戦闘経験もほとんどありませんし、お強い方と戦えるほどでは……」

 レオはうなずいてフローラに苦言を呈した。

「そうだぞ。いくらなんでも、セファエルと戦わせるのは無理がある。彼女も冒険者とは言え、見たところ体の線も細いし、剣を打ち合っただけで骨折してしまうのではないか? それにこの男は手加減というものができないんだよ」

 フローラは少し黙り込んだ後、こう提案する。

「じゃあ、レオお兄様が模擬戦をしてみては? 末の妹フレドリカとの稽古でも手加減がお上手でしょ?」

「いや、それは構わんが……彼女はそもそも剣術を使えるのか? 基礎ができていないと動きが読みづらくて、ケガをさせてしまう」

 ミラもうなずいた。

「そうですね。剣術を収めていないので、思わぬケガをさせてしまうかも……」

 ミラは自分の下手な剣裁きでレオのほうにうっかりケガをさせてしまうかも知れないと伝えた。

「本人もこう言っているぞ?」

 そこで、セファエルが自分の黒いマントを少しだけふわりと手で払い、口を挟んだ。

「おいおい、お前本気で言っているのか? 少なくとも、お前が手加減なんてして打ち合ったら、この女に半殺しを食らうぞ?」

 どうやらミラの所作や動きからある程度の実力をその場で測ったセファエルが、レオをたしなめた。

「なに……言っているんだ?」

 さらに驚愕の表情でレオは立ち尽くす。
 フローラもセファエルの言ったことに驚いた。

「そこまで、の強さですか?」

 ミラの才能は色々あるとは気づいていたが、まさか、いまのミラの実力が、レオをうっかり半殺しにしてしまうレベルのものだとはフローラも気づかなかったのだ。

「あの……何かの思い違いでは?」

 ミラは自己申告で、そのセファエルに反論した。

「なるほど、自覚なしか。じゃあ、軽く俺が相手してやる。とりあえず、俺が切り込むから防いでみてくれ」

 ミラは呆然とセファエルの言葉を聞いた。

 レオが止めるまもなく、セファエルはその場で長剣を腰から抜き、踏み込んだ。
 一瞬で、ミラの眼の前に到達し、斬りかかる。

 ミラは剣を構える暇もなかった。
 セファエルは手加減などしない男だ。本気で斬りに来ている。
 何もしなければミラは上から袈裟斬りにされるだろう。

 とっさにミラは、手で腰の剣を抜き、セファエルの剣に合わせて弾き返した。

 その刹那の攻防は、ほとんど誰にも目で追うことができず、終了した。

 横で見ていたスフィアは、一瞬でミラの目の前にセファエルがいて、剣を振り上げているのに気づいた。場所も移動している。

「あ、え?」

 もちろん、振り上げたのではなく、ミラに弾かれた格好ではあるが。

「レオお兄様、いまの見えました?」
「いや、俺でも目で追えなかった。それより、彼女はいつ剣を抜いたんだ?」
「わかりません」

 レオは、ようやく理解した。ミラに見た目だけで判断して手加減を加えてやろうなどという考えが、身の程知らずだったことを知る。

「ふ、はははっ」

 セファエルは笑った。

(かろうじて受け止めるのかと思えば、まさか男の俺が力で剣戟を押し返されたじゃないか。しかも魔法さえ使わず、腕力だけで止めやがった。あの細い体でどんな肉体してやがるんだ?)

 ほとんど実戦経験のない、剣術も嗜んでいない、そんな人間がこれから経験を積めば、どうなるのか想像さえできなかったのだ。剣術の方は申し分なく、むしろ問題は剣術に魔法を組み合わせて使っていないことのほうだった。

「お前……、面白いな。よし、気にいった。今後は俺が剣に使える魔法をきちんと教えてやる。いいな?」

 セファエルはミラの了解を取ることすらなく、勝手に魔法の指導者を名乗る。

「はい……え? 指導?」

 ミラは困惑の表情を浮かべた。
 少し強引な男性だという印象をセファエルに持った。だが、彼の目はどこまでも真剣である。そういう意味で冗談は通じないし、言わないのだろう。

 そこに、フローラが体を割り込ませた。

「ちょっと、セファエル様! 私が先にお友達になる予定でしたのに。指導とか言って連れ出すのはやめてくださいね?」
「ああ、わかっている。連れ出す気もないし、その必要もない。あとはお前の好きにしろ。俺の用は済んだ」

 フローラはうなずいた。

「わかりましたわ。それで、うっかり口をすべらしてしまったのですが、私とちょっとお散歩して遊びませんか?」

 ミラはその申し出に、固まった。
 事態の変化についていけず、目を回していたせいだ。

 ミラは遅れて反応する。

「はい、その……構いませんけれど」

 フローラはそれを聞き、ミラの手をとって笑みを浮かべる






 その様子を横から見ていたスフィアはふう、と息を吐いた。

「なんかミラさん大変ですね……さっきからレオ様もミラさんのことチラチラ見ていますし」

 上2人の王子とレオの違いは、こういうところだった。
 大義名分のない事柄には積極性を失い、プライベートで声をかけるのすらままならない。

 こうしてミラは、バイレンス家と絶縁し、平民としてこの街で暮らすことにした。
 そして、今日はこのまま、ミラがいつもしているという日常に、フローラを案内する。

 そこに、レオやセファエル、護衛集団をぞろぞろと引き連れて、宿から工房、森へと移動した。
 もはや護衛任務ではなく、ミラが護衛されている感じだ。


 その途中で、飼っているシルクを紹介し、何故かセファエルが驚きを通り越して大爆笑した。

 ミラは気づく。彼がこのシルクの犬種を知っているらしいと。
 だがセファエルは結局、正体を教えてくれなかった。
 そして、こう付け加えた。

「王家は正しい選択をしたな。ミラを排除するようなことがもしあったなら、本当に終わっていたな。しかし、これがただの犬って……ぷっ」

 しかも最後は笑い出すのだった。

 ミラはその意味を測りかねた。
 シルクを見てそう思ったということは、何か特別な犬種である可能性も想定する。
 



 そして、1日の護衛任務(偽)が終わり、フローラたちの去り際にこう言われた。

「今日は楽しかったです。よかったら今度、王都の方に是非来てくださいね」

「わかりました。王都にも行きます」

 フローラはミラにとって話しやすく、いつのまにか友達のような距離感になっていた。


 ふと、レオが一歩前に出て、こんなことを言い残した。

「そういえば言い忘れていたのだが、ミラ嬢。あなたは聖女になる気はないか?」

「え? それって絶縁で話がなくなったのでは……」

「そうだ。バイレンス家に対する聖女の要請は、絶縁でなくなった。だが、聖女は平民でもなることのできる職業だ。聖女に必要な勉学や所作、魔法などが可能なら、あなたでもなれる。一度オファーされたということは、平民になったからといって、その資質と資格が消えるわけではない」

「でも……」

 ミラは薬師を目指しているのだ。

「いますぐにとは言わない。考えておいてくれ。だが、聖女というのは職業で、現王国では薬師の上位職に位置するんだ」
「そうなんですか?」

 そこにフローラが口を挟む。

「私も歓迎です。もし、聖女になれば、王都で暮らすことになりますからね。でも、じっくり考えて答えを聞かせてください。それに、聖女には特権があるんです」

「特権ですか?」

「はい、詳しくはまた今度に。とりあえず、今度王都に来て、聖女の職業を見学なさっては? 実態がわからないと、検討のしようもないでしょ?」

「わかりました。都合の良さそうな日に王都を訪問します」

「ならよかったわ」

 レオが2人の話がまとまったようだとうなずいた。

「決まりのようだな。王都に来る際は迎えをよこすこともできるが、どうする?」
 
「いえ、私なら大丈夫です。乗り合い馬車もありますし、いざとなれば歩いてもいけますので」

 レオは頭を片手で押さえて苦笑いを浮かべた。

「歩いてこの街まで来たあなたが言うと、言葉の重みが違うな」

 フローラはスフィアの方をちらっと見て、笑みを浮かべた。

「彼女に聞きましたよ。足がすごく速いって」

「そうなのですか?」

「ええ」

「気づきませんでした。私、足が速かったんですね?」

 ミラはくすっと笑い、レオ、フローラもつられて笑いあった。

 

 先の予定として新たに、ミラは、王都での聖女見学をすることになったのである。
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