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1-15.曲がり角には注意

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 ミラはメリエラの弟子になることで、薬草を調合しポーションなどを製作する薬師見習いとなった。
 メリエラの工房に通う日以外は、薬草を採取して冒険者ギルドでお金を稼ぐのがミラの日課である。

 1日のうち、午前中に採集、午後はお昼下がりに買い物やおしゃべり、調合魔法の基礎訓練を自主的に行い、夜は本を読むか早めに寝る。
 調合機材のほとんどはメリエラの工房に行かないとない。いまあるのは、特殊加工された窯のような機材だけである。
 そのため、できるのは魔法の訓練や知識を増やすことだけである。
 
(もう少しお金が貯まると他の機材も買えるのだけど……)

 この街では、近場の薬草採集依頼は報酬があまり高くない。生活を維持するには問題ないが、調合機材のような高価なものを買うお金はなかなか貯まらないのが現実だ。

 しかし、採集以外の依頼は難易度が高く、魔物の生息域に行かないといけない。
 魔物と戦う力がないと思っているミラにとっては、悩ましいところだった。

 薬草採集は薬師として勉強になるが、リスクが低いため、初級冒険者向けの依頼報酬くらいの水準しかない物が多い。高い報酬の依頼もスフィアはたまに回してくれるが、毎回あるわけでもない。

 ミラはその日、冒険者ギルドで薬草採集を終えたあと、ギルドの受付でスフィアに相談した。

「あの、もう少し報酬の良い依頼はありませんか? ずっとじゃなくて良いんですけど、調合機材を買いたくて一時的に高いのを受けたいんですけど……」

 ミラの申し出にスフィアはいつもどおり依頼書を見比べて、未達成で報酬額の高いものがないかを確認する。
 だが、首を横に振るだけだった。

「ミラさんが受けられそうな高報酬依頼はなさそうですね」
「そうですか……」

 ふと、スフィアはミラの腰にある剣が目に入った。

「ところで、その剣って使えるんですか? 魔物と戦えるようなら、もっと別の依頼もあるんですけど」

 魔物の素材や魔物がいる生息域の資材調達などは高報酬のものがそろっていた。スフィアは以前、ミラから魔物とは戦えないと聞いていた。だが、詳しく聞いたことはなかったので改めて聞いたのだが……。

 ミラは腰の剣を見下ろして、目を伏せる。

「その……振り回すことはできるんですけど、一般庶民の方ほど使えるわけではなくて、魔物の相手は無理だと思います」

 頭の中で思い浮かべたのは、以前遭遇した魔物・フレアボアだった。
 剣なんて構えても突進されただけで吹き飛ばされるイメージしか浮かばなかったのだ。

「う~ん……。そうなると難しいですね。防衛手段のない方は、依頼を受けても死の危険が高いので推奨されていないんです」
「魔物以外で高い依頼はないのでしょうか?」
「えっと、あ。一応ありますけど、盗賊討伐ですね。ただ、対人戦闘の危険もありますし、手練|《てだれ》の盗賊ともなれば、その辺の魔物以上に強いので、危険度はあまり変わりません。まあ、全員が強いわけじゃないんで、ただのゴロツキですごく弱い盗賊とかもいますし、女性冒険者でも普通に倒せはするんですが……」

「そうなんですか? その依頼は、盗賊の身柄を捕まえてここまで連れてくるとかでも良いのですか?」
「はい、もちろん生死は問いません。最悪、首から上だけでも大丈夫なんです。ただ、その……女性冒険者は盗賊の討伐を受けることはまずないんです。逆に捕まって売られる危険もありますし、戦闘になれば捕まえるのは無理なので、結局殺すことになります。そういうわけで、あまり盗賊討伐の依頼は女性が受けたがらないんです」

 スフィアの説明によると、盗賊は存在自体が迷惑なため、速やかに排除する必要があるらしい。

 だから、ギルドで依頼を受けた人以外でも討伐すれば報酬が受け取れるらしい。
 だが、あらかじめ討伐に行くといって、依頼から帰ってこなければ後で救援などを出せるため、依頼を受けてから討伐に行く人が多いのだという。

「そうですか。ちょっと私には難しそうですね」

 ミラは諦(あきら)めて冒険者ギルドを後にする。

 帰り際に、スフィアから注意喚起を受けた。
 盗賊討伐の依頼が来たということは、この街の周辺に盗賊が出現したということだ。

 討伐が完了するまではあまり「街から出ない」「遠出しない」「怪しいところには近づかない」ように言われた。

(気をつけないと……弱い盗賊くらいならと思ったけれど、実際にどのくらいの強さなのかわからないし、でもすごく弱いなら、勝てなくても捕まえられないかしら? 罠にはめるとか……)

 考え事をしながら歩いていたせいか、ギルドを出てすぐの曲がり角で何かとぶつかった。
 正面からぶつかった誰かは、ミラのお腹に顔をぶつけた後、尻餅をついて声を上げた。

「痛てて……」

 地面に座ったままお尻をさすったのは少し茶色がかった髪のタレ目な少年だった。

「ごめんなさい」

 慌ててミラは少年の手を取って起き上がらせた。

「ううん、僕は大丈夫。ちょっと考え事してて、ぶつかっちゃった。ごめんなさい。それじゃあ」

 ミラは少年の目を見てあの日のことを思い出した。

 家を追い出されて、草を食べていた時、水たまりに映る自分の目。

「もしかして、あなた……なにか困っているの?」

 少年は、すっとミラを見上げた。

「どうしてわかったの?」
「なんとなく……かしら」

 少年はミラをじっと見つめる。

「実は、若くて美人の女の人を探しているんだ。お姉ちゃんは、若くて美人?」
「……え?」

 ミラは少年の口から出たセリフが信じられず、目を見開いた。

「ねえ、聞いてる?」

 表情とセリフのあっていない少年はミラの目を見つめた。

「え、ええと。美醜のことは私にもちょっとわからないわ。姉は『普通』と言っていたけれど……」
「そうなんだ……」

 少年はがっかりした。

「どうして、若くて美人の女の人を探しているの?」
「連れてこいって言われた」
「誰に?」
「……妹を連れてった怖い人に、言われた」

 誘拐事件だった。

 ミラは口を開けたまま唖然とする。
 少年の年齢は10歳前後だ。妹ということはそれよりも年が低いのだろう。

 ミラは目を見開いた。

「聞いたことがあるわ。幼い女の子を連れて行く、特殊な犯罪者がいるって……。あれ? でも変ね。そんな人が、なぜ若くて美人の女性を連れてこさせようとしているのかしら」

 しばらく考えて、ミラは結論を出した。

「なるほど、そういうことなのね。「若くて美人」というのはなにかの隠語なのよ。その界隈の人たちにとって、好みの女の子を指すんだわ!」

 ミラは深読みしすぎて、逆に真実から遠ざかっていく推理を披露した。

「ねえ、お姉ちゃん。それ違うと思うよ」
「え?」
「脅されたんだ。連れてこないと妹を殺すって」
「それって大変なことじゃない!」

 少年はうなずいた。
 冒険者ギルドの方に来ていたのは、助けを求めるためだったのだろう。

「でも、助けを呼んでも殺すって言われて」
「そう……なのね」

(これって、どうすればいいのかしら。もし、本当に助けを呼んでその妹さんが殺されてしまったら嫌だわ。でも、美人の女性(?)を連れて行ってもその方が被害に合うだけよね……困ったわ)

 ミラはしばらく考えて、妙案が浮かぶ。

「そうよ、あなたが私を連れて行くのよ」

「え……お姉ちゃんを? なんで?」
「私を連れて行くだけなら、助けを呼んだことにならないでしょう?」
「でも美人じゃないんでしょ? さっき、普通って」
「う……普通だけど、顔というか目の辺りにちょっと力を入れるわ。それで美人に見えないかしら?」
「えっと……僕はお姉ちゃんのこと、普通に美人だと思うよ。だから、そのオモシロ顔はしなくていいと思うよ」

 ミラは少年に言われて、顔に力を入れるのをやめた。
 変な顔芸から、いつものミラの顔に戻る。

「お世辞がうまいのね。とりあえず、顔に力を入れるのはやめておくわ」

 冒険者ギルドの方をミラはじっと見る。

 助けを呼ぶべきだろう。
 だけど、もし、この少年に監視などが付いていて、冒険者ギルドに行くところを見られれば、妹の命も危険にさらされるかもしれない。
 安易にその選択は選べなかった。



 結局、ミラは少年に連れて行かれるていを装って、その怖い人がいるという場所を目指した。

 とりあえず、ミラが囮になって、妹を解放してもらい、その後、捕まったふりをし、隙|《すき》を見て逃げるつもりでいた。

 一応冒険者をしているし、森でのサバイバルで体力もついたし、走力も上がっている。
 若くて美人を狙う、という変態さんたちから走って逃げるくらいはできるはずだ、と愚考したのである。
 あの薬草はいつも持ち歩いているから、いざとなれば変態犯罪者の目や口に突っ込むつもりだ。

 剣も布で覆って、服の背中に隠し、見えないようにした。
 剣は振り回すだけでちゃんと使えない(と思っている)が、いざとなれば武器として使うつもりである。



 少年とミラは裏路地に入り、指定された場所にたどり着く。

 そこは、スラム街のようなさびれた場所で、一軒の酒屋があった。
 日差しも当たらない薄暗くて空気が淀んでいる。
 
 両手で開けるタイプの開閉式扉を押し開けた。そのまま少年とミラはその建物の中に入る。
 そこには、人相の悪い男が数人いた。
 結構な数だ。
 ミラは確信する。ここは変態の集まるアンダーグラウンドのコミュニティだと。
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