実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice

文字の大きさ
上 下
10 / 69

1-8.5.疑惑

しおりを挟む
 王都の中心部に位置する王城、その一室。黄金の髪に目の穏やかそうな女性が豪奢なドレスを身にまとってソファに座っていた。
 その向かいには、老齢の男性が立っていた。役人の風貌をしており、険しい表情をしている。

「どういうことかしら?」
「わかりません。そのように返答を受けた次第でして」
「知っていると思うけれど、『聖女』っていうのは生贄のように扱われていた大昔のような存在ではないのよ? ただの役職。いまも声がかかるのを待つために、必死に勉学に励んでいた平民から貴族令嬢までたくさんいるわ。それくらい、女性たちに憧れられているのよ。聖女に選ばれて逃げ出して、挙げ句に死んだ? ありえないわ」

「わたくしにもさっぱり」
「だって……断るにしても、逃げる必要はないもの。候補は他にいくらでもいる。この件、何か裏があるわね」
「どうしてそう思われるのでしょう? その女性が事実を知らずに逃げたという可能性もあるのでは?」

「あなたは知らないみたいだけど、その子を聖女にと言い出したのはうちの子なのよ。才能が突出していたにもかかわらず、当主もその家族も彼女を表に出さず、隠していた。正直、いまも王家とのつながりが続く名家だし、あまりこういう事は言いたくなかったのだけれど、もし家の都合や当主の個人的な理由で娘を隠したのだとしたら……許されることではないわ」

「それは、勝手に死んだのではなく、彼らが殺したと?」

「そうは言っていないわ。そもそもいまの時代、殺人なんてすぐにバレるもの。あなたも分かっているでしょ? でも、あの犯罪を看破するための魔法システムは、直接的な犯罪しかわからない。間接的に殺されたのだとしたら、誰にもわからないわ」

「もし、貴方様のおっしゃるとおりの意図があるのだとすれば、そもそも、彼女が『死んだ』という報告さえ本当なのか疑問が残りますね」
「……ええ、そうね。とにかく、この件は徹底的に調べなさい」
「わかりました。直ちに調査チームを立ち上げます」

 男は部屋を出ていくと、女性はため息を付いた。
 そのままカーテンの方を見つめて、女性は告げた。

「そんなところに隠れていないでさっさと出てきたら?」
「あ、バレました? お母様……」

 ひょっこり出てきたのは、その女性と同じ髪色のミディアムカットで、はつらつとした風貌の少し身長の小さい女の子だった。

「そんなとこに隠れてるんですもの、当然よ。でも、これでよかったの?」

「ええ。だって私のせいで殺されたのだとしたら、全部、私の責任ですし、もし殺されていなくて、逃げ出して死なせたのなら、やはり私の責任だわ」

「なにかの偶然で生きているかも知れないわよ? その時はどうするの?」

「それは……万が一生きていたのなら、もう聖女にならなくていいと伝えてあげて欲しいんです。だって、本人の意志で逃げていたのなら、まさか逃げ出すなんて誰も思わないじゃないですか。お母様もそう思ったんですよね? 逃げ出して死んだなんておかしいから、お母様も動いてくれたんですよね?」

「あの家は少し前からきな臭かったのよ。密偵の報告では、今代は過去一番に酷いと聞いているわ」
「そう言えば姉上エリスもあの家の長男のことを嘆いていました」

「じゃあ、あの男の言い寄るのを阻止するという目論見があったの?」

「いえ、流石にそれは考えていませんでした。けれど、結局はそういう事になったようです。聖女の話を伝えた直後から、すり寄るような行動も手紙もなくなったようです。ですが、あの子が死んだと分かってから、また増えましたね。前よりも多くなっているくらいです。姉上も頭を抱えていました」

「仕方ないわ。エリスは長女なのに婚約者を作ることも、まして結婚の気配すらないし、私が紹介しても全て断ったもの。いまだに恋人もいないわよね」

「ケルシュお兄様もハルードお兄様もはすぐに結婚されたのに、うちの女性陣はそういうのに興味がないんですよね」
「それって、あなたもでしょ?」

 あはは、と少女はおどけたように笑う。

「誰か気に入りそうな貴族家の男性はいないの?」
「う~ん、いないですね」
「でも、そろそろ見つけないと、姉のように変なのが寄ってくるわよ?」

 女性は冗談めかしてそう言った。「いまのは内緒にしてね」と言い含める。
 一応、あんな男でも名家の貴族で当主候補だ。

「でもなぁ」
「それに、自分で相手が見つけられないようなら、あと数年でエリスはどこかの貴族と結婚させることになるわ。私でも止められない。あなたものんびりはしていられないわよ?」
「その時はその時考えます」

「あなたらしいわね」

 女性は胸の前で腕を組み直すと、表情を引き締める。

「それで、話を戻すけれど、あの子が生きていた場合、別の意味で厄介だわ」
「それはどういう?」
「わからない? もしあの一家が彼女を殺そうとしたなら、あの子はあの一家の犯罪の証拠を握る存在なのよ。殺し損ねて生きていたことがわかれば、どうすると思う?」
「始末されてしまう?」
「今度はなりふり構わないでしょうね」
「そんな……」

 王家も清廉潔白というわけではなく、後ろめたいことも歴史の中にはある。淡々と語るのは、決して他人事ではないからだ。国のためにはいざとなれば少数の犠牲を出すかも知れない。

「もし本当に殺そうとしたなら、家の危機だもの。当主がこの件に関わっていない場合でも、そんなことに家が関わっていたと知られるだけで取り潰しよ? どんな事情であれ、当主は間違いなくあの子を始末するわ」
「でも状況的には生きているってのが希望的観測で、ちょっと厳しいんですよね?」

 家を飛び出した娘があの周辺で生きていられる可能性は低かった。地理的にも周辺の街まではかなりの距離がある。なにより、あそこの森は凶悪で厄介だ。
 王家の者をあの場所に行かせるだけでも、騎士団の手練を数人連れて護衛させないと馬車でさえ無事では済まない。
 そんな彼らでも、フレアボアに遭遇すれば、馬車ごと壊滅する。あの魔物を討伐するには、いまのところ軍隊を出さなければいけない。

「ええ……生きているかは怪しい。もちろんそうなのだけど、もし生きているのなら彼女が生き証人になるから、先に居場所を把握しておきたいのよ」

「けれど、お母様。どこかで生きていたとして、もし公表すればあの家にも知られるのでは?」

「とりあえず、生きていたのなら、別の理由で隠匿する方針にするわ。『生きていることがわかれば次代聖女を狙う教団に命を狙われている』とかなんとか言ってね」

 女性は舌をちょろっ、と出して冗談めかす。

 しばらく話した後、娘の方は部屋を出ていき、母親と思しき女性は部屋にとどまったまま、冷めた紅茶を飲むのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

処理中です...