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1-8.5.疑惑

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 王都の中心部に位置する王城、その一室。黄金の髪に目の穏やかそうな女性が豪奢なドレスを身にまとってソファに座っていた。
 その向かいには、老齢の男性が立っていた。役人の風貌をしており、険しい表情をしている。

「どういうことかしら?」
「わかりません。そのように返答を受けた次第でして」
「知っていると思うけれど、『聖女』っていうのは生贄のように扱われていた大昔のような存在ではないのよ? ただの役職。いまも声がかかるのを待つために、必死に勉学に励んでいた平民から貴族令嬢までたくさんいるわ。それくらい、女性たちに憧れられているのよ。聖女に選ばれて逃げ出して、挙げ句に死んだ? ありえないわ」

「わたくしにもさっぱり」
「だって……断るにしても、逃げる必要はないもの。候補は他にいくらでもいる。この件、何か裏があるわね」
「どうしてそう思われるのでしょう? その女性が事実を知らずに逃げたという可能性もあるのでは?」

「あなたは知らないみたいだけど、その子を聖女にと言い出したのはうちの子なのよ。才能が突出していたにもかかわらず、当主もその家族も彼女を表に出さず、隠していた。正直、いまも王家とのつながりが続く名家だし、あまりこういう事は言いたくなかったのだけれど、もし家の都合や当主の個人的な理由で娘を隠したのだとしたら……許されることではないわ」

「それは、勝手に死んだのではなく、彼らが殺したと?」

「そうは言っていないわ。そもそもいまの時代、殺人なんてすぐにバレるもの。あなたも分かっているでしょ? でも、あの犯罪を看破するための魔法システムは、直接的な犯罪しかわからない。間接的に殺されたのだとしたら、誰にもわからないわ」

「もし、貴方様のおっしゃるとおりの意図があるのだとすれば、そもそも、彼女が『死んだ』という報告さえ本当なのか疑問が残りますね」
「……ええ、そうね。とにかく、この件は徹底的に調べなさい」
「わかりました。直ちに調査チームを立ち上げます」

 男は部屋を出ていくと、女性はため息を付いた。
 そのままカーテンの方を見つめて、女性は告げた。

「そんなところに隠れていないでさっさと出てきたら?」
「あ、バレました? お母様……」

 ひょっこり出てきたのは、その女性と同じ髪色のミディアムカットで、はつらつとした風貌の少し身長の小さい女の子だった。

「そんなとこに隠れてるんですもの、当然よ。でも、これでよかったの?」

「ええ。だって私のせいで殺されたのだとしたら、全部、私の責任ですし、もし殺されていなくて、逃げ出して死なせたのなら、やはり私の責任だわ」

「なにかの偶然で生きているかも知れないわよ? その時はどうするの?」

「それは……万が一生きていたのなら、もう聖女にならなくていいと伝えてあげて欲しいんです。だって、本人の意志で逃げていたのなら、まさか逃げ出すなんて誰も思わないじゃないですか。お母様もそう思ったんですよね? 逃げ出して死んだなんておかしいから、お母様も動いてくれたんですよね?」

「あの家は少し前からきな臭かったのよ。密偵の報告では、今代は過去一番に酷いと聞いているわ」
「そう言えば姉上エリスもあの家の長男のことを嘆いていました」

「じゃあ、あの男の言い寄るのを阻止するという目論見があったの?」

「いえ、流石にそれは考えていませんでした。けれど、結局はそういう事になったようです。聖女の話を伝えた直後から、すり寄るような行動も手紙もなくなったようです。ですが、あの子が死んだと分かってから、また増えましたね。前よりも多くなっているくらいです。姉上も頭を抱えていました」

「仕方ないわ。エリスは長女なのに婚約者を作ることも、まして結婚の気配すらないし、私が紹介しても全て断ったもの。いまだに恋人もいないわよね」

「ケルシュお兄様もハルードお兄様もはすぐに結婚されたのに、うちの女性陣はそういうのに興味がないんですよね」
「それって、あなたもでしょ?」

 あはは、と少女はおどけたように笑う。

「誰か気に入りそうな貴族家の男性はいないの?」
「う~ん、いないですね」
「でも、そろそろ見つけないと、姉のように変なのが寄ってくるわよ?」

 女性は冗談めかしてそう言った。「いまのは内緒にしてね」と言い含める。
 一応、あんな男でも名家の貴族で当主候補だ。

「でもなぁ」
「それに、自分で相手が見つけられないようなら、あと数年でエリスはどこかの貴族と結婚させることになるわ。私でも止められない。あなたものんびりはしていられないわよ?」
「その時はその時考えます」

「あなたらしいわね」

 女性は胸の前で腕を組み直すと、表情を引き締める。

「それで、話を戻すけれど、あの子が生きていた場合、別の意味で厄介だわ」
「それはどういう?」
「わからない? もしあの一家が彼女を殺そうとしたなら、あの子はあの一家の犯罪の証拠を握る存在なのよ。殺し損ねて生きていたことがわかれば、どうすると思う?」
「始末されてしまう?」
「今度はなりふり構わないでしょうね」
「そんな……」

 王家も清廉潔白というわけではなく、後ろめたいことも歴史の中にはある。淡々と語るのは、決して他人事ではないからだ。国のためにはいざとなれば少数の犠牲を出すかも知れない。

「もし本当に殺そうとしたなら、家の危機だもの。当主がこの件に関わっていない場合でも、そんなことに家が関わっていたと知られるだけで取り潰しよ? どんな事情であれ、当主は間違いなくあの子を始末するわ」
「でも状況的には生きているってのが希望的観測で、ちょっと厳しいんですよね?」

 家を飛び出した娘があの周辺で生きていられる可能性は低かった。地理的にも周辺の街まではかなりの距離がある。なにより、あそこの森は凶悪で厄介だ。
 王家の者をあの場所に行かせるだけでも、騎士団の手練を数人連れて護衛させないと馬車でさえ無事では済まない。
 そんな彼らでも、フレアボアに遭遇すれば、馬車ごと壊滅する。あの魔物を討伐するには、いまのところ軍隊を出さなければいけない。

「ええ……生きているかは怪しい。もちろんそうなのだけど、もし生きているのなら彼女が生き証人になるから、先に居場所を把握しておきたいのよ」

「けれど、お母様。どこかで生きていたとして、もし公表すればあの家にも知られるのでは?」

「とりあえず、生きていたのなら、別の理由で隠匿する方針にするわ。『生きていることがわかれば次代聖女を狙う教団に命を狙われている』とかなんとか言ってね」

 女性は舌をちょろっ、と出して冗談めかす。

 しばらく話した後、娘の方は部屋を出ていき、母親と思しき女性は部屋にとどまったまま、冷めた紅茶を飲むのだった。
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