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1-3.魔物・フレアボア

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 道を歩いて1週間以上が経った。
 いまだに森のそばを歩いているが、一向に人のいる場所は見えてこない。

 ミラが魔物に襲われていないのは、自分でも理由がよくわからなかった。

 とりあえず、草の生えている周辺には魔物がおらず、採取ができることとなにか関係しているのかもしれない。しかし、ミラがそれに気づくことはなかった。

 とはいえ、魔物がこの辺にまったく生息していないということではなかった。
 時折、魔物の鳴き声が森から聞こえるのだ。
 
 ミラは歩いていて気づいたことがあった。
 それは草を食べると、歩くペースが早くなっていたことだ。お腹はいているのに、いまだに空腹で倒れることもなくだ。水と草で生きていられるのも不思議だった。

「さすがにおかしいわよね?」

 草だけで人はこんなにも長く歩き続けられるものなのか。生きていられても普通に元気でいられるものなのか、と両手を見つめて疑問の表情を浮かべた。

 すると、街道の少し先に誰かの姿が見えた。

 ミラは少しだけ早足でその遠目に見える誰かに近づこうとした。街が近いのかもしれない。
 しかし、途中でミラは速歩きの足を止めた。

「あれって……」
 
 ミラはその場に立ち尽くした。

 人ではなかった。いのししのようなずんぐりとした魔物・フレアボアだ。
 距離はまだあるが、ミラは急いで周囲を見渡し、森に少しだけ入った。

 大きな木の後ろに隠れてやり過ごそうとしたのだ。

 ゆっくり近づいてくるフレアボアに、ミラは思わず息を止めて、手で口をふさいだ。
 手が震えているのは見つかったら殺されるという恐怖。

 魔物は基本的に人が逃げても足が早くて逃げ切れない。
 だから、逃走は悪手あくしゅだ。
 
「ぐっるるるるぅ」

 フレアボアはミラの隠れたすぐそばの地面を、鼻でくんくんといで、何かに気づいた。

 ばしゅ、ばしゅっ。
 
 地面を蹴るような音の後、ものすごい衝撃しょうげきがミラの背中から伝わってきた。

 ドガッ、バキバキ。

 そのまま大きな木は爆散し、ミラは爆風を背後から受けたように空中に吹き飛ぶ。
 全身を地面にち付けて、悲鳴を上げながら森の中を転がった。
 ようやく、木の根元に腹が引っかかり、ミラの体は止まる。
 
「うぐぅ……、すごく痛いわ……」

 ミラはお腹を押さえてなんとか立ち上がる。

 手に少しだけ持っていた草を食べて、ポケットに入っていた草を取り出した。
 お腹の出血した部分にも当てたのだ。血を止めないとまずい大出血のケガだった。

 もはや細かい傷にかまっている暇はなく、この場を一刻も早く逃げなくてはあの魔物に殺されてしまう。

 草のおかげで痛いのが少し和らいだのか、血も止まって動けるようになった。
 ゆっくり足音を立てないように木の陰からひっそりと移動した。

 だが、魔物は匂いを追っているようで、すぐに見つかった。
 まずい、と感じたときには、ミラは横に大きく地面を蹴ってななめ前方に飛んだ。

 真横をものすごい勢いで通り過ぎるフレアボア。
 だが、直進から急激に方向転換し、ミラのほうに突っ込んできた。

 目論見もくろみは外れた。あの巨体で方向転換も自在だ。『真っ直ぐにしか走らない直進するだけの魔物』ではなかった。
 暴れ狂うような動き。突進をあらゆる場所に方向転換できる。なんの武器も持たずに人が立ち向かうべき魔物ではない。この事実をミラは思い知った。
 

 フレアボアは方向を間違えたのか巨大な木に突進した。
 魔物が足止めを受けたことで、ミラは魔物から少し距離を離すことに成功する。

 だが、次はないだろう。

 何か、対抗する手段はないのか?
 しかし、ミラは草と路銀の銅貨しか持っていない。

「どうすれば……」

 ふと、ななめ後ろを見て、草がたくさん生えていることに気づいた。
 そこに飛び込むように走り、必死でその草をむしり取ったのだ。

(こうなったら、食べられる前にこの草を口に突っ込んでやるわ)

 このまずい薬草を口に入れれば多少は何か起こるかもしれない。
 匂いも強いし、鼻の敏感そうなあの魔物なら動けなくなる可能性だってあるはずだと。

 魔物の動きは早いが目で追えないわけではなかった。草を口に入れるくらいはできるはず。

 ただ少しでもかすれば、身体が吹き飛ぶ。

 ミラはひたいから一筋の汗を垂らして、手の薬草に力を込めて待ち構えた。

 だが、魔物はその場に走って突っ込んでこなかった。

「あれ?」

 どうやらクンクンと匂いをかぎ、ブルルゥと少しだけ後退した。
 この草の匂いがもうすでに苦手なのだとミラは気づいた。この薬草の数は、たしかに匂いも濃い。
 1本や2本では防げなくても、これだけたくさんの薬草があれば寄ってこれないのだろう。

「つまり、ここって安全地帯?」

 ミラは魔物とにらみ合うように、恐る恐る草の中心点に後退する。
 そのにらみ合いはしばらく続くと、魔物は森の奥へと歩いていった。

 その場にとどまるのさえ嫌だったのだろう。

「た、助かった……」

 へなへなとひざをついて、草の中心部で地面に両手をついた。
 
「これ何かしら?」

 手に取ったのは少しだけ色の違う草だった。
 あれだけたくさんの草を採取したのに、初めて見る神秘的な色だった。

「毒……ではないわよね?」

 同じ種類のはずだが、色だけ少し違う。

「とりあえず採集だけしておきましょ」

 ポケットにその草を入れる。

 魔物におそわれて初めて気づいたが、この草はたくさんあると魔物が寄ってこないらしい。
 ならもう少したくさん持ち運んでおきたい。
 そこで、近くにある大きな葉っぱを結んでバッグのようにした。その中に、草を入るだけ詰め込んだ。

「草ってすごくかさばるのね」

 本数が多いせいか、ぱんぱんで葉っぱの結び目が千切ちぎれそうだった。
 だが、いのちには変えられないし、魔物と遭遇そうぐうしたときのためにそのまま持ち歩くことにする。

 ミラは、繰り返し、葉っぱを食べて採集し、たまに見つける色違いの草をんで、道を進んだ。

 ようやく、隣の街が見えてきたのである。


 兄はきっと、私が生きて隣町にたどり着くとは思っていなかったのだろう。

 もし、気づかれれば、次はどんな目に合うかわからない。それくらい、なりふり構わず追い出そうとしてきた。
 もしかしたら、あの様子だと次は誰か暗殺者を差し向けられて殺されるかもしれない。
 あの家にはそれくらいの力は当然あるはずだとミラはうなずく。

 自分の素性を伏せて、この街でひそやかに暮らしていくことに、とりあえず目的を決めるミラだった。
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