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過去1
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長嶺と病院を出たのは10時すぎだった。
「車まわしてくるからここで待ってて?」
そう言うと、足早に駐車場へ向う。
正面玄関のロータリーで待っていると長嶺の車が静かに滑り込んた。
「おまたせ、乗って?」
「はい。ありがとうございます。」
病院を後にすると、真っ直ぐ美咲のマンションに帰ってきた。
「どうぞ何も無い部屋ですけど。お茶飲んで行って下さい。」
「うん。ありがとう。」
美咲の部屋に案内される。
キチンと整理されているが何か違和感を感じた。それが何の違和感なのか長嶺には解らなかった。ただ、哀しくなった。
「適当に座っててください。コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「じゃあ、コーヒーで。」
「わかりました。」
暫くすると、キッチンからコーヒーの良い香りがしてくる。
「どうぞ。」
美咲が長嶺の前にカップを置いた。
「ありがとう。」
「・・・・・。」
美咲はコーヒーを飲みながらクスリと笑う。
「美咲?どうかした?」
「聞きたい事があるって顔してますよ?」
「えっ?そんな顔してたかな?」
「うん。聞きたい事があるなら言って?」
「・・結城先生とはどういった関係なの?」
「・・・。私の父の古い友人だったの。小さい時はよく遊んでもらった記憶があるなぁ。」
「・・・。」
珍しく美咲の纏う雰囲気が優しいものに変わった。
「でも・・・、暫く疎遠になってた。私の両親が事故で亡くなって。児童養護施設に預けられていたから。」
目線を伏せて言葉を紡いだ。長嶺はただ静かに聞いていた。
「父と母は駆け落ち同然だったらしいの。だから、誰も私の引き取り手は無かった。両親を亡くした事と世間の冷たさにショックを受けたみたいだったらしい・・・。」
余りにも他人事の様な言い方に長嶺の胸が軋んだ。
「それで・・?」
「児童養護施設に入る頃には、話すことも出来なくなってた。笑いもしない怒りもしない泣きもしない感情が欠落してたって養護施設の先生は言ってた。」
「そんな事・・。」
「でもね、先生が・・。昴おじさんが私を見付けてくれたの。たまたま訪問した児童養護施設に私が居て。ずっと、私の事を探していてくれたみたいで、、、。昴おじさんのお陰で私は人間らしい感情を取戻す事が出来た。」
美咲は笑っていたが、長嶺には泣いているように見えた。美咲の震える手を優しく握る。
「無理しなくて良いよ?」
「ううん。私が自分でこの話をするのは長嶺さんが初めてなの。だから最後まで聞いてもらいたい。」
「そっか?わかった。」
「再会を果たしてから昴おじさんは私の事を引き取ろうとしてくれてたんだ。・・・でもね?当時、結婚もしていない弁護士としても駆け出しだったおじさんの足枷になりたくなかった。大好きな人だったから。だから私は一人で生きていこうって決めたの。沢山アルバイトしてお金を貯めて、就職して。」
「それで、あの会社に?」
美咲はコクリと頷いた。
「父が好きだった車なの。それに、児童養護施設って18歳になったら出ないといけないから何かあった時の保証人になってもらえる様に昴おじさんにはお願いしてたんだ。まさか、こんな事で迷惑掛けるなんて思わなかったけど・・。」
「美咲・・。俺じゃ駄目かな?」
美咲を優しく抱き締めながら長嶺が言う。
「えっ?」
「君の支えになりたい。少しでも頼ってくれたら嬉しい。」
美咲の瞳を見つめながら自分の思いを告げる。
「過去の美咲の為には何もしてあげられないけど、これからの君には何でもしてあげられる。いや、したいんだっ!!」
ああ、そうか・・。この部屋に感じた違和感の正体がわかった気がした。
『温かさが無いんだ。』
本来受けるべきだった両親の愛情や友人との友情、そういった情が欠落しているんだ。
こんな部屋でいつも美咲はどんな気持ちで過ごしていたんだろう?
そう考えると、哀しくて仕方がなかった。
「今の話聞いてた?私は天涯孤独の身なの。両親の愛情すらまともに覚えてない。そんな人間なんだよ?長嶺さん?長嶺さんにはもっと相応しい人がきっといる。」
「そんな事ないっ!」
「ううん。今は毛色の違う人間に興味を惹かれただけ?誰だって欠陥品は嫌でしょ?」
長嶺の手が美咲の頬を撫でる。
「どうしてっ?どうしてそんな言い方するんだ?美咲は欠陥品なんかじゃないっ!」
「ふふっ。優しいね。私はその気持ちだけで十分だよ?少し良い夢を見れただけで幸せ。」
「美咲っ!?」
「ありがとう。」
そう言うと長嶺の腕の中からスルリと抜け出てしまった。
「ごめんなさい、長嶺さん。今日はちょっと疲れたみたい・・。だからもう帰って?」
「美咲?」
「お願いっ!」
「・・・・・。」
「わかった。今日は帰る、でも俺は美咲を諦めるつもりはないから。」
「・・・。」
『ガチャン』
まるで、重い牢獄の扉が閉まるような音がした。長嶺の足音が遠ざかっていくのを確認すると美咲は泣き崩れた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
何度も何度も紡がれた言葉は届くことなく消えていった。
「車まわしてくるからここで待ってて?」
そう言うと、足早に駐車場へ向う。
正面玄関のロータリーで待っていると長嶺の車が静かに滑り込んた。
「おまたせ、乗って?」
「はい。ありがとうございます。」
病院を後にすると、真っ直ぐ美咲のマンションに帰ってきた。
「どうぞ何も無い部屋ですけど。お茶飲んで行って下さい。」
「うん。ありがとう。」
美咲の部屋に案内される。
キチンと整理されているが何か違和感を感じた。それが何の違和感なのか長嶺には解らなかった。ただ、哀しくなった。
「適当に座っててください。コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「じゃあ、コーヒーで。」
「わかりました。」
暫くすると、キッチンからコーヒーの良い香りがしてくる。
「どうぞ。」
美咲が長嶺の前にカップを置いた。
「ありがとう。」
「・・・・・。」
美咲はコーヒーを飲みながらクスリと笑う。
「美咲?どうかした?」
「聞きたい事があるって顔してますよ?」
「えっ?そんな顔してたかな?」
「うん。聞きたい事があるなら言って?」
「・・結城先生とはどういった関係なの?」
「・・・。私の父の古い友人だったの。小さい時はよく遊んでもらった記憶があるなぁ。」
「・・・。」
珍しく美咲の纏う雰囲気が優しいものに変わった。
「でも・・・、暫く疎遠になってた。私の両親が事故で亡くなって。児童養護施設に預けられていたから。」
目線を伏せて言葉を紡いだ。長嶺はただ静かに聞いていた。
「父と母は駆け落ち同然だったらしいの。だから、誰も私の引き取り手は無かった。両親を亡くした事と世間の冷たさにショックを受けたみたいだったらしい・・・。」
余りにも他人事の様な言い方に長嶺の胸が軋んだ。
「それで・・?」
「児童養護施設に入る頃には、話すことも出来なくなってた。笑いもしない怒りもしない泣きもしない感情が欠落してたって養護施設の先生は言ってた。」
「そんな事・・。」
「でもね、先生が・・。昴おじさんが私を見付けてくれたの。たまたま訪問した児童養護施設に私が居て。ずっと、私の事を探していてくれたみたいで、、、。昴おじさんのお陰で私は人間らしい感情を取戻す事が出来た。」
美咲は笑っていたが、長嶺には泣いているように見えた。美咲の震える手を優しく握る。
「無理しなくて良いよ?」
「ううん。私が自分でこの話をするのは長嶺さんが初めてなの。だから最後まで聞いてもらいたい。」
「そっか?わかった。」
「再会を果たしてから昴おじさんは私の事を引き取ろうとしてくれてたんだ。・・・でもね?当時、結婚もしていない弁護士としても駆け出しだったおじさんの足枷になりたくなかった。大好きな人だったから。だから私は一人で生きていこうって決めたの。沢山アルバイトしてお金を貯めて、就職して。」
「それで、あの会社に?」
美咲はコクリと頷いた。
「父が好きだった車なの。それに、児童養護施設って18歳になったら出ないといけないから何かあった時の保証人になってもらえる様に昴おじさんにはお願いしてたんだ。まさか、こんな事で迷惑掛けるなんて思わなかったけど・・。」
「美咲・・。俺じゃ駄目かな?」
美咲を優しく抱き締めながら長嶺が言う。
「えっ?」
「君の支えになりたい。少しでも頼ってくれたら嬉しい。」
美咲の瞳を見つめながら自分の思いを告げる。
「過去の美咲の為には何もしてあげられないけど、これからの君には何でもしてあげられる。いや、したいんだっ!!」
ああ、そうか・・。この部屋に感じた違和感の正体がわかった気がした。
『温かさが無いんだ。』
本来受けるべきだった両親の愛情や友人との友情、そういった情が欠落しているんだ。
こんな部屋でいつも美咲はどんな気持ちで過ごしていたんだろう?
そう考えると、哀しくて仕方がなかった。
「今の話聞いてた?私は天涯孤独の身なの。両親の愛情すらまともに覚えてない。そんな人間なんだよ?長嶺さん?長嶺さんにはもっと相応しい人がきっといる。」
「そんな事ないっ!」
「ううん。今は毛色の違う人間に興味を惹かれただけ?誰だって欠陥品は嫌でしょ?」
長嶺の手が美咲の頬を撫でる。
「どうしてっ?どうしてそんな言い方するんだ?美咲は欠陥品なんかじゃないっ!」
「ふふっ。優しいね。私はその気持ちだけで十分だよ?少し良い夢を見れただけで幸せ。」
「美咲っ!?」
「ありがとう。」
そう言うと長嶺の腕の中からスルリと抜け出てしまった。
「ごめんなさい、長嶺さん。今日はちょっと疲れたみたい・・。だからもう帰って?」
「美咲?」
「お願いっ!」
「・・・・・。」
「わかった。今日は帰る、でも俺は美咲を諦めるつもりはないから。」
「・・・。」
『ガチャン』
まるで、重い牢獄の扉が閉まるような音がした。長嶺の足音が遠ざかっていくのを確認すると美咲は泣き崩れた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
何度も何度も紡がれた言葉は届くことなく消えていった。
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