見栄はりな僕とクールなあの子

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見栄はりな僕とクールなあの子

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 僕は物心ついたときから、学校が苦手だった。別に誰かからいじめられていたわけじゃない。でも、怖かった。バカで間抜けで、人一倍ヘタレな本性を知られてしまったら、なんて言われるか。笑われるか。それが怖くてどうしようもなかった。
 だから、いつも明るいヤツでいた。ありったけの元気を絞り出してヤンチャしてみた。友達や先生に「僕はこういうヤツなんだぞ」って見せつけてみた。いじめっ子とか、ガキ大将とかいうのとは少し違う。バカな本性に半ば開き直って、みんなの前でおどけてみせた。
 
 前の学校でもそうやって振る舞ってきたんだ。転校先でも、そうやっていけば上手くいくはず。

 なんて、思っていたのに――。

「どうしよう……」

 心の声が漏れる。必死に作り上げてきたものが、今この瞬間崩れ落ちようとしていた。
 がらんとした教室には置きっぱなしのランドセルと、同じ所を何度も行き来する僕一人だけ。ときどき足がぶつかって机や椅子が音を立てる。
 夕焼けに染まったカーテンが風になびいていた。

 
「えっと、まず扉を右手で開けて、左手で閉めるでしょ。それから提灯を右……いや左手だ。左で持って、次の扉を右……あれ?左だっけ……!?」

 
 マズイ、思い出せない。

 ぶつぶつと独り言を呟き、そこらここらを右往左往。焦る心を抑えたくて焦りが頭の中で渦巻く中、思い出せと脳に必死に言い聞かせる。

 僕が転校して来た学校ではしばしば都市伝説が流行っていた。噂は耳にしていたが、興味もなくて気に留めていなかったけれど、今日の昼友達の一人が急に怖い話をしたかと思いきや、こう言い出したのだ。

『――――この話を聞いたヤツは、三日以内に夢の中でメリーさんに出会う』

 それに、メリーさんの願いを叶えないと夢の中へ永遠に閉じ込められてしまうのだ、と。

 バカバカしいなんて思わなかった。本気で怖くなった。友達から繰り返し話を聞き、必死になって対処法を頭に叩き込んだ。
 けれど今、それに行き詰まっている。

 幽霊の類に出会ったことは一度もない。でもこういう話をされると、摩耶まやかしだって跳ね除けられず恐怖が一気に押し寄せてくる。

「どうしよう、どうしよう……」

 焦りで往復する速さだけが増していく。もし手順を間違えたら、僕は一生夢に閉じ込められる。頭が混乱してきた。
 
 そんなとき――。

 
「何やってるの」

 
 後ろの方で声がした。驚いて振り向くと、引き戸の近くに赤いランドセルを背負った女の子が立っていた。つんとした表情がこっちを見つめている。開かれた窓から吹く風が、ショートヘアをふわふわと揺らしていた。

 
「べっ、別に何も」
「本当に?声、廊下まで丸聞こえだったけど」

 
 彼女は表情を変えないまま、少し眉を顰めた。
 そんなに声が大きかったのか。恥ずかしさと、何か言われるかもしれない焦りでいっぱいになる。

 
「ほ、本当に何でもねぇよ!」

 
 咄嗟に声を荒げた。焦っているとはいえ、噛みついてしまったことに後悔が残る。
 けれど、彼女は微動だにしなかった。そればかりか、ふーんと小さく呟くと、壁にもたれかかり腕を組む。細めた目は、まるで嘘だと言わんばかりに見つめていた。
 大勢でいるのとは違う。いつものように戯けられない雰囲気に――その視線に、僕は耐えられなかった。

「……最近、クラスで流行ってる都市伝説があるだろ?」
「都市伝説?」
「ああ」

 うっかり彼女にもメリーさんが来ないよう所々省きながら、ぽつりぽつりとワケを話していく。そんな中でも、彼女は表情を崩さずにいた。
 ひとしきり話し終えた後、おもむろに口を開く。

 
「あのさ、それ……」

 
 少しずつ距離を詰めてくる。ちょうど机一つ分まで寄ってくるとこう呟いた。

 
、じゃないの?」
「――はっ?」

 
 この話、ウソ……?
 突然のことに、間抜けた声が出てしまう。一瞬呆気に取られたが、すぐ頭を振った。

 
「う、ウソじゃねぇって!アイツは兄ちゃんから、アイツはアイツの友達の近所のおじさんから直接メリーさんに会った話を聞いたって」

 
 もう誰から誰に伝わってきたか分からなくなってくる。でも、今まで焦っていた自分を真っ向から否定された気がして、何か言い返したかった。何より、現れかけた素の自分をどうにか隠したかった。
 しかし、彼女は全く響いていないようだった。そうじゃなくて、とため息混じりに言葉を続ける。

 
「メリーさんの呪いから唯一抜け出せる呪文、『ソウシナハノコ』。これを逆から読んだの」

 
 『ソウシナハノコ』。初めて聞いたその言葉に、また呆気に取られた。
 
 
 「じゅ、もん……?」
 「知らなかったの……?」
 
 
 何も言い返せない。わずかに呆れたような声が返ってきた。
 確かに、思い返すと友達が別れ際にそんな事を言っていた気がする。――ニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべながら。

 一気に、肩の力が抜けた。
 なんだ、ウソなんだ。これで夢の中でメリーさんに会うこともない。夢に閉じ込められることもない。友達が僕を揶揄からかっただけだとようやく気づいた。安心感とともに、僕は力なくその場にへたり込む。

「よかっ、た……」

 そう口からこぼれたとき、急に目頭が熱くなった。安心からか虚しさか、それとも尻餅をついた痛みなのか。
 慌てて彼女に背を向けた。目に映るカーテンや机の輪郭が次第にぼやけてくる。夕日の橙色と混ざりあった視界に、ぐっと胸が締め付けられた。でも――。

「なんっだよーアイツ!がバカだからってからかいやがってー!ふっつーにビビって損したぜ。ありがとな!教えてくれて」

 後ろを向きながらひらひらと手を振ると、そのまま近くの机にもたれかかる。声が震えていた。明るく繕った言葉に対し、目のなかの熱いものはどんどん込み上げてくる。
 
「……どうしたんだよ、帰んねーの?」
 
 僕なりに別れの挨拶をしたつもりだったけれど、彼女に動く気配はなかった。
 出来ることならさっさと帰ってほしい。弱気な本性ぼくは見せられない。泣き顔なんて見られたくない。


はこれからここで夕焼けをするからよ、別に気ぃ遣わなくていいぜ?それに、男なんかと一緒に帰りたくねーだろ?だから――」

 さっさと帰れよ。

 最後の言葉を言う前に、口をつむいだ。また声が震えている。息を吐くのでさえ唇が震えて億劫になってきた。
 まだダメだ、人が見ている。なんとかこらえながら、霞んだ景色をじっと眺めた。

 ――長い沈黙が続く。しばらく経ったあと、上履きが床を擦った。ようやく帰るのかと思いきや、目の端に置かれたランドセルが映る。いつの間にか彼女は、僕と背中合わせに腰を降ろしていた。

 なにしてんだよ。
 僕の言葉を遮り、彼女は呟く。

「見てないから。私は」

 終始変わらない、ぶっきらぼうで静かな声。けれど今は、そこに優しさがあるように感じた。
 頬を涙がつたう。一つ、また一つと零れ落ちていく。駄目だ、駄目だと思っても、涙は留まることを知らなかった。

 静まり返った教室のなか、泣きじゃくる声がひとり寂しく反響する。背中越しの温もりが少しずつ孤独感を溶かしていった。
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