歌う過激派武装集団

Chiot

文字の大きさ
上 下
5 / 11

#04・魔法の言葉

しおりを挟む
不良グループ神威感染事件の翌日。
ラボには不良グループから集めたアンプルでワクチンを作ろうと実験に取り掛かっている、研究員達がいた。
朝から忙しなく動いている研究員達の中には、イグナシオとオズワルドの姿もあった。

「リヒト、こっち手伝ってくれ」

「ラファエロ、手を貸してくれないかい?」

「へいへい」

「はーい」

リヒトとラファエロは言われるがままに、ラボ内を駆け巡っては実験道具を運んだり、新しいアンプルを持って来たりと大忙しだ。

「ここをこうして、あれをああしようと思うんだけど、どう思う?」

「ん~……、それよりもここをああした方がよくないかな?」

「……あぁ、なるほど。さすがだね、ラファエロ」

オズワルドがラファエロに指摘された通りに数式を書き換える。
理系方面に弱いリヒトには、パッと見、ただの記号にしか見えない。

「失礼しまーす」

不意に声と共にラボの自動ドアが開いた。
聞き覚えのある声にリヒトが振り向くと、そこにはミレイユがいた。
手にはニコラエヴィッチに渡せと言われたであろう資料が山積みになっていた。

――よく転ばずに運べたな……。

「神威感染者達の資料を届けに来……あわわっ!!」

案の定、資料のせいで前が見えないミレイユは何もない所でズルリと足を滑らせた。
その様をたまたま目にしてしまったイグナシオは「あ……」っと小さく声を上げた。

「っと!」

バサバサっとミレイユの手から放たれた資料がラボの床に落ちていく。

「危ないなぁ……、大丈夫?」

とっさに倒れそうになったミレイユの腰を抱きとめたラファエロがミレイユに尋ねた。

「あ……う、うん……」

「怪我とかない?」

ミレイユの体をちゃんと立たせてあげると、ラファエロはミレイユの体を見回した。

「……うん、ないみたいだね。今度からは気をつけなよ?」

「あ、あの!」

作業に戻ろうとしたラファエロの手をミレイユが掴む。

「ん?何?」

「わ、私、ミレイユ=ヴェントっていうの」

「あぁ、リヒト達の知り合いの。僕はラファエロ=サヴァレーゼ、よろしくね」

ラファエロは笑みを浮かべると、いつものようにスっと手を差し出した。
ミレイユは少し躊躇したものの、ラファエロの手に自身の手を重ねた。

――……落ちたな、こいつ。

リヒトはラファエロにキラキラとした視線を送るミレイユを見て、複雑な心境になった。

「ラファエロってすごいいい子じゃない!かっこかわいいし!イグナシオが嫌う理由がちっぽけに思えてくる」

「お前、ここラボなんだから静かにしろよ」

リヒトがミレイユに注意した。
ミレイユは「ごめん、つい……」っと自身の口を自身の手で慌てて、塞いだ。

「お前、助けられたからって何、気に入ってんだよ。単純な奴だな」

「人は単純なものだよ?イグナシオ」

ミレイユはそう答えると、床にばらまいてしまった資料を集め始めた。

「それにしても、昨日は大収穫だったね。ニコが喜んでたよ、いい数値が取れたって」

「あいつでも喜んだりすんだな」

「リヒト、ニコだって人間なんだよ」

資料をせっせと拾うミレイユを見て、手持ち無沙汰になっていたリヒトは自分の周りに落ちている資料を拾い始めた。

「これでワクチンが出来たら、万々歳なんだけどね……」

「どんな感じなの?」っとミレイユがイグナシオに尋ねると、イグナシオは何とも言えないというような表情を浮かべた。

「そっか……。難しいんだね」

「俺にはさっぱり分かんねぇけどな」

同意を求めるように視線を投げてきたミレイユにリヒトが言った。

「じゃあ、私戻るね。資料はここに置いとくよ」

資料を拾い終えたミレイユは資料を机の上に置くと、早足でラボを後にした。

――あいつも頑張ってんのな。

「ありがとう、ラファエロ。助かったよ」

「どういたしまして」

オズワルドがラファエロの肩をポンっと軽く叩いた。

「いや~、ラファエロは戦闘員よりも俺の助手の方が向いてるんじゃないかな?ねぇ、今からでも俺の助手、やる気ないかい?」

――オズワルドがここまで懐くとはな。

「そうした方がいいんじゃないか?そうすりゃ、兄貴のコネだとか言われなくなるかも知れないぜ?」

和やかなムードを見事にぶち壊すイグナシオの言葉にリヒトは盛大なため息を吐いた。

「大体、何が"期待の大型ルーキー"だよ。大した活躍もしてないクセに」

「イグナシオ」

――全然懲りてねぇ……。

「昨日だって、俺とリヒトだけで充分だったしな」

「はぁ……、いい加減止めない?その後輩イジメ」

「聞かされてるこっちが不快になる」っとオズワルドがイグナシオに言った。

「君がラファエロに何かされた訳でもないのに、いつまでもグチグチネチネチと……。女々しいよ、イグナシオ」

「お前に関係ないだろ」

「関係ならあるよ。俺はラファエロの友達だからね」

オズワルドの言葉にイグナシオは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「くだらねぇ……。何が友達だよ」

吐き出したイグナシオの一言に空気は一気に不穏になる。

「……僕、トレーニングあるから行くね」

そんな空気に耐えられなくなったのか、ラファエロが席を外した。
その寂しげな背中にリヒトの胸は罪悪感でいっぱいになった。

――大丈夫じゃねぇよな、どう見ても……。

「イグナシオ、とりあえず頭冷やしてから来い」

リヒトはイグナシオにそう言い放つと、急いでラファエロを追いかけた。

「ラファエロ!」

「リヒト?」

まさか追いかけて来るとは思っていなかったというラファエロの表情にリヒトはフッと笑みを浮かべる。

「トレーニングすんだろ?俺も付き合う」

「イグナシオはいいの?」

恐る恐る尋ねるラファエロにリヒトは「お前のが心配だからな」っと答えた。

「僕が心配?」

「あぁ。何か昨日から元気ねぇ気がしてよ」

リヒトに言われ、ラファエロはあからさまにしまったという顔をした。
どうやら、図星らしい。

「昨日も言ったが、初めてであそこまで出来りゃ上等なんだぞ?お前が落ち込む必要なんかどこにも……」

「ううん。イグナシオの言った通りだよ」

ラファエロがフルフルと頭を横に振る。
いつもの明るさはどこへやら、今のラファエロからは明るさが一切感じられない。

「……僕はね、アドリアーノみたいになりたいんだ」

ラファエロは静かに語り始めた。

「僕の家は、僕以外がみんな男で、父さんは母さんに似た僕が嫌いだったんだ。だからなのか、分かんないけど、僕を兄貴達と同じように男として扱われてきたの」

「男として扱われたのは別に苦じゃなかったけどね」っとラファエロが付け足す。
 
「けど、僕が完全な男になれる訳もなくて、父さんには毎日叱られてばっかりだった。『お前が女だから、弱いんだ』、『女のお前に何が守れるんだ』って」

ラファエロの声が震え出す。
そのあまりの弱々しさにリヒトは思わず、ラファエロを抱きしめたくなった。

「僕はそれが嫌になって、ある日、父さんに言ったんだ。『だったら、女なんかやめてやる』って。そしたら、兄貴達全員にすごい剣幕で怒られちゃって」

「今、思い出しても怖いよ」っと言いながら、ラファエロが両腕を擦った。

「兄貴達は僕が生まれてきて、嬉しかったみたいで、だから僕がそんな事言ったのが許せなかったんだって。その時にね、アドリアーノが言ってくれたんだ。『周りから愛されてる自覚を持って、自分自身を好きになれ』って」

その言葉がよっぽど嬉しかったのか、ラファエロの頬には自然と赤みがさし、いつものような可愛らしい笑みが溢れた。
不意打ちの笑顔にリヒトは思わず、カァーっと顔を赤らめた。

「僕は、その言葉に答えたい。だから、何が何でも頑張りたいんだ。アドリアーノのいる場所に辿り着くまでは」

「……なら、俺達も頑張らねぇとな」

ポンっとリヒトがラファエロの肩に手を置いた。
思いも寄らない、リヒトの返答にラファエロは大きな目を更に見開かせた。

「新人指導が終わっても、しばらくは俺達と一緒なんだ。俺達がフォロー出来るとこはしっかりフォローしてやるから、あんま1人で頑張ろうとすんな」

――お前はもう充分頑張ってんだからよ。

「……ありがとう、リヒト」

ラファエロは照れたように笑うと、リヒトの手を取り、トレーニングルームへ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

kabuto

SF
モノづくりが得意な日本の独特な技術で世界の軍事常識を覆し、戦争のない世界を目指す。

どうぶつたちのキャンプ

葵むらさき
SF
何らかの理由により宇宙各地に散らばってしまった動物たちを捜索するのがレイヴン=ガスファルトの仕事である。 今回彼はその任務を負い、不承々々ながらも地球へと旅立った。 捜索対象は三頭の予定で、レイヴンは手早く手際よく探し出していく。 だが彼はこの地球で、あまり遭遇したくない組織の所属員に出遭ってしまう。 さっさと帰ろう──そうして地球から脱出する寸前、不可解で不気味で嬉しくもなければ面白くもない、にも関わらず無視のできないメッセージが届いた。 なんとここにはもう一頭、予定外の『捜索対象動物』が存在しているというのだ。 レイヴンは困惑の極みに立たされた──

蒼海のシグルーン

田柄満
SF
深海に眠っていた謎のカプセル。その中から現れたのは、機械の体を持つ銀髪の少女。彼女は、一万年前に滅びた文明の遺産『ルミノイド』だった――。古代海洋遺跡調査団とルミノイドのカーラが巡る、海と過去を繋ぐ壮大な冒険が、今始まる。 毎週金曜日に更新予定です。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...