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prologue
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ざわざわと掲示板に集う人々は、大学受験の合格発表を待つかのような心持ちで、担当者の登場を待っていた。
「……来た!」
誰かの声に一斉に受験者がそちらに目をやると、そこには白い制服を着たNOAHの隊員がいた。
NOAHというのは、人々の平和と安全を守っている特殊防衛軍及び民間軍事会社の事である。
「これから、合格者を発表します」
メガホン片手にNOAH隊員が発表者の名前を読み上げていく。受験者達の突き刺さるような視線に心なしか、隊員の声が震えて聞こえた。
――イグナシオの奴、大丈夫だろうな……。
NOAH隊員の声を聞きながら、リヒトは考える。イグナシオというのは、リヒトの幼馴染で同じく、NOAHへの入隊試験を受けた受験者だ。イグナシオは、生まれつき足が悪いため、リヒトとは違い、筆記試験と適正試験のみの受験である。
「リヒト=ヴォーヴェライト、ルイ=アベル=ゾラ、ルイ=アベル=パイヤール………」
――……ま、当然だな。
隊員に呼ばれたリヒトは、周りからの刺さる視線をもろともせず、掲示板前から離れた。少し歩いた先には、緊張から解放された合格者達が喜びの声を上げていた。
「リヒト!」
カラカラと聞き慣れた音と声にリヒトが振り向く。
すると、そこには上機嫌に「よ!」と手を軽く上げたイグナシオがいた。その様子から、イグナシオも合格したと察したリヒトは、嬉しそうに笑みをこぼした。
「やったな」
「あぁ」
コツンと互いの拳を軽く当てる。嬉しさからこぼれた笑みは止まらず、二人してニヤニヤとしている。
「お前、よく合格出来たな」
「当たり前だろ。なんたって、この俺なんだからさ」
どこから、その自信はくるんだよっと心の中でツッコミを入れるリヒト。しかし、それと同時に取り越し苦労だったと安堵の息を吐いた。
「何だよ。お前、俺が受からないと思ってたのかよ」
ムッと眉を顰めたイグナシオは、乗っている車椅子を軽くリヒトにぶつけた。不意の攻撃にリヒトは若干、前のめりになった。
「思ってねぇって。つか、痛ぇよ」
車椅子でぶつかってくるイグナシオを片手で制し、リヒトが言った。
「合格者のみなさんはこちらへどうぞ」
合格者の発表を終えた隊員が少しグッタリした面持ちで再び、合格者の前に現れた。
そんな隊員を労るような目つきで眺めている、NOAH隊員は離れた所で悲鳴に近い声を上げている不合格者の元へと走って行った。
そこら辺の新学校よりも倍率の高い、NOAHの入隊試験では珍しい光景ではない。テレビでよく見ていた光景を目の当たりにした、合格者一同は声のする方をあえて見ず、隊員の後について歩き出した。
――毎年すげぇと思ってはいたが、実際に見ると更にすげぇな……。
不合格者達の叫びを聞き、リヒトは合格してよかったと改めて思った。
「リヒト、押してくれ」
「へいへい」
イグナシオの車椅子に手を伸ばすと、リヒトは足早に隊員の後を追いかけた。
「女の子の数、少ないなぁ……」
合格者を眺めながら、イグナシオが呟いた。
「お前、彼女作りに来たんじゃねぇだろ」
「分かってるよ。けど、どうせ働くなら女の子がいた方がいいじゃんか」
――女と喧嘩しかしないくせによく言う……。
「あ、リヒト!イグナシオ!」
そんな話をしていた時、後ろからバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「ミレイユだな」
「あいつ、よく合格出来たな。ドジなのに」
「イグナシオ、聞こえてるよ……って、うわっ!?」
イグナシオの皮肉っぽい一言に怒ろうとしたミレイユだったが、二人の元に行く前に足がもつれ、派手に転けてしまった。
「相変わらずだな、お前」
リヒトはイグナシオの車椅子を止めると、服についた砂埃を払っているミレイユに手を差し伸べた。ミレイユとは、学校に通っていた頃のクラスメイトで特別仲がいいという訳ではない。しかし、ミレイユのドジを見過ごせる程、知らない間でもないため、なんだかんだで関わってしまっているのだ。
「あ、ありがとう、リヒト」
ミレイユはリヒトの手を取ると、立ち上がった。
「おい、急ぐぞ。入隊式に遅れる」
「そうだった!」
イグナシオの言葉にミレイユはリヒトの手を勢いよく離すと、イグナシオの乗っている車椅子へと手を伸ばした。
「急ごう、二人とも!」
「待て、何でお前が車椅子……」
「飛ばすよ、イグナシオ!」
そう言うと、ミレイユは全速力で走り出した。が、普段、車椅子を押さないミレイユに勝手が分かる訳もなく、数メートル進んだ辺りでまた派手に転けた。巻き添えを食らったイグナシオはミレイユを怒鳴りつけている。
――先行き不安だな……。
リヒトはガシガシと頭をかいた後、二人の元に駆け寄った。
――――――――――――――
それから、一年が過ぎた今日。
リヒトとイグナシオは試験会場にやって来ていた。あの時自分達が見た、NOAH隊員と同じ、白い制服を着た二人に周りの受験者達は、憧れのような視線を送っている。
「あれから一年か……。早いな」
カラカラと車椅子を手で押しながら、イグナシオが呟く。その傍らにいるリヒトは、担当者から受け取った合格者リストを眺めている。
「今年は合格者少ないな。俺達の時の半分くらいしか受かってねぇ」
「マジかよ」
リヒトの言葉にイグナシオは驚きの声を上げる。
「受けた数は俺達の時の倍だけどな」
紙をめくり、リヒトがイグナシオに見せる。
「適正試験でだいぶ落ちてるな……。まぁ、こればっかりは努力とかじゃ、どうにもならないもんだから、仕方ないか」
NOAHで働くには、NOAHの定める適正試験に合格しなければならない。いくら、実技試験がよくても、筆記試験がよくても、適正がなければ不合格となるのだ。
「ん?」
不意にイグナシオが車椅子を止めた。リストを見ていたリヒトもそれに気付き、少し遅れて、足を止めた。
「あそこに受験者いるぞ」
イグナシオが指差す先には、受験者のジャージを着た人物が立っていた。道に迷ったのか、ポケットに両手を突っ込み、辺りをキョロキョロしている。
「ちょっと行って来る。イグナシオ、お前はそこで待っててろ」
「あぁ、任せた」
イグナシオは受験者に向かって歩き出したリヒトにヒラヒラと手を振った。
「おい」
リヒトが声をかけると、受験者は振り返った。ピンク色の奇抜な髪型をした受験者は、綺麗なすみれ色の目でリヒトを見た。
――綺麗な顔してんな、こいつ。
「あんた、迷子か?」
「ん~……、まぁそんな感じかな」
受験者は少し首を傾げると、意味ありげにリヒトに視線を送った。
「お兄さん、NOAHの人だよね?掲示板ってどこか、教えてほしいんだけど」
「掲示板ならあっちだ」
リヒトが掲示板の方を指差すと、受験者は「あ、あっちか」と呟いた。
「ありがとう、お兄さん」
受験者は頭を軽く下げると、ゆっくりと掲示板に向かって歩き出した。
――お兄さんって、大して変わんねぇだろ。
受験者の背中を見送った後、リヒトはイグナシオと共に合格発表場所である掲示板前に向かった。掲示板前には、数え切れないくらいの人が溢れており、ガヤガヤと騒がしい。
――あ、さっきの奴……。
掲示板から少し離れた所に先程の受験者がいた。余程自信があるのか、他の受験者がそわそわしている中、一人冷静さを保っている。
「これから、合格者を発表します。名前を呼ばれた方はあちらへ移動してください」
メガホン片手にイグナシオが喋り出す。
「口頭で発表した後、掲示板に合格者の張り出しを行います。聞き逃した方はそこで確認をお願いします」
注意事項を言い終わったイグナシオは、横に立っていたリヒトにメガホンを渡した。
「では、発表します」
ピリピリとした緊張感が周りの空気を乾かしていく、そんな感覚にリヒトは一瞬、怯んだものの、リストに目をやると、合格者の名を読み上げていった。
――あいつはまだ呼ばれてないのか。
チラリと目線を上げると、先程の受験者はまだそこにいた。しかし、焦る様子もなく、喜びの声を上げている合格者達を微笑ましく、見送っている。
「ラファエロ=サヴァレーゼ」
リヒトがそう読んだ時、受験者――ラファエロが動いた。やっと呼ばれたと言わんばかりの表情に周りからは「余裕ぶりやがって」などと陰口が飛び出している。
が、ラファエロは気にする素振りもなく、合格者達の集まっている方へ歩いている。
――あいつの余裕はどこから来てんだ?
読み上げたリストを肩に当て、リヒトはラファエロの歩いて行った方を眺めていた。
「お疲れ。俺達の仕事はもう終わったんだし、帰ろうぜ」
「……あぁ」
「あの独特な緊張感のせいで無駄に疲れた~」などとぼやいているイグナシオは、車椅子に乗ったまま、伸びをしている。
「……どうかしたのか?」
「いや、ちょっと疲れただけだ」
リヒトはそう言うと、イグナシオの車椅子を押した。
「普段とは違う疲労感だよなぁ~。みんながやりたがらないの、分かるわ」
「大事なとこで俺に投げたくせに」
「悪かったって。何か奢ってやるから、それでチャラにしようぜ」
「ったく……」
試験会場を出た二人は、表に止めてあったNOAH隊員専用車に乗り込んだ。イグナシオの乗っていた車椅子を手早くたたむと、リヒトは慣れた手つきで車椅子を車に乗せた。
「ふぅ~……」
席に着いたイグナシオはリクライニングを倒すと、息を吐いた。
「着いたら起こしてくれ」
「了解」
リヒトはイグナシオの座っている席の通路を挟んだ隣の席に座った。
――あの受験者……、何でこんなに引っかかるんだ。
「ラファエロ=サヴァレーゼ……か」
――面白そうな新人が入ってきたな。
フッとリヒトは笑みを浮かべた。
「車、出しますよ」
運転手が車に乗り込む。
「あ、そういえば、リヒトさん達宛てに手紙が来てましたよ」
「手紙?」
「これです」
運転手は振り返り、身を乗り出すと、ポケットから取り出した手紙をリヒトに手渡した。一通はリヒト、もう一通はイグナシオ宛てだ。
「何だ?」
リヒトは手紙の封を切ると、中に入っていた紙を開いた。
『リヒト=ヴォーヴェライト
イグナシオ=ティラドス
以下の者の新人指導を任せる
今年度最優秀合格者・ラファエロ=サヴァレーゼ』
「……来た!」
誰かの声に一斉に受験者がそちらに目をやると、そこには白い制服を着たNOAHの隊員がいた。
NOAHというのは、人々の平和と安全を守っている特殊防衛軍及び民間軍事会社の事である。
「これから、合格者を発表します」
メガホン片手にNOAH隊員が発表者の名前を読み上げていく。受験者達の突き刺さるような視線に心なしか、隊員の声が震えて聞こえた。
――イグナシオの奴、大丈夫だろうな……。
NOAH隊員の声を聞きながら、リヒトは考える。イグナシオというのは、リヒトの幼馴染で同じく、NOAHへの入隊試験を受けた受験者だ。イグナシオは、生まれつき足が悪いため、リヒトとは違い、筆記試験と適正試験のみの受験である。
「リヒト=ヴォーヴェライト、ルイ=アベル=ゾラ、ルイ=アベル=パイヤール………」
――……ま、当然だな。
隊員に呼ばれたリヒトは、周りからの刺さる視線をもろともせず、掲示板前から離れた。少し歩いた先には、緊張から解放された合格者達が喜びの声を上げていた。
「リヒト!」
カラカラと聞き慣れた音と声にリヒトが振り向く。
すると、そこには上機嫌に「よ!」と手を軽く上げたイグナシオがいた。その様子から、イグナシオも合格したと察したリヒトは、嬉しそうに笑みをこぼした。
「やったな」
「あぁ」
コツンと互いの拳を軽く当てる。嬉しさからこぼれた笑みは止まらず、二人してニヤニヤとしている。
「お前、よく合格出来たな」
「当たり前だろ。なんたって、この俺なんだからさ」
どこから、その自信はくるんだよっと心の中でツッコミを入れるリヒト。しかし、それと同時に取り越し苦労だったと安堵の息を吐いた。
「何だよ。お前、俺が受からないと思ってたのかよ」
ムッと眉を顰めたイグナシオは、乗っている車椅子を軽くリヒトにぶつけた。不意の攻撃にリヒトは若干、前のめりになった。
「思ってねぇって。つか、痛ぇよ」
車椅子でぶつかってくるイグナシオを片手で制し、リヒトが言った。
「合格者のみなさんはこちらへどうぞ」
合格者の発表を終えた隊員が少しグッタリした面持ちで再び、合格者の前に現れた。
そんな隊員を労るような目つきで眺めている、NOAH隊員は離れた所で悲鳴に近い声を上げている不合格者の元へと走って行った。
そこら辺の新学校よりも倍率の高い、NOAHの入隊試験では珍しい光景ではない。テレビでよく見ていた光景を目の当たりにした、合格者一同は声のする方をあえて見ず、隊員の後について歩き出した。
――毎年すげぇと思ってはいたが、実際に見ると更にすげぇな……。
不合格者達の叫びを聞き、リヒトは合格してよかったと改めて思った。
「リヒト、押してくれ」
「へいへい」
イグナシオの車椅子に手を伸ばすと、リヒトは足早に隊員の後を追いかけた。
「女の子の数、少ないなぁ……」
合格者を眺めながら、イグナシオが呟いた。
「お前、彼女作りに来たんじゃねぇだろ」
「分かってるよ。けど、どうせ働くなら女の子がいた方がいいじゃんか」
――女と喧嘩しかしないくせによく言う……。
「あ、リヒト!イグナシオ!」
そんな話をしていた時、後ろからバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「ミレイユだな」
「あいつ、よく合格出来たな。ドジなのに」
「イグナシオ、聞こえてるよ……って、うわっ!?」
イグナシオの皮肉っぽい一言に怒ろうとしたミレイユだったが、二人の元に行く前に足がもつれ、派手に転けてしまった。
「相変わらずだな、お前」
リヒトはイグナシオの車椅子を止めると、服についた砂埃を払っているミレイユに手を差し伸べた。ミレイユとは、学校に通っていた頃のクラスメイトで特別仲がいいという訳ではない。しかし、ミレイユのドジを見過ごせる程、知らない間でもないため、なんだかんだで関わってしまっているのだ。
「あ、ありがとう、リヒト」
ミレイユはリヒトの手を取ると、立ち上がった。
「おい、急ぐぞ。入隊式に遅れる」
「そうだった!」
イグナシオの言葉にミレイユはリヒトの手を勢いよく離すと、イグナシオの乗っている車椅子へと手を伸ばした。
「急ごう、二人とも!」
「待て、何でお前が車椅子……」
「飛ばすよ、イグナシオ!」
そう言うと、ミレイユは全速力で走り出した。が、普段、車椅子を押さないミレイユに勝手が分かる訳もなく、数メートル進んだ辺りでまた派手に転けた。巻き添えを食らったイグナシオはミレイユを怒鳴りつけている。
――先行き不安だな……。
リヒトはガシガシと頭をかいた後、二人の元に駆け寄った。
――――――――――――――
それから、一年が過ぎた今日。
リヒトとイグナシオは試験会場にやって来ていた。あの時自分達が見た、NOAH隊員と同じ、白い制服を着た二人に周りの受験者達は、憧れのような視線を送っている。
「あれから一年か……。早いな」
カラカラと車椅子を手で押しながら、イグナシオが呟く。その傍らにいるリヒトは、担当者から受け取った合格者リストを眺めている。
「今年は合格者少ないな。俺達の時の半分くらいしか受かってねぇ」
「マジかよ」
リヒトの言葉にイグナシオは驚きの声を上げる。
「受けた数は俺達の時の倍だけどな」
紙をめくり、リヒトがイグナシオに見せる。
「適正試験でだいぶ落ちてるな……。まぁ、こればっかりは努力とかじゃ、どうにもならないもんだから、仕方ないか」
NOAHで働くには、NOAHの定める適正試験に合格しなければならない。いくら、実技試験がよくても、筆記試験がよくても、適正がなければ不合格となるのだ。
「ん?」
不意にイグナシオが車椅子を止めた。リストを見ていたリヒトもそれに気付き、少し遅れて、足を止めた。
「あそこに受験者いるぞ」
イグナシオが指差す先には、受験者のジャージを着た人物が立っていた。道に迷ったのか、ポケットに両手を突っ込み、辺りをキョロキョロしている。
「ちょっと行って来る。イグナシオ、お前はそこで待っててろ」
「あぁ、任せた」
イグナシオは受験者に向かって歩き出したリヒトにヒラヒラと手を振った。
「おい」
リヒトが声をかけると、受験者は振り返った。ピンク色の奇抜な髪型をした受験者は、綺麗なすみれ色の目でリヒトを見た。
――綺麗な顔してんな、こいつ。
「あんた、迷子か?」
「ん~……、まぁそんな感じかな」
受験者は少し首を傾げると、意味ありげにリヒトに視線を送った。
「お兄さん、NOAHの人だよね?掲示板ってどこか、教えてほしいんだけど」
「掲示板ならあっちだ」
リヒトが掲示板の方を指差すと、受験者は「あ、あっちか」と呟いた。
「ありがとう、お兄さん」
受験者は頭を軽く下げると、ゆっくりと掲示板に向かって歩き出した。
――お兄さんって、大して変わんねぇだろ。
受験者の背中を見送った後、リヒトはイグナシオと共に合格発表場所である掲示板前に向かった。掲示板前には、数え切れないくらいの人が溢れており、ガヤガヤと騒がしい。
――あ、さっきの奴……。
掲示板から少し離れた所に先程の受験者がいた。余程自信があるのか、他の受験者がそわそわしている中、一人冷静さを保っている。
「これから、合格者を発表します。名前を呼ばれた方はあちらへ移動してください」
メガホン片手にイグナシオが喋り出す。
「口頭で発表した後、掲示板に合格者の張り出しを行います。聞き逃した方はそこで確認をお願いします」
注意事項を言い終わったイグナシオは、横に立っていたリヒトにメガホンを渡した。
「では、発表します」
ピリピリとした緊張感が周りの空気を乾かしていく、そんな感覚にリヒトは一瞬、怯んだものの、リストに目をやると、合格者の名を読み上げていった。
――あいつはまだ呼ばれてないのか。
チラリと目線を上げると、先程の受験者はまだそこにいた。しかし、焦る様子もなく、喜びの声を上げている合格者達を微笑ましく、見送っている。
「ラファエロ=サヴァレーゼ」
リヒトがそう読んだ時、受験者――ラファエロが動いた。やっと呼ばれたと言わんばかりの表情に周りからは「余裕ぶりやがって」などと陰口が飛び出している。
が、ラファエロは気にする素振りもなく、合格者達の集まっている方へ歩いている。
――あいつの余裕はどこから来てんだ?
読み上げたリストを肩に当て、リヒトはラファエロの歩いて行った方を眺めていた。
「お疲れ。俺達の仕事はもう終わったんだし、帰ろうぜ」
「……あぁ」
「あの独特な緊張感のせいで無駄に疲れた~」などとぼやいているイグナシオは、車椅子に乗ったまま、伸びをしている。
「……どうかしたのか?」
「いや、ちょっと疲れただけだ」
リヒトはそう言うと、イグナシオの車椅子を押した。
「普段とは違う疲労感だよなぁ~。みんながやりたがらないの、分かるわ」
「大事なとこで俺に投げたくせに」
「悪かったって。何か奢ってやるから、それでチャラにしようぜ」
「ったく……」
試験会場を出た二人は、表に止めてあったNOAH隊員専用車に乗り込んだ。イグナシオの乗っていた車椅子を手早くたたむと、リヒトは慣れた手つきで車椅子を車に乗せた。
「ふぅ~……」
席に着いたイグナシオはリクライニングを倒すと、息を吐いた。
「着いたら起こしてくれ」
「了解」
リヒトはイグナシオの座っている席の通路を挟んだ隣の席に座った。
――あの受験者……、何でこんなに引っかかるんだ。
「ラファエロ=サヴァレーゼ……か」
――面白そうな新人が入ってきたな。
フッとリヒトは笑みを浮かべた。
「車、出しますよ」
運転手が車に乗り込む。
「あ、そういえば、リヒトさん達宛てに手紙が来てましたよ」
「手紙?」
「これです」
運転手は振り返り、身を乗り出すと、ポケットから取り出した手紙をリヒトに手渡した。一通はリヒト、もう一通はイグナシオ宛てだ。
「何だ?」
リヒトは手紙の封を切ると、中に入っていた紙を開いた。
『リヒト=ヴォーヴェライト
イグナシオ=ティラドス
以下の者の新人指導を任せる
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