なりたて勇者のパーティー

Chiot

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act11・報われたいから泣いたんだ

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 父親の借金騒動により、クーフェイの家に泊まる事となった翌日の朝。早起き癖のついているジュリアンは、いつものようにベッドから出ると、慣れた手つきで朝食の準備に取り掛かった。メニューは昨日、クーフェイにリクエストされたホットケーキだ。
――フレデリックには悪い事したなぁ……。
 フレデリックの性格を把握しているジュリアンは、自分を心配して、街中を走り回っているかも知れないフレデリックの姿を思い浮かべて、心が温かくなるのを感じた。
「…ジュリアン、腹減った」
 ふと耳元から聞き慣れた声がして、緩んだ口元をキュっと締める。
「マジで作るとは……。お前、本当真面目だな。人生損するタイプだぞ、気をつけろ」
「朝から嫌な事言わないでよ」
 そう返しつつも、ジュリアンは手を止めない。フレデリックと話しながら、朝食を作っているせいか、人と話しながらの方が作業がはかどるのだ。
 一方、ジュリアンの肩に顎を乗せているクーフェイは、暇なのか、ジュリアンの朝食支度を見物している。
「……速いな」
「何年もやってればね」
「……メープルシロップ、ドバドバかけよ」
「お前なぁ……」
 呆れながら、ジュリアンがクーフェイの方に目をやる。すると、そこには声色とは裏腹に真剣な顔をしたクーフェイがいた。美形な事もあり、その真剣な顔は男のジュリアンから見てもかっこよく、思わずドキッとしてしまう。
――なんて顔してるんだよ。
「……美味い」
「かじるな。皿出せよ、皿」
「…おう」
 クーフェイは短く返事をすると、ジュリアンから離れて、食器棚の方へと向かって行った。
――……今日は、どうするかな。
    ぼんやりとそんな事を思いながら、ジュリアンは出来立てのホットケーキを眺めていた。
______________
 朝食を食べ終えて、少しした頃、クーフェイの家にロロとダルタニアンが訪ねて来た。借金の事は当たり前だが把握済みで、ダルタニアンはどう声をかけたら分からないという顔をしている。
「ダルタニアン、あからさまだな、お前……」
「すまない……」
「騎士くんは嘘が苦手なタイプだから、仕方ないよ」
 ロロがフォローをいれるが、ダルタニアンは申し訳なさそうに目を伏せてしまう。
「ところで勇者くん、今日はどうするつもりなんだい?」
「……どうするって、ミッションに行くつもりだよ」
 ロロに問われ、数秒押し黙ってからジュリアンが返す。その返答にクーフェイは眉間に皺を寄せ、ダルタニアンは心配そうにジュリアンを見た。
「早く借金返済しないといけないからね。テキパキ返していかないと、増えてく一方だし」
――借金なんか今更でもないし。
 努めて、明るい口調でジュリアンは話していくが、2人の表情は当事者のジュリアンよりも暗いままだ。
「……僕ね、物心ついた時からこんな生活しててさ。昔から父さん達、あんなんだし……。借金返済に困って夜逃げした事もあったけど、結局見つかって、酷い目にあったりもして……」
「ジュリアン……」
――何、言ってるんだろう。僕は……。
「……僕は……父さんも、母さんも、この街も、大嫌いなんだ」
 口をついて出た言葉に、その場にいたロロ以外の人間がはっと小さく息を呑んだ。発言した当人であるジュリアンもそれは同じで、ハッと我に返ると自身の口元に手を当てた。
――こんな事、言うつもりじゃ……。
「……それが、君の本音だね。勇者くん」
「違っ……!」
 否定しようと声を発するが、上手く言葉が出てこない。ただパクパクと意味もなく、閉じたり開いたりする口からは何も発せられない。
「違う……。僕は……!」
「勇者くん、本音を言う事は悪い事じゃないよ。特に君みたいな子はね」
 ロロの手がくしゃりとジュリアンの頭を撫でる。子供をあやすような、優しい手つきにどこかイラっとしつつも、ジュリアンはひどく安心していた。この気持ちが汚いものではないと、そう言われているような気がしたからだ。
「……誰だって、嫌いな奴の1人や2人くらいいるだろ。つか、俺ならあんな親、速攻殺し………」
「お前は何でそう物騒なんだ」
「冗談に決まってんだろ。……ったく、場を和ませてやろうという俺の気遣いを……」
「お前の発言のどこが冗談に聞こえるんだ」
 ダルタニアンが言うと、クーフェイは解せないとばかりに眉を顰めている。
「まぁ、あの2人はこの際放っておいて。勇者くん、君はもっとわがままになるべきだよ」
「わがまま……?」
「そ。君の人生はいつ終わるのか分からない、貴重なものだ。それをあの愚鈍な奴らにこれからもずっと捧げるなんて、もったいないだろ?」
「ロロ、人の親を愚鈍呼ばわりするな。あれでも、ジュリアンの両親だぞ」
――ダルタニアンも地味に酷いぞ……。まぁ、別にいいけどさ、事実だし。
「そこで提案なんだけど、この街を出てみないかい?」
「え?」
「いやね、前から言い出そうとは思ってたんだけど、タイミングがなくてさ」
 ロロはそう言うと、1枚の紙をジュリアンに差し出した。恐る恐る、ジュリアンがその紙に目をやると、そこには大きな字で"求む!魔族調査隊"と書かれていた。
「魔族って、ベアートゥスの言ってた………」
「守銭奴の名前出さないでくれる?不愉快だから」
――相変わらずだな………。
「魔族の復活で依頼所から調査隊を募っていてね。報酬も結構いいし、街からは離れられるし、勇者くん的には一石二鳥だろ?」
 ニコッといつものポーカーフェイスを浮かべているロロは、元々胡散臭い雰囲気のせいか、傍から見ると怪しい勧誘のようだ。
――僕が街から離れて、大丈夫なんだろうか。
 ミッションに行くのとは、訳が違う。自分がいない間にもし、またよからぬ輩が両親に近付きでもしたらと思うと、ジュリアンの足は止まってしまう。大嫌いと言いながら、結局は両親の事を女々しく心配している自分にジュリアンは心底呆れていた。
_____________
 その日の夜。結局、ミッションへは行かず、クーフェイの家で1日を過ごしたジュリアンは、簡易ベッドに寝転がっていた。
「ジュリアン」
  ベッドが沈む音がし、ジュリアンがそちらに目をやると今朝同様、真剣な顔をしたクーフェイがいた。風呂上がりのくせにしっかりと髪を拭いていないせいで、水滴がポタポタと落ちている。
「クーフェイ、ちゃんと拭けって」
 ジュリアンはベッドから起き上がると、クーフェイが首から下げているタオルで頭を拭く。ジュリアンよりも年上で、身長も高いはずなのに今のクーフェイは、ジュリアンよりも幼く見える。
「……お前、行くのか?」
 不意に尋ねられ、ジュリアンは動かしていた手をピタリと止める。
「……僕、おかしいんだよ。大嫌いって言いながら、気付くと親の心配ばっかりしてて……。解放されたいって思ってるのに……。この街から離れられないんだ」
「……ちっともおかしくねぇよ」
「え……?」
 クーフェイの言葉にジュリアンは小さく声を漏らした。見ると、そこにはいつもの気だるそうなクーフェイの顔があった。
「お前が優しいだけの話だろ。それ含めて、お前なんだから、悩んだって仕方ねぇだろ」
「……僕は、優しくなんか……」
 ジュリアンの声が弱々しく掠れる。動揺している事が手に取るように分かる様にジュリアンは内心で、また自身を卑下した。
「……ったく、面倒くせぇ奴」
 クーフェイは深いため息を吐くと、おもむろにジュリアンの腕をグイッと引いた。突然の事に瞬時に反応出来なかったジュリアンは、抵抗する事なくクーフェイの腕の中に収まっていた。
「ハグには人を安心させる効果があるらしい。……だから、今泣いても全部こいつのせいにすればいい」
「クーフェイ……」
「……黙って泣いてろ」
 よしよしと子供をあやすようにジュリアンの髪を撫でるクーフェイ。その手の温かさにジュリアンの中で燻っていた何かが、一気に弾けた。
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