なりたて勇者のパーティー

Chiot

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act13・先導者に灯はなく

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 街を出発してから、数時間。騎空艇に乗り合わせた魔族調査隊は各々好きな場所でくつろぎながら話に花を咲かせている。そんな中、一際目立っている話の輪の中に巻き込まれたジュリアンは、居心地悪そうに縮こまっていた。
「ロロさん、俺1度貴方と話をしてみたかったんです!」
「ロロさんがD地区担当なんて、おかしいですよ。私達と一緒にA地区を調査しませんか?」
――ロロの隣なんかに座るんじゃなかった……。
 次から次へとかかる声を全て無視し、窓の外を眺めているロロ。まるで周りに人などいないと言わんばかりの態度に大半の人間は諦めていくのだが、一部の人間は打たれ強いらしく、未だに声をかけ続けている。
「ベアートゥスさん、お話しましょうよ」
「すみませんが今忙しいのでお引き取りください」
「……そう言って、さっきから外眺めてるだけじゃないですか」
「貴方と話すより、外を眺めていた方が私には有意義なので」
 辛辣な言葉を吐き、場の空気を最悪にしながらも静かな空間を保っているベアートゥスもまた問題だ。
――両極端すぎる……。
「あ~ぁ……、鬱陶しい!!」
 耐え切れず、グレーテルがテーブルを勢いよく叩く。その音にロロに話しかけていた人達もさすがに黙り、グレーテルに視線をやる。
「ロロ、あんたも黙ってないで何とか言いなさいよ!!あんたが消えろとか、いなくなれ鬱陶しいって言わないから、こんなわらわらと群がってくるんじゃない!!」
「グレーテル、落ち着いて……」
 ルアンナがグレーテルをなだめようとするも、グレーテルの怒りは治まらないようで黙りこくっているロロを睨みつけている。
「ロロ、何とか言いなよ」
 見かねたジュリアンがトントンと肩を軽く叩く。すると、ロロは仕方ないと深く、長いため息を1つ吐くと、自分に群がって来ていた人達に初めて目を合わせる。が、その目はジュリアンのよく知るロロのモノとはまるで違うモノで、冷たく光が一切宿っていなかった。
「鬱陶しいから消えろ。ではないと………」
 長い足をテーブルに上げ、ロロが低い声で呟く。ぞわりと背筋が凍るような感覚に恐る恐る視線を下ろすと、ロロの武器であるブーツからおぞましい程の冷気が漂っていた。次、その足を踏み出せば、どうなるかなど言うまでもなく、明らかだった。
「ひっ……!?」
「に、逃げろ!!」
 バタバタと我先に逃げていく人々。その様を見て、ジュリアンは何だか悲しくなってきた。絶対的有利な情報網、圧倒的な強さ、そして美しすぎる顔。完璧すぎるが故に、人とあまりに違いすぎるが故に、ロロは孤独だった。周りに人は寄って来るが、それはロロのそういうものに取り憑かれた者であり、ロロがどういう人間かは関係ないのだ。
――ロロも悲しくなるから、黙ってたのかな……。
「これでいい?盗賊くん」
 足を下ろしたロロはいつも通りの笑みを浮かべ、グレーテルに言った。一方のグレーテルは、先程のロロの殺気にやられたらしく、こくんこくんと何回も頷いている。傍にいるルアンナに至っては、涙目だ。
「貴方のせいで怯えているではないですか。可哀想に……」
「なら、お前に暴言吐かれた子だって可哀想じゃないか」
「はて、誰の事ですか?」
「うっわ……、最低だ。こいつ」
 普段通りに憎まれ口を叩き合うベアートゥスとロロ。先程までの出来事がなかったと思うくらいに自然なやり取りにジュリアンはどうしていいか、分からなくなる。
「戻ったぞ……って、何だ。この空気」
 そこへクーフェイを担いだフレデリックがやって来る。状況の分からないフレデリックは、涙目のルアンナや震えているグレーテルを見た後、そろりとロロを見た。
「ごめんごめん。ちょっとね」
「……ちょっとって雰囲気か?これ」
「あれ?怠惰くん起きてたんだ」
「あんだけ殺気飛ばしてりゃ、誰でも起きるわ」
 フレデリックの背中を軽く蹴り、クーフェイが床に降り立つ。その身のこなしはさすが忍と言うべきか。
「……何苛立ってんだ?お前」
「……怠惰くんのそういう所が苦手なんだよ、俺は」
「ロロ……?」
 おもむろに立ち上がるロロにジュリアンは声をかけるが、ロロはそれを無視して、部屋を出て行く。ロロに無視をされたのはこれが初めてだななどと思いつつ、ジュリアンは後を追うべきか否か悩んでいた。
「頭を冷やしに行ったのでしょう。放っておけば、ケロッとして戻って来ますよ」
 ロロを見送った後、オロオロとしているジュリアンにベアートゥスが言った。いやに落ち着いている辺り、慣れっこという訳らしい。
――だから、余計に心配なんだよ。
 けれど、どう声をかければいいのか。何を話せばいいのか。上手く頭の回らないジュリアンには分からなかった。
______________
 ロロとは最近知り合った仲ではあるが、分からない事だらけだ。どんな過去を過ごしたとか、家族はいたのかとか、仲間なら知っているであろう事柄をジュリアンは何1つ知らないのだ。
「なるほど、俺がいない間にそんな事が……」
 他のチームの知り合いと話していたダルタニアンに先程の出来事を話すジュリアン。それを聞いたダルタニアンは、頬杖を突くと「あいつは俺にもよく分からないんだ」と呟いた。
「ジュリアンもそうだろうが、あいつは俺の所にも突然やって来てな。あいつ曰く、男所帯の騎士団で頑張っている俺を気に入ったとか」
 ダルタニアンの話によると、ロロと会ったのはダルタニアンが騎士団に入ってすぐの頃だったらしい。それからロロは毎日のようにダルタニアンの元にやって来ては、アドバイスやたわいない世間話をするようになったという。最初の頃は暇なのかと相手にしなかったダルタニアンだが、次第にロロを信頼するようになっていった。
「けれど、そんな時だった。あいつは現れた時同様、突然いなくなってしまった」
「え……」
 ダルタニアンの言葉にジュリアンは小さく声を漏らす。猫みたいに気まぐれではあるが、勝手に離れていく程、ロロが薄情ではないとジュリアンは思っていた。現にロロは根気よくジュリアンの面倒を見てくれている。そんなロロが急にいなくなってしまうなんて、想像もつかない。
「後から知った事なんだが、ロロは俺以外にも気に掛けていた奴がいて、俺の元からいなくなった後はそいつらの所を転々としていたそうだ」
「何でそんな事……」
「さぁな。あいつが心底お人好しというなら、納得出来なくもないが、そういう訳じゃないのは明らかだ」
 「あいつが考えている事は誰にも分からないさ」。ティーカップに口を付け、ダルタニアンが言った。ジュリアンは「だよな……」と苦笑しながら、目の前の紅茶の入ったティーカップに手を伸ばす。
「……心配してくれて、ありがとうな。ジュリアン」
「何でダルタニアンがありがとうなの?」
「あいつは言わないだろうから、代わりにな」
  柔らかい笑みを浮かべたダルタニアンは、嬉しそうにジュリアンを見る。美しい顔立ちも相まって、ジュリアンは思わず頬を赤らめる。
 いくらロロが凄かろうと、ロロも1人の人間だ。それを忘れて、神のように崇めている連中はロロがどうなろうと心配はしないだろう。絶望や恐怖こそすれど、ロロを人間と扱わない以上、そんな感情になる事はないのだから。
「……これはあくまで俺個人の意見なんだが」
「……?」
「あいつは何かを償うためにあちこち回っているんじゃないだろうか」
「償う……?」
「それが何かは俺には分からないが、あいつは時々……遠くを見て悲しげに目を細めているんだ」
 「職業柄分かる。あれは罪を犯した奴の目だ」。ダルタニアンから放たれた言葉にジュリアンの喉がヒュッと鳴る。
――ロロが、罪を犯した……?
 不意に脳裏に浮かんだのは、ロロと会って間もない頃、復讐を止めるためにとある男の足を砕いた場面だった。出生すら謎なロロだ。過去に何かしらの罪を犯していようと何ら、不思議ではない。むしろ、罪を犯しているからこそ、過去を隠している可能性だってある。
「……すまない、ジュリアン。でも、君にはどうしても言っておきたかったんだ」
「……どうして?」
「君はロロの出会って来た誰よりも、奴の気に入る頑張り屋で普通な子だ。普通だからこそ――否、普通である君だからこそ、ロロを救えるかも知れない」
 ダルタニアンの真っ直ぐな声色にジュリアンの思わず拳に力を入れる。
「きっと、これはジュリアン――君にしか出来ない事だ」
 自分にしか出来ない事。その言葉にジュリアンは納得する。
――そうか、僕はロロを救うために出会ったんだ。
 人が聞けば、ロマンチストだなんだと茶化すかも知れない。しかし、ジュリアンは本心からそう思ったのだ。どうして、自分に近付いて来たのか。どうして、力を貸してくれるのか。それらの全てに今、納得がいったからだ。ロロは救われたいから、ジュリアンに近付いたのだと。
「さて、そろそろ奴を捜しに行くとしよう」
 空になったティーカップに目を伏せ、ダルタニアンが席から立ち上がる。それに連られ、ジュリアンも席を立つ。
「そんな別れ方をしたのなら、さすがの奴も戻りづらいだろうしな」
「そうだね」
 気まぐれなロロだ。迎えに行かなくても、恐らく1人で戻って来る事は分かっている。だが、それでも2人はロロを迎えに行こうと歩を進める。独り善がりなロロを放っておけないと言わんばかりに。かつて、自分達にそうして来たロロを真似るように。
「……待ってて、ロロ」
  今度は自分がロロの力になるから。
______________
 あの光景が嫌いだった。力に魅せられ、地位に魅せられ、擦り寄ろうとしてくる人々の目が、言葉が、思惑が、何もかもが。
――嗚呼、醜いにも程がある。
 そう思ったのは何時の時か。思い出すのも億劫な程、昔だった気がする。
――それに比べて、彼らは何て輝いているのだろう。
 目についたのは、そんな彼らなどには目もくれず、ただひたすらに、純粋に夢を追いかける少年だった。周りは少年を平凡だの、普通だのと言っていたが、自分には酷く輝いて見えたのだ。
「……そんなの建前だって知ってるさ」
 彼らに力を貸せば、自分の罪が許されると思っていた時期もあった。しかし、それは永い時間の一瞬の気の迷いであり、気付けば自らの犯した罪の重さに押し潰されそうになる日々だ。
「それでも俺は……」
 そんな日々を紛らわそうと、また彼らに力を貸す。気まぐれに人を変え、職業を変え、土地を変え、人間を演じる日々にいつしか自分は本当の人間ではないかと錯覚する事もあった。そうしていれば、あの時出会えた奴にもう1度くらい会えるのではないかと淡い期待を抱いて。
「ねぇ、お前はどこにいるの?」
 柵に凭れかかり、果てしなく広い空にロロは尋ねる。空を切るように進む騎空艇の甲板には、冷たい風が吹き付け、ロロの体から体温を奪っていく。
「――――」
 呟かれた言葉は消え入り、風が一層強くなる。冷えた頬に手を数秒当てた後、ロロは仕方ないと肩を竦めながら、甲板を後にした。
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