なりたて勇者のパーティー

Chiot

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act4・仮面に隠した顔

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「今日もハードだった~……」
 ミッションを終えたグレーテルが大きく伸びをする。あの一件以来、パーティ入りしたルアンナとグレーテルは、ジュリアン同様、ロロに連れ回されていた。
「お疲れ様、2人とも」
「あんたは流石だね」
「そりゃ、伊達に生きてないからね」
「……ロロさんって何歳なの?」
「それは秘密」
 ルアンナの問いにロロは自身の人差し指を唇に当て、不敵な笑みを浮かべた。意図の読めない笑みにグレーテルとルアンナは、互いの顔を見合わせた。
――何だかんだで馴染んでるな……。
 そんなやり取りを少し離れた所から見ていたジュリアンは、ポケットからみんなのパートナーカードを取り出す。
――この調子でパーティを集めれば、高額ミッションだって……。
 父親の借金はまだまだ残っている。正直、この調子で返済していては、いつ完済出来るか分かったものではない。しかも、お人好しな父親の事だ。返済している間にも、また別に借金を作るに決まっている。
――負の連鎖だ………。
「ジュリアンくん、難しい顔してどうしたの?」
 ルアンナがジュリアンの前に顔を覗かせる。
「え、あ、いや。何でもない」
「そう?なら、いいんだけど……」
「ルアンナ、早くしないと先に帰るけど~?」
 グレーテルの不機嫌そうな声色にルアンナは「まずい……」と声を漏らす。
「今行くから!ジュリアンくん、ごめんね。また今度、ゆっくり話そ!」
「ありがとうな、ルアンナ」
 グレーテルに駆け寄るルアンナにジュリアンがそう返すと、ルアンナはひらひらと手を振った。
「勇者くんもお疲れ様。また明日、迎えに行くよ」
 「明日は遅刻しないようにね」と一方的に約束を取り付けると、ロロは陽気に鼻歌を歌いながら、人混みの中へと消えて行った。
――さて、帰るか。
 1人残ったジュリアンはロロの歩いて行った方とは、反対方向に歩き出した。
――フレデリックの奴、今日も来るかな……。
 ぼんやりと物思いに耽っていた、その時、物陰から勢いよく誰かが飛び出して来る。
「うわっ!!!」
 驚いたジュリアンは受け身を取る事も出来ず、尻もちをつく。一方のぶつかった相手は倒れてはおらず、乱れる息を何とか整えている。見れば、その人物は肩に誰かを担いでいた。
――死んではない……よな?
 暗がりのせいで、2人の顔はよく見えない。けれど、雰囲気から誰かに追われているのだろうと想像がつく。
「君、大丈夫か?」
「あ、あぁ」
「そうか、それはよかった……」
「……そんな事より逃げた方がいいんじゃないですか?追われてるんでしょ?」
 ジュリアンの言葉にぶつかった相手はハッと小さく息を呑んだ。
――関わらないに越した事はない……。
 助けてやりたいと心のどこかでは思っているのだが、やはりこういう時にチラつくのが、両親の存在だった。
――僕は、あんな風にはなりたくない。
「……ありがとう、勇者くん」
 ぶつかった相手はそう言うと、マントを翻し、走り出した。肩に担いでいる人物の方が大きいというのに、その人物の身のこなしは軽かった。
――……これでよかったんだ。
 ジュリアンは立ち上がると、服についた砂を手で払った。
「僕には、関係ない……」
  ジュリアンは自身に言い聞かせるように呟いた。
――――――――――――――――
 翌日。フレデリックと夜中、騒いでいたせいで、いつもよりも遅く起きたジュリアンはロロが待っているであろう、玄関に急いだ。
「遅い」
 玄関のドアを開けた瞬間、ロロのチョップがジュリアンの頭にクリンヒットした。鈍い音と対照的に頭を襲う、鋭い痛みにジュリアンはその場にしゃがみ込んだ。
 痛がるジュリアンを他所にご機嫌ナナメなロロは、ぷんぷんと頬を膨らませている。
――可愛くないからな、ロロがやっても……。
「勇者くん、俺、今すごい機嫌悪いの、分かんない?」
「すごい伝わって来てるから、安心して」
 頭を摩りながら、ジュリアンが立ち上がると、ロロは何故かニヤリと笑っていた。
「……勇者くん、最初の頃よりだいぶ生意気になったよね」
「ロロのせいだろ」
「アハハ、そうかもな」
――いつの間にか、機嫌よくなってるし……。
 気分屋にも程があると心の中でジュリアンは呟く。
「……ん?」
 不意にロロが首を傾げた。何事かとジュリアンがロロに目をやると同時に、ロロがジュリアンの服に鼻を押し付けた。突然の出来事にジュリアンは声を上げる。
「な……何してんだよっ!!!!」
「動くなよ、すぐ済むから」
 スンスンと鼻をひくつかせるロロ。その異様な光景にジュリアンは悲鳴を上げたくなった。
「……勇者くん、昨日誰かに会った?」
  バッと顔を上げ、ロロがジュリアンに尋ねた。無駄に美形な事が今はただただ腹立たしい。
「昨日はフレデリックとしか……あ……」
――そういえば……。
 そこでジュリアンは昨日出会った、謎の人物の事を思い出した。
「……へぇ~……。勇者くん、あの子に会ったんだ」
 ジュリアンから話を聞いたロロは笑いを浮かべながら、呟いた。
「知り合いなの?」
「まぁね。というか、早くミッション行こうよ。勇者くんが遅刻したせいで朝一更新のミッション、他の奴らに取られちゃったし」
「うぅ……」
 申し訳なさそうな表情のジュリアンにロロはいつもの笑顔を浮かべると、「もう怒ってないよ」とジュリアンの頭を撫でた。
――――――――――――――――
 依頼所でミッションを受けたジュリアンとロロは早速ミッション地である、街外れの森を目指し、歩いていた。
――……なんか、騎士が多くない?
 辺りを見渡せば、そこには重そうな鎧を身につけた騎士が街のあちこちを歩いている。ジュリアンの住んでいる、この街は他の街と比べると治安はいい方で騎士など滅多に街には来ない。そのせいか、街の人々は何事かと騎士達を盗み見見ている。
「何か起きたみたいだね」
 ロロは「勇者くん、興味ある?」と言わんばかりに、口角を上げた。
「ま……まぁ」
「じゃあ、教えてあげる。と言っても、勇者くんはその事件に加担してるから、知る必要があるんだけどね」
「え?僕が加担?」
 訳が分からないとジュリアンが首を傾げると、ロロは「やれやれ……」とわざとらしい態度を取る。その呆れたようなロロの表情にジュリアンはムッとする。
「勇者くんがあまりにも無自覚だから、なんか……ねぇ?」
「ロロ、面白がってるなら、今すぐ止めろよ」
「ごめん、ごめん。真面目に話すから」
 仕切り直しと咳払いをした後、ロロは得意気に話し出した。
「あいつらがここに来てるのは、ある騎士を捕らえるためだよ」
「捕らえるって……。その騎士、何したんだ?」
「ある者の手引きをしたのさ。その騎士は人一倍お人好しで、困ってる人がいると助けずにはいられないんだ。たとえ、それが敵であろうとね」
 ロロの話にジュリアンの脳内に自分の両親が浮かぶ。お人好しという言葉が人一倍大嫌いなジュリアンは、条件反射で眉を顰めていた。そんなジュリアンを見て、ロロは「皺寄ってるよ」とジュリアンの眉間を指で軽く突く。
「勇者くんは死神って呼ばれてる騎士を知ってるかい?」
「名前は聞いた事がある。確か、騎士なのに鎌を使うから、そう呼ばれてるんだよね?」
「そうそう、ちなみに勇者くんは昨日会ってるよ」
「え……」
 嫌な汗がジュリアンの背中を伝う。
「ほら、言ってたじゃん?昨日、誰かとぶつかったって」
 ロロが淡々と話していくのとは、対照的にジュリアンの汗は止まる所か、酷くなる一方だ。
「ま、まさか……」
「その人が死神だよ。で、あの騎士達が捕らえようとしているターゲット」
「つ……つまり、僕は死神を追いかけてた騎士達の妨害をした……って、事……?」
「妨害とまではいかないけど、逃がした事に変わりはないね」
 ロロの言葉にジュリアンはゆっくりと頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
――ヤバイ……、やっちゃったよ……。もし、それが知られたら、僕どうなっちゃうんだろ。軍法会議にかけられたりすんのかな………。それとも……(以下略)。
「フッ……終わった……、僕の人生……」
「とりあえず、落ち着いたら?軍法会議って、騎士はいつから軍所属になったのさ」
 パニック状態のジュリアンにロロは「状態回復魔法、かけてあげようか?」とふざけた調子だ。しかし、冷静でいられないジュリアンはぜひ頼むと言うようにロロを見た。
「人生の終わりみたいな、絶望しきった目で俺を見ないでよ。状態回復魔法かけても、今の勇者くんには効かないって」
 よしよしとしゃがみ込んだジュリアンの背中を撫でるロロ。傍から見ると、酔い潰れの介抱をしているような様だ。
「見つかんなきゃ大丈夫でしょ。というか、その情報、俺が握り潰したりも出来るけど?」
「いや……それはそれでバレたら怖いだろ……」
「俺がそんなヘマすると思う?信用して欲しいな、少しは」
 残念そうな声色とは裏腹にその表情は楽しそうだ。こんなちぐはぐな男を信じられる人がいるなら、見てみたいとジュリアンは心の中で思った。
「……まぁ、俺は勇者くんの行動には感謝してるんだけどな」
 不意にロロが呟いた。小さい声のはずなのに、妙にはっきりと聞こえた呟きにジュリアンは一気に冷静さを取り戻す。優しい、その声色はジュリアンと話している時とも、他の人と話している時とも違っていた。
『……へぇ~……。勇者くん、あの子に会ったんだ』
――ロロは死神と知り合いって事になるのか……。
 はっきりと言葉では言わないが、ロロにとって死神と呼ばれる騎士は何かしら特別な存在であるのだとジュリアンは感じた。
――そういえば、あの時も……。
『あの森からも近いし、もしかしたら、あの子が……』
――ロロの特別な存在……か。
「勇者くん、落ち着いた?」
「あぁ」
 返事と共にジュリアンが立ち上がると、ロロは「よかった」と笑って見せた。その笑顔にジュリアンはふと思ってしまう。
――そういえば、僕、ロロの事、何にも知らないんだよな……。
 ロロが情報屋である事もあるが、ジュリアンはロロ自身の事をほとんど知らない。今まではそれでいいと思っていた。しかし、今になって、何故か知りたいと思っている自分がいる事に気付いたのだ。
「じゃ、行こうか」
 ロロがジュリアンに笑みを浮かべる度に、ジュリアンは違和感を覚えていた。その笑みが何年もの歳月を経て、張り付いてしまった仮面のように見えたからだ。
――そうか。僕は、あの仮面の下のロロが見たいんだ。
 最初は訳が分からない内にパーティに入られて、困惑した。けれど、ロロがパーティに入っていなければ、今のジュリアンはいなかった。いつまでも、弱い勇者のままだった。言葉には口が裂けてもしないだろうが、ジュリアンはロロに感謝していた。
――だから、素で接して欲しい。
 その仮面を自分が剥がせる事が出来るかと言われると自信はない。軽い気持ちではないけれど、剥がすためには自分が変わらなければ無理だ。
 いつか、ロロの仮面の下を見た時、自分はどんな風に変わっているのだろうか。想像は出来ないが、変わってみせるとジュリアンは心の中で意気込む。それがパーティになってくれたお礼になると、信じて――。
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