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act3・囚われの兄
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「ふぃ~……」
ミッションを終えたジュリアンは自室に戻るなり、ベッドに飛び込んだ。
――キツかった……。
ロロの独断で決められたミッションはレベルの低いジュリアンには、体力的にキツく、腰に差した剣を置く事さえ億劫になる程だ。
――レベル上がるからいいんだけど……。
「………ん?」
不意に外が騒がしい事に気付くジュリアン。重い体を起こし、窓を開けると、何やら事件があったらしく、人々が騒いでいた。
「好奇心は猫をも殺すってね」
――首を突っ込むのはやめよう。
ジュリアンがそう思い、窓を閉めようとした時、下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「グレーテル、待ってよっ!!」
雑踏の中から、1人の少女が勢いよく飛び出して来る。
――ルアンナ=ウォーターズ……。
ジュリアンの視線の先にいる少女――ルアンナ=ウォーターズは、ジュリアンが街の学校に通っていた時の同級生だ。あまり話した事はないが、何でもかんでも、気になる事があれば、首を突っ込みたがると噂で聞いた事がある。そこから察するに、今回の事件にも首を突っ込んでいるようだ。
「僕には関係ないっと……」
「勇者くん、勇者なのにそう言う事言っちゃうんだ」
「ロロ!!って……うわっ!?」
ヌッと目の前に現れたロロに、ジュリアンは驚きのあまり、ベッドから勢いよく転げ落ちる。その様を宙に浮いたまま、見ていたロロは楽しげに口の端に笑みを浮かべている。
「あの子、君の知り合いなんだろ?困ってるみたいだし、助けてあげたら?」
「知り合いって言っても、同級生だっただけで話した事ないし……」
「君、俺が言うのもなんだけど、薄情だな」
――ロロに言われたくはない。
転げ落ちた際にぶつけた後頭部を撫でながら、ジュリアンは不服そうに眉を顰める。
「というか、何が起きてるのかさえ知らないんだけど」
「あぁ、そうなんだ。じゃあ、特別に教えてあげるよ。なんか、ここら辺じゃちょっと名のある貴族の家の宝石を盗んだ奴を捕まえようとしてるみたいだよ」
愉快とばかりに下の人々を見下ろしつつ、ロロが言った。
――不謹慎だ……。
「盗んだ奴はグレーテル=ハルトっていう盗賊…。つまり、君の知り合いがさっきから連呼してる奴だよ」
「っ!?」
ロロの言葉にジュリアンの肩がビクリと揺れる。
「どうする?勇者くん」
ロロが嫌らしい笑みを浮かべ、ジュリアンに尋ねる。何が何でもジュリアンをこの事件に巻き込みたいようだ。ジュリアンはロロを軽く睨んだ後、ベッド脇に置いていた剣に手を伸ばす。
――僕、両親に似てきてるのかな……。
「行くかい?手を貸してあげよう」
ジュリアンは剣を腰のベルトに差すと、ロロが差し出してきた手に嫌々、自分の手を重ねる。嫌な予感はするが、覚悟を決めた以上、引き返したりはしない。
「っと……!」
窓から飛び降りた2人は、ルアンナを捜すべく、雑踏の中へと入って行く。
「グレーテル……」
ざわざわと騒がしい中、遠くでグレーテルを呼ぶルアンナの声が辛うじて耳に届く。
「あっちだ」
ジュリアンは人の流れに逆らいながら、声のした方を目指して行く。後ろからは「勇者くん、積極的」などと楽しげなロロの声がする。
「ルアンナ!」
路地に入って行くルアンナに、ジュリアンが声をかける。振り返ったルアンナは、こちらを見ると不思議そうに首を傾げる。
「あれ、君、確か同級生だった……」
「ジュリアン=ヴィンチェンティーノ」
「そうそう!ジュリアンくん」
ルアンナが思い出したとばかりに、うんうんと力強く頷く。
「と、そっちは……」
「はじめまして、ガンマンちゃん。俺は情報屋のロロ=ルシエンテス、よろしく」
「ガンマンちゃん……?」
「それより、ルアンナ。何でグレーテル=ハルトを捜してるの?」
ジュリアンの問いに、ルアンナはそうだったと、真っ直ぐにジュリアンの目を見る。
「私、グレーテルに何で宝石を盗んだのか、聞きたいの。グレーテルは確かに盗賊だけど、意味もなく宝石を盗んだりはしないんだ。だから……」
「ルアンナ!何、僕の名前連呼してるんだよっ!!」
スタっと軽い着地音と共に姿を現したのは、綺麗な顔立ちをした盗賊――グレーテル=ハルトだった。
「あ、グレーテル!」
「あんた、僕が盗賊だって分かった上で名前呼んでるんなら、最悪だからね」
グレーテルは腰に手を当て、呆れた声で言った。
「……で、そっちの2人は?」
「僕はルアンナの元同級生のジュリアン。で、こっちは情報屋のロロだよ」
「っ!!あんたがロロ=ルシエンテス……」
ロロの名前を出した途端、グレーテルは心底驚いたと目を丸くする。一方、当の本人はといえば、そういう反応は慣れているといつものポーカーフェイスだ。
「あんた、情報屋やら何でも分かるんでしょ?なら、教えてほしいんだけど」
グレーテルはそう言うと、ロロに近付いた。
「ヘンゼル=ハルト、僕の兄の居場所を知らない?」
「もちろん、タダでとは言わない」とグレーテルは懐から金の入った袋を取り出す。
情報屋であるロロにとって、情報とは大切な商売道具だ。その商売道具を明かすには、それに見合う対価が必要になる。おまけにロロは情報屋の中でも有名で、その情報料は高額だ。今、グレーテルの持っている袋の中にある金でも、ロロにとってははした金程度でしかないのだろう。
「ヘンゼル=ハルト……、確か2、3年前に行方不明になったっていう冒険家か」
ロロは顎に手を当て、おもむろに呟く。その表情にジュリアンは何か知っているのだろうと勘づく。
「教えてやってもいいけど、知ってどうすんの?」
「もちろん、助けに行く!」
「……お前1人じゃ無理だよ」
ロロは短くため息をつくと、何故かジュリアンの方に目を向けた。
「この情報、話したら確実に巻き込まれちゃうけど、どうする?」
悪戯っぽい表情にジュリアンの肩は自然と震える。ロロの肩越しにこちらをじっと見据えている、グレーテルの顔は真剣そのものだ。ジュリアンは自分がそういう相手を無下に出来ないと分かって、話を振ったであろうロロに若干腹を立てながらも、結んでいた口を開く。
「…教えてあげて、ロロ」
「了解。勇者くんたっての希望だから、特別に代金は無料にしてやるよ」
――こいつ、僕には甘くないか……?
「じゃ、案内してあげるから、ついておいで」
ロロがブーツの先で地面を軽く蹴ると、地面に白い線が走り、あっという間に魔法陣が浮かび上がる。
「戦闘になると思うから、覚悟は決めといてね」
_____________
「ここは?」
じめじめとした暗がりの中、ジュリアンは辺りを見渡す。石造りの壁に鉄格子の檻が目につく、ここはどこからどう見ても、地下の牢獄だった。
「ここにグレーテルのお兄ちゃんが……?」
ルアンナは恐怖からか、ジュリアンの服の袖を掴みながら、呟いた。
「兄さん……!」
グレーテルは檻の中を1つ1つ見ていく。中にはむごい仕打ちを受けたであろう、人の骸骨が数体転がっていた。あまりの光景にジュリアンとルアンナは直視する事が出来ず、目を逸らしてしまう。
「……ロロさん、グレーテルのお兄ちゃんは何をしたの?」
歩きながら、ルアンナがロロに尋ねる。その問いにロロは伝えるべきか否か、少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「何もしてないよ。人助けをしただけさ」
「人助けをして、どうしてこんな所に……」
「ここは、というか、この上の地上にある村はね、神を狂信してるんだ」
ロロは軽い足取りのまま、淡々と語り出す。
「村に災難が降りかからないように、1年に2回、人身御供を神に捧げてるんだってさ」
「人身御供って……!」
ロロの言葉にルアンナは青ざめる。
「ここにいる骸骨達はその成れの果てって訳」
人身御供となった人は牢獄に入れられ、死ぬまでずっと神に許しを請い続けるという。冒険家のヘンゼル=ハルトはたまたま、この村に来た際、人身御供として牢獄に入れられそうになった、幼い男の子を助けようと自らが人身御供になると言い出したそうだ。
「飲まず食わずで3年も生きていられるとは、思えないけど……」
ロロは平気で絶望的な言葉を吐く。しかし、その言葉など気にせずにグレーテルは兄を捜し続けている。
「まぁ、ここはあの森から近いし、もしかしたら、あの子が……」
独り言のように吐き出された言葉に、ジュリアンはロロを見やる。今までとは違う、昔を懐かしむような優しい口調に少しだけ驚いたのだ。
「あの子?」
「あれ、聞こえてた?そこは聞き流してよ」
――何なんだよ、全く……。
ジュリアンはムスっとしながら、ロロの後に続いて歩く。
「兄さんっ!!」
グレーテルの声が牢獄内に響く。見ると、グレーテルが檻の前にすがり付いていた。
「本当に生きてた」
檻の中に目をやったロロは驚いたように目を丸くした。
「グレーテル……」
床に突っ伏したまま、ヘンゼルが弱々しい声でグレーテルを呼んだ。衰弱して、やせ細ってはいるが、ヘンゼルは生きていた。
――3年もの間、どうやって……。
「兄さん、今助けるから!」
グレーテルは上着のポケットから針金を取り出すと、慣れた手つきで檻の鍵穴に突っ込んだ。盗賊の本業でもある鍵開けはグレーテルの得意分野のようで、鍵はあっさりと開いた。
「兄さん!」
グレーテルがヘンゼルに駆け寄る。
「私も手伝うよ」
牢獄に入ってから、ずっとジュリアンにしがみついていたルアンナがヘンゼルに肩を貸す。
「早く病院に連れて行かないと」
「その前にここからの脱出を考えた方がよさそうだ」
ロロがちらりと背後に目をやると、そこには錫杖を持った僧侶が立っていた。
「その方は大切な人身御供だ。あなた達に渡す訳にはいきません」
突如現れた僧侶は、杖を構えると、詠唱を始める。
「勇者くん、俺は盗賊ちゃん達を守るから、君が倒してくれる?このエセ神様」
「え、僕がっ!?つか、エセ神様って何だよ」
「こいつが村のみんなを騙してた、張本人なんだよ」
「来るよ」とロロが声をかけた瞬間、ジュリアン目掛けて、僧侶の炎が襲う。剣を構えていたジュリアンは難なく、炎を薙ぎ払う。レベルが上がっているおかげか、僧侶の攻撃を防ぐのは簡単だ。
「はぁっ!」
床を蹴り、僧侶との距離を詰める。魔術師のロロとは違い、僧侶は魔法を発動する際、詠唱しなくてはならない。詠唱中は精神を集中させていないといけないため、攻撃を防いだりは出来ない。
――もらった…!
ジュリアンの振り上げた剣が僧侶へと下ろされる。
「甘い!」
しかし、その剣が僧侶を捕らえる事はなく、物陰に潜んでいた、屈強な男によって防がれた。
「ちっ……」
――まずはこいつから……。
ジュリアンは剣を握り直すと、屈強な男に襲いかかった。
「はっ!」
ジュリアンの蹴りが男の足元へ決まる。けれど、男の足はびくともしない。
「くっ……!」
「勇者くん」
そこへロロの蹴りが炸裂する。魔力のこもったブーツから繰り出された一撃に男が倒れる。その隙を突いて、もう一度僧侶と距離を詰めるジュリアン。詠唱がもう少しで終わろうとした、その時――。
「喰らえっ!!」
ジュリアンの一撃が杖をまっぷたつにする。
「何っ……!?」
「しばらく寝てろ」
剣の持ち手を僧侶のみぞおちに叩き込むと、気を失った僧侶は力なく床に倒れた。
「くそっ……!!」
「動くな」
男が逃げ出そうとした事に気付いたジュリアンが、男の首元に素早く剣先を突きつける。これには男も青ざめ、降参だと胸の前で小さく手を上げた。
「お疲れ様、勇者くん」
「上出来上出来」とロロがジュリアンの頭を軽く叩く。
「ジュリアンくん、強いんだね!」
「いや、今のはロロのおかげだし……」
「俺はちょっと手を貸しただけだよ」
ロロはそう言うと、来た時同様、床を軽く蹴った。
ミッションを終えたジュリアンは自室に戻るなり、ベッドに飛び込んだ。
――キツかった……。
ロロの独断で決められたミッションはレベルの低いジュリアンには、体力的にキツく、腰に差した剣を置く事さえ億劫になる程だ。
――レベル上がるからいいんだけど……。
「………ん?」
不意に外が騒がしい事に気付くジュリアン。重い体を起こし、窓を開けると、何やら事件があったらしく、人々が騒いでいた。
「好奇心は猫をも殺すってね」
――首を突っ込むのはやめよう。
ジュリアンがそう思い、窓を閉めようとした時、下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「グレーテル、待ってよっ!!」
雑踏の中から、1人の少女が勢いよく飛び出して来る。
――ルアンナ=ウォーターズ……。
ジュリアンの視線の先にいる少女――ルアンナ=ウォーターズは、ジュリアンが街の学校に通っていた時の同級生だ。あまり話した事はないが、何でもかんでも、気になる事があれば、首を突っ込みたがると噂で聞いた事がある。そこから察するに、今回の事件にも首を突っ込んでいるようだ。
「僕には関係ないっと……」
「勇者くん、勇者なのにそう言う事言っちゃうんだ」
「ロロ!!って……うわっ!?」
ヌッと目の前に現れたロロに、ジュリアンは驚きのあまり、ベッドから勢いよく転げ落ちる。その様を宙に浮いたまま、見ていたロロは楽しげに口の端に笑みを浮かべている。
「あの子、君の知り合いなんだろ?困ってるみたいだし、助けてあげたら?」
「知り合いって言っても、同級生だっただけで話した事ないし……」
「君、俺が言うのもなんだけど、薄情だな」
――ロロに言われたくはない。
転げ落ちた際にぶつけた後頭部を撫でながら、ジュリアンは不服そうに眉を顰める。
「というか、何が起きてるのかさえ知らないんだけど」
「あぁ、そうなんだ。じゃあ、特別に教えてあげるよ。なんか、ここら辺じゃちょっと名のある貴族の家の宝石を盗んだ奴を捕まえようとしてるみたいだよ」
愉快とばかりに下の人々を見下ろしつつ、ロロが言った。
――不謹慎だ……。
「盗んだ奴はグレーテル=ハルトっていう盗賊…。つまり、君の知り合いがさっきから連呼してる奴だよ」
「っ!?」
ロロの言葉にジュリアンの肩がビクリと揺れる。
「どうする?勇者くん」
ロロが嫌らしい笑みを浮かべ、ジュリアンに尋ねる。何が何でもジュリアンをこの事件に巻き込みたいようだ。ジュリアンはロロを軽く睨んだ後、ベッド脇に置いていた剣に手を伸ばす。
――僕、両親に似てきてるのかな……。
「行くかい?手を貸してあげよう」
ジュリアンは剣を腰のベルトに差すと、ロロが差し出してきた手に嫌々、自分の手を重ねる。嫌な予感はするが、覚悟を決めた以上、引き返したりはしない。
「っと……!」
窓から飛び降りた2人は、ルアンナを捜すべく、雑踏の中へと入って行く。
「グレーテル……」
ざわざわと騒がしい中、遠くでグレーテルを呼ぶルアンナの声が辛うじて耳に届く。
「あっちだ」
ジュリアンは人の流れに逆らいながら、声のした方を目指して行く。後ろからは「勇者くん、積極的」などと楽しげなロロの声がする。
「ルアンナ!」
路地に入って行くルアンナに、ジュリアンが声をかける。振り返ったルアンナは、こちらを見ると不思議そうに首を傾げる。
「あれ、君、確か同級生だった……」
「ジュリアン=ヴィンチェンティーノ」
「そうそう!ジュリアンくん」
ルアンナが思い出したとばかりに、うんうんと力強く頷く。
「と、そっちは……」
「はじめまして、ガンマンちゃん。俺は情報屋のロロ=ルシエンテス、よろしく」
「ガンマンちゃん……?」
「それより、ルアンナ。何でグレーテル=ハルトを捜してるの?」
ジュリアンの問いに、ルアンナはそうだったと、真っ直ぐにジュリアンの目を見る。
「私、グレーテルに何で宝石を盗んだのか、聞きたいの。グレーテルは確かに盗賊だけど、意味もなく宝石を盗んだりはしないんだ。だから……」
「ルアンナ!何、僕の名前連呼してるんだよっ!!」
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「あ、グレーテル!」
「あんた、僕が盗賊だって分かった上で名前呼んでるんなら、最悪だからね」
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「……で、そっちの2人は?」
「僕はルアンナの元同級生のジュリアン。で、こっちは情報屋のロロだよ」
「っ!!あんたがロロ=ルシエンテス……」
ロロの名前を出した途端、グレーテルは心底驚いたと目を丸くする。一方、当の本人はといえば、そういう反応は慣れているといつものポーカーフェイスだ。
「あんた、情報屋やら何でも分かるんでしょ?なら、教えてほしいんだけど」
グレーテルはそう言うと、ロロに近付いた。
「ヘンゼル=ハルト、僕の兄の居場所を知らない?」
「もちろん、タダでとは言わない」とグレーテルは懐から金の入った袋を取り出す。
情報屋であるロロにとって、情報とは大切な商売道具だ。その商売道具を明かすには、それに見合う対価が必要になる。おまけにロロは情報屋の中でも有名で、その情報料は高額だ。今、グレーテルの持っている袋の中にある金でも、ロロにとってははした金程度でしかないのだろう。
「ヘンゼル=ハルト……、確か2、3年前に行方不明になったっていう冒険家か」
ロロは顎に手を当て、おもむろに呟く。その表情にジュリアンは何か知っているのだろうと勘づく。
「教えてやってもいいけど、知ってどうすんの?」
「もちろん、助けに行く!」
「……お前1人じゃ無理だよ」
ロロは短くため息をつくと、何故かジュリアンの方に目を向けた。
「この情報、話したら確実に巻き込まれちゃうけど、どうする?」
悪戯っぽい表情にジュリアンの肩は自然と震える。ロロの肩越しにこちらをじっと見据えている、グレーテルの顔は真剣そのものだ。ジュリアンは自分がそういう相手を無下に出来ないと分かって、話を振ったであろうロロに若干腹を立てながらも、結んでいた口を開く。
「…教えてあげて、ロロ」
「了解。勇者くんたっての希望だから、特別に代金は無料にしてやるよ」
――こいつ、僕には甘くないか……?
「じゃ、案内してあげるから、ついておいで」
ロロがブーツの先で地面を軽く蹴ると、地面に白い線が走り、あっという間に魔法陣が浮かび上がる。
「戦闘になると思うから、覚悟は決めといてね」
_____________
「ここは?」
じめじめとした暗がりの中、ジュリアンは辺りを見渡す。石造りの壁に鉄格子の檻が目につく、ここはどこからどう見ても、地下の牢獄だった。
「ここにグレーテルのお兄ちゃんが……?」
ルアンナは恐怖からか、ジュリアンの服の袖を掴みながら、呟いた。
「兄さん……!」
グレーテルは檻の中を1つ1つ見ていく。中にはむごい仕打ちを受けたであろう、人の骸骨が数体転がっていた。あまりの光景にジュリアンとルアンナは直視する事が出来ず、目を逸らしてしまう。
「……ロロさん、グレーテルのお兄ちゃんは何をしたの?」
歩きながら、ルアンナがロロに尋ねる。その問いにロロは伝えるべきか否か、少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「何もしてないよ。人助けをしただけさ」
「人助けをして、どうしてこんな所に……」
「ここは、というか、この上の地上にある村はね、神を狂信してるんだ」
ロロは軽い足取りのまま、淡々と語り出す。
「村に災難が降りかからないように、1年に2回、人身御供を神に捧げてるんだってさ」
「人身御供って……!」
ロロの言葉にルアンナは青ざめる。
「ここにいる骸骨達はその成れの果てって訳」
人身御供となった人は牢獄に入れられ、死ぬまでずっと神に許しを請い続けるという。冒険家のヘンゼル=ハルトはたまたま、この村に来た際、人身御供として牢獄に入れられそうになった、幼い男の子を助けようと自らが人身御供になると言い出したそうだ。
「飲まず食わずで3年も生きていられるとは、思えないけど……」
ロロは平気で絶望的な言葉を吐く。しかし、その言葉など気にせずにグレーテルは兄を捜し続けている。
「まぁ、ここはあの森から近いし、もしかしたら、あの子が……」
独り言のように吐き出された言葉に、ジュリアンはロロを見やる。今までとは違う、昔を懐かしむような優しい口調に少しだけ驚いたのだ。
「あの子?」
「あれ、聞こえてた?そこは聞き流してよ」
――何なんだよ、全く……。
ジュリアンはムスっとしながら、ロロの後に続いて歩く。
「兄さんっ!!」
グレーテルの声が牢獄内に響く。見ると、グレーテルが檻の前にすがり付いていた。
「本当に生きてた」
檻の中に目をやったロロは驚いたように目を丸くした。
「グレーテル……」
床に突っ伏したまま、ヘンゼルが弱々しい声でグレーテルを呼んだ。衰弱して、やせ細ってはいるが、ヘンゼルは生きていた。
――3年もの間、どうやって……。
「兄さん、今助けるから!」
グレーテルは上着のポケットから針金を取り出すと、慣れた手つきで檻の鍵穴に突っ込んだ。盗賊の本業でもある鍵開けはグレーテルの得意分野のようで、鍵はあっさりと開いた。
「兄さん!」
グレーテルがヘンゼルに駆け寄る。
「私も手伝うよ」
牢獄に入ってから、ずっとジュリアンにしがみついていたルアンナがヘンゼルに肩を貸す。
「早く病院に連れて行かないと」
「その前にここからの脱出を考えた方がよさそうだ」
ロロがちらりと背後に目をやると、そこには錫杖を持った僧侶が立っていた。
「その方は大切な人身御供だ。あなた達に渡す訳にはいきません」
突如現れた僧侶は、杖を構えると、詠唱を始める。
「勇者くん、俺は盗賊ちゃん達を守るから、君が倒してくれる?このエセ神様」
「え、僕がっ!?つか、エセ神様って何だよ」
「こいつが村のみんなを騙してた、張本人なんだよ」
「来るよ」とロロが声をかけた瞬間、ジュリアン目掛けて、僧侶の炎が襲う。剣を構えていたジュリアンは難なく、炎を薙ぎ払う。レベルが上がっているおかげか、僧侶の攻撃を防ぐのは簡単だ。
「はぁっ!」
床を蹴り、僧侶との距離を詰める。魔術師のロロとは違い、僧侶は魔法を発動する際、詠唱しなくてはならない。詠唱中は精神を集中させていないといけないため、攻撃を防いだりは出来ない。
――もらった…!
ジュリアンの振り上げた剣が僧侶へと下ろされる。
「甘い!」
しかし、その剣が僧侶を捕らえる事はなく、物陰に潜んでいた、屈強な男によって防がれた。
「ちっ……」
――まずはこいつから……。
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「はっ!」
ジュリアンの蹴りが男の足元へ決まる。けれど、男の足はびくともしない。
「くっ……!」
「勇者くん」
そこへロロの蹴りが炸裂する。魔力のこもったブーツから繰り出された一撃に男が倒れる。その隙を突いて、もう一度僧侶と距離を詰めるジュリアン。詠唱がもう少しで終わろうとした、その時――。
「喰らえっ!!」
ジュリアンの一撃が杖をまっぷたつにする。
「何っ……!?」
「しばらく寝てろ」
剣の持ち手を僧侶のみぞおちに叩き込むと、気を失った僧侶は力なく床に倒れた。
「くそっ……!!」
「動くな」
男が逃げ出そうとした事に気付いたジュリアンが、男の首元に素早く剣先を突きつける。これには男も青ざめ、降参だと胸の前で小さく手を上げた。
「お疲れ様、勇者くん」
「上出来上出来」とロロがジュリアンの頭を軽く叩く。
「ジュリアンくん、強いんだね!」
「いや、今のはロロのおかげだし……」
「俺はちょっと手を貸しただけだよ」
ロロはそう言うと、来た時同様、床を軽く蹴った。
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