アイスクリームシンドローム

Chiot

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act6:忘れようとした記憶

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   それはいつものように仕事を終えた、夕方の事。夕食を取るために食堂に向かっていたヴェルディアナは、何故かエマニュエルに捕まっていた。

「あ、あの……?」

    唐突に腕を掴まれたヴェルディアナは、キョトンとした顔でエマニュエルを見ている。一方のエマニュエルは何故かご機嫌で、ヴェルディアナを他所にスキップ混じりで廊下を歩いている。

「久々にシャバに行けるのよ、シャバ!」

「シャバって……つまり、街って事ですか?」

「そう。前に大暴れしちゃってから、軽くこの屋敷に軟禁されてたんだけど、今日ようやく解放されたのよ!」

「なるほど……。で、この状況は?」

    冷静にヴェルディアナが尋ねると、エマニュエルは振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。
______________

    夜の街の一角、ムーディな雰囲気漂うバーにヴェルディアナ達はいた。

「マスター!あたしのキープボトル、出してちょうだい!」

    エマニュエルはカウンター席に座るなり、顔見知りであろうマスターに声をかけた。

「旦那のボトルも出しましょうか?」

「あぁ、頼む」

    エリアスも慣れた仕草でカウンター席につく。そんな2人を見て、ヴェルディアナは場違いではないかと周りをキョロキョロ見てしまう。

「何、キョドってんの。もしかして、こういう所に来るの、初めて?」

「ま……まぁ」

「そっか。ま、そうだよね。ヴェルディアナがこういう所、出入りしてるとかって想像しにくいし」

   「なら、俺がエスコートしないとね」と茶目っ気たっぷりにウインクするエヴァルト。その姿に何故、シャナイアには優しく出来ないのだろうかとヴェルディアナは思う。

「というか、何でここにルキアがいるの?君、まだ未成年でしょ」

「大人達が悪酔いしないか、監視しに来たんだよ」

    ルキアはマスターから出された、ノンアルコールの飲み物に口をつけながら、言った。

「それはまた、ご苦労さん」

「いざとなったら、お前にも手伝ってもらうからな」

「了解」

    エヴァルトはルキアにそう返すと、ルキアの隣の席についた。付き合いが長いためか、エヴァルトとルキアはそれなりに仲がいいようだ。

「ヴェルディアナさん、お酒強い方ですか?」

「え?あ~っと、普通……だと思うけど」

「なら、このカクテルがいいと思いますよ」

    ルチアーノは手に持っていたメニュー表をヴェルディアナに見せた。達筆で書かれたカクテルの名前にヴェルディアナはこれは暗号か何かだろうかと、目を丸くした。

「僕はこれで。ヴェルディアナさんはどうします?」

「ん~……。じゃあ、これで」

「はいよ」

「今日は飲むわよーー!!」

    エマニュエルの馬鹿でかい叫び声にエリアスはやれやれと呆れながら、酒に口をつけた。

「燻製って美味いな。今度、リナトに頼んで作ってもらおう」

    つまみのチーズの燻製を食べたエヴァルトが、ポツリと言った。そうしている様は、まるで普通の人間で堕天使もあまり人と変わらないのだなとヴェルディアナは感じた。

「あら、エリアス。相変わらず、ペース早いわね」

    エマニュエルの声にヴェルディアナがそちらに目をやる。すると、そこにはほぼ空になった、エリアスのキープボトルがあった。

「さすが、ウワバミだな」

「ウワバミ?」

「大酒飲みって意味だよ。どっかの言葉で」

  エヴァルトがヴェルディアナに言った。

「……飲み足らん」

    キープボトルの酒を早々に飲み干した、エリアスがポツリと呟いた。飲みモードになっているエリアスは普段の5割増し程の色気を放ち、酒を欲している。その姿にバーにいた女性陣がざわざわとざわつき出す。

「……これで何で結婚出来ないんだろうか」

    空いたボトルを片しながら、ルキアが言った。その言葉にヴェルディアナ以外の人がうんうんと頷いた。

「もったいないよね。あんな色気あるのに独り身なんて」

「いい人いないんですかね、執事長」

「あたしの知る限り、エリアスが結婚まで考えた相手はいないんじゃないかしら。それなりの人数とは付き合っていたけど」

    1人、黙々と酒を飲むエリアスを眺め、他メンバーは各々酒を飲む。そのせいか、話はいつの間にかエリアスの女関係の話へと発展していく。

「来る者拒まず、去るもの追わずって感じで人に執着しないのよね」

    エリアスと付き合いの長いエマニュエルは、昔の女関係をペラペラとヴェルディアナ達に話していく。その濃厚かつ生々しい話に免疫のないヴェルディアナは、終始コロコロと表情を変えていた。

「ヴェルディアナには刺激が強かったかしら?フフフ……」

    ほろ酔い状態のエマニュエルは、上機嫌に笑みを浮かべながら、ヴェルディアナに言った。一方のヴェルディアナは何だか気恥ずかしくなり、持っていたグラスに入っていた酒を一気に呷った。

「エマ、そういう話好きだよな」

「そりゃ、女の子ですもの。ね~?」

    エマニュエルがヴェルディアナに同意を求める。が、完全に気を抜いていたヴェルディアナは話を聞いておらず、苦笑いを浮かべた。

「何よ。アンタもそういうの、興味ないの?」

    ヴェルディアナの返しに少し不機嫌になるエマニュエル。その様子にしまったと思ったヴェルディアナが慌てて、首を振る。

「そういえば、ヴェルディアナって自分の事、あんまり喋らないよね」

    ふとエヴァルトが思い出したと言わんばかりに呟いた。その一言にヴェルディアナの肩がビクリと揺れる。

「それを話してもらうために連れて来たのよ」

「え……」

    エマニュエルの思いがけない言葉にヴェルディアナの体からサァーと血の気が引いていく。ガタガタと震え出した手を悟られまいと掴んでみたものの、恐怖にも似た感情にヴェルディアナの体は支配されていた。それ程に自身の話を語る事をヴェルディアナは拒んでいるのだ。

「最近のアンタ、変なんだもん。気にするなって方が無理な話よ」

    先程とは違い、真面目な顔のエマニュエルを直視出来ず、ヴェルディアナは思わず、目を逸らしてしまう。

「ねぇ、あたし達ってそんなに頼りない?それとも、まだアンタの中じゃ他人の括りなの?」

「……違います」

    弱々しく、首を振るヴェルディアナ。まるで尋問でもしているかのような、そんな雰囲気に居心地が悪いのか、ルキアとルチアーノは眉を顰めている。

「アンタが話してくれるまで待とうって、みんなで約束してたんだけどね。でも、それじゃ、アンタはいつまでも立ち止まったままじゃない」

「おい、エマニュエル」

    一方的な会話にエリアスがエマニュエルの肩を掴む。が、それでも構わず、エマニュエルは続ける。

「ずっと何かを隠して生きていく事なんて、誰にも出来ないのよ。それに怯えたままじゃ、一生幸せになんかなれない」

「エマ……」

    エマニュエルの切実な声色に、今まで黙っていたルキアがポツリと名前を呼んだ。
    ヴェルディアナには分からないが、エマニュエルはエマニュエルで何かを背負って生きてきたようだ。

「あの屋敷にいる奴らの大半は、君と同じで誰にも言えない秘密を抱えてた連中だったんだよ。けど、ルキアが来てから、みんなお節介になっちゃってね」

    エヴァルトが場の空気を裂くように、明るい調子でヴェルディアナに言った。その優しい声色からは、堕天使とは思えない程の温かさを感じた。  

「話すまでしつこいと思うよ?」

「エヴァルトさん……」

    温かな言葉にヴェルディアナの目頭が熱くなる。先程までの恐怖はどこかへ飛んでいったかのようで、ヴェルディアナの体からふっと力が抜けていく。

「そのお節介って、僕も入ってるんですか?使い魔」

「当たり前でしょ。というか、ここでそんな事言うって空気読めないの?屈折少年」

「誰が屈折少年ですか」

    ルチアーノがエヴァルトを睨みつける。

「真面目にやれよ、そこ」

    そんな2人に華麗な回し蹴りを食らわせるルキア。不意打ちを食らった2人は勢いよく尻もちをつく。

「全く……。だが、この方が私達らしいな」

ふっとエリアスが笑みを浮かべる。

「そうね。あぁ~、真面目にやって損した」

    いつもの調子に戻った一同にヴェルディアナは、心底安心した。この雰囲気を、この人達を失いたくないと思っていた。だから、話す事を躊躇していた。だが、そんな心配は無用だったなとヴェルディアナは笑みを浮かべた。

「……話します、私の事。だから……聞いてくれますか?」

    ヴェルディアナがそう言うと、一同は静かに頷いた。
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