アイスクリームシンドローム

Chiot

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act1:この感情に名前がつくまで

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    王都から少し離れた、小さな街の一角に立派な屋敷を構えているのは、貴族・クレイス家。
    そこには、令嬢であるシャナイアとシャナイアに仕える忠実な従者達が住んでいる。

「お前は……また"拾ってきた"のか……」

    執事長のエリアスは、目の前にいる従者・ルキアに向かって、呆れたような口調で言った。もう何度注意しても治らない、ルキアの"癖"にエリアスは頭を悩まされていた。
    一方のルキアは、間違った事などしていないと言わんばかりに堂々としている。

「あ、あの………」

    そんなルキアの隣には、挙動不審な美女・ヴェルディアナが立っていた。

「犬や猫ならまだしも、何故毎回人間を拾ってくるんだ、お前は………」

「しゃーないだろ。困ってたんだから」

「限度があるだろう!」

    エリアスの怒号にも似た叫び声にヴェルディアナは思わず、ルキアの後ろに隠れる。

「街入った途端に財布と荷物取られるくらいの不運な人を放っておける奴がいるなら、俺は見てみたいよ」

    ルキアは後ろに隠れているヴェルディアナにちらりと目をやり、肩をすくめる。

「まぁ、そこがルッキーのいい所ではあるんだけどね」

    おもむろにエリアスの横で話を聞いていた、メイド長のエマニュエルが口を開いた。ちなみにルッキーというのは、エマニュエルが勝手に付けたルキアのニックネームである。

「ルッキーが困った人を拾ってくるのは、今に始まった事じゃないんだし、今更注意しても不毛ってもんよ」

「だが…!」

「それにその子、なかなかの美人じゃない。もし、その子がここで働きたいって言うなら、あたし、面倒見てあげるわ」

「エマニュエル!」

    勝手に話を進めるエマニュエルにエリアスが声を荒げる。そんな2人を見て、ヴェルディアナは意を決して、ルキアの背中から飛び出す。

「あ、あの……!」

   一斉に向けられた視線に怯みそうになりながらも、ヴェルディアナはぎゅっと手を握りしめ、口を開く。

「ルキアちゃんも、エマニュエルさんも、ありがとうございます……。けど、エリアスさんの言う通りです」

    ヴェルディアナが恐る恐る、エリアスに目をやれば、元々目付きが鋭いのか、切れ長の目がしっかりとヴェルディアナを見据えていた。

「見ず知らずの私を助けようとしてくれただけでも、感謝しないといけないのに、それに甘えちゃうような事、しちゃいけませんよね」

  「ごめんなさい」とヴェルディアナが深々と頭を下げる。その殊勝な姿にルキアとエマニュエルがエリアスに冷たい視線を向ける。これには流石のエリアスもバツが悪くなり、視線を逸らしてしまう。

「……エマニュエル」

「何かしら?」

「彼女を空き部屋に案内してやれ」

    エリアスの言葉にヴェルディアナが下げていた頭を勢いよく上げる。すると、そこには眉間に皺を寄せながらも、どこか申し訳なさそうなエリアスの顔があった。

「あら、いいの?この子がここにいても」

「……働き口が見つかるまでの間だけなら」

「……!あ、ありがとうございます!!」

   ヴェルディアナが再び、頭を下げる。

「ルキアの人を見る目には、私も一目置いているからな。そこは心配していない」

「エリアス……」

「そういう事なら、分かったわ。ヴェルディアナ……だったかしら?ついてらっしゃい」

    エマニュエルは「よかったわね」とヴェルディアナに一声かけてから、歩き出した。ヴェルディアナは、ルキアとエリアスにまたまた頭を下げるとエマニュエルの後を追って行った。

「エマ!」

    長い廊下を歩いていた時、不意に前から声がした。ヴェルディアナが顔を上げると、可愛らしい容姿をした少女がこちらに駆けて来ていた。

「あら、シャナじゃない。また抜け出したの?」

「え、シャナ!?」

    エマニュエルの言葉にヴェルディアナは声を上げた。シャナというのは、この屋敷に住んでいる令嬢の愛称である。

「この子、ルッキーの影響か、ちょっとおてんばなのよ」

「は、はぁ……」

「エマ、その人は?」

    少女もといシャナイアがエマニュエルに尋ねる。エマニュエルは、先程あった事を簡単にシャナイアに説明した。

「なるほど……。大変でしたね、ヴェルディアナさん」

    話を聞き終えたシャナイアは、「事情は分かりましたので、どうかゆっくりしてください」とヴェルディアナに笑って見せた。

「それより、早く戻った方がいいんじゃないの?」

「そ、そうだね!エマ、この事は内緒で!」

    シャナイアはそう言うと、慌てた様子で走り出した。その姿はどこにでもいる女の子のようで、ヴェルディアナの想像していた貴族の令嬢とはだいぶ違っていた。

「……みなさん、優しいんですね」

    ぽつりとヴェルディアナが呟くと、エマニュエルは「それはルッキーのおかげよ」と言った。

「ルキアちゃんの?」

「えぇ。ルッキーが来る前のここは、今みたいに賑やかではなかったもの」

    エマニュエルは懐かしそうに目を細めた。

「あの子は困った子を放っておけない性格で、そんなあの子に感化されちゃったのか、あたし達もあの子を放っておけないのよ」

    エマニュエルの優しい笑みにヴェルディアナは、ルキアが大切にされているのだなと改めて感じた。

「だから、アンタの事も放っておけなくなっちゃってね。ドジそうだし、アンタ」

「あはは………」

    ヴェルディアナは言い返す事も出来ず、ただただ笑うしかない。

「あの子が拾ってきた子達はみんな、この屋敷で働いてるの。もちろん、本人達の意思でね。だから、聞くけど」

  「アンタはここで働く気、あるの?」と尋ねてきたエマニュエルに、ヴェルディアナはしばし考える。ルキアに恩返しをしたいとは思うものの、ここで働かせてもらう事で迷惑をかけてはしまわないか。そう思った時に浮かんできたのは、あのエリアスの顔だった。
    何故かは分からないが、ヴェルディアナの中でエリアスの事が引っかかっていた。

「エリアスの事なら心配いらないわ。毎回のパターンでもう分かっているだろうし」

「でも………」

「働きたいという者を無下に追い払ったりはしないが?」

    唐突に先程聞いた、低い声が後ろから聞こえてきた。振り向かなくても、誰がいるのか、ヴェルディアナにも分かる。

「どうなんだ?」

    問われて、ヴェルディアナはくるりと振り返る。そこには先程と同じ、切れ長の目が真っ直ぐにヴェルディアナを見ていた。

「私……ここで働きたいです!!」

    今までに出した事のない、声の大きさに自分自身でも驚いてしまう。そんなヴェルディアナにエリアスはふっと笑みを浮かべる。優しい、柔らかな笑みにヴェルディアナの目は釘付けになる。

「……そんな顔をされては、手を差し伸べるしかないだろう」

「じゃあ……!」

「ただし、見習いの期間は設けさせてもらう。その期間で使えない人材だと判断すれば、この屋敷から去ってもらう。……いいな?」

「はい!」

    ヴェルディアナの返事にエリアスは、「よろしい」とまた笑みを浮かべた。

「改めて、よろしく頼むぞ。ヴェルディアナ」

    すっと差し出された、エリアスの手をヴェルディアナは数秒眺めた後、ぎこちない動作で自身の手を差し出した。元々、緊張しやすい質ではあるが、今どうして緊張しているのか、ヴェルディアナには分からなかった。

「は、はい!!」

    重ねられた手から伝わる温度に益々緊張するとは、露知らず――。
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